(投稿者:エルス)
帝都ニーベルンゲの軍病院で、レオンハルトは病室の番号が書き記された紙片を見ながら足早に歩いていた。
黒い制服を着こなす姿は正しく皇室親衛隊の者だという事を表しており、そのキビキビとした歩き方もそれである。
だが、レオンハルトはただ純粋に急いでいるだけで皇室親衛隊が何やらなど頭の片隅にも入っていない。
ただ紙片に書かれた病室に行き、目標をそれこそ本当に取り押さえなくてはいけないのだ。
その表情は何時も本部の片隅で書類整理や雑用を任される目が半開きの冴えない少尉とはかけ離れている。
真剣みが廊下で談笑する負傷軍人にも伝わるのか、レオンハルトの前には道が出来る。
少し苛つき始めた脳内で唯一有り難いと思えることだ。
ピタリとレオンハルトが歩みを止め、ドアと紙片を見比べ、深呼吸をした後にその病室に突入した。
「
イェリコ、居・・・る筈が無かったか・・・・・・」
一足・・・いや、二足程遅かったのだろう。
帝都防空飛行隊隊長兼第一小隊隊長のイェリコを病室から逃げないようにする事がレオンハルトの役目だったのだが、
そのイェリコが居る筈の病室は既に蛻の殻である。
任務失敗、その四文字が脳裏を過ぎり、レオンハルトは溜息を吐く。
もしもイェリコが抜け出す瞬間に出くわしたとしても、俺は無力に決まってるのだ。
人間とメードでは、身体能力が違いすぎる。ましてや阿修羅爵イェリコ、俺
一人で何とかできれば苦労はしないよ。
そんな事を思いながらレオンハルトは恐らく4時間か5時間前までイェリコが寝ていたベットに腰を掛けた。
窓は全開、状況を見るに『誰かさん』が義翼の予備を持ち出してイェリコに装着したのかもしれないが、レオンハルトは突き止めようとしなかった。
それこそ本当に――――――
「俺には関係ないよなぁ」
である。既にレオンハルトが受けた任務は失敗し、その後の行動については言及されていない。
だから別にこの誰も居ない病室でゆっくりしてても問題は無いのだ。
勿論その条件として皇室親衛隊員に見つからないようにする事が上げられるが、ドアを閉めて入れば大丈夫だとレオンハルトは結論付けた。
バサリとベットに上半身を倒し、頭の後ろで手を組んだレオンハルトは本部に帰ったらどう言い訳しようかと考えた。
既に対象は病室を脱走しており、取り押さえる以前に接触すら出来ませんでした。我ながら良い報告だ、コレで行こう。
言い訳を考えて自画自賛するレオンハルトがさて帰ろうと立ち上がるのと、病室のドアが開くのはほぼ同時だった。
ノックをしていない自分がノックをしろとは言いづらいなと軽く思ったレオンハルトだが、その来訪者を見て顔を顰めた。
だらしなく着た黒い飛行服と胸元まで開けたシャツ、それは間違いなく帝都防空飛行隊第三小隊隊長の
ロッサだった。
後で絶対に噂が広がるパターンだ。
「あ~らら、イェリコの見舞いに来たはずなんだけどねぇ、何でレオンハルト君が居るの?」
「病室から脱走する前に脱走できないようにしろと言われたもんでね、来たくて来た訳じゃない」
「へぇー、ってことは何?脱走する前にイェリコを皮のベルトでベットに縛り付けようと考えてたんだ」
「誰がそんな事するか」
「それじゃ何、お話し合いで口説こうとか」
「お前じゃないんで口説かないよ、第一女は苦手だ」
「私も女ですけど?」
そう言いながらロッサはレオンハルトとの距離を詰めていくが、レオンハルトが徐々に後ずさりしているので中々近づけない。
こういう場合、近づいたら負けだとレオンハルトは確信している。それはたまに聞くロッサの噂が本当であれば、正解の筈だ。
「なんだ、つまらない」
「なんだ、お前は」
頬をプクーっと可愛い感じに膨らませるロッサに対し、レオンハルトは冷静にツッコミを入れる。
「私はロッサよ、元リスチア現エントリヒのロッサ」
「はいはい、それは分かってるから、んじゃさよなら」
「あぁ私も一緒に帰る」
ピタリとレオンハルトの動作と思考が止まった。軍関係者の居る軍病院で皇室親衛隊少尉と帝都防空飛行隊のメードが並んでたら不味くないかという考えが脳内に浮かぶ。
むしろ明日の我が身の安全を考えれば別々に帰ったほうが良い。前例としてロリコンの疑いを掛けられたヴァルケン中将がいる。
「駄目だ、色々と不味い」
レオンハルトはそう拒否するが、ロッサは此方の事情を聞く耳持たずと言うように無視し、レオンハルトの背中を押した。
ロッサは軽くやったつもりだったのだが、レオンハルトからすれば結構な力で押されたようで、廊下の真ん中まで飛び出てしまった。
「うぉっとっと・・・・・・お前―――」
「良いじゃない、別に死ぬような問題でもないんでしょ」
「・・・・・・・・・」
「ほら、良いんじゃない」
「良いよ、面倒だけどな」
「素直じゃないのねぇ・・・・・・フフ」
「どうせ捻くれてるよ、チクショウめ」
語り合いながら軍病院の廊下を歩く二人は多くの軍関係者に目撃された。
――――――翌日
皇室親衛隊本部の一室にある自分の机で書類に目を通しながら、レオンハルトは頭を押さえて控えめに溜息をついた。
前日の軍病院でロッサとのツーショットがどうやらロケット弾のような勢いで噂となって広がった結果が―――
「これだよ、まったく」
その噂の伝染速度は凄まじくこの室内に居るレオンハルト以外の親衛隊員12名全員が針小棒大に拡大された噂を耳にしている。
証拠に12名全員がレオンハルトを羨ましそうにあるいは邪魔者でも見るような目で見ているのだ。
特に邪魔者でも見るような目で見る1人であるフランツ中尉が先程から机上にファウガーP.08を出しているので極めて危険だと言う事をレオンハルトは理解している。
それでも仕事はしようと、レオンハルトが次の書類を読むと「あ」と声を出した。
それは戦果報告書で、昨日の夕方に起きた戦闘の事が記録されていた。
「帝都防空飛行隊イェリコが群より孤立した
ヨロイモグラ1匹を撃沈、更に弾薬の補給を受け再度出撃し、
ワモン推定20匹を撃滅した」
そこまで読み終えるとレオンハルトは一息つき、少し笑った。
流石戦闘狂のイェリコ・ジレーネ、自分の体も労わらず連続で出撃とは何か送りつけたくなる。
そう思ったレオンハルトは早速行動に移った。
色々と文章を装飾して読むのが躊躇われるくらいずらずらと意味の有りそうで無い事を書くのは、昔から得意だ。
それに―――
「暇つぶしには持って来いだな、これは」
オレンジ色に染まる帝都が、徐々に夜の闇に呑まれていった。
今日も平和に、刺激など皆無な一日だったとレオンハルトは暇つぶしに全力を尽くしながら思った。
同時に、こんなことに全力を尽くす自分が馬鹿者であることも自覚していた。
関連項目
最終更新:2009年11月02日 23:28