黒い空、澄んだ大気

(投稿者:刃神氷雨)


呪いの子。







それが私の名前だった。







同じ街の、同じ人間に。






私は、人外の烙印を押された。









A.D.1939年某月某日。

“呪いの子”。

それが、この街全体が彼女に刻み込んだ名だった。
他者に罵られ、嬲られ、傷つけられることなど日常茶飯事。
寧ろそれが彼女にとって当たり前の毎日と化していた。

1933年、人類種の天敵ともいえる存在”G”が確認され、今に至るまで人間は甚大な被害を負った。
“G”によって滅ぼされた村、街など、数え切れないほど存在している。

その滅ぼされた街の中の一つ、その唯一の生き残り。
これこそが彼女が”呪いの子”と云われる所以であった。

彼女がこの町に住んだ……いや、流れ着いてきたのは丁度10年前。
全身血塗れで死んだ魚のような目で、いつの間にか其処に居た。
すぐに病院に搬送されたものの外傷はなし、さらに身元が判明したその瞬間、彼女の呪われた人生が始まった。
気味悪がって身元を引き取ろうとする人間はいない。
そもそも擁護する人間すらいない。
“G”の仲間じゃないのか、人に化けた”G”じゃないのかといった根も葉もない噂が独り歩きし続け。
いつしか街の住民の殆どが目の敵にし。
彼女は死より辛く、苦しく、地獄のような毎日を過ごし続けた。

物を買う金もなく、まともな教養も受けられず、住む場所すら追われ、何度も殺されかけた。
泥を食べ、汚水を飲み、独学で世界を学び、追われる度に新しい住処を探し、必死に生き抜いてきた。
生き残るための知恵を付け、力も知恵も付け、生きるために逆に人を殺したこともあった。

存在を認知されないことが何よりの苦痛、という話があるが、彼女の場合はこれに当て嵌まらない。

正真正銘の生き地獄。何年もの間、彼女は心を壊して生きてきた。

いっそ死んで楽になればいいと何度も考えた。
だがその考えが浮かぶ度に消し去る。

かつて目の前に迫った死の恐怖。

視界を覆う”G”の群れ。

大好きだった街の人たち。

大切な友人。

かけがえのない家族。


その全てを、目の前で、余りにも無残に失った。

何故自分だけ助かったのか。
何故自分だけ無傷だったのか。
何故自分はここに来たのか。
まだ幼かった彼女は混濁する思考の中で考え続けた。

自分にもできることがある。
まだ生きているなら自分の生には意味がある。

ただそれだけを支えとし、彼女は耐えてきた。



そんな彼女にもたった一人だけ、味方が居た。
自分と同じ年頃で、背は彼女より少し低く、栗毛色の髪をした少女。
3年前、自分の生い立ちを気味悪がらずに接し、眩しいような笑顔で。

『私には”希望”に見えるよ?』

そう、彼女に語りかけた人が。
彼女は今までの苦しみ、悲しみを吐き出すように泣いた。
自分の存在を認めてくれる人がいたことに。
初めて“友達”と呼べる人に逢えたことに逢えた事を運命に感謝しながら。

それからの生活は一変した。
ひっそりと廃屋に隠れる住まいこそどうにもならなかったものの、彼女に再び人間としての心を取り戻させていった。
毎日のように彼女の元に来ては明るく溌剌と話し、時にはドジをしたりなど、彼女に接し続けた。
人並みの食事。一時の談笑。これまでの生活の中で思いついた遊びなど、年頃の娘が本来するべき経験。
そして、”友達”がくれた『誕生日』。

誕生日は何時かと聞かれ、「忘れた」と彼女が答えた瞬間、『じゃあ今日を誕生日にしちゃおう』という突飛な理由で、彼女の誕生日が決まった。
それもご丁寧にプレゼントまで持参。割と確信犯くさいイメージが彼女の中で付けられた。

だが、嬉しかった。
誰かに祝われるということを、また再び体験できることに喜びを隠せなかった。
プレゼントに貰った、黄色いフリル付きのリボンを、髪を左に束ねて結う。
「似合ってる」と言われ、彼女が笑う。

数年の時を経て、彼女に再び満面の笑みが戻った瞬間だった。


いつしか“友達”がばったりと来なくなった。
体調でも崩したのだろう、と考えて次の日を待つ。しかし来ない。
次の日も、その次の日も。1週間。1ヶ月。

何か事件にでも巻き込まれたのだろうか。
時を重ねるごとに不安は募っていく。

ある日、廃屋にノックの音が響く。
だが”友達”ではない。あまりに乱暴すぎるノックの仕方だ。
そんなことを考える暇もなくドアがぶち破られる。
入ってきたのは大の大人達。数人などというレベルではない。
数十人、下手をすれば百人を超える大所帯だ。
すぐさま廃屋は人で溢れ返り、彼女に殺到する。
文字通り、彼女を”殺す”ために。

頭を殴られた。

腕の骨が折れた。

足が変な方向に曲がった。

自分の血で視界が真っ赤に染まった。

折れた肋骨が肺に刺さった。

体が何度も叩きつけられる。

頬骨が砕けた。

口の中が鉄の味しかしない。

意識が薄れる。

記憶が途切れる。


消え行く意識の中で。


はっきりと。



惨劇に怯える”友達”の姿を見た。




―――――ああ。





私は。






裏切られたのか―――――











人気がなくなり、静まり返った廃屋の中。
彼女は生きていた。

全身をズタズタにされて。
百人余りの人間の暴行を一身に受けて。
いつ死んでもおかしくない状況で。
何より―――――心を引き裂かれて。
それでも5体満足のまま、正気を保っていた。

―――死にたかった。

自分が生き残ったことにはなんらかの意味がある、そう信じ続けて生き続けてきた。
だが現実はどうだ。
誰一人自分に手を差し伸べてくれない。
世界が私の敵になっている。

そして、信じれば裏切られる。

辛うじて動く左手を頭に添え、血を拭こうと撫で下ろす。
その時、左手が何かに引っかかり、はらりと目の前に落ちた。

『誕生日』の時、”友達”から貰ったリボンだった。
血のシミどころか汚れ一つ付いていない。
あれだけリンチに遭いながら、無意識に死守していたのだ。

握り締めながら、掠れた声で涙を零す。

裏切られたと頭の中で思いながら。
その実、心の中で未だに信じ続けている。

―――もう一度会って真意を問い質したい。

だがそれはもう叶いそうにない。
この状態ではもう助からないのは自分自身が一番よく分かっている。

全てを諦めて目を閉じるその瞬間。

彼女の瞳に人影が映った。








A.D.1940年某月某日。

「……まーた嫌なもん思い出しちゃったなぁ」
グレートウォール戦線
クロッセル連合軍とエントリヒ帝国軍が共同で張った対G防衛ライン。
その真っ只中で物言わぬ肉塊となったヨロイモグラの上に腰を下ろしているメードが一人。

エア。それがメードとして第2の生を受けた彼女の名だった。
彼女の生い立ちやその驚異的なバイタリティに目を付けたグリーデル王国の人間が、死の直前に彼女を回収し、メードとして生まれ変わらせたのである。
身体の損傷が甚大なものであったため、その修復の副作用かレアスキルを持つには至らなかったものの、代わりに極めて高い身体能力と自己修復能力を保有することとなった。
エターナル・コアとの適合率も高く、稼働して僅か1年にして、既に多大な戦果を挙げている。
周囲のGも全て死骸。100体は居ようものを単独で殲滅していることからも窺い知れる。
気だるそうに溜息を吐きながら空を見やる。

天候は曇り。しかも雨雲と勘違いしそうなほどの黒さ。
「うーむ、いっそ記憶消えちゃえばよかったのになぁ。 なんで残ってんだか」
本来、エターナル・コアを脳と心臓の代替とするため言語野等を除いた全ての記憶を失う。
但し例外も存在し、過去のトラウマなどといった心理的に刻み込まれたものであれば、そのまま継承するケースもある。
「しかも丸ごととかどーなのよ」
そしてエアのように、極稀に完全に記憶を引き継いだままメードになるものも存在するのである。
虚空に向かってぽつりぽつりとエアは呟く。
今上空ではベーエルデー連邦の独自空軍組織―――――ルフトバッフェが飛行型G相手に奮戦しているのだろう。
微かにだが銃声が上空から聞こえてくるのがエアにはわかる。
「また宿舎まで茶化しに行こうかなー。 結構楽しいしね、あそこ」
にゃははと笑いながら空を見やって独り言を続ける。
メードになった彼女は変わった。
“心”ではなく”生前の自分”を完全に壊し、別人と言えるような人格となった。
……その結果爆誕してしまったのは他人をからかって楽しむことに一生を賭けているような人格破綻者だが。

エアの視線が空から地平線へと移る。
瞳に映るのはGの大軍。ワモン級からフライ級、タンカー級までよりどりみどり。
これまた100体を超える大所帯だ。
「っと、これまたきっついおかわりで」
ヨロイモグラの死体に突き刺した剣―――――複合兵装『オンスロート』を引き抜き、地に降り立つ。
同じタイミングで上空から空戦メードが数人、フライの掃討のために突撃を開始する。
烈火の如き紅蓮の翼……シーアの姿も見える。彼女がいるならばフライ級が群がろうとどうにでもなるだろう。
「さぁて、フライ級抜きにしてもさっきと同じく100体前後、ウォーリアも結構見えるなぁ」
右肩にオンスロートを仰々しく担ぎ、サイドポニーに束ねた黒髪を躍らせる。
髪を束ねているのは、汚れ一つない、フリルのついた黄色いリボン。

赦したわけではない。
だがまたいつか逢う時があるならば。
その時はきっと―――――

「……5分で済むかな」
にやりと、自信満々の笑みを浮かべるエア。
空戦メード達の銃声が戦鐘となり、それに伴いエアが爆走を開始する。
その様はまさに、あらゆる生命を絶つ凶風の如く。
「さぁ、空気さんの5分クッキング、たんとご賞味あれ―――!!」


この後、100体を超えるG全てがクロッセル連合軍の陸戦メードと空戦メードの共闘により僅か4分38秒で壊滅する。


これは後に、『大虐殺の暴風(カーネイジ・テンペスト)』の異名を冠する、一人のメードの話―――――。






関連項目







最終更新:2009年04月09日 16:11
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。