鷹の眼差しは死の宣告 前編

(投稿者:レナス)


撃ち上げられる弾丸。正しくは天空を貫いて突き進んでいる。数秒にして雲の頂へと到達し、超越する。
一秒にして遥か眼下の世界を望み、二秒にして雲の頂を目の当たりする。
そして三秒後には兵器としての本文が到来し、自らの役目を果たすべくして飛翔する杭と化す。だがしかし、無情にもそれは果たされなかった。

弾丸軌道の延長上に位置する大地にそれを見届ける者が一人。少女が一人、その身に合わぬ大きな銃を構えて空を見上げていた。
少女の瞳に映る光景は人が恋い焦がれた雄大な青い空。揺蕩う白い雲。空を自由に飛ぶ姿を見て子供は無邪気に翼を持つ事に憧れる。だがその瞳の鏡にはリアルな光景が展開している。

数多の戦闘機が飛び交い、空の「G」であるフライと熾烈な戦いを繰り広げている。速度では多少有利な戦闘機も縦横無尽という言葉に相応しい機動を行うフライに苦戦。
今もまた、すれ違いざまに急反転したフライに取り付かれている。また一機、戦う翼を失った。そして少女はそれを狙う。

遥か上空の敵を貫く為に20mmという口径の銃より巨大な弾丸が飛翔する。コックピットの人間を食らうのに夢中なフライ。
直ぐにその頭を貫く矛が到来する。時間にして三秒半。10,000ft(約3,000m)の距離をまっ直ぐに駆け抜けた弾丸が今まさに軽い食事を終えて再び飛翔しようとするフライを捉えた。
そして避ける。今の今まで食事に目を向けていた筈の蟲が音速を超越した弾丸を躱したのだ。コックピットの残骸だけを貫き、粉砕した。

本来ならば目標がそうなる筈であった。しかしそれは叶わず、狙われていたフライはまた新たな戦闘機を貪り始めたのであった。
少女は幾度も幾度も、弾丸を放つ。だがその尽くが回避され、躱され、通り過ぎ、一匹たりとも敵を屠る事なく、航空部隊が全滅するまで決して命中する事はなかった。
少女はトリガーから指を放し、膝をつき、銃を落とし、項垂れた。

パフィーリアという名のメードの少女は、砂の大地に拳を叩き付けた。



ザハーラ共和国領アムリア大陸エプシル半島南部、世界三大戦線の一つである『アムリア大陸戦線』。
「G」の巣食う大陸の北端に位置し、最も「G」の襲撃に遭う激戦の地である。ここを突破されればルージア大陸の諸国へと膨大な数の「G」が雪崩れ込んでくる。
故に各国から多くの戦力が供給され、今日日激戦を繰り広げる。

そしてその中にパフィーリアも含まれていた。アルトメリア連邦より派遣されている。そしてある実験のフライへの有用性を実証する為に彼女には巨大な狙撃銃が寄与された。
地上からの航空支援。フライの動体視力は飛来する弾丸を躱すのは容易である事は周知の事実。しかしそれは人間であれば、の話であった。
エターナルコアを内包したM.A.I.D(メード)は自身だけでなく自身が扱う装備にすら高い能力を付加する性質を持つ。これを活かしてメードによる支援が可能であるか否かを見極める為にパフィーリアは此処に存在する。

「――――」

少女は宛がわれている部屋のベッドの上で銃を抱き、蹲っている。顔色は窺えない。
だが銃と自身を掻き抱く姿は悲哀に満ちていた。

(―――また、助けられなかった・・・)

脳裏に焼き付いたパイロットの姿。パフィーリアには数km上空の様子を鮮明に捉える事が出来た。横に長い耳からも分かる様に彼女は亜人のメード。
完全人型のメードより五感が優れていた。だからこその航空支援、派遣であった。その視力を持ってして観止めた彼らの悲惨な最期。
一人は頭から中身を吸い取られ、一人はミンチにされながら三口で全身を食べ切られ、一人は機体ごとぺろりと一飲み。

(―――何も、出来なかった・・・っ)

パフィーリアというメード。この少女は対空砲撃という役割を担い、航空支援をする為に此処に居る。存在する。生み出された。使命を担っていた。
その為に日に何百、何千という弾丸を撃ち上げ、毎日銃を使い潰す。時には日に三丁以上の銃を壊す事も。朝、攻勢に出た軍隊の支援に駆り出され、撤退する夕暮れまで果てる事なく撃ち上げ続ける事もある。

(―――何一つ、戦えていない・・・!!)

彼女の戦績は零。支援する部隊は常に壊滅。フライの撃破率は皆無。周囲の認識は――無能。
パフィーリアは派遣されてから幾度も、それは二桁を超え、三桁に到達する程の出撃回数。にも関わらずフライを撃墜した事が無い。
フライの『目』は銃火器の弾道を見極める。それは既に知られている。だからこそ、命中させるのは困難である。知っている。それを成すのが『人間』であれば。

だがパフィーリアはメードである。人間には成し得ない超人的な力を備えている。その基本的な能力として、弾速・威力の強化。
空戦メードは須らくしてこの力を用いてフライを撃墜している。それでも鈍器の類が好まれるが不可能では無い。
それが地上からとは言え、今までに一度も撃墜していない事実がメードとして異常なのだ。不可能を可能にし、徒の人間には出来ない所業を成し得る。それがメードである。

パフィーリア自身、それを痛く認識している。そして夜、常にフライを撃ち抜く為のシミュレーションを欠かさない。
消耗した身体が睡眠を欲し、腹が空腹感を訴え、罪悪感・無能感を抱き続けて幾度も幾度も、それこそ自身が実際に戦場に身を置く回数数桁を優に超越して思い描き続ける。
そして涙する。妄想の中でさえ、撃墜出来ないのだから。

当然である。彼女はメードとして生を得てこの方、一度もフライを撃ち落とした事が無いのだから。
涙を流し、流し続けた末に枯れた涙しか流せなくなった彼女は常に気絶する事で眠りに就く。
そして夢の中で思い描いた最高のタイミングでトリガーを引き、現実に抱いている銃の引き金を引き続ける。

その引いた引き金の結果でさえ、躱され続ける――。



「眠った、というよりも眠っても同じなのか・・・アイツ」

簡単な食事を手に、ドアノブを握る手を引いて軽く開けていたドアと閉める。
褐色の肌をした少女は、嘆息。折角運んだ食事が無駄になった、と考えよりも彼女が食事を取らずに寝た事を心配した。
パフィーリアが目を覚ました時、次に取る行動は既に知れている。実弾を用いての仮想戦闘。勿論フライが其処に居ると仮定しての訓練である。
今ではそれがこの基地の起床ラッパと化している。無論、朝飯を取らずに、だ。

「その気持ちは分からなくも無いんだけど、どうしたもんか・・・」

メードであるこの少女、どりすにも似た経験を持っている。自称、アムリア戦線のトップエース。
狙撃銃を用いた後方支援を主体とし、既に数々の戦果を上げている。狙撃における集中力が持続しない性格ではあるが、それを補う程に能力を発揮している。
それでも新人とも言える時期には今のパフィーリアの同じくして戦績が伸び悩んでいた時期がある。自身の狙撃の能力に自信が持てず、ベッドの上で悪夢の様に命中せずに味方が食われる妄想に囚われていた。
あれは正しく悪夢である。麻薬中毒者のフラッシュバックというのはああいう光景の事なのだろう。

「アドバイスしてやれるのが一番なんだろうけど、空は専門じゃないからなぁ・・・」

どりすの、そして狙撃を行う領域は当然、対地。地平線へと延びる大地に蔓延る存在を屠る。
それがワモン然り、人間然り、戦車然り。だがフライ、空へ打ち上げる狙撃は過去に例が無い。
最も影響する重力。対地では重力に引かれて弧を描く。だが対空では減速に転ずる。その上、空では強烈な風の気流が存在して地上の横風の比では無い。況してやどりす自身、フライを狙った事も撃ち落とした事も無い。

どりすが狙撃に悩んでいた時、仲間のメードが前衛でどりすの狙撃に信を置いてくれたからこそ、その期待に応える為に自身を成長させた。
そうせざる得ず、そうしたかったのだから。だがパフィーリアにはそれがない。出来る筈も無い。空を狙撃するメードは彼女一人なのだから。空戦メードが居る戦域に彼女を派遣する必要はない。

空戦メードがフライを処理するのだから、地上からの支援など邪魔にしかならないのだから当然である。
そうなれば彼女を成長させる、どりすの様な例に沿う状況は生まれる筈がない。故に手詰まり。嘆息。

「・・・ああ、もうっ。今日はゆっくり眠れやしないっ」

元より深く考える事が苦手などりす。
何も出来ない事を理解した彼女は憂さ晴らしをするべくして訓練施設へと足を勧めた。



(当たれ)

撃ち上げた弾丸が一つ。戦闘機の背後より迫るフライへと接近する。狙われたパイロットはバレルロールを繰り返し、フライをやり過ごそうと懸命に逃げ回る。
だがその程度の技量ではフライから逃げられない。パフィーリアは経験から知っていた。

(当たれ)

弾丸はただ結果を出す為に地上から離れて行く。フライは連続した旋回で著しく減速した戦闘機を補足する。
あと一歩。蝿に例えるならばあと一羽ばたき。完全に真後ろへと移動したためにパイロットからはフライは見えない。
それは嵐の前の静けさであり、次瞬に訪れる死への小さな安息。

(当たれ)

少女はそれを見越していた。その瞬間だけを狙っていた。撃ち上げた弾丸は、その時だけの為に存在した。
フライの鉤爪が戦闘機に伸びたその瞬間、奴は気が付いた。獲物を奢る前に自身が食われる事を。
その小さく小さな、鉄の塊の狩人を見た。誰もが持ち得る生存本能。動く。回避する。獲物は逃すが自身が食われては食事どころでは無い。

(当たれ)

少女はそれすらも見越していた。幾つもの犠牲、自尊心の崩壊の末に見出した絶好の瞬間。
回避した先にもう一つ。二発目の弾丸が到達する。本能的な回避の先を誰が予測するだろうか。
人間であれさぞかし驚いて目を見張る事だろう。そしてそれは人間に当て嵌るだけだった。

(―――)

躱された。フライには驚くと言う感情は無いのだろう。ただ更に横に避けただけ。そして再び逃した獲物を食らうべく、襲い掛かる。
次の射撃は――――間に合わない。難を逃れたパイロットは戦闘機ごと捕食された。

(――当たれ)

再び撃ち上げる。否定される事には既に慣れ、涙を流す行為すらも忘れた。

(当たれ)

彼女の心の中にあるのはただ一つ。

(当たれ)

それだけを胸に/心に/意地に/在り様に、只管に撃ち上げ続けた。

(当たれ)

それ以外に彼女の存在を維持する術は無かった。それしか知らず、在り得なかった。

(当たれ)

故に願う。乾き枯れた想いは青い葉を茂らせる事を願って青空を目指す。

(当たれ)

ただ只管に願う。

(当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ)



そしてその願いは、折れる。



フライが墜ちて行く。生存していた戦闘機達が反撃に転ずること無く、撤退していく。次々と落とされて行くフライ達を目に、パフィーリアはその光景を脳に焼きつけ続けた。
自身が望んだ光景が今、現実の世界で色を帯びる。だがそれは彼女自身が生み出したものでは無い。空の援軍、空戦メードの手によってフライ達は次々と穿たれて行く。

「―――」

華々しく、美しく。空を舞う乙女達は華麗に踊る。その舞いがフライを屠る。

「―――ぁ」

少女は願った。フライを落とす事を。故にどれ程外しても、どれだけ味方が犠牲になろうとも。
フライを殺す事だけを考え続けて来た。願いがあったから、心を殺す事が出来た。

「――ぁぁ」

そして知らなかったからこそ、この願いは保っていた。

「――ぁあああ・・・」

″フライが堕ちるという結果″を知らなかったからこそ、堕とす事を夢想出来ずに願い続けた。



慟哭。少女は知った。知ってしまった。自身が何一つ成し遂げられず、無能である事を自覚した。
既に知っていた事実を今この瞬間に明確に自覚をした。これは彼女自身の責任では無い。
元より人間の無謀な試みをこのメードの少女に押し付け、無意味な使命をパフィーリアというメードが背負わせただけなのだから。

そして少女は闇の中に身を落とした。



「―――はぁ・・・」

どりすは深く重い溜息を吐いた。溜め息を吐いた数だけ幸せが逃げると言うが、もう逃げる幸せすら持ち合わせていないのでは意味が無い。
パフィーリアが戦場で倒れた。それだけならば今までにも幾度かあったが今回ばかりは違うとどりすは悟り、そして案の定彼女は帰って来ない。
パフィーリアは宛がわれている自室に居る。だが心は其処には居ない。虚ろな瞳を虚空に向け、銃を抱いて蹲っている。

「来てくれるのはありがたいんだけどな、タイミングが悪すぎだってのさ」

少し調べて理解した。パフィーリアが居た空域に空戦メードが救援に入った事を。これが彼女の心を折ったのだ。
端的に言うならば、どりすが今まで当てられなかった遠くの獲物を、突然現れた違う奴にたった一発で獲物を掻っ攫われた。
自身の中にある誇りに賭けても当てる事を誓った願いが潰えた。それは如何程の悲しみであろうか。痛みであろうか。
支えにして来た誇りを失った先にある結末の一つが、今眼前に存在する。

空戦メードの派遣は確かに喜ばしい事であろう。これで戦線の維持、味方の損耗の負担は大幅に減る。
それは基地の士気が向上している雰囲気からも分かる。けれども、どりすは諸手を上げて喜べない。
ムードメーカーな彼女でも、仲間を再起不能になるかどうかの事態へと追い込んだ存在を歓迎出来ない。

狙撃という特殊な誇りの在り方を抱く者同士の仲間意識が、彼女達と会う事に嫌悪感を抱かせる。
何時ものどりす自身ならば自身が自称この戦線のトップエースだと胸を張りながら出迎えたであろう。
そして基地の中を案内し、色々と世話をしてやろうとも思っただろう。だが現実は逆。会いたいとも思えない。
来てくれた事を疎ましく思う。らしくもない思いを抱いてしまう。だが彼女の姿を見てしまったのだ。この気持ちは覆せない。

「あーもーっ、あーしは何をしてやりゃあいんだってのよ?!」

何とかしてやりたい。でも何をすればいいのか分からない。髪の毛がぼさぼさになるのも構わず、頭を掻いた。
難しい事は考えない性格が災いし、感性で動こうにも何かが出来る気もしない。ただ一つ、戦いで腹が減っているであろうから飯を取りに行ってやる。
それだけが今のどりすが取る事が出来た手段であった。

通路を通り、食堂へと着き、並んで二人分の飯を手に持つ。一つはどりす自身の簡単に済ます麺もの。食欲は無い気分だが一緒に食う為には必要である。
そうしてもう一つは当然パフィーリア用。こちらは粥飯。兎にも角にも食べて貰わなければならない為だ。

食堂は活気に満ちていた。何時ものどりすに合った雰囲気だが今は逆ベクトルの気分である。
況してや美しき空戦メードの乙女達がこの食堂に居たともなれば兵士である男達も沸き立つのは無理からぬ話。
そしてどりすはそれらに一瞥も繰れる事なく食堂を後にした。彼女に向けられた一対の瞳に気が付かずに――。



「そこ可愛らしいお嬢ちゃん、ちょっと良いですか~♪」

どりすの背後からの声。振り返ると、そこには大人な気品を備えながらも茶目っ気な雰囲気を醸し出している女性の姿。
この基地では見掛けない姿。ともすれば導き出される答えに少し警戒の色が出てしまう。

「・・・何かご用でも?」

「いやー、医務室に居る筈のちょっとした顔見知りの女の子に先程会いに行ったんすがね、もう自室に帰したと聞いたのですよ。
それでその女の子の部屋に行こうとしたら名前と部屋の場所が分からなくてこら参っちんぐ!となりまして、お尋ねしようとした次第なのですよ」

独特の話す口調に初対面な人たちは大抵の困惑の色を露にする。これがこの女性特有のものであるので致し方の無い事ではある。

「・・・そうなんですか。でもあーしが知ってる子かどうかも分からんかもですよ?」

「へーきへーき。あたしもちゃんと名前くらい聞いておけば良かったんだけど、生憎その女の子は酷くお疲れのご様子だったので機会を逸してしまったのは痛かったですなー」

「でも特徴くらいなら分かるんじゃないんですかい?」

「えーっと、確かあたし達が使う銃よりもでっかい銃でお空を撃ってました。フライをよく狙って撃ってる女の子って知ってるかな?」

「・・・いや、あーしは知らないぜ」

「そーなのかー。それは残念」

無言。互いに話す内容も無く、どりすは歩き続けて女性はその後を付いて行く。
その後は当然の帰結として一つの部屋の前へと辿り着き、どりすは足を止める。女性も傍らで足を止めた。

「あーしはこの部屋に用があるんだけど・・・あんさんは?」

「あ。あたしの事は気にしないで良いよー」

手をぱたぱたと振って笑顔で返される。それを返す理由も無く、かと言って入らせるのも躊躇わせる。
だがこのまま立ち尽くしている訳にも行かず、ドアを開けて入室する。後ろから女性が「おっ邪魔しま~す」と入って来た。
そして中に居る人物を見て「おっ、発見っ」という声に苦虫を潰す思いである。

「何だお知り合いだったんすか。あたしが探していた女の子はこの子だったんだよー」

「それはサーセンでした。あーしの知ってるこの子は『フライを撃ち落とす為に狙撃してる』子なんで」

「でも当たらなければ意味は無いけどね」

息を止め、瞬時に振り返る。目が自然と細まり、結果として睨め付ける形となってしまう。
だが女性の方はどりすの方を見向きもせずにパフィーリアの方へと近づいて行く、。

「ども、こんばんは。覚えてるかなー? 今日、倒れた君を運んだのはあたしなんだよー?」

女性は虚ろな彼女の視線の先に顔を割り込ませて尋ねるが、何も見ていない彼女がそれに反応する筈も無い。

「むー。反応が無いとお姉さん、困っちゃうんだけどなー。あたしはホルンって言う名前っす。お嬢さん、貴女のお名前なんて言うんすかー?」

ホルンと名乗る女性はパフィーリアの眼前で手を振り、反応を求める。
だが瞳孔の反応すら返って来ない状況に唸り気味。そしてどりす自身のボンテージは上がり続ける。

「用件はそれだけなのかい? だったらもう出てって貰って良いですかい。その子の御飯はこれからなんで」

「あ、じゃああたしもご一緒させて貰っても良いかな? 実はまだ食べてなくてぺこぺこなんだよね。
食堂ではいろんな人たちから質問攻めに遭いましてな、これがもう食べる暇も無くて疲れたのなんのって」

「そんなお仲間さんを放っておいて良いんですかい?」

「あとできちんと謝っておけばオールおっけぃっすよ。なんてったって心の友なのだから、まる!」

「・・・そこの心の友が嘆いている所にご飯を取りに戻ったら不味くないですかい?」

「おおっ、そう言えばあたしの分の御飯が此処には無い?!
あいやー、これじゃあ後で色々とぐちぐち言われるのを覚悟して戻る必要があるねぇ、参った参った~」

「如何してそうまでして此処で食べようとするんすか?」

「いやー、この子と色々とお話がしたくなりましてな。明日になるとまた出撃するハードスケジュールなもんで、今ぐらいしか時間が確保できないのよ。これこそ『きゃりあうーまん』の辛いところだねー」

「・・・そこ子は見ての通り、疲れてるんだ。また今度にしてくんな」

「この子には今日も明日も、もう無いみたいだけどね」

「―――あんたが・・・」

「ぅん?」

「こうさせたあんたがそれを言うんかよ!?」

激昂。決して部屋を出ようとしないホルンにどりすの堪忍袋の緒が切れた。

「パフィーリアがそうなったんはあんたらの所為だろうがや! その子はな、誰よりもあんな蝿を落としたいと願ってたんだよ!
奴等を落とす為だけに狙い続けて、撃ち続けて、思い続けて来たんだよ! それをあんたらが全てをぶち壊した。壊しちまったんだよ!!」

「――それは責任転嫁も甚だしいよね。あたし達はあたし達のやるべき仕事をしただけ。そして何かを抱いて撃ち続けても、何もやり遂げられなければ意味は無いよ」

「ああそうさ、そうだともさ。だけどさ、そいつはそーなっちまった。なっちまったんだよ!!
自身の無力だって分かっていて、それでも如何にかしようと足掻いてた! 自分の無力で味方が死んで行く姿を見続けながら、それでも足掻いていたんだよ!!!」

「それは味方の人達も災難でしたね。無力で無意味な援護ほど裏切られた信頼は酷いよ。どんなに足掻いたって、結果が出なくちゃ味方を見殺しにした責任は重大だよ」

「―――あんたは飛べるから、そんな事が言えるんだ・・・!」

振り返る。此処に着て漸く、ホルンはどりすを直視する。その顔は先程までのお茶らけたものではなく、真顔。
宝石の瞳には怒りも哀しみも無く、ただ淡々としていた。それが当たり前のように。

「そう、あたしは空戦メードのホルン。ベーエルデー連邦、対「G」独立遊撃部隊「白の部隊」隊長のホルン。
あたし達は空を飛ぶ。空を飛び、空から出来るあらゆる仕事をこなす。ただ戦域の後方で狙撃するだけでは務まらない戦いをしている。
出来なかった、では済まされない。あらゆる無理難題の要求をこなす。それがあたし達、空戦メードに課せられた使命なの。

それに比べてこの子は何をしているの? ただ空に無駄弾を打ち上げ続けて、それで何か役にでも立ったの?
少し見た限りでは何一つ役に立っていなかった。自身の無力を認めず、闇雲に只管に撃っていただけ。あたしからすればこの子のやっている事は無駄でしかない。違うの?」

坦々と語られる言葉にどりすは歯噛みする。先程までとのギャップは元よりどりすの感情論が何一つ通じない相手だと知り、だからこそ悔しさが込み上げる。
パフィーリアの成していた行為が余りにも無意味であった事は重々に承知していた。どんなに擁護しようとも、その事実は変わらない。変えようも無いのだ。

(でもよ、だからってさ。それで納得できるわけないじゃんかよ!!)

それを認めてしまえばパフィーリアを味方する人は誰一人も居なくなってしまうではないか。
仲間を見捨てる――どりすにはそんな選択肢は存在しない。仲間を見捨てるぐらいならば、一緒に戦場で孤立する方を選ぶ。
例え戦場の掟だろうとも、そんなモノは糞食らえだ! 仲間を見捨てる奴なんて、人の屑だ。

ホルンの真っ直ぐな視線を正面から受け止め、見返す。例え言葉で反論できずとも、心は決して退かない。
仲間を貶す目の前の存在に一歩たりとも引かない思いをそのまま視線に込めて睨み返す。
それだけしか出来ない。だけどそれ以上は決して下がらない。不動の意思を相手に叩きつける。

「――ご免ね」

ふと。ホルンの気配が柔らかくなる。真顔であった顔も小さく微笑みを湛え、少し申し訳なさそうである。
例えるならば、少し意地悪が過ぎて怒られたやんちゃな子供の様な。

「この子を苛めたくて来た訳じゃないんだけどね。事実はどうあれ、あんな悲しい声を出す程に我慢してた女の子のその後がただ気になってたの」

彼女はパフィーリアの頬に手を添え、撫でる。反応は皆無。その様子にホルンは痛ましく思う。

「パフィーリア、って言うんだっけ。この子。そっか、あたし達が駆け付けたからこの子の最後の拠り所を壊しちゃったんだね。
でもね、あたしはそれでも後悔しないよ。そうしないとあそこで失われる命が多くあったんだもん。
パフィーリアかパイロットの皆か、こうして知った今でも間違ってないってはっきり断言出来る。君はそんなあたしを軽蔑する?」

「・・・・・・あーしにそんなもん、聞くない」

「うん、ゴメン。意地悪だね、あたし。君はこの子の事を大事に思っているのは良く分かったよ。
メードだろうが人だろうが、みんな心を持って生きてる。心の無い奴なんて生きてるって言えないもんね」

撫でる。無心のままなパフィーリアの頭を軽く抱き、ホルンは優しく少女の頭を撫で続ける。
優しさに満ちた様子にどりすは何も言えない。どう反応を返せばいいのか、どりすは知らない。

「だからね、この子がこうなったのはあたしの責任。いつか、いずれ、じゃなくて。パフィーリアがこうなったのは確かにあたし達の所為。
だからね、あたしはこの子に元気に戻って貰う為に一つ提案があるんだけど、良いかな?」

「――何さ?」

百面相もかくやなホルンの様相にどう判断すれば良いのか困惑しているどりすに向けられる真剣な眼差し。
故にホルンの口から語られる言葉に、どりすは更なる混乱の淵へと追い込まれて行くのだった。


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最終更新:2009年04月18日 10:58
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