草の友情駆引

(投稿者:トーリス・ガリ)

「――以上が五車の術だ。これも単なる忍術としてではなく世渡りの術として……千景様、かざまを起こしてやっていただけませんか」

 ぽんぽん、ぽんぽん、肩を叩く。
 ゆさゆさ、ゆさゆさ、掴んで揺らす。

「かざま様……かざま様?」

 ここは門隠大社森叢家。
 外は晴れ。超晴れ。そして暑い。
 お昼ご飯を食べて午後の授業。
 ジンナイを教育係として、かざま、千景、その他森叢の忍びが多数この授業に参加している。
 今は動き回るわけではないので全員私服。
 和服ばかりだが、かざまだけ空気を読まず何故かセーラー服。

「これを瞼に……」
「……? なんでしょう?」
「薬草から抽出したエキスです。非常にスーッとして虫刺されや痒みに効きます」

 クロッセルでの任務から楼蘭に呼ばれ帰ってきたジンナイ。
 最初はかざまの教育と自衛隊の補強に宛がわれたはずだった。

「……これくらいですか?」
「その倍がよろしいかと」

 だが途中、門隠大社の目に留まった。
 一対一の師弟関係から、一対多数の教師と生徒の関係になった。
 肩書きは自衛隊の隊員だが、Gの発生が少ないため、現在は殆ど門隠の懐刀。

「……はい、塗りました」

 人付き合いは、少なくともクロッセルに飛んでからは仕事上の最低限に止めていたが、七年、メードで言えば老体となる頃に突然周りに人が増えることになるとは。
 初めはどうなるやらと身構えていたが、「五車の術」、喜怒哀楽と恐怖を司る心理術が役に立ち、案外楽に打ち解けることが出来た。
 はい、現状説明終わり。

「ギャァァァァァァァァァァム!!!!!!」
「では五車について質問は……」

 言いかけて止めるジンナイ。
 次の瞬間、障子が「バン!」と遠慮なく開けられた。

「おおーー、やってんなジンキチー」

 現れたのは大社に呼ばれてから知り合った白々朗。
 ジンキチとは無論ジンナイのこと。
 この男、やたらジンナイに親しげにしてくるが、ジンナイも特に悪い事ではないということで気にはしていない。
 というか、変に拒絶して関係悪化は避けたいところなので、嫌でもそう呼ぶなら呼ばせておくのだ。

「またかざまもいいけどな、ちったぁ千景の方も虐めてやれな?」
「お、おやめくださいませ白々朗様……」
「ギンギンするでゴザルギンギンとーー!!」
「……何か用か?」

 何故か胸をときめかせる千景と腕をパタパタさせて訴えるかざまをいないものとして白々朗に顔を向ける。
 ちなみに立場は白々朗の方が上。
 にもかかわらず上下関係にはしっかりしているジンナイが「……何か用か?」などとタメ口を利いているのは、本人から「固い!」と言われ「上の者からの命令」という形で強要されているからである。

「んー。えっとな、明日の午後、亜国からお前の友達がだな……はいコレ手紙な。ていうかよぉ、お前基本単独行動だったくせに友達いたんだな」
「ぐ、失敬な……だが丁度いい」

 と言いつつ手紙をさらりと読み、何やら怪しげに目を細めるジンナイ。
 そして教え子達に向き直ると一言。

「厄介な敵が来るらしい。明日全員でこれを迎え撃つ。詳細は後で話そう」

 何を血迷ったかジンナイ、自分の友人を敵呼ばわりし、あまつさえ教え子達に迎撃しろなどと言いやがった。
 そして言い終えると、白々朗の方には向かずに他に用件があるかを確認し、

「や、それだけだ……じゃあ俺はここらで。さららとデートいかんとな、デート」
(さらら殿も厄介な敵を迎え撃つ準備をなされる頃合か……)

 と、やりとりもそこそこに授業を再開するのであった。







 その後の授業の内容など面白くもなんともないのですっ飛ばし、一気に当日午後三時。
 森叢家には誰もいなかった。
 と見せかけて実は至る所に忍びが潜んでいる。
 池の中、木の上、草むら、地面の下、壁など隠れ方は様々。

(敵はあの師匠に厄介と言わせるほどの人みたいでゴザルね……)
(……ええ、安易な不意打ちも簡単に見切られるでしょう)

 クナイが、背中の翼が、それぞれ息苦しそう。
 かざまと千景は、二人仲良く縁の下の奥で平べったくなっている。
 敵が来たらすぐ出られるように準備はしているが、来るのが遅い。

(ていうかお友達なのにこんなのってアリでゴザルか?)
(……さ、さぁ……ただ甚内様のことですし、何かお考えがあってのことかと)

 他の仲間にも動きが無い。
 縁の下に潜って早三時間、待ち時間の三時間がどれほど長い、いや永いのか想像に難くないであろう。
 集中力も揺らいできそうだがこれも修行の一環、自分に負けてはいけない。
 軽く会話を挟んで紛らわす。
 「いや、それって結局集中してないんじゃry」と思うが、疲れるのも無理は無いので許してやれ。

(……師匠のお友達ってどんな人なのかな)
(……同じ忍びなのでしょうか?)
(ああ、そっか、そうかもしれないでゴザルね……)

 ジンナイの友人。
 寡黙でストイック、目つきが鋭く右の眼帯と左目の傷が怖い印象を与える彼。
 そんな彼にも友人がいたということが、本人には非常に申し訳ないが、二人には驚きの新事実なのである。
 今は身近なだけに、興味が沸く。

(やはり甚内様と似たような方なのでしょうか……)
(師匠みたいなのが二人いたら……なんていうか、友達以前の問題のような気も)

 そんなことを小声で話している間にどんどん時間は過ぎていき、もう四時前、いくらなんでもこれは遅すぎる。
 その友人に何かあったのかもしれないと二人は考え始め、行動を起こす。
 まずはジンナイに話をしてみることに。

(拙者、師匠の所に行ってみるでゴザル)
(いえ、ここは私が。かざま様はメードですから)

 かざまはこれを了解し、千景はジンナイのいる中庭に移る。







 中々来てくれない敵でも、見つからないようにはする。
 闇夜を舞う森叢の翼がこういう時は邪魔だ。
 なんでこんな所に隠れてしまったんだろうと後悔しつつ、床下を進んでいく。
 迅速な行動を心がけ、少しでも速く進んでいくと、中庭が見えてくる。
 そこで千景は自分の目を疑った。
 既にジンナイが交戦中だったのである。

(甚内様……!!)

 楼蘭人としては背の高い部類に入るジンナイよりも更に背の高い、というよりは巨大で、服装からして同じ忍び。
 敵は既に来ていたのだ。それも訓練中とはいえ森叢の忍者集団全ての目を掻い潜ってである。

「森叢に仕えていると聞いたが、自衛隊の方はどうした?」
「……聞くまでも無いだろう、春賢」
「……自衛隊と門隠、どちらが力を握っているか、と」

 ジンナイの手から四~五発の手裏剣が飛ぶ。
 大男がおおよそ一般的な忍びの武器とは離れた、恐らくは銃と一体化したであろう形状のトンファーを器用に回して防ぐ。
 ジンナイはそのまま超低空を滑空するように、しかし滑空と呼ぶにはあまりに速い速度で、中距離から一気に大男の懐に跳び込み、短刀で斬りかかる。
 しかし大男はそれをトンファーで受け止め、逆に力で吹き飛ばす。
 ジンナイは空中に放り出されたと思われたが、既に体勢を整え、大男の前方斜め上から大型手裏剣を三発投げる。
 大男は軽く後方宙返りでかわす。その体躯からは想像も付かない、しなやかで素早い動きを見せた。そしてそのままトンファーを構え、銃弾を連射する。
 一体どういう体重をしているのか、宙を舞いまだ着地しないジンナイに向けて多数の弾が飛んでいく。
 ジンナイはその場で短刀を構え、両手を広げた状態で竜巻のように高速回転。すると銃弾は全て弾かれてしまう。
 銃声が止み、ジンナイの回転が止まる。かなり高く、距離も長く飛び上がっていた。
 が、着地は脚を曲げることもせず、ふわりと音も無く、まるで木の葉が舞い落ちたかのよう。
 この間、五秒弱。

(これが……甚内様の力……?)

 千景が思わず全てを忘れて見入ってしまうほどに圧倒的な動き。
 あれだけ激しい動きをして両者無傷、大男は顔が見えないのでわからないが、ジンナイの目はいつものポーカーフェイス。本気だと思って見ていたが、まだまだ余裕。

「忍びに見張らせたのは……ほう、差し詰め教育か」
「……そうだ。この機会を逃すわけにはいかない」

 やはり気付かれていた。
 ということは、もしや自分が床下からこの戦闘を見ているのにも気付いている?
 千景は考えた。会話の中で「教育」を肯定した以上、命の危険はまず無いだろうが、まだ任務が終わったわけではない。
 銃声が響いたのなら流石に仲間にも聞こえているであろう。
 そう思って辺りを見回そうと首を回した次の瞬間、隣でかざまが感動しているのを発見。正直ビビった。

(カッチョイイ、師匠カッチョイイでゴザル……!! でもあのおっきい人も凄いでゴザル!!)
「お前達、もう出てきてもいいぞ」

 油断していたときにジンナイの声。
 任務が終わったことを示すその一言を聞いて、千景やかざま、そして他の忍びが続々と、様々な場所から様々な方法で出てきた。

「何故見つかったか、各々よく考えるように。以上、本日はこれまで」







 そして夕食。
 全員着替えて普段着の着物。かざまも今回は空気を読んだ。
 お客様ということでそれなりの用意をした。

「じゃあ師匠と春賢殿は一緒に修行したライバルってことでゴザルね!」
「いや、ただの同期だ」

 大きな体にゴッツイ義手を付け顔を隠した男。
 かなり怪しいというか、近寄り難い雰囲気を醸し出していたが、中身はスキンヘッドで優しい顔のお兄さんだった。
 男の名前は春賢。「はるかた」と読む。
 数少ない友人であり厄介な敵、つまりライバル。
 ただ、仕事第一のジンナイの性格からして、「ライバル」という意味では言っていない。
 「厄介な敵」という教材として利用しただけであり、そもそも同期であったため会う機会が多かっただけ程度にしか考えていない。
 ジンナイの言う「友人」とはその程度のものなのである。
 それでも確かに、春賢はジンナイの数少ない友人なのだ。

「変わらんなぁ、甚内殿は。だが昔からするといくらかいい」
「いくらかって、じゃあ前は?」
「それはもう、「御意……」やら「いや……」やら「そうか……」やら、挙句「語る言葉無し」とまで言われたものだ」
「……昔のことだろう、もうその話はやめてくれ」

 苦笑する春賢。
 これでも彼らの会話としては実は成立しているのである。多分。
 今のようにそこそこ話すようになったのは五車を覚えてから少しずつらしい。

「それにしても、トンファーはまだしも、忍びの技にマシンガンを使うものなんてあったんでゴザルね」
「元は甚内殿と拙者の技は同門だったらしいが、枝分かれしていくうちに変わったようだ。無論、甚内殿が本家に近い」
「都合のいいものは取り入れるべきだが、私の性には合っていなかった」

 どんなに確立したものでも、時間に変えられるのはよくある話。
 それはいいとして、さっきから千景が一言も喋っていない。
 春賢は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、ジンナイと見比べて「ふっ」と口の端で笑った。
 そしてそれに、見比べられた本人は気付いた。

「なんだ? 何故笑う?」
「いやいや、大した事ではない。遅咲きの春を見ただけだ」

 それを聞いたジンナイは「お前もか……」とあからさまに目をそむけて嫌な顔。そして赤面。
 かざまはなんだかよくわかっていない様子、お相手(?)の千景も特にそこまで考えている様子ではなかったが、なんとなく顔が赤い気がしないでもない。
 春賢は「良きかな良きかな」と笑顔。
 そしてその匂いを嗅ぎつけた犬が一人。

「だろ? アンタもそう思うよな?」

 急に障子が開き、「俺も混ぜろ」とばかりにズケズケと無遠慮に入って春賢の隣に座る。
 誰というまでも無い。白々朗はこの程度には神出鬼没である。
 ジンナイが更に嫌そうな顔をし、「うわぁ、こんな時に来やがったよコイツ勘弁してくれよマジで」とでも言うように深い溜息をついた。

「白々朗様、いらしていたんですか?」
「ん、ああ今来たとこ。気にすんな。適当に盗って食うから」

 言いつつジンナイの箸を取ってジンナイが大事に残していた茄子の天ぷらを口に運ぶ。さすがはメード、その動作一つ一つが素早い。
 「あっ!」と、声こそ出さなかったがそんな表情をし、直後諦めたかのように、しかし名残惜しそうに二度目の溜息をつきながら、白々朗が天ぷらを美味しそうに食べる様子を眺める。

「ん? どしたジンキチ?」
「……いや……なんでもない」

 だがその「なんでもない」を聞くつもりも無いようで、つまりなんでもなくてもなにかあっても別にどうでもいいようで、既に意識は春賢の方にいっていた白々朗。

「アンタでっかいな。まぁいいや、アンタ、えっとたしか春賢だったな。じゃあハルキチでいいな?」
「ん、ああ、構わんが、貴殿は?」
「俺は葛神白々朗だ。そんなことよりよぉハルキチ。さっき遅咲きの春って言ったろ? コイツ認めようとしねぇんだよコレが」

 早速面倒事が始まったと、三度目の溜息をつくジンナイであった。







 虫と梟と蛙、風と水の声が意外に騒がしい、夜中の三時。
 屋根の上に立ち、久しぶりの楼蘭の夜空を観賞していた春賢の後から、ジンナイの声がした。

「ああ、甚内殿……」

 あれからジンナイと千景の話で盛り上がり、ジンナイは散々白々朗に弄られ、森叢+αにすんなり溶け込んだ春賢は笑ってそれを聞いていた。
 ちなみに千景は至って冷静と見せかけて実は若干照れていたことを、春賢も白々朗も見逃さなかった。

「先の、千景殿とお主の話だが……」
「アレは誤解だ」

 すると春賢、「やはり……」と一言。
 そして

「お主の性分は理解している。考えたことなど無かろうよ」

 と、こう言う。
 色恋沙汰には免疫が無いという、忍びとしては致命的にもなろう唯一の弱点を春賢は知っている。
 いや、他からもけっこう知られているかもしれないが。

「……そうか、ならいい」

 一言言うと、両者しばらく無言。
 昔からジンナイはこうだった。
 忍びのためのトレーニング。
 忍びのための学習。
 忍びのための遊び。
 忍びのための交流。
 だが同じく忍びのために必要なはずの女性関係は、一切無かった。

「お主はいつもそうだったからな……自らを鍛え上げるために如何なる事であっても手を抜かなかった。だが恋だけはしなかったな」
「結末は目に見えている」

 またしばらく無言。
 これでも前述の通り、二人の間では十分な会話なのだ。
 ただ、友情に言葉はいらないとか、以心伝心とかそういう大そうなものではない。
 単に話すほどの事が無いだけだし、そもそも大抵のことは夕食のときに話してしまった。
 と、少なくともジンナイはそう思っていた。
 だが、久しぶりに会った友人同士。こういうことがあってもいいだろう。
 と、少なくとも春賢はそう思っていた。
 二人が上手くいっているのはこの違いがあるからこそ。
 他に話すことも無く、なんとなく千景のことがまだ気になっていたので、話はそちらに向かう。

「千景殿は……自分で気付いているかは別としても、甚内殿……お主を意識しているようだぞ」
「白々朗にも言われた……応えてやれとでもいうのか?」
「いや……それは拙者が口出しすることでもあるまい……が、頑なにならずともよいではないか? とな」

 「ふん」と息を漏らすジンナイ。
 それ以上は何も語らなかった。
 その様子に、春賢はただただ苦笑するのみであった。







 夜が明けて、すずめが鳴く。時刻は十時。
 ジンナイはそっけなく、話も相変わらずあまり無かったが、だからこそ安心できた。
 次は自衛隊に用がある。そしてそれが終わればまたアルトメリア。
 このご時世だ、優秀な人材は特に休みが少ない。

「行ってしまわれるのですか。もう少し休んでいただいても……」
「ちょっと寂しいでゴザル」
「拙者も仕事がある故、長居はできんのでな……まぁ、生きていればまた帰ることにもなろう」

 かざま、千景、ジンナイとその他大勢に見送られる春賢。

「……生きていればか」
「春賢殿なら、そう簡単に死なないでゴザルよ」
「お前は甘い。どんなに優秀でも死ぬ時はあっけないものだ」
「……甚内様…………」

 その通り、どんなに優秀でも。
 だからこそ、ジンナイにとって友人はこの程度で十分なのだ。

「メードの命は短いが……せめてあと一度くらいは会いたいものだな」

 春賢は、森叢家を後にした。

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最終更新:2009年06月12日 00:16
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