(投稿者:Cet)
見つかった。
サバテは直感した。
黒い
ドレスを着た女性、
ファイルヘンというメードの向ける視線が、暗闇ののたう中に佇むサバテへと、はっきりと突き刺さったのである。
そのメードは傍らに立つ男性をサバテ自身から守るように、一歩前へと進み出た。
「ハインツさん……見つかってしまいました」
『何をやっとるんだバカ者! だからアレほど慎重にやれと言っただろうに』
「そうは言われましても……」
たじたじと携帯無線に応答するばかりである。
『状況を報告しろ、急げ!』
メードの隣に立つ男性の目線がこちらに注がれるのも分かった。同じく発見されてしまったようだ。
じゃき、と、メードがこちらに拳銃を取り出して向ける。同時にサバテの方も、拳銃をホルスターから素早く抜き出して、彼女の方へとぴたりと構えた。
「は、ハイ。周囲を警戒していたメードと、それからもう一人に視認されました」
『サバテ、そのまま、そのメードに狙いを付けろ』
「りょ、了解です」
彼女は一歩、前へと踏み出す。じゃり、と地面を踏みしめる音がやけに大きく感じられた。
「……動かないで」
何だか自分の台詞に相応しくないような想いの中、彼女は言った。
どういう事情なのかはヘルメスベルガー中尉とサバテの両人には全く理解できなかったが、とにもかくにもその任務を二人きりで遂行することが重要なのだそうで、なお特命はヴァン・フォッカーの抹殺の一点のみに切り替わっていた。
彼らはその命令を早々に受諾すると、ひとまず路上に放置されている一般車両を拝借し、およそ百キロの距離を駆け始めたのであった。
そして今、
ハインツ・ヘルメスベルガー中尉は、改めて定めた目的のポイントへと走っていた。
サバテが彼ら
情報戦略課の一行を発見したのは、ついさっきのことだった。
メードであり、索敵能力及び踏破能力に長けた彼女を斥候として利用するのは、戦略上間違いであるどころか、むしろ当然の落とし所であった。
しかし彼女が斥候の最低条件である隠密性を充分に獲得しているというわけではなく、このような落ちがついたのであった。
彼らを発見した、という報告があってから、その地点を詳しく聞きだした上で瞬時に見出した狙撃ポイントへと、彼は走っていた。
願うらくは、サバテと彼らの膠着状態が、できるだけ長く続いてほしいというばかりである。
眼前の廃ビル、そしてその四階。
路地の空間に遮られず彼らを視認可能なその場所へと、彼は走る。
「どうしてこうなったんだ」
彼は厳しそうな息の隙間に、嘆きを挟んで吐き出した。
「……サバテか」
クナーベはぽつりと漏らした。
外見と関連した噂が親衛隊の連中の間に蔓延していたのもあって、クナーベを初めとして、ファイルヘンとフォッカーは彼女を認知しており、その上で認識していた。
彼女が紛れもなくメードであることも合わせて認識しており、当然、その手に携えた拳銃の威力は本来のものを大きく上回るということも、彼らは理解していた。
その彼女と、真っ向から対峙し合っているのは、ファイルヘンであった。
「担当官はどこ」
彼女の言葉に、サバテの肩が跳ねる。
「教えるわけにはいかない、か」
短い沈黙の後、ファイルヘンがぼそりと呟く。その目はどこか爛々とした光を湛えており、クナーベの側から見れば、正面から彼女の姿を捉えていない分、彼女の表情までは把握しきれない。
じっ、とファイルヘンの睨みを受けて、サバテは小刻みに震えているようでもあった。
戦闘に慣れていないのと同時に、このような状況を未だ飲み込み切れていないのも、明らかであった。
「まあ、クナーベが私を殺せばそれでいいんですよ」
そんな中、フォッカーが何気なく言ってみせた。
「課長……まだ言ってるんですか」
「彼らに間接的な指示を与えたのは、私ですし」
「どういうことです」
クナーベの表情がいい加減強張っていた。それに対して、フォッカーのそれはいかにも柔和で、いつものとおりである。
「この状況は私が作りだしたものだ、ということですよ、クナーベ」
「ふざけないでください」
「ふざけてなんかいませんよ、私は、貴方に復讐をしてほしいのです」
クナーベの額に汗が滲む、彼は、随分と前から拳銃をフォッカーに向けて構えていた。
「いったい、何の」
「十年前の五月、私は貴方の大切な人を殺しました」
ミシェルと名乗っていたその女性には本当の名前はなく、そして本国籍はヴォストルージア連邦のものだった。
すると、クナーベはいつもの雰囲気のままで言い放った。
「そのことなら良いんですよ」
「は?」
フォッカーが素っ頓狂な声を上げる。
「今の俺にはファイルヘンがいますし」
ぴく、と名前を呼ばれた彼女の肩が跳ねる。
「もうあの頃の夢を見ることはなくなりましたよ、おじさん」
「あ、あ、あー……」
フォッカーは何事かを呟くと、地面に座り込んでしまった。
なんということだ、と言っているようだった。クナーベはその姿を見て微笑む。
そして、ふいに、どこからともなく殺気が現出した。
クナーベはすぐ、その殺気がどこから来るものかを見極めた。
それは彼の前方を遮って立つファイルヘンからのものであった。
がちゃ、彼女の足元に何かが落ちた。手投げ式の手榴弾、それを彼女は素早く正面へと蹴り飛ばして、彼女と対峙していたサバテが同時に踵を返した。
その姿をファイルヘンは最後まで見届けず、手榴弾の爆発範囲から逃れる為に、そして、今まで忘れられていたもう一人の視界からクナーベを守る為に、一歩を踏み出した。
猛然とした爆風に包まれる視界に向かって、老兵はただ一発の弾丸を放った。
その違和感を伴った手ごたえを、彼は瞬時に認識していた。
最終更新:2009年11月12日 01:44