Chapter3 : 1947青・2

(投稿者:Cet)



 赤の部隊は、殿軍として撤退支援に努め、青の部隊は損耗が著しいとして、ひとまず兵站基地にまで戻ることとなった。
 しかし、とトリアは思う。恐らくここでゆっくりしてはいられない。
 何故ならば、先遣隊がそもそも大きなダメージを受けているからである。その結果として、自分達にも被害が及んでいるのだ。
 ならば、次に行われるのは、損耗の少ない者達を中心に編成した部隊による第二次攻撃、あるいは膠着状態の形成だろう。恐らくそれはすぐにでも行われる。ならば準備をしなくては、と彼女は思い当たった。
 その時、兵站基地の中を暗い面持ちで歩くトリアの視線が、一人佇むホルンの姿を捉えた。
「ホルンさん!」
 人手ごった返す広場の中、ホルンはトリアの声に顔を上げると、あはは、と少し困ったように笑った。
「やートリアちん、そっちも大変だったそうだね」
「そうなんです、ジェフティさんが怪我をしちゃって、それから、シュワルベさんも気を失ってしまって。
 ……ところで、ホルンさんは先遣隊の中で行動していたらしいじゃないですか! 大丈夫だったんですか?」
「や、まあねー」
 そういうホルンの様子は、普段とさして変わらない。しかしトリアが見る分には、どこか気落ちしているような印象だった。
「何ていうか、すっごいのがいたよ。アレはGなのかな、人間の形をしてた。
 部隊を下げるので精いっぱいだったよ。
 負けないようにするのは何とかなるけど、ありゃ勝とうとして勝てるもんでもないね、びっくりしちゃった」
 らしくもなく、彼女は述懐した。
 しかし、余程の何かを目にしたのだろう。それは、トリアにも理解できるところであった。
「そう、ですか」
「うん、トリアも気を付けてね。あの蠅男、今度会ったら……びっくりさせてやる」
 何やら決意のこもった口調で、彼女はそう言うのだった。
 トリアもどうにか頷いて見せた。
 それから間もなく、トリアも再編成の指示を受け、前線に戻る準備を始めることになるのだった。


 砲火の音が鳴り響く。
 歩兵は作戦想定範囲の一番最後尾にまで下げられており、中段にはメード、そして前列では戦車がとにかく撃ちまくるのである。それが定石だった。
 臼砲の類が、廃棄を前提として歩兵の間で扱われることも多いが、この場合もそうだった。おぞましいほどのワモンの群れに、砲弾の雨が降り注ぐ。
 続いて、戦車が後退を始める。下がりながら、砲撃を加え続ける。
 それと擦れ違うようにして、中段のメードが前に出た。その中に、ブラウの姿もあった。
 頭が痛かった。俺は何故ここにいるのか、その疑問がぐるぐると回って、落ち着くことを知らないのだ。
 彼は頭を振る。そんなことを気にしている場合ではないと、彼自身が一番分かっていた。今はとにかく一匹でも倒し、自らを筆頭に味方の生き残る可能性を高くしなければいけなかった。
 彼は走り出す。迷っていることはできなかった。
 騒音と共に戦車が後方に下がっていくのと擦れ違う。そして、そのことによって開けた空間が、Gとメードの殺し合う場として誂えられるのだ。
 黒い絨毯、いや小高い甲殻が、地面に敷き詰められて、迫ってくる。
 彼は歪む視界の中で、ライフルを構え、そして膝立ちになった。ずらりと並んだメードたちも同じ形になる。それぞれの持つ火器が、一斉に吠えた。
 戦車の砲撃に匹敵する衝撃力が、前列のワモンを吹き飛ばす。得も言えぬ音がする、それは単純に、彼らの牙が軋み合う音なのだろうか。がちがち、ぎちぎち。
 それともそれは、彼らの肉に、弾丸が食い込むことで生じる音なのだろうか。
 ワモン全体の動きが鈍る。
 強靭な生命力を誇る彼らであったが、メードを前に恐怖したのだ。
「突撃!」
 指揮技能に長けたメードの声で、メード達は一様に駆け始める。彼らはそれぞれ近接戦闘武器を携えており、そしてそれを用いることで、コンスタントに戦果を上げる術をわきまえていた。
 ブラウも、軍刀の一本を手に、並み居る化け物たちの群れへと突っ込んでいく。彼らの疾走速度は、通常の人類の限界を遥かに凌駕したものだ。
 押し寄せる人波に竦むGの前で跳躍し、体重を載せて斬りかかる。
 ざくりと肉の割れる感触があって、体液がブラウの顔面に浴びせかけられた。


 前線は再び押し返しつつあった。
 当初、人類側の地上部隊が空戦部隊に比べかなり突出した形になり、連携がイマイチ成立していなかったものの、今となっては逆にそれが功を奏していた。
 空戦部隊は、地上部隊に攻撃を仕掛けようとするGを遮断し続けることによって、挟撃の形を取ることに成功し、空でのイニシアチブを取り戻したのだ。
 トリアは、『青の部隊』ごと、再編成された先遣隊の一員となって戦闘を行っていた。
 シュワルベとジェフティが一旦編成から外され、その代わりに通信機能を増幅する技能を持つドレスが、他の部隊の支援から戻ってきていた。
 基本的にGは全体心理のようなもので統制されてはいるものの、具体的な指揮官などが存在しているわけではなく、基本的にその戦法は突撃を繰り返すだけだ、というのが定説だ。
 そのため、とにかく突っ込んでくるフライを先早く落とし、その上で裸になったドラゴンフライを落とすというのが人類にとってのセオリーであった。
 ただ、そのドラゴンフライがフライと共に突っ込んできた上に、その猛威を縦横に振るおうとしてきたことがしばしばありはしたものの、その際は近接戦闘要員がドラゴンフライを確実に仕留めていった。
「でりゃあああああ!!!!」
 ナーベルの叫びと共に、鈍器のような大剣が振るわれ、ドラゴンフライの首根っこを深々と抉った。
 ぎぃぃぃぃぃ、と耳をつんざくような悲鳴を上げるドラゴンフライに対して、トリアら射撃兵器を持つ要員の火線が集中する。
 頭部を根こそぎ破壊され尽くしたドラゴンフライは、地面へと降下を始める。
「……戦闘空域クリアー」
 ドレスの呟きは、人間の搭乗する戦闘機のコクピットへと伝達される。
『こちら黄の一。了解した、貴君らを先導する』
「青の六了解ー……」
 ドレスの返答と共に、戦闘機編隊が彼女らのいる位置より若干上空を前進し始める。彼らは直接Gにぶつかりあう愚は犯さず、戦闘空域を少し外れた位置からの火砲支援を行っていた。
 戦闘機らがエンジン音を立てながら正面方向に進路を取る。そして、メードである彼女らもそれを従う。
「鎧袖一触とはこのことか、奴ら、部隊単位の行動にはとことん疎いようだな」
 ナーベルが呟くのに対して、トリアは一つ頷いた。
 この調子ならば、と思う。しかし、彼女には懸念していることが一つあった。
 当初敗走した先遣隊の被害原因が、未だ定かではないということだ。
 生還した先遣隊は、大きく分けて二通りの発言をしていた。
 ただ単純に行動の選択ミスによって被害を受けたというものと、そうでないものだ。
 そうでない部隊の証言の中で、大部分を占めていた報告というのが実に奇妙で、何だかよく分からないものに襲われた、とのことだった。その類の発言をした生還者の全てが、ただただ必死で逃げ帰っており、その襲ってきた相手を見定めることすらできなかったのだという。あるいは、暴力的な風圧に撒かれたようなものだった、ということだった。
 ただ、トリアにはホルンの言っていたことも気にかかっていた。蠅の男、と彼女は言ったが、一体何なのか分からない。
 ひとまず情報が少なすぎるとして、全体の決定は『気にするな』、あるいは『気を付けろ』というものに絞られてしまっている。
 確かに、よく分からないものを気にしたところで仕方ないのかもしれないが、事実気になってしまうのだから仕方がない。
 本当に、作戦の進行は予定通り進んでいるのだろうか。司令部が自棄を起こしていて、自分達が捨石にされようとしているのではないのだろうか。
「……ちょ、ちょっと」
 不意に上げられた声に、混迷に陥ろうとしていた熟考を振り切って、トリアは顔を上げる。
 とそこにはドレスが必死に部隊の移動速度に追従しようと努めていて、しかしそれ以上に何か重要なことがあるかのような表情をしていた。
「待って……! 何だか、様子が、変」
『……こちら黄色の一、何があった?』
 戦闘機編隊は一斉に反転すると、追従する形であったメードらに対して接近する。一方ドレスの小さな叫び声を聞いた彼女達は、すでに足を(というか翼を)停めている。
「無線が、すっごい混乱しててー……」
『というと、どのように混乱しているのだ?』
「つまり、前線がもう保たないって」
『……それでも、我々は命令系統上位からの特別な指示がない場合、勝手な行動を取ることはできない』
「右翼前線が崩壊ー、至急、撤退きょかを求むー……」
 彼女の抱える通信機器には、リアルタイムで増幅された通信内容が飛び込んできているようで、彼女はその内容を口走りながらおろおろとするばかりである。
『……了解、司令部に対して打電を試みる、ひとまず各員は待機』
 通信の内容から垣間見るに、戦況は決して有利な状況にあるとは言い難いようだ。トリアは同じメードのメンバーと視線を交わす。
 どこか頑なな目付きをした人達ばかりで、ふっと、彼女の緊張は緩んだ。
 ただ、それを表情に出さず、彼女自身も同じように辺りを警戒してみる。
 つまり、彼女は多少なりの安心感を、同じ部隊の面々に覚えたということだ。
「南西距離15000に敵影を確認!」
 そんな中で、ドレスがただひとりわななくような声で訴えた。
「それは、まずいですね」
 トリアは呟く、つまり、それはつまり、今日の時点で既に一度は経験した退路を遮断されるどころの騒ぎでは、ないかもしれない。
「つまり右翼は本当に瓦解しているということだな、また難儀な話だ」
 ナーベルが大儀そうに呟いて、そしてルーラは諦めたように首を振る。
『……任務中止、我々は北西方面に撤退するが、場合によっては殿軍を務めなければいけないかもしれない』
「了解っ、そうと決まったら皆きりきり逃げる!」
 先程まで無言であったミテアが大声を張り上げて、暗い雰囲気をどうにか払拭しようと努めている。
 その中でトリアは思う。自分自身に限って言えば、とっくに覚悟は決めているのだと。
 その覚悟を決めたのがいつなのか、どこでなのか、それについて何となく彼女は知っているような気がした。ただ、はっきりとは答えられないのだけれど。
 しかし、囮にされるよりはマシだと思うのが一番と、彼女はすぐに思考を切り替えた。


「はは、あはっ、はっ」
 打って変って地上の戦況は比較的人類側有利で推移していた。
 押し寄せてくるGを叩いて叩く、そうしていれば円は閉じた。
「そもそもこのグレートウォール戦線で陸上のGが何のことある」
 ブラウの全身はGの体液にまみれ、今彼は兵営で一人座り込み、小刻みに身体を揺すっていた。戦場の感覚が拭い去れないのである。
 と、彼の前にアンリが現れる、俯いていたブラウが顔を上げる。彼の表情は笑顔だったが、目は見開かれ、口元は引きつっていた。
「ようブラウ、そろそろ作戦が下るぞ、最終命令だ」
「空軍のヘタレ共がもう保たなくなったか」
「ご明察。次の攻撃は高射砲による支援が中心になり、メードは砲の防衛に務める。その間にこの陣地は放棄されるという手筈になっている」
「なんだぁ? グレートウォール戦線は陥落したってのか」
「そうだ」
 アンリははっきりとした口調で言った。
 ただ、その様子はどこか淡々としていた。
「そうかあ、たくさん人が死ぬな」
「ああ」
「メードも死ぬんだろうな」
「ああ」
「俺は死なない」
「俺もだ」
 二人は、お互いを睨むように見据えた。
 アンリはそうして何も言わずに去っていき、ブラウも何も言わなかった。

 何かを忘れている?
 ふざけるな、全部思い出しているじゃねぇか。
 それが何なのか、分からなくても、だ。


最終更新:2009年11月25日 23:38
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