深淵の穢れし乙女の園

(投稿者:レナス)



光明――光り輝く希望の道標。

暗闇――絶望にして恐怖の象徴。

明暗―――表と裏であり、互いに対となる存在。

『暗闇の中に光明が差し、明暗を分かつ。』

人は光を求める。光の中で生きるのであれば自明の理。
光に魅入られた者達は闇を嫌う。闇は全てを飲み込み、存在を知覚できない恐怖に苛まれるから。

ならば闇に生きるモノが求めるべきモノは光と闇、どちらであるべきだろうか―――。




漆黒の光に包まれる。彼等がそれを認識出来たとすれば、その一言に尽きる。
元より眼球を有さない「G」は触覚による知覚が専らだが、彼らに認識に至るまでには至らない。
目を有する「G」は光を奪われる不可思議な体験を知覚した瞬間に終焉を迎えたであろう。

黒が世界を塗り潰し、やがて自然の光が描き戻す。降り注ぐ太陽の光が世界の有り様を、事象の結末を露わにする。

土気色の削れた大地の露天掘り跡。隕石落着によるクレーターと見紛うても不思議ではない更地が視界を埋め尽くす。
元が原生林の深い森である事を思い起こさせる緑の線が地平線の彼方に存在している。
空白地帯(グラウンド・ゼロ)を形成し、その起点となった場所に一人の女性が鎮座していた。

「――――」

無言、そして表情は窺えない。漆黒のベールに包まれた素顔に喪服の組み合わせは死者に対する黙祷を捧げている様にも見える。
だが此処は外見通りのひ弱な女性が居るべき場所ではない。此処はアルトメリア大陸における対「G」戦線の最深部、南アルトメリア半島なのだから。

最前線の圏内とはいえ「G」の生息域。高濃度の瘴気は一呼吸で絶命させるだけに足る死の樹海。
ここ等一帯の「G」の総個体数は予測すら嘲笑い、人類が今まで駆逐してきた「G」の総数を優に超しているとも云える。

それをたった今、瘴気による一撃によってその一角を"消滅"させた。

瘴気。それは「G」との戦いにおいて切って離す事の出来ない命題。
人類種だけではなく、自然環境にも多大な悪影響を齎し、地球上の生命を脅かす大気中成分。
「G」に纏わる歪な生命体のみが適応し、それ以外を絶滅へと追い遣る食物連鎖の新たな境界線。

「G」が呼吸をする度に瘴気が吐き出し、瘴気に適応した木々も瘴気を量産する。
人が二酸化炭素を吐き出し、植物が光合成で酸素を生産するのと同等であり、極当り前な行為。
「G」の生息圏が瘴気で満たされているのは当然である。

例え「G」を即座に駆逐する術を手に入れたとしても、人類は新たな大地に足を踏み入れる事は叶わない。
故に未来的視野だけでなく、数年来における「G」の侵攻により運ばれる瘴気の脅威にも対抗すべく、日夜研究を進めていた。
その成果の一つがアルトメリア連邦が試験的に生み出した人工生命体であるM.A.I.D(メード)、その第一号たるネピリムである。

彼女の突き出した腕に纏わり付く黒い靄は瘴気。時間と共に明確な黒という色に帯び、その右腕は完全な闇色に染まる。
世界の光が闇の中に消え去る暫し後、闇は艶やかな光沢を発する。六角柱の筒として顕在化し、腕は瘴気の筒へと変貌を遂げた。
これに触れた人間は即死する。例え「G」であれ、光すら反射する瘴気の塊は有毒だ。高濃度の酸素が人体に有害であるのと変わらない。

「――」

瘴気に包まれた右腕を水平に、真横へと向ける。その方角の森林には獲物の匂いを嗅ぎ付け、彼女を喰らおうとする「G」の軍勢が。
彼らに集団行動などという概念が存在するかは甚だ疑問だが、一匹の餌に釣られた無数の虫達が群がり始めたのは事実である。

漆黒の光が再び解き放たれた。

指向性を持たせた超高密度の瘴気が迫り来る無数の「G」を一瞬で包み込み、完全に分解する。
瘴気の荒波が分子レベルの結合を洗い流し、生物的な死だけでなく物理的な存在証拠すらも掻き消してしまう。

一連の現象全てが『無音』で帰結を迎える。一撃により発生する全て事象が始終、無音。
数瞬後には瘴気で満たされた闇の世界は晴れ、開けた視界の先では新しいクレーターが生み出されていた。

阿鼻叫喚の地獄絵図はまっさらなキャンパスで完成する。
それだけが本当の"消滅"を明確に描写する、唯一の術なのだから。



瘴気を兵器に転用する。

元の計画は瘴気の脅威を排除する為に操る術を模索していたが、人類の進退を左右する時期に悠長な研究は不要と断じられた。
エターナルコアを有するメードのレアスキルとし、意図的に発現させた奇蹟。その成果が驚異的な結果を齎した。
だが、瘴気の研究によって生み出されたネピリムには決定的な欠点が二つ、存在した。

一つは身体能力の欠乏。メードとして備わる常人を遥かに上回る肉体能力が皆無。
二撃目を撃ち終えた無防備な彼女に向かって、辛うじて生き延びた「G」に襲われたとしても抗えない。
絶大な力と引き換えに絶望的なハンディキャップを負っていた。

二つ目は、瘴気を意図的に集束・排除する事に焦点を当てていた為に、自ら瘴気を生み出す術を有さない事実。
高密度の瘴気が二度に渡り彼方へと放たれた事で、彼女の周囲は瘴気の欠片も存在しない清浄な空気で満たされていた。
この二つの事実は今置かれている状況において、彼女の存在意義の無力化を意味する。

高度な瘴気を操る術を持ち合わせようとも、操作対象である瘴気が無ければ彼女の力は意味を成さない。
これは元のクリーンな瘴気研究を軍事利用した事により生じた齟齬。研究施設の一角で行われた実験では気が付かない欠点。
襲い来る「G」に抗う術を持たない身の上ともなれば、最早絶命は免れない。茫然と立ち尽くして迫る終焉を見届ける他ない。

「ネピリム殿に――」

故に彼女には、

「指一本たりとも触れさせは致しません」

護衛の存在が不可欠であった。

風のひと薙ぎ。ふと、新たに出現した一人の少女は携える刀の唾と鞘口を重ね合わせ、鈴の音を鳴らす。
鈴の音と同時に周囲に残存している全ての蟲が崩れ落ちる。少女の剣戟が神速で全ての脅威を薙ぎ払ったのだ。
凛とした佇まいに刀と同等の鋭利な視線。一対の漆黒の翼は、彼女の静謐とした有り様をより鋭角なるものとする。

「此処が其方の生きる地である事は承知の上。申し訳ありませぬが押し通らせて頂く」

四方の内、半分は既に殲滅済み。残る二方向から新たに迫る「G」に対し、静かに目を伏せて抜刀の体勢を整える。

「アルトメリアの騎士、オルカ―――参るっ」



「G」の生息地ともなれば当然、人類の敗退の大きな要因の一端を担う空の敵、フライの存在も想定しなければならない。
最前線において良く見られるフライ。少女二人の下へと飛来する空の「G」はフライの亜種であろう。
それらが飛ぶ空よりも遥か上、太陽の光から降り注ぐ鉛玉の雨に彼らは穿たれ、次々と森の中に没して行く。

銃火器を知らぬフライだろうとも、奴等にとって音速の倍以上で飛来する小さな鉄の塊を見てから躱すのは容易い事。
だが、今起きている現象において直撃する鉛玉を躱わしたフライは皆無。大半のフライが空中で四散していた。

それは当然の結末。メードの能力により弾速が強化され、更に瘴気を推進剤と撃ち出された弾丸の初速は極超音速なのだから。
例えフライが認識できたとしても、数kmを一瞬にして通過する弾丸を躱す術を持たない。
予め射線軸を認め、弾丸が放たれるまでに軸上から退避するしか助かる道は無い。だが狙撃主は太陽の影に隠れ、その可能性を与えなかった。

太陽を背に遥か眼下のフライへと照準を定める。瞬間に達するのだから未来予測など皆無。
ぴたりと銃口の先を一匹のフライと重ね、赤髪の少女はトリガーを引く。発射と同時に目標に着弾、撃墜。
一発を放つ、その反動は微小。必要なのは火薬推進の反動のみ。瘴気による超加速は瘴気によって相殺した。

フライすらも滅多に到達しない高高度で、雄大な翼を大きく広げている空戦メードの少女は射撃の体勢を解く。
全ての敵航空戦力を掃討し終え、そして眼下にて三撃目となる砲撃が可能な瘴気を集め終えたネピリムの姿が見えた。
護衛であるオルカの戦果も華々しく、無数の「G」からネピリムを完璧に守り抜いていた。

空から見据える大地は瘴気の満たされた森。その一点から二方向に広がるクレーターがはっきりと見て取れる。

「流石はオリジナル、と言った所ですね」

そして今、もう一方向に新しいクレーターが生み出し、クレーターは三方向となった。
もしもアルトメリア連邦軍が此処まで進軍出来たとすれば、仮設基地はクレーター跡地が最適であろう。
少女はそう思つつ、背負う通信機の鞄から受話器を取り出す。

「こちらエゼル。ミッションは最終段階に移行、帰りの船を用意されたし」

了解の旨を聞き届け、再び銃を構えて眼下を見据える。三撃目の砲撃は周辺一帯の「G」を更に刺激した模様。
無音かつ刹那的な絶大な結果に本能的な恐怖を感じたかの如く、森が著しくざわめきに帯びる。
フライの数が先の比では無く、ともすれば地上はそれ以上。クレーターが地上の少女達に向かい、黒く染まって行く。

その全てが「G」。数をカウントするには下三桁は省く必要がある。

「さて、もうひと頑張りと行きますか。明日の読書の為にも」

側頭部、両の米神に小さな黒い翼が生える。構え、撃ち放たれた漆黒の銃弾が「G」で埋め尽くされたクレーター中心部に着弾。
果たして黒い球体が広大なクレーターの五分の一を埋め尽くす。球体の中は当然とし、球体に接した「G」の体を消し飛ばす。
それを弾の数だけ敵を薙ぎ払う。一撃が町の一角を消滅させるだけの威力を誇ろうとも「G」は衰える姿を見せない。

空戦メードのエゼルが、遥か上空から狙撃による支援を展開。二人に迫る無数の脅威の大半を殲滅する。
あぶれた「G」をオルカが神速で薙ぎ払い、ネピリムの安全を確保し続ける。
そうして二人のメードによって守られ、生み出された時間の全てを賭けて膨大な瘴気を集束するネピリム。

最後の一撃は無指向性の瘴気の解放。周囲一帯はおろか原生林の森、全てを瞬間的に消滅させた。



アルトメリア連邦軍FAFの中核を担う瘴気研究の産物たる三人の乙女。
彼女たちの存在を疑問視し、組織運用に懐疑的な存在を先の作戦成功の功績により、存在意義を完全証明。
覆い隠し、小細工の入る余地の無い実績に誰もが認めざるを得なかった。

南アルトメリア半島に食い込む形で展開されるアルトメリア領"東部"戦線。
その実、三人のメードによってのみ成し遂げた事実は地図上の戦線ラインだけが証明していた。




注意:

最後の二文は妄想であり、瘴気に関する性能は執筆者の想像上の産物です。
『瘴気』のデフォルト設定とお間違いにならない様にご注意ください。


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最終更新:2009年12月16日 20:55
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