(投稿者:レナス)
―――五年前、
当時の私、
ウェンディの生は戦場で始まり、戦場で帰結していた。
メードが必要とされる戦場は世界中では余りある程に多く、それと同時に人類の衰退も著しかった…。
「G」の猛威に対抗する為の兵器も今ほどに充実しておらず、そして対抗する術もまた数少なかったのだ。
だからこそ各国の協力が必須であり、また邪魔でもあった。「G」の猛威がまだグレートウォール山脈まで達していなかったのが一番の要因。
エントリヒ帝国もまた、「G」の脅威に脅える事無く政治的材料として人類の敵を利用していた。
丁度その頃になる。私の下にある任務の辞令が下されたのは――。
ザハーラ砂漠中央部、「G」の完全なる勢力下。そこでウェンディは身を伏せていた。戦場を駆け、人類の味方としての象徴のメード服を身に纏ってはいない。
黄土と黒の迷彩柄の戦闘服に身を包み、綺麗な髪は服同様の模様が描かれたヘルメットの中に収まっていた。淑女の片鱗は微かに垣間見るだけである。
周囲は高低差のある砂丘で視界を埋め尽くし、彼方から彼女の存在を知覚しようにも色が風景と同化して発見は叶わないだろう。
そうした機能を目的とした服だ。何人たりとも彼女の姿を見付けられない。それは「G」とて例外ではない。
触覚に知覚を依存するワモンでは意味を成さないが、
マンティスやウォーリアならば有効である。少なくとも、視覚による発見は極力避けられる。
「―――オーケィ…行くぞ」
それはウェンディの声ではない。そして周囲はきめ細かな黄砂の大地しか広がるばかりで他者の存在は見当たらない。
だがウェンディが始終見定め続けた視線の先、砂丘の頂上が直後に蠢いた事でその存在を即座に認識する。
砂漠と同色の布に覆い被さっていた一人の女性。ウェンディと同様の服装を纏い、彼女以上にその女性は砂漠と同化していたのだ。
だがウェンディが視点を定め続けていたにも関わらず、その女性が再び動くその時までその存在を明確に知覚できなかった。
いつの間にか相手の存在が意識の外へと逸れていた事を、動くその時になって漸く理解する。彼女の迷彩は服装だけでは説明が付かない性能を発揮していた。
「何をしている。行くぞ」
その女性が、立ち上がる素振りすら見せないウェンディに注意を飛ばす。そこでウェンディは漸く意識を戻し、彼女の後に続く。
先を行くこの女性は此度の任務の上官に当たる人物、
アネスタと言う名のメードである。
彼女の後に続き、ウェンディも砂丘の急斜面を滑り降りる。着地と共にアネスタ同様に銃を構えて周囲を警戒、クリアリング。
「よしっ、行くわよ」
そして再び、目的地である撃墜された輸送機の下へと行軍を開始する。
ザハーラ砂漠に墜落した輸送機の捜索、そして発見し次第に積載されている重要物資の回収がこの二人に下された任務だ。
いや、より正確にはウェンディはアネスタのアシスタントとして任務に同行している過ぎないと言うべきだろう。
数多の戦場を駆けていたウェンディとは云え、敵心中の大地に潜入し、迅速かつ確実に目的地に辿り着く術を持ち得ない。
部隊を派遣しようにも多人数かつ高い騒音(車両)を供にすれば、「G」に発見される虞が非常に強い。
強行軍で進むとしても、何処かに存在するだろう輸送機の捜索時間を加味すれば部隊の派遣案は絶望視されて当然だ。
故に単身で敵の懐に潜り込め、発見されても見敵必滅を呼吸をするかの如く成し遂げるメードが抜擢されたのは必然と言える。
「砂漠の風には気を付けて。常に風下を意識し、陽炎の先の敵を相手よりも先に見付けろ。
奴等の大半は臭いで対象を認識する。だが逆に風に気を配るだけで問題は無い」
唐突にコンビを組む事となった相方のアネスタは進軍中に様々なスニーキングスキルをウェンディに教授する。
顔合わせをした任務開始前に予め説けば済む話だが、実践に勝る者は無しとのお言葉で行軍中と相成った。
そしてそれは正しい判断であるとウェンディは僅かに霞む意識の中で断じた。
降り注ぐ太陽の光が容赦なく大地を熱し、噎せ返る熱気が露出する肌と呼吸をする喉をじりじりと焼く感覚。
陽炎により視界はふら付き、炎天下では体温調整で過剰な発汗を行う事で服は肌に張り付いてべた付く不快感。
敵の遭遇に警戒し、何時果てる事のない行為に気力は消耗。輸送機を見付けるまで終わらない道のりに体力の消耗も著しい。
予め情報として知りつつも、実際に砂漠を行軍するとなって初めてその難しさを実感し、意識が時折飛んで思い出す事もままならない。
一つ一つのアネスタの言葉をその場で吟味し、忠実に従って先を進む事だけが今の彼女に出来る最善の行為。
見敵必滅は二の次の本任務では、最悪の場合にはウェンディの経験は何一つ役に立たずして終わるであろう。
それすらも彼女の任務への意気込みを無意識とは云え、気力を奪う一因として働いている。
「――ストップ」
幾つもの砂丘を超え、岩場の影を進んでいたアネスタから静止の声。
「此処で待て」
銃を構え、抜き足差し足で影の先を覗き込む。数秒してハンドサインでウェンディを呼び寄せる。
傍に寄ると顎で示され、身を伏せて匍匐で影の先を見据えた。
其処には人類が「G」に敗走した証、仮設基地の残骸が残されていた。
徹底抗戦の末に敗走したか全滅したかは判別しないが、廃れて幾つもの年月を過ごしたかは分からない程に寂れている資材・車両の数々。
それ自体は昨今の世界情勢からして珍しくは無い。特に嘗ての最前線では仮設基地の建設は敗走の数だけ存在しているとされる。
だが問題は其処に今、「G」の群れが存在していること。数は然程多くはないが、相手をするには少し骨が折れる程度。
「さて、奴等を無視して先を進むか、それとも相手をして道行の安全を確保するか。
丁度奴等の風下に私達は居る。気付かれずに進めるかもしれないし、まだ死角に敵が潜んでいるかもしれない…」
この先の行軍を鑑みれば相手にしないのがベスト。だが後顧の憂いを絶つのもまた然り。
常のウェンディならば打って出る。彼女の実力であれば数分と掛からずに殲滅可能だ。
「どうする? 貴女に任せるわ」
「―――戦闘は避けるわ。先を急ぎましょう、指示をお願い」
だが今のウェンディは砂漠の壮絶な環境に参っていた。
何処かに墜落している輸送機を捜索する膨大な時間を鑑みれば、こんな所で体力を消耗する訳にはいかない。
「――よし。奴等は食事の夢中だ、息を殺して物音は最小限に。発見された際に備えて互いにフォローをし合う。オゥケィ?」
「OK.」
「――よし、私が先行する。フォローを頼む」
アネスタが岩場の陰から身を晒す。姿勢を低くし、辛うじて形を保つ戦車の残骸へと足を進める。
ウェンディは銃身だけを岩場から露出し、「G」の動きを監視。奴等の動きに変化が訪れない事を祈り続ける。
見付けた敵を排除すればそれで済む彼女の知る戦場とは異なり、此処は撃たない事象を最善とする戦場なのだ。
自身の経験が引き金を引けと言う。敵を前にして何を躊躇していると、引き金に掛かる人差し指が無意識に引きに掛かる。
それを動くなと、ウェンディの意識が命じる。今までの戦場とは違う、此度の戦いは撃たないからこそ意味があると言い聞かせる。
自身を、延いては現在進行形で身を曝しているアネスタを危険にさせまいと指を引き金から離す。
アネスタが残骸の陰からハンドサインをウェンディに送ってくる。今度は貴女の番だと。
それを漸くとばかりに、時間にして一分も掛からない短い時間でありながらも酷く長い葛藤の末に軽く目を伏せ、深呼吸。
はやる気持ちを静め、再び瞼を上げる。敵の動きを再度見定め、前進。
先の葛藤は体を動かしていれば詮無い事とばかりにスムーズに移動していく。
「…グッド。その調子だ」
アネスタの傍らに辿り着くと同時の賛辞。ウェンディは無意識の緊張で少し荒れた呼吸を整える。
「――伏せろっ」
唐突な声と共にアネスタは身を伏せる。今までになく小さく慌てた声色に言葉に倣いつつも再び緊張が走る。
「食事の時間が終わったらしい」
小刻みに大地が震え始める。「G」の群れが移動を開始したのだ。
「腹を鱈腹に満たした奴等は私達に気が付いても興味を示すまい。
残骸に身を寄せて息を殺せ。刺激を与えなければ問題無い、やり過ごすぞ」
ウェンディは既に緊張で身を強張らせ、息を可能な限り殺している。
「落ち着いて、静かにしていれば奴等は何もしてこない。力を抜いて、呼吸の一つ一つを静かに確かめてみなさい」
静かでありながら力強く、優しくも頼もしい声にウェンディは目を伏せて呼吸を整える。
例え襲われても自身にはそれに対抗できる力がある。幾度も相対した蟲を相手にこんなにも怯える必要は何処にもない。
そう結論に至ると自然と力が抜ける。アネスタは小さく「よし」と呟くと頭も下げて完全に沈黙する。
大地の震えが戦車の残骸に降り積もった砂塵を舞わせ、二人の頭上へと降り注ぐ。
次第に大きくなる震動に体が地面から何度も跳ね上がる感覚に息を飲む。何もしないという行為が、より一層振動を意識させる。
やがて残骸の脇を通り過ぎる黒い影。その数は低い視線の先からは窺い知れない。
奴等は障害物に自ら突撃するという愚行をする事無く、二人の隠れる残骸を迂回する形で移動していた。
ウェンディは次々と二人の側面を通過して行く「G」の群れを眺めていると妙に達観した感覚に囚われる。
人類の敵を徒々、葬り続けているだけでは決して知り得ない視点。アネスタが常に見続ける領域の一端を垣間見て、世界の色が変わった気がした。
「――よし、このまま匍匐前進で進むぞ」
それが何であるかを解する前の声に思考を切り替える。ほぼ全ての「G」が通り過ぎた為にアネスタは再び前進を開始していた。
ウェンディもそれに続くが、慣れない匍匐移動は必要以上の物音を発生させてしまう。そしてその物音に反応する「G」が一匹。
群れの中に居てあぶれた一匹の輪門が、傍目には蠢いているウェンディに興味を示し、何事かと彼女の傍へと接近する。
「…良い夢を」
銃声。アネスタが放った銃弾の一つがその
ワモンを葬る。ウェンディはそこで漸く、傍らの「G」に気が付き、戦慄。
視界に収めていなければこんなにもあっさりと接近を許してしまう事実を、彼女の経験は知らなかった。
「立て。銃声を聞いた奴等が戻って来る前に早々に立ち去るぞ」
差し伸べられた手を取り、立ち上がると同時に疾走。先の「G」が居残りだったようで、見た限り周囲には他の「G」は居ない。
無駄な戦闘は可能な限り避けられるようだ。ウェンディは自身の失態を歯噛みし、完全に交戦しなかった幸運に感謝した。
「しっかりと息を潜めて隠れられたのは上出来ね。その調子でこの先も頼むぞ」
そして相方にも恵まれ、ウェンディはその言葉に力強く頷いた。
「あれだな…」
双眼鏡で覗く先に点として存在する物体。一面が黄土色に染まる大地では、その金属の光沢は何よりも映えていた。
それは墜落をした輸送機。強い風が吹き荒れ、膨大な砂があらゆる地形の常に一定に均してしまうので墜落の痕跡は綺麗に消えている。
原形を保っている様にも見えるが、未だに距離がある現状では具体的な損傷状況は特定出来ない。
少なくとも、風下である二人の下に燃料油の香りは届いていない状況から、燃料漏れは無いと思われる。
これは砂漠に足を踏み入れて二日目の朝日が昇り、再び捜索を始めて直ぐの出来事であった。
夜は視界が遮られて目標の捜索はおろか索敵もままならない為に大人しくせざる得なかったが、運は二人を味方していた。
砂漠が灼熱の息吹を取り戻し始め、だが今はまだ心地良い生暖かな風が靡いている現状に安堵感は強い。
だが直ぐに気を引き締めた。それは同時に問題の発生を検知した為だ。
「――居るな。目視出来るだけで二匹」
更に近づき、双眼鏡を使わずに目視出来る距離で再び観測をすると輸送機の残骸に屯する黒い影が二つ。
形状から二つの影は共にワモン。だがウォーリアの可能性もあり、また新種かもしれない。
「周囲には敵影は見えない、奴等はさっさと始末した方が良さそうだな…」
「G」が存在するという事は生存者は既に居ないと見て間違いない。
墜落の衝撃で事切れたか、生き延びたとしても既に捕食されたかの二択だ。
輸送機に銃火器を積んでいたという事前情報は無く、どちらにしても絶望視せざる得ない。
「左の一匹は貴女がやれ。タイミングは貴女に任せる」
伏せた姿勢のままにアネスタは銃を構え、最新技術の結晶であるスコープを覗いて目標を捉える。
中距離戦を想定した銃では少々距離があるが、メードの力を加味すれば十分に射程の内。
彼女の直ぐ横でウェンディも同様の構えを取り、スコープを覗いて目標を定める。
発砲。ウェンディの耳に届いた銃声は一つ。
ほぼ同時に放たれた銃弾二発は寸分違わずに「G」に命中。二匹は共に沈黙し、暫く時間を置いても動かない。仕留めたのだ。
アネスタの阿吽の呼吸に少なからず驚く。メードとしての五感を以てすれば同時撃ちは可能だが、綺麗にほぼ同時となればセンスの良さが物を言う。
それを隣の女性は実行した。ほんの短時間しか行動を共にしていない相手の呼吸をしっかりと把握していた事実に、嫉妬すら覚える。
「ビューリホー…。初めての強行軍の中でこの精度、流石は噂に聞く“あの”ウェンディね。
さて、どうやら敵はあの二匹だけのようね。警戒を怠らずに進むわよ」
少しの時間を置き、輸送機の中から新たに姿を現す影は見止められない。
恐らくは安全であろうと当たりをつけ、砂丘を幾つか越えて漸く輸送機の下へと辿り着いた。
一度輸送機の外周を廻って敵性の存在と機体の損害状況を確かめる。問題はなかった。
砂漠の砂がクッションの役割を果たしたか操縦士の腕が良かったか、主翼は原形を留めて燃料漏れを起こしてはいなかった。
だが尾翼は胴体後部ごと脱落し、人に例えるならば両の足が根元から千切れている状態だ。
その分、解放された後部から中への侵入は楽ではあった。だがそれは先程仕留めた「G」にも同じ事が言える。
「あー…、酷い有り様だ。臭いが体にこびり付く前に早々に立ち去るのが吉ね」
中は先の「G」によって食い荒らされていた。特に乗組員であっただろう残骸の惨状は見るに堪えない。
そして血の肥え溜めから発生する強烈な腐敗臭は彼方の敵を呼び寄せるには格好の目印となる。
「そうね。それで生存者は皆無な現状で他に何を探せばいいのかしら?」
「何でも良い。個人を特定できる私物、搭載物資の目録、飛行予定記録―――何でもだ」
ウェンディは彼女の言に肯定を示し、機内に散乱する小物を漁る。
アネスタは顔の原型を留めているモノを始め、個人を特定可能とされる部位の写真撮影を行う。
全ては迅速かつ見落としのないように。輸送機の中で読み取れる可能な限りの物を抱えて外へと移動する。
「やはり少し臭いが移ったか…」
自身の体に染みついた血の匂いにアネスタは眉を小さく顰める。
「G」に見付からずして移動は最早不可能となってしまったからだ。
「終わった事は詮無い。この中から可能な限り情報を纏め、持ち帰る物を選別する」
機内から運び出した物の数は一人ひと抱えとそれなりに多く、帰途に支障が無い程度に荷物を纏める為に選別を始める。
無論、
ザハーラ共和国の紋章入りのブリーフケースは絶対に持ち帰る事は決まっていた。
任務遂行に当たり、必ずこのブリーフケースの有無を確認して持ち帰る事を厳命されていたからだ。
中には書類が梱包されており、政治的な取引に使われる物だろうと当たりを付ける。
「よし、ブリーフケース内に収まる程度には数は限られた。帰るぞ」
「遺書は如何するの? 仕舞う余裕はあるわ」
「…残念だが血糊が多い。これ以上リスクは冒せない、捨て置け」
「了解…」
これ以上強い臭いを発する物を携帯すれば必然的に発見率を跳ね上がる。
ウェンディとてそれは理解しており、やり切れない思いもあるが未練を断ち切る勢いでそれを機内へと投げ捨てた。
砂漠の風は強烈だ。昼夜の温度差が大きな上昇気流を起こし、障害物が存在しない大地は風の通りが他に類を見ない程に良い。
その結果、ごく短時間で遥か彼方の「G」が血の香りに誘われて二人の下へと訪ねて来る。
今もこうしているやり取りの合間にも、輸送機内に血の香りに誘われた「G」が何匹じりじりと迫っているかは予測できない。。
「よし、行くぞ」
長居は無用。その意味を含んだアネスタの言に、ウェンディはしっかりと頷いた。
行きとは異なり、帰りは然程苦にはならない。
墜落地点から最前線基地へと道のりは一日半前後と既に判明し、着実に歩を進めれば明後日には命の洗濯が出来るからだ。
幾度の戦場を駆けたウェンディも今任務での疲労は著しく、そんな事を考えていた。
だがそれも当然とも言える。メードとはいえ、神経を磨り減らす潜入は疲弊させる。最前線の戦闘ですら一昼夜も続きはしない。
輸送機を探し出して探索する不安から解放され、既に解り切った行為に安堵するのは初めての経験であった。
況してや一日強の付き合いであるが、頼もしい背中を見せるアネスタの存在が彼女の安心感を満たしてくれていた。
「…?」
「伏せろっ」
不意に聞こえる空気を切り裂く音。アネスタに指示されるまでもなくウェンディは身を伏せる。
初めは微かな鼓膜の違和感であった、それは「G」であるかは分からない。
だがいずれにしても隠れるという行為を行使する事が、ウェンディにとっても当たり前となっていた。
その音は徐々に大きくなり、地上を這う虫では無くて遥か彼方の空から奏でられていた音。
それが複数のプロペラが奏でる航空機のエンジン音だと知る。晴れた蒼穹の空にぽつねんと存在する一つの点がそれだ。
「何故こんな場所に航空機が…」
「さて、な。迎えの船にしては此処は少々深過ぎる。捜索機にしては護衛機の随伴も無し。嫌な予感がするわね…」
四機のプロペラで駆動する爆撃機。地上の敵に爆弾をばら撒き落して面制圧を行う航空機の登場に二人して困惑する。
此処は最前線どころか「G」の勢力下。部隊の援護なしに単身で来れるような領域では無い。
「ウェンディ、私の合図と同時に一気に駆ける。私の後ろから決して離れるな、良いわね?」
「? 了解」
アネスタの言葉に理解が及ばないが彼女の緊張を滲ませた声色に肯定の意を示す。
走る心構えでアネスタの合図を待つ間、爆撃機が遂に彼女たちの頭上を通過して行く。
「ステンバーイ…―――ステンバーイ…―――」
爆撃機のエンジン音だけが、プロペラ回転特有の切り裂く音に大気を切り裂いて世界に木魂す。
そして暫しの時間が経過し、爆撃機が後方の彼方へと流れる位置に来た時、
「ゴゥ!!」
力強い声が合図。砂塵を盛大に巻き上げ、二人は全力で疾走を開始する。
進路上の砂丘の高低差を極力避け、最短にして最高の道先を行く。「G」の警戒など二の次だ。
全ては先の爆撃機から距離を離す為だと、アネスタの動きはその一点に尽きていた。
何故、味方であるかもしれない航空機から逃れる必要があるのか、ウェンディには理解できなかった。
墜落した輸送機の捜索に別動隊が導入された可能性も否定できず、我々もその一組だっただけなのかもしれない。
可能性の一つとして迎えの部隊を派遣し、早々に期間が叶うかもしれないではないか。
そんな思いが去来し、ウェンディは後方を飛び去る爆撃機に走りながら視線をやる。
それは丁度、爆撃機の下部から米粒のような物体が零れ落ちた瞬間であった。
(あれは、何―――?)
足を止め、それが何であるのかを双眼鏡を覗いて確かめる。
だが結局はそれが恐らくは人間大程度の大きさの、黒い物体としか判からなかった。
しかもあの方角は先程の輸送機が墜落している地点では無いだろうか。何かしらのビーコンか?
「馬鹿っ! さっさと付いて来い!!」
アネスタの怒声。今までに無い大声にウェンディは咄嗟に振り返った。
それはその瞬間に起きた。
背後に迸る眩い閃光。そして心に流れ込む一つの鼓動。
それは喪失。この世の全てを無意味と断ずる虚無であると囁く。
何故その様に光に対して解したのかは正直分からない。そう聞こえてしまったのだ。
(―――ぇ?)
再度振り返る。その光が/鼓動が/想いが何であるのかを知る為に。
理解できない物事を明確に知覚しようとする知的生命体としての無意識がそうさせた。
だがその行為は意識が途切れてしまったが為に、強制的に断念させられる。
意識が黒に塗り潰される。
それは彼女だけでは無く、世界も同様であった―――。
関連項目
最終更新:2009年12月31日 18:40