(投稿者:フェイ)
薔薇の香りが漂う庭園。
心を落ち着かせる香に包まれ、世間の喧騒も聞こえない静かな時間が流れるこの場所。
静寂の中、
レギンレイヴは落ち着かない気持ちを味わいながら手に持ったティーカップに口をつけず、置いた。
「……で?」
「どうかしましたかレギンレイヴ」
「何故このようなことになったかは今更聞きません。ですが落ち着かないので退室を申し出ます」
「一杯目くらいはゆっくり飲んでいってもよいのではないですか?」
腰を上げようとしたところに声をかけられ、動きを止める。
「そもそも、貴方は少し働きすぎです。偶然とはいえ休みが重なったのですから私に付き合ってくれてもよいでしょう?」
優しく声をかけられ穏やかな顔で微笑まれ、仕方なく浮いた腰を椅子へ戻す。
飲めばよいのだろう、とばかりに一口目を煽り。
「っ~~~~~」
慌てながらもじたばたと暴れることはせず、しかし顔を真っ赤にしているのは自覚。
なんとか震える手でティーカップを置くと口元を隠しながら息をすって、はいて、吸って、はいて。
「だ、大丈夫ですか…?」
「は、ふ……な、何故こんな熱いモノを平然と飲めるのです!」
「…熱い、ですか?」
ブリュンヒルデは試しに紅茶を一口。
やや熱いが、紅茶は本来これぐらいの熱さが飲み頃ではないだろうか。
視線を戻せば、レギンレイヴはまだ口の中を暑そうに、優雅な彼女にしては珍しく舌までだしている。
「……。適温ですが……レギンレイヴ、もしや猫舌ですか?」
「…な…! そんなことは有得ません。少々油断しただけです。見ていなさい、この程度の熱さ、私にはなんとも―――!!」
再び勢いよく煽ったレギンレイヴだったが、即座に悶絶。
その場で地団駄を踏むだけで飛び上がらないだけ、まだまだレギンレイヴの
プライドが勝ったようだ。
口元を抑えたレギンレイヴは、やや涙目になりながら鋭い瞳でブリュンヒルデを睨みつける。
「っく、うううう…まさか、このようなところで貴方に敗北するとは…!」
「勝ち負けではありませんよ?」
「そ、そのような目でみないで頂けますか!?」
どこか、手のかかる妹を見るような優しく温かい目で見てくるブリュンヒルデに怒鳴るレギンレイヴ。
そんな様子もまた、ブリュンヒルデにとって可愛らしいものに映ったようで、より優しげな笑みが深くなる。
レギンレイヴはしばらく居心地悪そうに右を見て左を見て、一度ブリュンヒルデを見てから下を向き、最後に拗ねたようなため息をついてから、席に付き直す。
片手にティーカップを持ったまま、しかし冷めるまで待つつもりなのか口はつけず。
「…。冷めるまで、お話に付き合いましょう」
「レギンレイヴ…。ええ、お願いいたします」
ブリュンヒルデは微笑むと、自分はゆっくりと紅茶を飲み始める。
仕方なく力をぬいたレギンレイヴもまた、そのゆったりとした空気に身を委ねた。
ぐい、と最後の一杯をようやく飲み干し――当然のように冷めるまで待った――カップを置いたレギンレイヴが椅子から立ち上がった。
ブリュンヒルデはその様子に少しだけため息をついて窘めるように言う。
「…もう少しぐらいは、よいのではないですか?」
「申し訳ありませんが。…私にはまだ、戦場にかけている時間が少なすぎます。…時間が足りない。こうしている時間すら」
「レギンレイヴ…」
「私は…
303作戦に参加できなかった分を、私はまだまだ取り戻せていない」
その言葉に気付かされたように、ブリュンヒルデの目がレギンレイヴを見た。
自らの膝の上に置かれたレギンレイヴの手が、ツメが食い込むほど強く握られているのが見えた。
「……そうでしたね。アインス・ヴァルキューレ・シュヴェスタ…」
「ヘルヴォルも、シグルーンも…皆、あの戦いで散ってしまった。……私は、誕生が遅れただけの理由で生き残ってしまった…」
「…………」
「彼女たちがいたならば、戦っていた分まで…私は、闘うのです」
重く、固く、揺るぎようのない意思を込めた一言を、レギンレイヴは表情を隠すように俯いたまま、つぶやいた。
ブリュンヒルデは、椅子から立ち上がるとレギンレイヴのそばに寄り、優しく肩へと手をおく。
「…貴女の意思はわかりました…ですが、貴女は私達と違って特殊能力を持って生まれた身…私以上に繊細なのですから…あまり、無理してはいけませんよ」
しばらくの沈黙の後、その手から逃れるように身を離したレギンレイヴは顔をあげた。
「それはまだ確証のとれてない事象ですもの。そうとは限りません。もしかしたら、貴方よりも丈夫かもしれませんよ?」
いつも通りのどこか不遜さを感じさせる微笑を浮かべ、皮肉げな言葉で。
「それは、そうですが……」
「ですから…長姉は安心して休んでいれば良いのですよ」
「あまり、老体あつかいしないでくれますか? これでもまだ活動歴は長くないのですから」
調子を取り戻したようなレギンレイヴの言葉に、ブリュンヒルデも苦笑ながらも笑みを浮かべ応える。
「…わかりました。私が休む間にもし倒れたり不調をもったまま戦っていると分かりましたら、少々軍法会議の覚悟で止めますので。そのつもりで」
「心配のしすぎです。貴方こそ、無理をしすぎて倒れないように。でないと、その二つ名、いただいてしまいますよ?」
「ふふ……そう簡単に譲るつもりはありませんよ」
「よろしい。では、お先に失礼します。紅茶ごちそうさまでした」
着ていたコートの裾をスカートに見立てて摘み、優雅に一礼して身を翻す。
そんなレギンレイヴの後ろ姿を見送り、その意思を尊重するが故に、せめてもの一言をその背中へと投げかけた。
「……ご武運を」
薔薇園を出て数歩、レギンレイヴを目眩と動悸が襲った。
「…っ………?」
2、3歩とふらつく脚をなんとか押しとどめ、壁に手をついて姿勢を元に戻す。
乱れたままの動悸を落ち着けるため息を吸って、吐いてを繰り返すと、次第に楽になった。
気付けば衣服が背中に張り付いており、レギンレイヴはそれによってはじめて、自分が苦痛による冷や汗がかいていることに気がついた。
「………」
僅かな違和感。
だが、体調が悪かろうと戦場へ向かうことをやめるつもりはなかった。
例えブリュンヒルデがなんと言おうとも―――いや、ブリュンヒルデが言うからこそ、譲れないことなのだから。
最終更新:2010年03月24日 20:25