(投稿者:フェイ)
グレートウォール戦線。
数時間前まで地平線を黒く染め上げていたGの群れがようやく消え去ったのを確認し、
ブリュンヒルデは僅かに気をぬいた。
だらしないとは思いつつも、自らの身を支えるために槍を地面に突き立ててそれによりかかり体重をかける。
他のMAID達が無事かどうかの確認にも行きたかったが、まだ身体が言う事を聞かなかった。
あと数分、あと数分でも休めば。
「おお、無事じゃったか。流石ブリュンヒルデか」
疲労を感じさせない様子で壱が近づいてくるのが見えた
とっさに視線を走らせ、壱の身体に目立った外傷や異常が無いことを判断する。
「貴方こそ。無事のようで何よりです、ハジメ」
「無事で当然じゃ」
安堵を見せるブリュンヒルデに対して、やや怒った様子の壱はアームをつけたままごつ、とブリュンヒルデの額を小突く。
思った以上の打撃に一瞬、ブリュンヒルデは目を白黒とさせ。
「な、何をするのですか」
「何をも何もなかろう。ぬしらがあれだけ飛び込めばそりゃワシらの被害も減る。実際、他の連中も全員無事じゃ。致命傷や重傷はおらん」
「…それは、よかった…」
「…じゃが、ぬしは…もうちっと自分を大切にしたらどうじゃ」
「…それは……」
確かに今日の戦闘、味方の被害を減らすために突出して戦闘を行った。
それはブリュンヒルデも自覚している――とはいえ、今回は度が過ぎていなかっただろうか。
「あれではまるで、わしらを信頼していないかのようじゃったの。…どうなんじゃ?」
「いえ、そのようなことは決して。…………そうですね。申し訳ありませんでした」
「わかればよい」
にぃ、といつも通りの破顔を見せ、今度はブリュンヒルデの背中をばん、と叩く壱。
手加減のできない質ゆえか、その一撃に身をくずしてむせ返るブリュンヒルデに、苦笑いで詫びながら離れて行く。
「後片付けはわしらにまかせい。ぬしはもうしばらくそこでゆっくりしとれ」
「はい。………?」
見送ろうとしたブリュンヒルデは、会話の中にあった不自然な点に一瞬疑問符を浮かべる。
しばらく自らと壱の会話を思い出して。
「………ぬし『ら』?」
『ら』としてブリュンヒルデと共に括られた彼女は、撤退を開始する一団から離れた仮設小屋の物陰にいた。
「はぁっ、は、はぁ……!!」
荒い息をつきながら、服ごしに心臓(コア)をつかむように、強く強く握り締める。
後ろで一本にまとめていた髪留めは既にちぎれ、汗で張り付く髪が鬱陶しい。
全身を流れる血液(コアエネルギー)の脈動が煩すぎる――思考がまとまらない、膝が震えて、立っていられな――。
「っっっく……!」
震える膝を拳で叱責し、なんとか真っ直ぐに立とうとするも、言う事を聞かない。
仮設小屋により掛かるようにしてゆっくりと身を伸ばして行く。
「っ、は……ぁ……!」
ようやく、一息。
他のMAIDに見つかる前に、なんとか息を整えて戻らなければならない。
特にブリュンヒルデに見つかった日には最悪だ。
彼女のことだ、本気で軍法会議を起こしてまで自分が前線に出ることを止めようとするだろう。
それだけは、なんとしてでも避けないと――。
かけられた声と視線が捉えた黒い鎧に、咄嗟に隠れるため動こうとする身体。
しかし脚が言う事を聞かないレギンレイヴの身体は、踏ん張る力さえ残されていないまま地面に横たわろうとする。
声の主はそれに一歩踏み出してレギンレイヴの身体を受け止めて。
「何故逃げる」
「…紛らわしいことをしないで頂きたい。
テオドリクス」
受け止めたテオドリクスの身体をとん、と突き放して仮設小屋によりかかる体勢へと戻る。
テオドリクスは元の体制に戻ったレギンレイヴを見、呆れたようにため息をひとつ漏らして肩をすくめる。
「…いくら隠そうとも無駄だ。何れバレる」
「貴方が黙っていればいい。喋れないようにしてあげましょう」
ホルダーから取り出した光剣をテオドリクスへと向けるレギンレイヴ。
口元は笑っていながらも、視線は本気であることを伺わせる。
「確定して喋るな。……それと、やめておけ。余計な力を使って寿命を削りたいのか」
「………ふん。あなたに心配されるとは」
言いながら、震える手で光剣をホルダーへと戻す。
「……やはり事実なのか。レアスキル持ちは…」
「っ」
しまったとばかりに顔を歪めるレギンレイヴ。
「……カマをかけられ気づかないとは…落ちぶれたものです。いっそ笑うといいですよ」
「そんなつもりはない」
しばしの沈黙。
レギンレイヴの呼吸が治まってきたのを確認すると、テオドリクスは再び口を開く。
「レギンレイヴ。そのような戦いを続けていれば、何れ…」
「死ぬ、と?」
「……そうだ。コア・エネルギーが尽きれば動けなくなる。それは死だろう」
「例えそうであろうと、私は止められない。……止めたければ、それこそ私を拘束でもしない限り」
自信満々に、そしてどこか誇らしげに。
未だ姿勢は崩れていながらもその瞳には疲れによる曇など一遍タリとも見当たらない。
まるで、自らの死の危険すらも誇りとするかのように。
「………レギンレイヴ、何故生き急ぐ?」
「貴方にならばわかるはずです。――強さを追い求める貴方ならば、です」
レギンレイヴは言い残すと、ようやく壁から身を離しテオドリクスの横を通りすぎようとする。
振り返り呼び止めようとしたテオドリクスは、しかし掛ける言葉を見つけられずレギンレイヴを見送る。
そんなテオドリクスを一度だけ振り返り、脚をとめ背を向けたまま。
「…私は、この身体が朽ち果て、捨てることとなろうとも、戦い続けます。…最後まで」
「……」
「そうでもしなければ…我武者羅なまでに生き急がねば、届かぬ壁」
再び歩き出そうとしたその背中に、声が掛けられた。
「…例え道交わらず、壁を隔てていようと…強さを追い求めている限り、お前は
一人ではない」
柄にも無いことを、と一笑に付しながら、レギンレイヴは背を向けたまま歩みを再開した。
身体は痛むが、撤退に遅れないよう、テオドリクスを置き去りに物陰から出る。
見わたせば、撤退の準備は進んでいる様子――どうやら、ブリュンヒルデも無事に回収されたようだ。
ふと気配を感じ横をみれば、小柄な影が一つ。
「……ハジメ」
「よう、レギンレイヴ」
撤退準備の途中で来たためか、まだロボットアームをつけたままの手を掲げる壱。
その表情から、察したレギンレイヴはため息を一つ。
「盗み聞きとは、ハジメもなかなか悪い趣味ですね。やめなさい」
「聞こえただけじゃ。……たく。ぬしもブリュンヒルデも大概じゃの」
「タイガイとは?」
「阿呆だということな」
むっとした表情を見せるレギンレイヴに、苦笑いをしてみせて。
「安心せい。わしもブリュンヒルデにチクったりはせんよ。…ただ、少しばかり、の」
「…すこしばかり?」
「考えの足りん後輩に一言いっておいてやろうかと思ってな」
壱の拳が飛ぶ。
レギンレイヴの目の前で止められたロボットアームの拳は、しかしあと数ミリのところまで迫っていた。
それを正面から見つめたまま動かないレギンレイヴ。
いや。
「…今、動けなかった…のだろう?」
「…………」
「その程度まで、ぬしの『性能』は落ちていると言うわけじゃ。…今後、あのような戦い方はできぬと思った方がいい」
「だから、前線にでるのはやめておけ、と? ハジメもテオドリクスと同じことを…」
「そうはいっておらん、少しは考えを持って戦え、と……それができぬから阿呆だ、といっておる」
こんこん、と自分のこめかみのあたりを小突いてみせて。
「光剣を誇りにするのもわかるがの。少し力をセーブしたり、戦い方を工夫すれば消耗がふせげるじゃろ?」
「……」
「突っ込むだけが戦い方ではないというわけじゃ。…まぁそれはブリュンヒルデどころか、わしが言えた義理でもないがの」
こめかみを突いた指で髪をかき乱しながら、壱は続ける。
「ともあれ、頑固な主に今更戦いをやめろなど言うたところで聞かんことはわかっておる。ならば…ちぃとは考えてやろうと思ってな」
「………何故…」
困惑するレギンレイヴの胸元をとん、と指で押すと、バランスを崩したレギンレイヴに笑って見せる。
「世話のかかる後輩の世話も、悪くは無いと思うての」
しばらく唖然とした表情を見せたレギンレイヴはしばらくした後、顔をうつむかせる。
何事かと心配そうに顔色を伺おうとした壱から顔をそらし、何かをごまかすように一度咳払い。
「……ハジメ」
「なにかの」
「……貴女、案外コーチ役や指導役向いているかも知れませんね」
唐突な言葉にキョトンとした壱はしばらくの沈黙。
後に、豪快に笑ってみせると、レギンレイヴの背中を叩き、撤退への合流を促すように押し始め。
「…はは! それもいいかもしれんの。今度楼蘭に戻ったら考えてみるとしよう」
楽しげな声をあげる壱に背中を強引に押される。
遠くから駆け寄ってくるブリュンヒルデが見えた。
おそらく、ブリュンヒルデに任せることをせず同じように突出した件についてだろう。
口うるさくなりそうだ、と感じながら、同時にレギンレイヴは思う。
強さだけを追い求め続けてきたこの身体は、まもなく限界を迎えるだろう。
気づくのが遅すぎたとは、思わない。
だが、この温かさをくれた仲間達に――そして、長姉たる彼女に、自分が何か残せるのだろうか。
残せるだけの時間は、あるのだろうか。
今は只、生き急ぐ。
最終更新:2010年04月04日 02:39