(投稿者:フェイ)
かけられた声に反応し、レギンレイヴは硬いメンテナンスベッドからゆっくりとその身を起こす。
目の前には検査のために訪れていたEARTH所属のメード技師ともう一人。
「…レギナルト……」
「宰相補佐官には敬称をつけたまえ、レギンレイヴ」
「申し訳ありません、レギナルト・フォン・エーヴァーハルト閣下」
レギンレイヴがわざわざフルネームに敬称をつけて呼び返すと、レギナルトは軽くため息をつく。
メード技師の男に退出を促すと、レギナルトは備え付けの椅子に腰を下ろした。
それに応じるようにレギンレイヴも、ベッドへ腰掛ける体勢となる。
「さて…言わずとも、わかっているだろう?」
「………」
「だろうな。自分の身体のことだ」
目をそらしたレギンレイヴに、しかしレギナルトは容赦なく言葉を続ける。
「既にコアエネルギーは枯渇寸前。戦闘に参加しなくとも、あと2年。前線にて戦闘駆動を行った場合、光剣を使わずともあと半年持てばいい方だそうだ」
「………それで?」
「原因は度重なる戦闘による消耗と、光剣によるエネルギーの過剰形成。
EARTH研究部には既に…」
「そういったことを聞きたいわけではなく」
レギンレイヴは言葉を遮り、目を据えながら睨みつける。
「…私にどうしろと?」
「LS1938は明日にでもEARTHへサンプルとして送られる。前線から退き、以後は後進の育成に―――」
室内に響いた轟音に、再びレギナルトの言葉が中断される。
見れば俯いたレギンレイヴの腰掛けるメンテナンスベッドに、叩きつけられたその手が大きなヘコミを作り出していた。
「ふざっ…けるな! 光剣を返しなさい! あれは私のです!」
「返してどうする。君が前線に出ることはもうない」
「それもです! 私は引かない! 2年間も安穏として暮らすぐらいならば前線で闘い散る方が余程マシというもの…!」
「……レギンレイヴ」
「そうでもしなければ、私は――!!」
レギナルトは次第に熱くなるレギンレイヴの肩にそっと手を置くと、横に首を振る。
一瞬の内にレギンレイヴの顔が憤怒と悲哀に彩られ、次に絶望を示して力なくうな垂れる。
その様子を見て再びため息を一つ。
「後日改めて、通達が来る。……大人しくしていることだ」
強い口調で一言いい含めると、レギナルトは扉を開けて部屋を出、最後に意気消沈したレギンレイヴを一瞥し、扉を閉じた。
力の抜けたレギンレイヴの身体、その拳だけが、未だに力を失わず握り締められていることを見落として。
灰色の
空の下、吐いた息が白く登っていくのを見送ると、
ブリュンヒルデは視線を戻した。
グレートウォール戦線の中点、クロッセル連合と
エントリヒ帝国の境に位置するベース。
見わたせば、そこにはブリュンヒルデだけではなく、多くのMAIDが集まっている。
各国より、新鋭のMAIDが多数このベースへと投入されていた。
遡ること半日前、グレートウォール戦線近くにてGの大移動が確認された。
クロッセル、エントリヒ両国の戦術家が分析した結果、このベース近郊への進撃、という結果が導き出された。
この結果を重く見たエントリヒ帝国は親衛隊MAIDのベースへ集中派遣を決定。
未だメード配備数の少ないエントリヒへの救援としてクロッセル、楼蘭のメードが多く派遣され、結果大部隊が駐留する事となった。
「………」
しかし、その中にブリュンヒルデにとって見慣れた姿――レギンレイヴの姿はなかった。
自然とその瞳が帝都の方へと向く。
「…レギンレイヴの検査は、今日だったかの、ブリュンヒルデ」
「………ハジメ」
「そう不安げな顔を見せるもんではないぞ」
ぱん、と壱の小さな手がブリュンヒルデの背中を叩いた。
ブリュンヒルデが壱を見れば、壱はその視線を駐留するMAID達へと向ける。それに釣られ自然とブリュンヒルデの視線も彼らへと向く。
「…欧国の侍女達は確かに優秀だろうて。だが、聞けば皆教育機関を終えたばかりだと言う」
「………」
確かに見わたせばメードの中には武器の手入れに手間取っているメードが多数見受けられる。
緊張故か手の震えの収まらないもの、中には自らの身体を抱きしめるようにして実践の恐怖を抑えこもうとしているもの。
タワーや
ウェンディを初めとする実戦経験のあるメードがなんとかして宥めている光景がそこかしこに見えた。
「私らの国も侍女技術に関しては駆け出し…さらに砂国、亜国への救援もある。どこもまだまだ侍女が不足しているのが現状」
「…ええ、わかっています」
「ならば、少しでも実戦経験のある私らが引っ張っていくしかなかろう? その中でもトップの主がそんな顔でどうする」
「…………ハジメ……。……そうですね、申し訳ありません」
一度目を閉じ、息を吐く。
そうだ―――レギンレイヴは大丈夫だと言っていたではないか、姉である自分がその言葉を信じてやれなくてどうするというのだ。
「…こんな顔をして、レギンレイヴに見られたらなんと言われるか」
「そうさなぁ」
しばらく考える素振りを見せた後、壱はおもむろに両手の指で目のはしを釣り上げ、唇を尖らせて。
「『バカにしないで頂きたい。好敵手に心配されるなど屈辱的です』」
「ぷっ」
レギンレイヴのモノマネのつもりか、その何とも言えない完成度に思わず吹き出すブリュンヒルデ。
「どうじゃ、似ておったか」
「……ふ……っく………ふ、不意打ちは、卑怯ですっ………」
「『何を笑っているのです、失礼だとは思いませんか』」
「ぶふっ」
更なる追い打ちに吹き出すブリュンヒルデは、重槍ヴォータンを支えにしてなんとか崩れ落ちるのを堪える。
大爆笑をこらえるために力を入れている腹筋が痛い。
そんなブリュンヒルデの様子を楽しげに眺めている壱。
ブリュンヒルデの笑いが収まった頃合いを見計らうと再びぽんぽん、とその背中を叩く。
「…心配いらん。大丈夫かどうかの検査。結果がでたからと今日明日に死ぬわけではあるまいて」
「……はい」
屈託のない、ふりきったブリュンヒルデの笑顔を見て、壱の心は痛む。
元来、竹を割ったような性格の壱にとってレギンレイヴの状態を隠す事、嘘をつく、という事自体忌避感を覚える。
しかし、レギンレイヴ――大切な戦友からの頼み事を無下に断ることができるような性格でもない。
板挟みになりながらも、壱は願う。
(――無事に戻って来い、レギンレイヴ。待っておるぞ)
「……さて、そろそろか」
「そうですね。……往きましょう」
ブリュンヒルデが重槍ヴォータンを、壱がロボットアームを装備する。
その動きを見て周囲のメード達が装備を整えるのを見ながら、二人は一歩前へ。
遥か遠い地平線、まだ小さくしか見えないが、強大な戦力を持つ人類の天敵がそこにある。
「では、一丁、頼むぞ」
「…かしこまりました」
壱の言葉に頷き、一度咳払いをしてから息を吸うと。
前に一歩、踏み込む。
「……軍神、ブリュンヒルデが導きます!! 全軍構え! 此の戦いに勝利を!!」
「………こんなところで、終われない、私は…!!」
出撃許可を得ることができず、しかし諦めることもできず。
唯一、明日まで限定で持つことを許されたLS1938をくるくると回す。
視線は自然と、戦況報告へと向かい―――。
「……?」
現在の戦況を眺めていたレギンレイヴは、その違和感に気づいた。
おそらくは、前線にいるメンバーは戦闘中で気付けない、そして、前線に普段いない者は気づかないその違和感。
「……数が、足りない…」
報告されていた数に比べて、戦闘に突入している敵の数が少なく感じる。
僅かな違和感だ。
だが、無視できない、違和感だ。
「……なら……奴らは、どこに?」
『それ』に気づいた瞬間、レギンレイヴはLS1938を強く握り締め、部屋を飛び出した。
最終更新:2010年06月09日 20:18