(投稿者:フェイ)
小柄な影が姿勢を低くして走ってくる。
木々が倒れ、悪くなった足場を物ともせず、手を、足を、全身のバネを余す所なく使い駆けてくる。
戦場に似つかわしくない幼い容貌に、さらに似つかわしくない笑みを浮かべて。
「ッ……!!」
まるで獲物を狙う肉食獣か何かか。
思わず足を止めかけた
ケイトは、慌てて大鎌を前へと突き出す。
それを見た
アリューシャは応じるようにその手に光輪を発生させ、大鎌の刃を受け止めずに、受け流す。
「えっ…」
「だって流石に重すぎるもの。受け止めたら折れちゃうわ」
くる、と身軽にケイトの横を通り抜けるアリューシャ。
咄嗟にかけぬけた悪寒を受けて、ケイトは背中の翼を大きく広げた。
「わぷっ……!」
「わっ、あ、あの、ご、ごめんなさいっ……」
突然広がった真っ黒な壁に驚いたアリューシャがバランスを崩し慌てた声が聞こえ、咄嗟に謝る。
しかし振り返ったそこには地面を転がりながら楽しげに笑う姿。
「……やるじゃない、面白いわ!!」
アリューシャは手を倒れた大木の幹に添えると、軽く体勢を立て直し、跳躍。
スカートが翻るのも構わず、黒い長髪をたなびかせて跳ぶアリューシャは、今度は両手に光輪を発生させる。
「く、黒の…っ」
「さーせないっ!」
真空の刃が放たれる前に、光輪がチャクラムのように投げられた。
発生主であるアリューシャの手を離れたエネルギーは急激に減衰しながらも、勢い良くケイトへと向かう。
しかしケイトは一度大鎌を手元に引っ込めると、翼を体の前面へと回し光輪を受け止めた。
威力が弱まったのを感じ取ると、一気に翼を広げることではじき飛ばし、同時に地面を蹴ることで身体に浮力を得る。
寸前までケイトの足があった場所に、二発目の光輪が着弾した。
「ひっ…」
短い悲鳴をあげながらも、翼を広げたまま大空へ舞い上がるケイト。
それまでケイトがいた場所にたったアリューシャは再び両手に光輪を生み出すと指先でくるくると回し即座に射出。
今度はケイトも大鎌で二つの光輪を弾き、空中に滞空する。
「そ・れ・な・らっ」
二つの光輪が弾かれるのを見たアリューシャは、ぱん、と音が立つほどに手を打ち合わせると、その手の間に光輪を発生させる。
そのまま左右に引き伸ばすように手を広げると、光輪が一気にその大きさを増す。
「特っ大っ!!」
フラフープ大の大きさになった光輪を手に、身を一回転に勢いをつけると、ケイト目掛けて投げつける。
「わっ、わ……く、黒のネグレスケア!!」
大鎌の瞳が輝き、強化された真空の刃が光輪を迎え撃つ。
一発目の真空刃がかき消され、しかし二発目が光輪を相殺した。
「これでもダメなの?」
手持ちの飛び道具を封じられたアリューシャは少し拗ねたような顔をして周囲を見渡す。
周囲の木々は既になぎ倒されており、空中に駆け上がる術もないアリューシャは、しかし笑みを深める。
「
空戦メードと闘うのは初めてだけど…ふふっ、こんな感じなのね。フライ級とは段違い!」
年相応の子供のようにワクワクした様子でケイトを見上げるアリューシャ。
その様子に戸惑うケイトは地上に戻ることもできず。
「………あ、あの……」
「ん、なあに? 今なら機嫌がいいから答えたげるわ!」
本当に、心の底からご機嫌で応えるアリューシャに少し不安になりながら、ケイトは言葉を続ける。
「……た、楽しい…?」
「ん?」
「…その、戦ってて……楽しい?」
予想外の質問だったのか、アリューシャは一瞬キョトンとし、しばらく考えた後に再び笑みを浮かべて。
「そうね、楽しいわ」
「…そ、そう…?」
「ええ。…貴女、戦うの嫌いなの? そんな顔してるわ」
「そ、その……だって、怖いのは…嫌だし、痛いのも…嫌、だし…だから…」
口ごもるケイトを見、アリューシャは一人のMAIDを思い出す。
黒を纏い、普段から鬱々とした雰囲気を持つ、友人――といってもアリューシャが勝手に付きまとっているのだが――を。
「―――貴女、あの子にそっくり」
「え?」
「…ふふっ、ひーみつっ。でも」
再び手に光輪を中程度の大きさに展開して、腕にひっかけてくるくると回し勢いを付ける。
「…で、でも……?」
「あの子に似てるって思ったらもっと可愛く見えてきちゃったっ。…もっと可愛がったげるわ!」
言うやいなや、右手の光輪を投擲する。
再び防御しようとしたケイトは、次の瞬間、アリューシャが地を蹴って跳躍するのを見た。
「えっ…!?」
「あたしのヘイロゥには、こういう使い方もあるのよっ!」
アリューシャは回転する光輪に足を乗せると、その回転力を足に受け、一気に加速。
ケイトの視線が高速で移動するアリューシャを捉えた時、その姿は既にケイトの眼前にまで迫っていた。
「つっかまえたぁ!!」
「く、この…蜘蛛女!」
「あら、無礼ですわね。ハイエナババァに言われたくはありませんわ」
バリスタを装填しながら、一時的に上空へと舞い上がる
マーヴ。
空戦メードらしく高度を上げてしまえば、遠距離攻撃手段を持たない
オディエットからの攻撃はなくなる。
しかし、自分の手持ち火器が問題であった―――ハンドバリスタである。
一発ずつしか装填できないバリスタは制圧射撃には向いていない。
上空からひたすら撃つことができればいつかは撃ち抜けるかもしれないが、それをするには残りの弾数が心許ない。
確実に当てるためには距離を詰めないわけにはいかず――。
「ふっ…!!」
その度、地を蹴るオディエットのビスクドールが迫る。
回避しつつの行動では的確な射撃は望めず、蜘蛛のように広がるビスクドールを掻い潜りながら反対側へ抜ける。
すれ違う瞬間、オディエットの嘲るような笑みが目に焼き付く。
「~~~~っ!!」
苛立紛れに背後から放った矢はビスクドールの手に軽々と受け止められた。
再び距離を取り直し、バリスタに矢を装填する。
「ふふん…遠くからチクチクと、惨めったらしいことこの上ありませんわねぇ」
手に握った矢を念のためにへし折ってから投げ捨てると、オディエットはマーヴの方へと向き直る。
オディエットにも焦りはあった。
自分の体と同時に四本の腕を動かすのには集中力を必要とする。
「(これ以上の長期戦は、面倒ですわね)」
即座に判断。
挑発的に自分の腕を組んだまま肩のビスクドールを稼働させ、立てた中指と人差し指を軽く二回曲げて。
「ほぉら、どんどん撃ってご覧なさい? そんなところから当たるのなら、ねぇ?」
「っ……!! なめんじゃっ…」
挑発に頭に血が上ったか、マーヴはさらに高空まで上昇すると、空中で姿勢を変える。
翼がマーヴの身体を包むようになり、空気抵抗を少なくしたまま一気に落下体制へ。
「…ないよっ!!」
落下速度が増す中、マーヴはバリスタに手を添える。
高高度からの降下からの一撃離脱、幾度も幾度も訓練させられた戦術の一つ。
左右に動き逃げようと関係ない、僅かな落下方向の修正と照準調整で確実にオディエットを捉える。
「そんな速度で…」
対するオディエットは、一歩も退かず動かず、降下してくるマーヴを鼻で笑う。
安定しない足場に、器用にピンヒールのままで立つと、ビスクドールを思い切り広げて迎撃体制をとる。
「…っ…死になぁ!!」
放たれる矢。
その一撃は正確に―――あまりにも正確に真正直に、オディエットの顔を貫こうと迫り。
「そういうのを、馬鹿正直、というんですわ…覚えておくとよろしくてよ? ド低脳!」
オディエットは、それを僅かなスウェーで避けると、ビスクドールで両側からマーヴの身体を捕獲しようと掴みかかった。
「なっ……!!」
かろうじて身体を捻りながら翼を広げることで捕獲は免れるが、流石に四本もの腕をかわしきる事はできない。
僅かに引っかかった指を手掛かりに、腕がつかまれる。
「離しな!」
「言われずとも。ただしその身体を穴だらけにしてから、ですわ!」
「ごめんだね!」
つかんだ腕を引きながら突き出されるスタンプがマーヴを襲う。
かろうじて身をかわし、手に持ったバリスタ本体でビスクドールの腕を殴打する。
その実、焼物であるビスクドールは音を立てて割れた。
「そんな脆い装備で戦場に出て…正気かい!!」
「あら、まだそんな減らず口を」
残った腕を伸ばすオディエットに、表面上の焦りはない。
それによって焦りを得るのは、マーヴであり。
「っく………!!! ケイト!! ケイトなにしてんだ!! さっさとそんなガキ片付けて援護を…!!」
見れば、そこにはケイトの高さまで飛んだアリューシャが、まさしくケイトを捉えるところで。
「……っ!?」
「わたくしを前に余所見とは…いい度胸ですこと!!」
「しまっ…」
今度こそ、残ったビスクドールの腕がマーヴを捉える。
アリューシャはその伸ばした手で、ケイトを捉えようとしていた。
ケイトのその向こう、地面から跳躍してきている見慣れないMAIDの姿を、そしてそのMAIDの突き出した剣を見るまでは。
「っ、退いて!!」
背後から迫るケイトは気付いていない――その剣が、ケイトをも傷つける位置にある事に。
咄嗟に伸ばしていた手でケイトを押し退けると、光輪を生成、剣を受け止め―――。
「え…!?」
突き出された剣と接触した光輪が一瞬にして砕け散った。
威力の差ではない、もっと別の要因がアリューシャのコアエネルギーを消滅させた。
そのまま突き出された剣は、なんとか回避行動をとったアリューシャの腕を、軽く削り取る。
「あああああああっ…!!」
「ちっ……」
仕留められなかったことにか、MAIDは舌打ちをすると、空中で一回転し着地。
そのまま即座に地を蹴り、マーヴの方へと向かう。
「何者っ…!?」
マーヴを捉えていたオディエットは、MAIDがビスクドールを狙っているのを察し、咄嗟にマーヴを離し退く。
後退するオディエットに対するように立ち止まるMAID。
両手に黒い剣を持ち、女性用スーツを見にまとったそのMAIDを警戒するように、オディエットはビスクドールを広げる。
一方、空中で姿勢を崩したアリューシャはそのまま地面へと無防備なままの落下を始める。
「あっ……!!」
咄嗟にケイトが手を伸ばすが、既に重力に囚われたアリューシャの身体には届かない。
「――っ!」
アリューシャは身をひねると、手から出現させた光輪を地面に向けて投擲。
三つの光輪を重なるように地面に突き立てると、その上に転がるようにして衝撃を減らして行く。
「ったぁ~っ…………」
アリューシャは傷口を抑えながらなんとか立ち上がり、MAIDを睨みつける。
「ちょっと! 貴女、いま味方ごと!」
「それがどうした?」
MAIDは振り返ることなく、手に持ち眺めていた懐中時計の蓋を閉める。
「ケイト、マーヴ。時間だ。予定の時間をとっくにオーバーしている」
「……わかってるよ」
「あまねく歪は正されねばならない。…撤退しろ。30分で私も撤退する」
「……了解、いくよケイト」
マーヴが翼を羽ばたかせ、離れて行く。
逡巡ののち、それに続こうとしたケイトはアリューシャを見た。
その細い腕に刻まれた傷跡に視線を感じたアリューシャは、ケイトに笑顔を見せて手を振って見せる。
「またね、死神ちゃん」
「あ…は、はい……」
「ケイト!!」
「は、はいっ!!」
マーヴとケイトを見送り、ふとアリューシャが横を見れば、呆れたような顔のオディエットが立っていた。
「…何、敵と和気藹々してますの? 脳みそはいってますのジャリガキ」
「いいじゃない。良い子なんだもん」
「はいはい。……さて、気を引き締めなさいな」
見れば、MAIDは耳元に懐中時計を当て、音を聞いている。
「…とりあえず、叩きのめす前に名前、聞いといたげるわ!」
「……小煩い奴だな」
苛立たしげに懐中時計をしまうと、手袋を直し、両手の黒い剣を握り締める。
「30分の命だというのに」
「いいから答えなさい。あたしはアリューシャ。貴女は?」
一息、ため息をつくと一言、ぼそりと呟いた。
最終更新:2010年06月16日 00:04