太陽の子と死神~2~

(投稿者:フェイ)




「痛ぇ………」

頭部をかばっていた腕を解いて起き上がり、枝にひっかけた腕から零れる血を縛って止めながら、カイルは状況を確認する。
坂の上を見ても先ほどのメードの姿が見えないところから、随分と転がってきたらしい。
自分の状態を手早く確認――打ち身は痛むが動くのに問題はなさそうだ。
こういった時にはかつて親衛隊に所属していたことに感謝を捧げたくなる。

「よっと…フィルムとカメラ…も、無事だな」

現在では日々の食い扶持を稼ぐための大事な商売道具だ―――しかも、なんか高い。
軍人であったころ周囲の鑑識や偵察役が割りと多く使っていたから安いものだとばかり思ってたが――。

「っ!」

殺気を感じて、再び転がる。
今度は明らかな殺気と、静かな森に響く小さな射出音が寸前までいた場所へと矢を突きたてた。
起き上がって振り返れば、木々の間へ逃げ隠れるように飛び去る空戦メードの姿。
その手にはクロスボウらしきものが握られ、次の矢を装填する。

――おいおい早すぎだろ空戦メード…!!

何メートル転げ落ちてきたのかは分からないが、こちらを見つけるにしろ接近してくるにしろ動きが早い。
そういえばエントリヒにも空戦メードはいたが、そもそも管轄外だった。
射線を封じるように立ち並ぶ木々で遮蔽を取りながら、森の外目指して走る。
人は、メードに適わない。
それはメードに関わったことのある人間には周知の事実。
よってここは逃げの一手。

「っと、おわ!?」
「…! ご、ごめんなさいっ…!!」

唐突に目の前に現れた大鎌を持った少女に、慌てて急制動をかける。
その間にも振りかぶられた大鎌は容赦なく振り下ろされた。

「っ、ぐお…!!!」
「~っ…!!」

咄嗟に転がるも避けきれず、肩から背中にかけてを思い切り斬られた。

――だから、なんでそこで申し訳なさそうな顔するんだよ…!!

想いながら、再び地面を転げ落ちる。
今度は先ほどのように衝撃を逃がすことも出来ずに、肩の痛みを堪えながら只管転がる。

「は……ぁ…っっ、く………!」

ようやく仰向けの姿勢で止まるが、身体に力が入らない。
肩から背中にかけての切り傷が熱を持ち、その熱がどこかへ流れ零れ落ちていく感触。
起き上がろうと顔を上げれば、目の前には大鎌を振りかぶる少女がいた。
その顔には、先ほど自分を切りつけた時と同じような申し訳なさそうな、悲しそうな表情が浮かんでいた。

「………ごめん、なさい」
「……はは、あ、謝られても、な…」
「そ、そうですよね…」

泣きそうな笑顔。
それは、どこか別れ際のヒルダの顔を思い出させた。

「でも、こうしなきゃいけないんです…こうしなきゃ、殺されちゃうんです…だから……」
「さっさとしな!」

遠くからの声に、ケイトの身がびくりとすくんだ。
覚悟を決めるように目をつぶり、鎌を振り下ろそうと腕に力がこもる。

「………ごめんなさい…!!」

振り下ろされた鎌は今度こそカイルの首を狩りとろうと襲い掛かり。
その直前、差し込まれた脚によって受け止められた。
正確には、その脚に履かれた靴から突き出したヒールによって。

「……え…?」

ケイトの視線がその脚を伝い、捲くれあがったスカートを捉えた。
そしてその向こう、メイド服に包まれその肩から四本の腕を生やしたメードの、蜘蛛の巣のような飾りに彩られた陰惨な笑みを。



「あら、ごめんあそばせ。レディがこんなに高く脚を上げてはいけませんわね?」



大鎌を右足で受け止めたメードは、そのまま軽く身をひねり、スカートをふわりとたなびかせる。
視線はケイトを捕えたまま、その笑みをさらに深め。

「無礼の侘びにこんなものでもいかがかしら?」
「ケイト! よけな!!」

そのまま勢いよく、左足をケイトに向けて突き出した。
鋭いヒールがケイトに襲い掛かる。

「ひっ…!!!」

身を退けぞらせ鎌を退きながら、翼で自らの身体を包み込み必死で後ろへと下がる。
後ろから追いすがってきたマーヴがその身体を受け止め押さえる。

「下がりすぎだよ馬鹿たれ」
「マ、マーヴ先輩……だ、だって……」
「大体アレ目の前にしてあたしらが逃げ出してどうすんのさ!」

蹴りを繰り出したメードは、広がったスカートを優雅に直してから一礼。
自らの両腕と、その肩から生えるように伸びる巨大な四本の腕を組み、見下すように二人を眺める。

特定メード…操作系スキル持ちの、オディエット…!!」
「気安く名前を呼ばないでくださいませ。貴女方のような下賎な連中に呼ばれては私の名が穢れますわ」

オディエットはクスリと笑うと、カイルに一瞥くれることもなく、しかし前へ立つ。

「民間人はとっとと退避なさいな。足手纏いで邪魔以外の何者でもありませんわ」
「く……ぅ、た、すかったよ…っ つ…ぅ…」
「助けたつもりはありませんわ。勝手に助かりなさいな」

そこまで言うと今度こそ興味を失ったのか後には何も言わず意識を完全にマーヴとケイトに向ける。
背後でカイルがようやく起き上がり、森の外へ向かおうと歩き始める。
追おうとしたマーヴの動きを牽制するようにオディエットの四本の腕、ビスクアームが広がる。

「ちっ……」
「あら、どこへいくおつもり? 私に背を向けるなんて無礼だと思わなくて?」
「小うるさいねぇ…! ケイト、やるよ」

仕方ない、とばかりにマーヴがハンドバリスタを構える。
戸惑うようにしていたケイトはマーヴの一言に怯えたような表情を見せ、慌ててオディエットの顔を見る。

「あ、あの……」
「お久しぶり、とでも言って欲しいならそこで大人しくしていなさいな。同期の好で半殺しした後にハイディの前へ引きずり出すだけで許して差し上げますわ」
「ひっ………!?」

再び身を守るように翼を展開し、鎌を構える。
その様子を見たオディエットは肩を竦めた後、ビスクアームに戦闘態勢をとらせる。

「ふ、ん―――二対一で勝てると思ってるんなら…なめられたもんだねぇ…!」
「さっさとかかって来たらいかがです?」

優雅に笑ってみせるオディエットは、さくりと音を立てて地を踏みしめ。

「それとも…弱いイヌほどよく吼える――まさに貴女の事かもしれませんわね」
「――!!」

マーヴの血管が切れる音がした。

「ケイト!!!」
「は、はいぃっ……!!」

ケイトが、飛ぶ。
枝で傷つくことのない、頑丈なケイトの羽が木々をなぎ倒しながらオディエットへ迫る。

「っ、ご、めんなさいっ…っ……!?!?」

知人に切りかかる一瞬の躊躇、思わず眼をつぶったまま大鎌を振りかぶる。
その瞬間に目の前からオディエットの姿が消えていた。

「っ、ど、どこ………」
「何処を見ていますのお間抜けさん」

頭上から聞こえる声に跳び退る。
見ればオディエットがそこにいた――真上にあった枝をビスクアームで掴み鉄棒の要領で一回転、勢いをつけスタンプを繰り出す。
前髪をかすられながら下がったケイトはそのまま距離を取りながら、真空の刃を繰り出す。

「あらあら。チキンハートですわね。程度がしれますわ」

笑みを崩さず、ビスクアームを伸ばす。
木の幹を掴むと身をひねり真空の刃を回避、そのまま幾つもの木々の間を飛び交うようにするすると登っていく。

「……ちっ!」

後ろに下がったマーヴが苛立たしげに舌打ちをしながら悔し紛れにハンドバリスタを撃つ。
しかしロクに射線も通らぬままの一撃は間の木々に阻まれる。
それがさらにマーヴの苛立ちを助長して。

「………ケイト!! 周りの木をとっとと切り倒しちまいな!! あの猿みたいな動きを止めるんだよ!」
「で、でも、そんなことしたら……」
「黙ってやりな!!」
「は、はいぃ……」

鎌を持ち直し、思い切り振りかぶり。

「お、お願い…黒の、ネグレスケア…っ…!!」

盛大に解放された真空の刃が周りの木々をなぎ倒しながら周囲一帯を蹂躙した。







「あ、は……っく、う……!!」

腕が動かない、脚が棒のようだ、血が流れ出る身体が冷たい。
だが―――森から出ればなんとかなる。
そう信じてカイルは脚を進めた。

「は、ぁ、はぁ……!!」

死ぬわけには行かない―――約束した。

『私は……私の分まで、カイル君は生きて欲しいと願います』

「っ……!!」

ようやく開けてきた。
霞む視界の向こう、木々のない場所だ。
道路でなくても構わない、森の外にさえ出られれば何とかなる―――何とかなる、のに。

「っ、う、あ」

木の根か何かに躓いたのか、身体が前へ倒れていく。
脚に力が入らず、踏ん張ることも出来ない。
そのまま崩れ落ちるように膝が折れ、そのまま地面へ―――。

「っ」

何かに、受け止められた。

「…………!」

何か言われているようだが、礼を言う気力もない。
心配そうな表情が近づいてくるが、霞んだ眼ではよく見えない。
自らの味方であることを願いながら、カイルは意識を手放した。







吹き抜けた真空刃の嵐が去ったのを確認して、マーヴはハンドバリスタを構えた。
これで―――。

「姿が丸見えですわ、お・馬・鹿・さぁん♪」
「!!」

低い姿勢で風をやり過ごしたオディエットのヒールがそこにあった。
身を仰け反らせ回避するも、額を削られる。

「っちいいい!!」
「あら、せっかくその醜い顔にアクセントをきかせてあげようと思いましたのに、空気の読めないビッチですわね。とっとと止まって貫かれなさいな」
「ふ、ざけるんじゃないよぉ!!」

次々と繰り出されるスタンプをハンドバリスタの柄で必死に避けながら後ろへ下がる。
なぎ倒された木々に脚を取られないよう翼を広げるが、上から突き出されるスタンプが上空への退避を許さない。
一方、オディエットはその悪い足場の中を高いヒール一本で器用に跳び距離をつめてくる。
不利と見たマーヴは、声を張り上げて怒鳴る

「援護しな、ケイト!!」
「っ、は、いぃっ…」

見晴らしのよくなった森の中を滑空する翼。
オディエットとマーヴの距離が近い以上、遠くから真空刃を撃つ事は出来ない。
怖かろうと何だろうと、近接戦闘を挑むしかなかった。

「……っ…ご、ごめんな」
「謝るぐらいなら、やめて死んでしまいなさいな。―――楽になれますわよ!」
「!!」

マーヴを相手にしながら睨みつけるオディエットの強い眼力に、ケイトの身体が固まる。
しかし。

「…ケイト!」
「………っ」

再び怒鳴られるマーヴの声。
思い出すのは受け続けた『修正』、そしてほのめかされた『削除』。
大切にしてくれた先生を裏切ってまで、それでも、どうしても。

死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ!
「う、うわああああああああああ………っ………あああああああああ!!!」

振りかぶられた鎌は。
しかし今度も相手の首を落とすことはなかった。



「ふふっ、楽しそうなパーティじゃないオディエット。戻ってきて早々、派手な歓迎ありがとうね♪」



「……アリューシャ

大鎌を受け止める光の輪。
それを手に持つ少女は、すっとオディエットと背中合わせになるように立ち、ケイトと向き合う。

「あら戻ってきてましたのジャリ小娘。いつも一緒の犬コロ教官が見当たらないようですけど?」
「せんせなら、森から出てきた民間人の介抱してるわ。…オディエットが助けたんでしょ? いいとこあるじゃない褒めたげるわ」
「勝手に助かっただけですわ」
「ふふ、知ってるわ。そういうの、巷じゃツンデレっていうのよ。あとでゆっくり教えてあげる♪」
「…犬コロ教官が甘やかすからですわね。わたくしもあとでたっぷりお話がありますので覚えておいでなさい。……ともあれ」
「そうね、ともあれ」

アリューシャが呆然としていたケイトをとん、とつついて距離を離す。
同時に相対していたマーヴが離れていくのを見送り、オディエットは姿勢を正す。

「あっちのオバハンは任せるわ。わたしはこっちの子の相手するから」
「……オバ……まぁ、いいでしょう、勝手になさい」

オディエットの言葉に頷き、アリューシャがケイトを見る。
先ほどの葛藤からか、荒い息を吐き、垂れた目じりに涙を浮かべている。
その表情を見てか、アリューシャの口元が上向きに歪んだ。

「ひっ……!」
「もう、そんなに怯えないで頂戴。さ、いくわよ……可愛がったげるわ!!」

楽しそうな笑みを浮かべたまま、アリューシャは疾走った。





最終更新:2010年06月16日 00:02
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