Chapter 4-7 : Fifth Street War

(投稿者:怨是)


《初弾は帝都防空飛行隊が撃墜、地上の損害は無い。第二波の飛来に備えろ!》

了解(ヤヴォール)

 スカートの邪魔な布と帯を千切り捨て、兵士より拝借した軍用バイクを疾走させつつ、ジークは空軍の通信を聞く。
 結った髪を向かい風にたなびかせながら、ジークは改めて軍隊の強固さに心強さを感じた。流石によく訓練されたチームというものは強い。国民達を絶望させたV2ロケットをすぐに撃ち落としたのだから。だが、自分も空を飛べたなら真っ先に向かっていただろうに、という暗澹たる思いもまたジークの中に渦巻いていた。

《ジークよ、聞こえるか》

 バイクに備え付けられた通信機から、聞き慣れた声が聞こえてきた。

「陛下……」

《空は、飛べる者に任せよ。彼奴らは恐らく、この混乱を狙って本命を横から出す腹積もりであろう。ジークはそれを迎え撃つのだ》

「了解」

 皇帝は、こちらの感情を全て知っている。ジークがザハーラに遠征している間、何度も手紙を交わした。仕事の内容から個人的な悩みまで、様々な物事を、文字を通して吐き出したものだ。今年になるまで、そのような事は全くやっていなかった。だからその分を取り返そうと思ったのだ。心が、魂が、甘える事を渇望しているジークにとって、皇帝という存在はまるで父親のようなものに感じられた。
 ジークは即座に皇帝の言葉に従い、バイクを反転させようとした。しかし、それは叶わなかった。
 突如、マンホールの蓋が開き、そこからサンド・ワーム級のGが行く手を遮ったのだ。バイクは宙へ放り投げられ、ジークは地面に右肩を強く打ち付けた。痛みに霞む視界を何とかせねばと起き上がると同時に地下鉄の駅の入り口である階段からも悲鳴が響き渡り、暫くしてから見た事も無いGがわらわらと地上へ上ってきた。

ワモン、なのか……?」

 姿、形はワモン級に酷似しているが、全身にびっしりと生えた白カビを想起させる体毛がジークを戦慄させた。息が苦しくなるのは、このGより発せられる濃密な瘴気のせいか。ジークは体勢を立て直し、ワームのほうへと向き直る。まずは危険度の高いこちらから片付けねばならない。ジークが大剣バルムンクを構えると、ワームも威嚇するかのように口を大きく開いて応じる。
 傍目から見れば勇ましく映るであろうジークの様子とは裏腹に、彼女の内心は陰鬱そのものであった。
 帝都にGの侵入を許してしまった。その事実が、ジークの守護女神という看板と彼女自身の心に更なる暗い影を落とした。元よりその二つ名に対する矜持など殆ど持ち合わせてなどいないが、時折疎ましく感じるほどの信仰心を向けてくる国民達も、ジークにとっては大切な存在である。彼らには家族がいる。彼らには心がある。彼らは人生という軌跡を辿っている。それらが、食欲やイドのみに突き動かされる害虫の胃袋に収められてしまう事がどれ程に悲しい事か。
 恐らく先程の悲鳴の主はもう事切れているだろう。もしかしたら守れたかもしれなかった命が、自身の視野の狭さに起因して失われる。その事実がジークの魂を強く打ちのめした。

 ワームが向かって来るのを、ジークはバルムンクで迎え撃つ。切っ先をあの大きな禍々しい口へ向け、内側から両断した。再生する前に、何度も、何度も、無我夢中でバルムンクを振り回した。刃物と表現するにはいささか大きすぎるそれは、白い毛に覆われたワモンも退けていた。肉片と化したワームを踏み潰し、白い毛のワモンへと視線を向ける。それでも彼らは臆さず向かって来た。自分達より身体が小さいから、捕食できるとでも本能が判断しているのだろう。
 肉片を手掴みで放り投げ、彼らの気を引いている傍らで、ジークは改めてこの愚かしい怪物達に対して憎悪した。Gさえこの世に湧いて出てこなかったら、そもそも自分達が生まれてくる事は無かった筈なのだ。こんな呪わしい無間地獄に生まれ出てこなければ、衆愚の激動を目の当たりにする事も無かったし、それを止める術を知らぬ自身を呪う事も無かったろうに。

 ――待てよ?
 瘴気を吸い込まぬよう息を止めて毛むくじゃらのワモンを叩き潰しながら、ジークは逡巡した。

「私が居なくても、代わりは居るのか……?」

 もしも自分が生まれて来なかったとしても、英雄を求める人々の本質が変わらない限りは他の誰かが代わりに英雄として崇められる。そうして空虚な王座に引き摺り込まれ、羨望と侮蔑を一身に受け止め続けねばならないのではないか。それがたまたまジークフリートであっただけだとしたならば。
 何とも馬鹿げた話だ。反吐が出る。百歩譲って役目は果たすとする。しかし、彼らの本質はどのようにして変える?
 黒旗が生まれ、それを叩き、一度は火の粉を振り払った。ジークではない、皆の力で。それ以来ジークは独りでは戦おうとせず、仲間を信頼するようにしてきた。にも関わらず状況が一向に進展せず、ついにはこんな催し事まで行われ、結果としてプロトファスマを名乗る男からV2ロケットまで頂戴する事となってしまった。
 最後の一匹を片付け、もう動かなくなったのを確認すると、ジークはハンカチで口を押さえながら瘴気の漂う地下鉄の駅へと走る。5番街道とシルワート通りが交差するこの地下鉄は、今や白い(かび)に覆われた非現実的な空間と化してしまっている。階段を降りて直ぐに亡骸はあった。身体のそこかしこを喰い破られ、全身に黴が生えた状態で。息はしていない。ジークはそのまま地上へと戻った。
 ほんの少しでも望みを抱いたのが間違いだった。これだけの瘴気を吸い込んでしまったら、暫くは薬に頼らざるを得ないだろう。咳き込みながら、ふらふらとおぼつかない足取りで軍用バイクへ近付いた。これもひしゃげて使い物にならない。

《ランゲルドルフ市内にG発生、迎撃する》

《どこから湧いて来やがったんだ》

 電柱に寄りかかりながら咽ていると、通信機からGの接近を知らせる遣り取りが鳴り響いた。きっとこの帝都にも、まだ居る。
 ジークは身体中の血液に砂粒でも混じったかのような錯覚に陥りながらも、バルムンクを杖にして街道を緩慢な足取りで進む。あの黴のようなものを吸い込んでしまったのだろうか。肺も心なしか鈍痛を発し続けている。
 五感が全てぼやけた中で、スィルトネートの姿が見えた。スィルトは、周囲の惨状に目を見開いていた。

「ジーク、こんな所にいた! ……何、このG」

「判らない。それより、ここには長居しないほうが――」

 そう云いかけて咽返る。喉が張り裂けるように痛い。何か、小さな針――例えるならサボテンのような――が刺さっているのではと形容できる程の痛みに、目尻に涙が浮かぶ。咳が止まらず、肩が痛い。

「まずは営舎に戻りましょう。ほら。肩、貸しますから」

「いや、いい。敵は何処だ……倒さないと。私の前で人が、一人死んだんだ。これ以上、犠牲者を出したくない」

「でも、その状態じゃ戦えないでしょう?」

「私は嫌だ、こんな、私のせいで、色んな人が死んで……誰一人守れないなんて、嫌だ。それでも尚、戦えないなら……」

 ジークにとって、守護女神は死んだ。物理的に死んだ訳ではないが、自身の存在が今この瞬間に至るまで災いをもたらし続けた事に対して、ジークは自らの看板を殺そうとせずには居られなかった。

「……守護女神は死ぬしかないじゃないか」

 故にジークはバルムンクを地面に突き立て、一言だけ発して泣き崩れた。
 既に多くの者がジークの死を望んでいるという確信はあった。が、実際、此れほどに惨めな状況になってしまっては、ジークからすれば死んだも同然だった。涙が止め処なく頬を伝い、ひび割れた石畳を濡らす。その様子にスィルトネートは出方を見失っているようで、口を固く結んで立ち尽くしていた。

《帝都内のGの掃討を完了、損害は軽微。繰り返す、損害は軽微》

《よし、これでパーティの続きを楽しめるな。シャンパンを用意しろ! Gに人間の真似事なんざ不可能だって事を証明した祝いだぜ!》

《ジークフリート万歳!》

《浮かれるな。V2ロケット第二波、来るぞ。 ――何だあれは》

《ロケットにフライがへばり付いて……くそったれ、何匹かこっちに来やがった》

《ロケットも一緒に来れば良かったのに!》

《V2はあっちに行っちまった。帝都防空飛行隊(NKVD)に任せて、せめて俺らはこのハエっ子を》

 それでも、戦況というものは無慈悲にも流転し、脈動して行く。ひっきりなしに飛び交う通信がそれを端的に形容していた。彼らの多くはフライの餌食となるだろう。そしてそれを守る術など、ジークは持ち合わせては居ないのだ。
 ジークが無力感に打ちひしがれている間に、スィルトネートは観測部隊に通信を繋いでいる。

「観測班、応答願います」

《こちら観測班。スィルトネートか?》

「お察しの通り。V2の情報を下さい」

《二発目のV2なら、噴射機の不調で高度、速度共に大幅に低下している。おそらく高射砲でも落とせるだろう》

「では、そちらの撃墜は別働隊に任せます。私は帝都を巡回し、残存しているGが居ないかの確認を。シルワート通り沿いの地下鉄にて未確認のGの目撃状況もありましたので」

《その情報なら既に作戦本部にも届いており、部隊の派遣も行っている。協力してやってくれ》

「了解。ありがとうございます。それでは、ご武運を」

 通信を終えたスィルトネートは、膝を付いてこちらに目を合わせて来た。相変わらず、困り果てた表情でこちらを窺っている。対するジークも感情が鬱屈するばかりで、次の言葉を失ってしまっていた。慈悲深い戦場など、元より存在しえない事は理屈では解っている。しかし……

《V2の迎撃に失敗。第六飛行中隊第三十七飛行小隊はフライ級と相打ちで壊滅した。V2の着弾に備えろ。弾等はシルワート通り付近への到達が予想される》

「ジーク。バルムンクを貸して下さい」

 貸すとは云わず、むしろくれてやっても良かった。今のこの体調では何も出来まい。投げ遣りな心中を隠そうともしないまま、ジークはバルムンクから離れて座り込む。




「作戦本部へ。こちらスィルトネート。迎えの車を用意してください。五番街道、シルワート通りの交差点です」

《V2の着弾予想地点じゃないか! 無理だ、地下鉄の線路を使って退避しろ!》

「いいから用意してください! ロケットは私が何とかしますから!」

 今更逃げても、瓦礫の下敷きになるのが関の山だ。故にスィルトは、ジークからバルムンクを借りた。スィルトはバルムンクを手に手頃な建物の屋根へと上り、鎖をバルムンクに巻き付けて遠方の空から近付いてくる黒点に狙いを定める。

「帝都を、やらせはしませんよ。やらせる訳には行かない……!」

 ギーレンや国民達を守るという使命が自分にはある。帝都を守る理由を持つ者は、何もジークだけではないのだ。中身こそ違えど、スィルトネートとて誇るべき役割を持ち、その自覚と覚悟がある。
 だからこそ、バルムンクでV2ロケットを打ち返すという無謀な行動へと出た。成功する保障は無いし、下手を打てば自分が死ぬかもしれない。それでも、やるかやらざるかで考えるなら、スィルトネートがやるしか無いのだ。
 すぐそこまで迫って来ているV2ロケットを、スィルトは悪鬼の如く形相で見据えた。

「死ぬまで飛んでいろ!」

 大剣バルムンクを、鎖付き短剣グレイプニールで持ち上げ、遠心力に身を任せてV2ロケット目掛けて投擲する。
 この時だけは鼓動の音しか聞こえず、全ての動きがスローモーションに見えた。回転するバルムンクが遠くのV2ロケットへと命中し、拉げたロケットは方向を無理矢理変えられ、上空へと去って行く。そして終いに爆発し、周囲に破片を撒き散らした。
 じりじりするような熱と、そこから少し遅れて鼓膜をつんざく雷鳴のような轟音が一瞬だけスィルトネートに降りかかる。それ以降、この屋根の上という空間は平穏を保っている。
 一方スィルトネートの愛用しているグレイプニールは、バルムンクの重みに耐えかねてしおれた茎のように緩慢に降り、やがてずしりと重低音を短く立てて屋根から街道へと垂れ下がった。

《V2ロケット、消滅! 周辺に損害無し! 次のロケットが来る気配もありません!》

 ――やりきった。
 スィルトは全身に汗を滲ませ、肩で息をする。屋根から飛び降り、バルムンクに絡まった鎖を取り除くと、両手でそのバルムンクを地面に突き立てようとした。疲れた身体ではしゃがんでこの鉄の塊を掴む事が億劫になるからだ。しかし、バルムンクは地面には刺さらなかった。せいぜい石畳を少し削る程度で、手から滑り落ちたバルムンクは再び低い金属音を響かせ、石畳の傷を増やした。

「……バルムンク、こんなに重かったんだ」

 もう一度突き立てる事は諦めてスィルトネートはジークフリートへと駆け寄り、肩を組んで持ち上げた。バルムンクの重さに反してジークの身体の何と軽いものか。この頼りない身体で、よくも軽々とあの大剣を振り回せたものだ。

「ジーク、歩けますか」

「何とか……」

 ジークが青白い顔で頷く。どう見てもこのままでは持たない。空いた手でバルムンクを回収しようとも思ったが、そんな時間は無さそうだった。仕方なく、通信機で連絡を試みる。

「シルワート通りに迎えに来ている車は、応答して下さい」

《663号車です》

「今、どの辺りへ?」

《あと30分程で到着予定ですね》

 そんなに時間がかかっては、ジークは助からない。スィルトネートは唇を強く噛み、声音を低くして663号車の運転手に催促した。

「遅い。アウトバーン並みに飛ばしてください」

《え? 既に脅威は去っているでしょう? じゃあそんなに急ぐ理由は――》

「ジークが瘴気にやられてるんだよ! これで理由は充分か!」

《い、りょ、了解! 充分です……》

「よろしくお願い申し上げます」

 スィルトネートは右手を見つめた。先程スィルトが感じたバルムンクの重さはおそらく、ジークにとっての守護女神という言葉の、帝国最強という周囲の視線の重さに比例している。それがあってジークは、あの時バルムンクを地面に突き立てたのかもしれない。己に降り掛かる重圧に、ついに耐えかねたのだろう。
 無理からぬ話だ。と、スィルトは溜め息混じりに胸中で呟いた。共に覚悟は持ってはいるものの、ジークの場合は注がれる眼があまりに多様すぎる。羨望も、嫉妬も、期待も、侮蔑も、どれもこれもが莫大な質量を以ってジークの全身に降り注いでいる。しかも、その多くがある種の病的な感情を伴って。それを考えれば、スィルトは同情を禁じえなかった。

「守らなきゃって思う心は、私だって同じだよ……ジーク」

 車の到着が待てなくなったスィルトは、ジークを両手で抱えて屋根の上へと飛び移る。営舎の方角へ向かえば自動的に車を見付けられるという算段だ。スィルトは先刻のジークが発した「守護女神は死ぬしかない」という言葉だけは、誰にも語るべきではないと思った。彼女の鉄面皮の裏側は、彼女にとって信頼の置ける相手にだけ見せたほうがいい。
 しかし後日、スィルトネートのその目論見は思わぬ形で崩れる事となる。


最終更新:2010年08月11日 19:24
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