一将校、一将軍

(投稿者:エルス)



 恐れ戦いて震えているのはただの子供だ。
 子供を鼓舞して命令するのは前線指揮官だ。
 鼓舞されて銃を持っているのはただの兵士だ。
 だが決意を胸に秘め、正面から敵と向き合う者。
 皆、注意すると良い。
 それは勇者と言うものだ。




 エリア・フェイヒューの第22地区からの定時連絡が無いと言うのを知った首都防衛特別編成師団長のヘルムート・ホフマン中将は目を細めた。
 ガリア侯国国境の方向にあたるエリア・フェイヒューの、しかも都市中心部からもっとも遠い第22地区は敵の侵攻を受ける可能性がもっとも低いと見られていた個所で、
 防衛線の穴とも言えるポイントだったからだ。自らその穴を作り上げたホフマンは、何かあると直感した。
 ライールブルクの防衛線は四つのエリアに分担され、さらにそこから第○○地区といったように細かく分けられている。
 まず帝都の方角を前として、左がハガラズ、右がスリサズと呼ばれている。必然的に後ろはルインベルグ大公国とガリア侯国国境があるわけで、
 ルインベルグ側の左はイサ、ガリア側の右はフェイヒューとなっている。

「どうしますか、将軍?」

 ホフマンの副官であるベルツェ中尉が、顔を覗き込むようにして聞いた。

「手の空いているメードを送れ。即応部隊を投入するにも少し時間が掛かる。……今すぐに動けるメードは居るか?」
シリルがオートバイの修理をしています」
「よし、今すぐに向かわせろ。それと、バルシュミーデ大佐は今何処にいる?」
「第1重戦車中隊のクリューゲル少佐に呼ばれて、そちらに居るかと」
「呼び戻せ」
諒解(ヤヴォール)

 机の上にライールブルク一帯の地図を広げ、のろのろと部屋を出て行こうとしたベルツェ中尉に感情のこもっていない声で早く行けと促がすと、
 ホフマンは椅子に座って唸りはじめた。
 暫くして、その眼光だけで人を殺せそうな目をしたクラウス・フォン・バルシュミーデ大佐が二回ノックをして部屋へ入ってきた。
 ホフマンはピクリと眉を上げ、バルシュミーデは靴底を鳴らしながら机上の地図を見た。ホフマンは地図の一点を指差した。

「フェイヒューの第22地区だ」
「内通の可能性がありますな」
「掃除はした筈だが、まだ残っているかね?」
「でしょうな。危険度の高い者は即刻始末するべきかと。泳がせている者に関しても、見直す必要があると考えます」
「そうしよう。対応はどうする? 即応部隊を向かわせるか?」
「いえ、メードが三体。これ以上の戦力動員は避けるべきです。それよりも」

ホフマンを見据え、バルシュミーデは声を低くして言う。

「メードと通常戦力が違うということをご理解願いたい。彼らは歩兵一個大隊にも匹敵する能力を持っている。
 戦力不足の特別編成師団において、彼らの存在がどれほど大きいか、今一度再考し、戦術の見直しをしたほうが宜しいでしょう」
「あ、あぁ……」

怯えきったホフマンはその灰色の目から視線を逸らした。




「―――で、何ですか?」
「何ですかではないだろう。自分が何をしているのか、分かっているのか?」

 空軍総司令官、マクシミリアン・フォン・オイレンシュピーゲル元帥が困った顔で、
 まるで他人のしでかした悪事を聞いているかのようなベルナー・フォン・バルシュミーデ大佐に言った。

「輸送機二機の無断使用に降下猟兵の引き抜き。更には黒旗への無断攻撃……言い訳があるのか? あるなら聞いてやる。しかしとびっきりの言い訳でなければ聞かんぞ」
「言い訳、ですか?」
「言い訳、だ」

 ふむ、と首を捻るベルナーは突然、なにかを思い出したのか「あ」と間抜けな声を上げた。空軍総司令はそれを不思議そうに見ていたが、

「思い出しました」
「何を」
「総司令に言いたいことを」

 すぐにむっつり顔になった。

「言ってみろ」
「一個戦闘航空団お借りしたい」
「……大佐。デスクと実地、どちらが良い?」
「今の気持ちで言うと、実地ですね」
「なら第45戦闘航空団司令を君にやってもらう。良いな?」
「ええ、喜んで」

 まったく喜んでいない顔でベルナーが言うと、空軍総司令は溜息を吐き、頭を抱えた。

「どうして君は周りを引っかき回すんだ? 私の立場も考えてくれ。ただでさえ現場出身で政治を知らないと言われているのだぞ? いいか? 君の問題は私の問題に直結する。
 それは空軍の今後を左右する問題でもあるのだ。君一人のために我が空軍が右往左往するという馬鹿な事がおこらないよう、私は願っているんだ。分かってくれるね?」
「適度に努力はしましょう。しかしですね、俺は演習のつもりでやってるんですよ」
「なんだと?」
軍事正常化委員会なんて名乗ってはいますが、実際の所、エントリヒ国防軍から枝分かれした軍に過ぎません。俺はね、この軍隊に俺のメードと隊員の教育を任せたんですよ」
「君、頭は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ。少なくともそこらのメードより頭が良いのは自覚しています。あと、空軍の今後を左右する、と仰いましたね?」
「ああ、言ったが、それがどうした?」
「いえ、メードにお株を奪われかけている空軍が左右しようが転覆しようが、どうでもいいと思うんですよ、俺は」
「……私じゃなかったら銃殺しているところだぞ」
「貴方だから喋るんですよ。ジークフリートを英雄にするってのはつまりそういうことです。英雄なら英雄らしく一人の軍隊を演じてもらわなきゃ。
 大体、メードに人間が勝てないと、何時誰が言ったんでしょうね? 奴らただ頑丈なだけで、普通に死ぬっていうのに、どうしてでしょうね?
 まあ、英雄英雄騒いでるこの国の一空軍将校が言えることじゃありませんが」
「もう十分言っているが?」
「いえまだまだ、まだまだですよ、元帥閣下」

ベルナーはふいに笑った。

「俺はメードなんて無くなっちまえばいいと思ってますけど、あれはあれで使い道がある。ただこの国と言うか、みんな使い方を間違ってるんですよ。
 あれは兵器であって人ではなく表彰するものでもない。まして讃えるものでもなければ、愛するものでもないんです。まあ、全部の元凶はあのゴリラなんでしょうがね」
「……もう一度言うぞ大佐、私じゃなかったら銃殺しているところだ」
「では、もう一度言いましょう元帥閣下、貴方だから喋るんです。俺は貴方を信頼しているし、貴方は俺の考えに首を横に振れずにいる。
 貴方はこうして俺の話を聞いて、頭の中で色々と考えを巡らせている筈だ。俺は貴方を尊敬しているし信頼している。だからこうして喋っているんですよ、俺の考え方ってのをね」
「……続けろ」
「世界は間違ってる。Gっていう人類共通の敵を目の前にしながら、みんながみんな馬鹿馬鹿しいくらいに団結できず、終わりも見えてないこの戦争の後を考え始めている。
 俺からしてみれば馬鹿馬鹿しいとしか言えませんよ。迷路の出口が見えてないのに喜ぶ馬鹿がどこにいます?
 どこにだってそんな馬鹿はいないが、世界そのものが馬鹿なら話は違う。全部間違ってると思っちまえば簡単な事ですよ、俺たち空軍から事を改めるべきだ」
「君の言い方はまるでまとめられていないな」
「まとめるの苦手なんで」
「下がっていいぞ。すぐに45戦闘航空団へ行け、書類は作っておく」
「了解」

 何時もの無表情で敬礼するベルナーを見て、空軍総司令はホルスターに伸ばしていた腕でペンを握り、必要な書類にサインした。
 これでベルナーは正式に第45戦闘航空団司令となった。






関連項目

  • ヘルムート・ホフマン首都防衛特別編成師団長
  • クラウス・フォン・バルシュミーデ大佐
  • ベルナー・フォン・バルシュミーデ大佐
  • マクシミリアン・フォン・オイレンシュピーゲル空軍総司令
最終更新:2010年08月15日 17:02
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