(投稿者:めぎつね)
「ふーむ。どうやらお終いみたいですねぇ」
空戦メードが色取り取りの翼をはためかせて帰還していくのを遠めに見やり、
アリウスは特に感慨もなく呟いた。紅蓮の塊が巣の中核を焼き払った時点で戦況は傾いたようなものだったが、それに増援が加われば事態は更に好転する。巣そのものを潰したか開口部だけ塞いだか、それは判らないまでも流出する蟲の数は先刻と比して目に見えて減っていった。それから数十分を経て、今ではもう害虫どもの姿は見当たらない。
「一人勝ちかぁ。あの国が大きくなるのは嫌なんだけど」
ベーエルデー連邦の立場が強くなれば、同時にその国内企業であるヴィルケ社やクリーク社の勢力も増すことになる。競合他社――特にライセンス販売の締結をしていない他社の台頭は、
ウォーレリックとしては好ましくない。勇猛を収めたのがエントリヒであれば
バハウザー社が、連合内であればザーフレムの王立銃工廠やFH社が提携関係にある。その辺りのメードが活躍してくれるなら、こちらの業績にも繋がる。己より遥かに強力な存在が扱う武器、それと同じものを手にする機会があるのなら、人はどうしたところで心惹かれるものだ。
それは砲兵装の基本コンセプトでもある。実質の攻撃手段を通常火器に限定し、あたかもそれが強力な武器であるよう前線の兵士に錯覚させるのが目的だ。早い話がちょっとした印象操作でしかないが、購入の動機とするには十分だ。
(だから、活躍するならウチと契約してるところの地盤がいいのだけれど)
ベーエルデーの商圏には現状、ウォーレリックが割り込む隙間が無い。故に困る。
とはいえ、たった一度の戦闘でそこまで状勢に変化は出るまい。それこそ幾つかの国家に壊滅レベルの被害でもでれば別だが、今回は敗走ではあるがどの国も致命傷は受けていない。楽観視といわれれば確かにそうだが、そもそもこれは自分が危惧すべき話ではない。頭を抱えるべきは、営業周りの連中と役員だ。
黙想はそこで打ち切って、アリウスはまだ手にぶら下げていた短機関銃を武装マウントのホルダーに突っ込んだ。身体全体で軽く伸びをして、振り返る。
「何はともあれ。こちらとしては、生き残ったのだからそれでよしとしますか。お宅も、怪我
はありません?」
「ああ……大丈夫だ」
アルハと別れてから暫くして、
一人で戦っているのを見つけ共闘していた。連れは既に喰われたらしい。色々と思うことがあるのだろう、岩肌に腰を落ち着けて、ぼうっと空を眺めている。
一応、地面の下に潜んでいた連中も、自分の通ってきた道筋の分はあらかた潰してきた。確実ではないが不意打ちの危険も去っている。それでもここが戦場である事実に変わりは無く、心此処にあらずといった有様では危機管理能力の不足もいいところだ。色々と、仕方のない話ではあるが。
特に用心する理由も無く、アリウスは無作為な足取りで彼女のほうへ近づいていった。軽い気持ちで、声をかける。
「随分と呆けてしまって。気を抜くのは少し早いですよ?」
「そう、かな。ああ、そうだな」
「いつまでも、そうしているわけにもいきますまい。置いてけというならそうしますが、どうします?」
「……ん。大丈夫。行くよ」
「そいつはよかった。じゃ、帰りますか」
適当な相槌と一緒に、何気ない素振りで手を差し出す。流石にそんなものに警戒してくる筈もなく、彼女はその手を取ろうと腕を伸ばした。
触れるのは、指先だけでよかった。
ばちん、と爆竹が弾けるような音が鳴った。違うのは爆竹は連続で発破するが、これは一度だけ。昼間の太陽の下、発生する蒼白い光は彼女には見えなかったろう。相手の背中が一度跳ね、次の瞬間には完全に力を失って頭から地面に落ちた。人間であれば即死してもおかしくはない高電流だ。メードを一発で失神させようとすればこれぐらいの電圧は必要になる。が。
「……あちゃ。意識が残ったか」
相手が僅かに首をもたげ眼球だけでこちらを見上げてきた事実に、アリウスは軽くかぶりを振った。大抵のメードであれば、この一撃で意識の一つ二つ軽く吹き飛ばせるものなのだが。
「あ……な……」
感電の影響で呂律が回っていないが、何を言いたいかは割と簡単に察せられる。そも、こういった状況下に置かれて出てくるものと言えば大体は疑問だ。
「何をした、か。大したことじゃない。ちょっとした手品さ。その身体に電流を流させて貰っただけ。まだ声が出せるのは凄いとは思うけど、身体は流石に動かないでしょ」
その所属も名前も知らないメードの頭の前で屈み込み、その顔を覗き見る。そこにあったのはやはり、今までに幾度も見てきたものと同じだった。理解できない、或いは理解したくない現状に対する困惑と、否応無く思い浮かぶこの先の展開への恐怖。出来得るならばそれらを感じることもなく殺せるよう初手はかなり強力な高電流を流してやるのだが、稀にそれでも自我を残してしまう場合がある。
自分は非道だが、それに対し申し訳ないと詫びる程度の心はある。無論そんなものはなんにもならないし、只の欺瞞でしかない。だが自分に課せられたのはそういう役目だ。してやれるのは精々が、胸で十字を切るぐらいだ。自分に信じる神はいないが。
「…………どう、して」
「そういう仕事なものでね。言い訳をするなら、わたしだって別に好きでやってるんじゃないけど」
指を二本だけ伸ばし、相手の鼻先に触れる寸前の位置に置く。彼女は怯えるように頬を引き攣らせたが、感電し表情も上手く作れないような状態では、引き付けを起こしたように口端を歪める程度しか形にはならなかった。彼女の怖れを理解するには、そんな小さな動きでも十分だったが。
女の口が動いた。声は聞こえない。だが何を言ったかは解る。そして、その哀願には答えられない。
『助けて』
「うん、無理なんだ。御免ね」
それ以上は話すこともなく、アリウスは雷撃を放った。今度は一瞬ではなく連続して放電する。女の絶叫が聞こえたようにも感じたが錯覚だ。悲鳴はあるのだろうが声にはなっていない。蒼白い光が明滅し、肉と繊維が焦げる異臭を辺りに撒き散らす中、相手が死ぬのを黙って待つ。
何度も繰り返してきたが、実は未だにどの辺りで絶命するかは判っていない。大抵、先に衣装が発火して火達磨になってしまうからだ。そうなればもう表情も見えてこない。そこで雷撃は止めてもいいのだろうが、生の部分が残っていると永核を回収するのに手間がかかるし死骸も残る。なので念の為、もう数分弱は雷撃を続けている。
直前まで意思を持ち言葉も通じた、背を合わせた相手が焼け焦げたタンパク質の塊に変じ、最終的に人の形をした只の炭に変わり果てるまで放電は続けた。この手段は余程の偶然でもない限り証拠が残らない。死体をほぼ完全に始末できるからだ。炭の塊でしかない燃えカスは、砕いてしまえばもうそこには何も無い。乾いた荒野の風に紛れ、砂塵の一部になって拡散する。専用武器を持ったメードとなれば話は別だが、そもそもの前提として自分はそういった手合いには手を出さない。
雷撃を止めてしまえば、目の前にあるのはもうただの火達磨でしかなかった。冷めた目で揺れ散る火の粉を眺めながら武装マウントから小銃を出し、銃剣も取り付ける。ぱちぱちと弾ける煌々とした灯明は、詩人であれば命の輝きとでものたまうのかもしれないが、自分から見れば焚き火とさして変わらない。それこそ芋でも焼いていたように、そこに埋まっている筈の宝物を掘り当てるような心地で炭をつつく。
暫くして目当ての手応えを見つけ、炭の中からそれを引き寄せた。永核は丈夫だ。普通の宝石であればとうに変質しているが、この塊はこんな程度では壊れない。熱せられた影響か、永核は融解した金属を思わせる明るい緋色に染まっている。当然そのままで持てるような温度ではない。アリウスはナイフ二本を使ってそれを器用に拾い上げると、武装マウントの収納のひとつに放り込んだ。ナイフはすぐに仕舞い、今度は腿の収納を開いて手榴弾を一つ引っ張り出すと、少し退いてから歯で咥えピンを抜いた。すぐに炎の中に放り投げ、口に残ったピンは適当に吐き捨てる。爆発して舞い上がったのは炭と火の粉だけだった。
後に残ったのは小さなクレーターと、行方不明になったメードの使っていた短機関銃ぐらいだ。有り触れた戦闘跡、誰かの気にかかることもない。ちゃんと調べれば殺人の証拠が出ることもあるのだろうが、現場に辿り着くのがまず至難である。その間に全て風化して、残されていたかもしれない証拠も全てが霧散する。
「やれやれ。これではまるで暗殺者だ」
そう呻いてはみたが、していることは立派に暗殺である。仮に誰かが見ていれば、手馴れたものだと皮肉の一つぐらいは貰えるか。相手に通常の感性があれば、まず問答無用で殴られるのは自明の理だが。あの二人であっても、それは例外ではあるまい。
「まったく。姉さんに知られたら殺されかねないな」
とは言ってみたが、本気で激昂する彼女の姿というのも実は興味はあった。アルハは行動パターンこそ何となく予測がつくが、それに感情が伴っていないように思える。だからこそ、常時あれだけ冷静でいられるのかもしれないが。
「かたっぽは助ける為に残って、もうかたっぽは殺す為に残るわけだ。随分と酷い皮肉だね。いや、まったく」
笑うしかあるまい。ああ、笑うしかないとも。
どの道自分達には、この戦争が終結しようがろくな運命が待っていない。それを知っている。希望など無い。善意が悪意を上回ることも。己自身が悪意の尖兵であるのだから、それは期待するだけ無駄というものだ。
「本当、ここは寒いねぇ」
焦熱を帯びた風は生暖かいものだったが。
僅かに寒気を感じ、アリウスは身体を戦慄かせた。
最終更新:2011年01月05日 07:10