4:前線基地の彼女?たち

(投稿者:LINE)                 登録タグ一覧 【 LINE ルインベルグ



  クロッセル連合王国領東部からエントリヒ領南部に掛けて延びるグレートウォール戦線は、アルトメリア領西部戦線ザハーラ領東部国境戦線、アムリア大陸戦線とともに、対G戦線の一つに数えられる激戦地である。
 ここには中核を成すクロッセル・エントリヒ合同部隊のほか、アルトメリア連邦楼蘭皇国等から義勇軍といった形で少数ながらも増援が派遣されており、広大な戦線の均衡は一進一退を繰り返しながら辛うじて保たれている。
 しかし広大が故に間延びしきった戦線は、戦力の分散化を招いてしまい、MAIDをはじめとした多数の戦力が各国から集結しながらも、人類側は苦戦を強いられていた。
 疲弊する一方の戦線を縮小することは、連合軍にとって喫緊の課題であると同時に、実現困難な目標、いや、願望にも近いものでもあったのだが……1938年8月、一つの打開策が立案されることとなる。
 とある前線基地からもたらされたその素案は、突飛な内容ゆえに、当時、驚きと失笑をもって受け止められたが、最終的にこれは承認された。
 たとえそれが戦局全体から見ればほんの僅かな成果しかもたらさないと分かっていても、彼らは一縷の望みを託してみたかったのだ。
 後にファイヤーウォールと呼ばれる作戦は、こうして始動することと相成ったのである。


 1938年10月初旬、グレートウォール戦線のとある前線基地にて。

「つまり我々は殿(しんがり)を務めるということだ」

 ファイヤーウォール作戦を目前に控えて、エントリヒ人の基地指令と協議を終えたシーマ・ノア・ネッサン卿は、敷地内に設営された天幕の指揮所内で双子のMAID―――ローゼとレーゼ―――に告げた。 
 人払いがされているので彼女たちの他には誰もいない。そのためかシーマの口調は実にフランクだったが、出てくる言葉はどれもが重みを持って伸し掛かってくるものだった。

 クロッセル連合王国理事会の要請を受けてグレートウォール戦線に派遣された、シーマ・ノア・ネッサン卿旗下のルインベルグ軍部隊。
 彼らに与えられた任務は、前線基地からの兵員の撤退支援というものだった。
 なぜ激戦が続くさなかに、戦線を支える拠点の一つを閉鎖するという決断が下されたのか。
 そもそも、そんなことが可能なのか。
 答えはこの前線基地そのものにあった。
 以前、施設拡張のために行われた地質調査で、この基地の直下に大量の天然ガスが埋蔵されていることが確認されたのだ。
 天然資源に乏しいエントリヒ帝国にとって、この発見は寝耳に水の吉報だったに違いない。
 しかし、彼らはあろうことかこの天然ガスの商業開発ではなく、軍事利用を思い立ったのだ。
 人類の種としての存亡がかかったこのご時世である。
 目先の利益よりも勝利が優先されるのは、ある意味当然のことと言えよう。
 また石炭などの化石燃料に比べて、天然ガスの利用技術がまだ発達していないことも決定を後押しした。
 大雑把にまとめると、ファイヤーウォール作戦の概要はこうだ。
 前線基地の地下に埋蔵されている天然ガスを掘削し、噴出量を調整する弁を設置。
 しかるのち、地上に噴出した天然ガスに着火する。
 天然ガスを燃焼させることで、幅数百メートルにも及ぶ炎の壁を、前線基地のある渓谷に形成し、獄炎の障壁となす。
 一般的にGは極寒の地を嫌うのと同様に、極端な高熱を踏破する耐性も持ち合わせてはいない。
 そしてメタンを主成分とする天然ガスは、燃焼時に石油系ガスの2~3倍の熱量を発生させることができる。
 そのため天然ガスの燃焼によって生じる炎の壁によって、地上から侵攻する「G」の主力となるワモン級などを充分に抑えこめるとの判断だ。
 確認された埋蔵量から試算するに、今後、十数年間は天然ガスを燃焼させ続けることが可能らしい。
 この作戦が成功すれば、膨大な維持費と兵力を必要とする基地を一つ閉鎖できるうえに、その戦力を他の戦域に振り分けることができる。
 そしてそれは、戦線の縮小と戦力の再編・集中投入という、連合軍の目標にも合致するというわけだ。

「とはいえ、そんなにうまくいくものかね……」

 詳しい作戦概要を知らされ、それを双子のMAIDに説明している今この瞬間も、シーマは眉唾な印象を拭いきれないのであった。



「あらぁ~?」

 薄暗い倉庫の陰に響いた声に、びくり、と身をこわばらせる少女たち。

「あらあらあらあら……?」 

 背後を振り返った少女たち……双子のMAID、ローゼとレーゼは固まっていた。

「やだ! ちょっと、なぁに?」

 なにせこの手の手合いと相対するのは、彼女たちにとっても初めてのことだったからである。

「あなたたち双子なの!?」

 それは、とってもくねくねしていた……。

 ローゼとレーゼは、まるで珍獣でも見るかのような瞳で、目の前の“オトコ”のことを見つめていた。
 よくよく見れば、その“オトコ”は均整のとれた肢体の美男子だった。
 長身でなおかつ胸板は厚く、足が長く、顔の彫りは深く、押し出しの効いた堂々たる体躯。
 某高級ブランドの紫色のスーツが半端でなく似合っている。
 有り体に言ってしまえば 超☆イケメン なのだ。
 が、しかし―――

「すっごぉ~い。 私、双子ちゃんってはじめて見たわ! か~わぁいいぃぃぃーー!!」

 出てくる言葉は、どれも女口調。
 やけに“しな”のある動作など、仕草一つとっても、これ以上ないってほどに女っぽいのだ……。

「うわわっ!」
「だ、抱きつくなヘンタイ!」

 急に抱きついてきたオトコを、肌を粟立たせたローゼとレーゼが、ドンと突き飛ばした。

「ぎゃふん」

 かなり勢いよく吹っ飛ばされたが、オトコはさして気にしする風もなく、んもぉ~とか言いながら、ピンと指を立てて喋る。

「けどダメよ、子供がこんな場所をうろちょろしてちゃあ」

 クネクネと腰を揺らしながら、オトコ。

「この中にはねぇ、見張り番で一日中ヒマしてるこわ~い兵隊さんがいるんだから。 あなたたちみたいな可愛い女の子が近付いたら、取って食べられちゃうかもしれないわよ」

 妙に存在感のあるオトコの異容に、双子は言葉を挟むことができなかった。
 普段は口やかましいことこのうえない双子が、珍しいことに圧倒されているのである。

「それに、この倉庫の中には武器とか弾薬しか入ってないんだから、な~んにも面白いことなんかないわ」

 再び双子はびくっと身をこわばらせた。
 特に遊ぶ場所もない基地内(基地なのだから当然だというツッコミは置いておいて)でヒマを持てあましていた自分たちが、倉庫に忍び込んで何か面白そうなモノを物色しようとしていたことをこのオトコは悟っていて、それを暗にこちらに示唆している!
 そもそも、このオトコはいったい何者なんだろう? という根本的な疑問とが一緒くたになって、不安電波が双子の間で飛び交った。
 MAIDである自分たちにまったく気取られることなく背後をとったことといい、さっきだって思いっきり突き飛ばしたのに、痛がる素振りもみせないで平然としていることといい……
 それになにより、あの性別不一致の言動はぜったいにヘン!
 ぜったい!ぜったい!ただ者じゃあない!!

 ホント、何者なんだろう?

 ―――彼女たちは知らなかった。
 世の中には彼のような“オカマ”と呼ばれる特殊なジャンルに属するオトコが、少数ながらも存在しているということを。
 生まれ落ちてからこのかた、俗世間というものから半ば隔絶される形で日々を過ごしてきたがゆえに。
 彼女たちは知りようがなかったのだった……。

「もう少し経ったらアルトメリア義勇軍は基地から撤収しちゃうから、この倉庫も空っぽになっちゃうわねぇ~」

 双子の不安など素知らぬ素振りで、大げさに肩をすくめてみせるオトコ―――もとい、オカマ。

「け・れ・ど・も」

 リズムに乗せてオカマは人差し指をちょいちょいと振る。

「全部が全部、持って帰るってわけじゃないでしょうね。 すごい量だし。 お荷物になるから、要らないものはそのまま置いていくんじゃないかしら?」

 そのまま……置いていく?
 ローゼとレーゼは聞き逃さなかった。
 確かにそのまま置いていくと、オカマはそう言っていた。
 だとすれば、敢えて今この状況で倉庫に忍び込んで、そんでもってヘマして見つかって、シーマに怒られて、唯一の楽しみである3時のお菓子を取り上げられてしまうような、重大なリスクを冒す必要はない。
 倉庫を管理しているアトメリア軍がいなくなってから、またゆっくりと漁りに来ればいいのだ。
 むむむむ、と思案する双子。

「ま、そういうわけだから。 あなたたちも早く戻りなさい?」

 ひらひらと片手を振りながら、背を向けて立ち去っていくオカマ。

「あ!」

 ローゼとレーゼがハッとなって呼び止めた。

「ちょっと待って。 あんたそーいえば何者なのさ!」

 キョトンとして振り返るオカマ。
 顎に人差し指を当てて、私?という仕草。
 それから彼はローゼとレーゼに向き直ると、ニッとした笑みを浮かべて、

「アルトメリア連邦軍教導MALE、ハイディ!」

 高らかに名告を上げての敬礼。
 再び背を向けたオカマは、ぶらぶらと手を振り上げながら、アルトメリア義勇軍にあてがわれた宿舎の方角へ、颯爽と立ち去っていく。
 呆然とその背を見送るローゼとレーゼ。
 結局そのオカマは最後まで双子の正体について尋ねてくることはなかった。



 ―――それから数日後。

 一足早く基地から撤収する予定のアルトメリア義勇軍や、天然ガスの採掘作業に従事する工兵たちが目まぐるしく動き回っている、グレートウォール前線基地の敷地内にて。

「お邪魔するわよ!」

 突然、ルインベルグ軍が居を構えている天幕の一つの入り口が勢いよくめくれ上がった。
 そこから現れたのは、透き通るような白い肌に黒のドレスを纏った絢爛な少女。
 すらりとした体型に、華奢な手脚。
 しかし、庇護欲をそそるような体型と相反するかのように、端整な顔立ちと、凛とした雰囲気を身に纏っている。
 対G戦争の最前線たる前線基地に、エキゾチックな色合いを醸し出す黒いドレスの少女……かなり異色な存在だ。

「はい?」
「どちらさん?」

 その突然の来訪者に、気怠げに顔を向けたのもまた、戦場には似つかわしくない格好の少女ふたりだった。
 濃紺のワンピースに、レースを縁にあしらった白いエプロン―――本来の意味でのメイドさんルックな衣装に身を包んでいるのは、金色の髪をそれぞれ右と左のアップサイドのポニーで束ねた双子のMAID。
 ローゼとレーゼである。
 彼女たちが肘を突いていたテーブルの上にはコーヒー入りのマグカップ。
 それにトランプや茶請けの代わりと思われるカンパンが散乱していた。

「……ルインベルグ軍のネッサン司令はいないのかしら?」

 黒いドレスの少女が天幕内に一瞥を投げるも、そこにはローゼとレーゼの姿しかない。
 返答を待つことなく、彼女は明らかに落胆した表情を見せる。

「やっぱりタイミングが悪かったのかなぁ……」

 そうして黒いドレスの少女は、がっくりとうなだれた。



「ありがとう」

 そう言って黒いドレスの少女が、湯気を立てるマグカップを受け取った。
 差し出したのはレーゼである。
 今回グレートウォール戦線に派遣されるにあたって、ローゼとレーゼの身分はネッサン司令の世話係という形が取られていた。
 ルインベルグ軍派遣部隊を率いるシーマ・ノア・ネッサンが珍しい女性の、それも高級士官ということもあって、彼女に随伴する世話係の存在自体は説得力のあるものとして、すんなりと周囲に受けとめられている。
 先ほどレーゼが黒いドレスの少女にカップを差し出したのもそういうわけだ。
 ネッサン司令の世話係で通っている身として、主人を訪ねてきた客人に対する当然のもてなしをしたのだ。

「せっかくクロッセルを素通りして、グレートウォール方面にまで出向いてきたっていうのに、一回目からこれじゃあ、先が思いやられるわね……」

[提供:焼飯親衛隊さま]


 先ほどからぼやきっぱなしの黒いドレスの少女。
 聞けば彼女は、武器商人の娘なのだそうだ。
 名前はセンティア・ラウス・バル。
 ザハーラに拠点を構えるバル・ウェポン社の社長令嬢でありながら、こうやって営業係を買って出ては、諸国を渡り歩いているのだそうな。
 ちなみに天幕の外には彼女の付き人と名乗る男が3人ほど立ち並んでいた。
 いずれも体躯の良い隆々とした筋肉質な男達であるが、それより目を惹いたのはそのファッションセンス。
 3人ともがヴィンテージのジーンズを穿き、そろいの革ジャケットを鍛え抜かれた裸身に羽織っている。
 開かれたジャケットから覗く腹筋がとても筋肉質だ。
 肩にはなぜか鋭いトゲトゲ付きの厳ついプロテクターが装着されており、タックルするだけでイノシシとかクマとか狩れそう。
 そして両肩から垂れ下がった太いチェーンが胸の前でX字に交差している。
 しかしなによりも……その奇抜なファッションよりも更に目を惹いたのは、彼らのヘアースタイルであった。
 ツルツルに剃り上げられた頭頂部の中央。
 そこには存在を極限まで誇示するかのような、カラフルな毛髪が天を衝くカタチでそそり立っている。
 通称“モヒカンスタイル”。
 センティアに付き人が居るということを聞き、コーヒーを勧めるために外に出ていったローゼは、あまりの衝撃に目を剥いていた。
 そのあまりにも前衛的で、先進的なヘアースタイルは、彼女たちにとって未だかつて遭遇したことのないものであり、その笑撃、もとい衝撃は想像を絶するものがあったのだ。
 辛うじて吹き出すのをこらえながらカップを載せたトレーを脇の木箱に置くと、ローゼは人目もはばからずに笑い転げた。
 そして天幕の中で、ローゼのイメージを感じ取ってしまっていたレーゼもまた、盛大に笑いを吹き出してしまい、センティアから怪訝な顔を向けられることになる。
 しかしそれにも全く動じず、身じろぎ一つしないモヒカン男3人。
 そのシュールな光景にローゼさらに爆笑。
 レーゼ受信、こらえられない。
 以下、ループ。

 とまぁ、それはおいておいて。

「私はね、現場第一主義が信条なの。 確かに中央にいるお偉いさん方に掛け合って話をつけたほうが楽だし、まとまった数も売り捌けるし良いこと尽くしなんだけどね。 けれど実際に現場で武器を手にして戦っている人たちのニーズを直接聞いて、それにマッチした武器を提供していくことこそ、武器商人たる私の理想とするところなの。 そのほうがこの子達(武器)も喜ぶし、世界平和にも貢献できるってものよ」

 商談するのが難しいと分かったセンティアは、出されたカップを傾けながら、暇つぶしがてらに自分の仕事や身の上話などを語ってくれた。
 時折冗談などを交えながら、実にざっくばらんな口調で。
 武器販売の商談をするために、ザハーラくんだりからこの前線基地までやってきたこと。
 しかしながら基地はファイヤーウォール作戦に向けて慌ただしいことこのうえなくて、基地司令への面会が叶わなかったこと。
 仕方がないので基地に派遣されていたクロッセルやアルトメリアをはじめとする各国部隊を相手に商談を試みるも、そのことごとくが前段に述べたのと同様の理由で断られてしまったこと、などなど。
 仕事絡みの部分は大半が愚痴に聞こえたし、世界平和を願ってるという件(くだり)は実にウソくさかったが、外で待ってるお供のモヒカン男3人衆との出会いや、旅の珍道中のエピソードなどは、外の世界をあまり知らない双子達にとって実に興味深いものだった。
 自分たちと大差ない外見年齢の少女から語られる様々な体験談や見聞は、ローゼとレーゼに外の世界への渇望をますます強く抱かせるのだった。



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最終更新:2011年01月30日 14:06
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