(投稿者:エルス)
集中力と精神力が限界に達しているのが自分にも分かるほどクタクタになった俺は、自分に割り当てられた独房のような部屋に入り、固いベッドに腰を下ろした。
頭の中で狙撃に必要なさまざまな事柄と、釣りの歴史やら魚を上手く釣るポイントだとか、とにかく色んなものが混じり合って、醜い色に変色しているのが分かる。
例えるなら、虹の色をそれぞれパレットに入れ、最後に全部ぐちゃぐちゃに混ぜた後の色。そんな感じの色だ。
「……気持ち悪」
黄色も、青も、赤も、緑も、混ざり合って、互いの色を潰し合う。そうなってしまっては元も子もない。とりあえず、釣りの話は忘れることにして、狙撃をなんとか頭に叩き込む。
釣りなんか、やるべきことをやった後、存分に楽しんでやる。だから、そのやるべきことを確実にこなせるように、狙撃を覚えなくてはいけない。
小難しくても、覚えなければならないのだ。
「パーシーに狙撃を教わったって?」
ぶつぶつと教わったことを反芻し、頭に無理矢理覚えさせようと必死になっていると、いつのまにかクラウ・マッキンリーが部屋に中にいた。
着ている服はアルトメリアの標準戦闘服に似ていたが、細部がやや違っており、羽織っているジャケットにいたってはアルトメリア陸軍の空挺仕様だ。
まったく統一されていない服装に驚くより、
アルファフォースの装備が個人の意思によって決められていることに、やはり彼らは特別なのだと再認識した。
通常の軍隊なら装備は決められたもの。戦闘服にしても多少装備の取付方が違うだけで、ほとんどみんな同じだ。アルトメリアでは靴のサイズまで一緒だと、噂に聞く。
そんなアルトメリアで装備の自由が許されている部隊、それがアルファだ。優れた人材を的確なポジションに当て嵌め、一の力で十を成し、十の力で百を成す。
化け物染みた噂話も、あながち間違ってはいないかもしれないな……。
「それがどうかしたか? なにか、問題でもあったのか?」
「いや、あんたの得物のヤバい方がどっちに向いてんのか興味があってね」
「銃口はいつも敵に向けてるつもりだ。安心しろ、アルファには手を出さない」
「じゃあ聞くけどさ。あんたの銃口の先にいるのは、いったい誰なのさ? 幽霊ってわけじゃないんだろ?」
「瑛国陸軍情報部第七課、オーベル・シュターレンだ。他にも、シュターレンの前に立ってる雑兵も含むがな」
俺がそう言うと、マッキンリーはニヤリと口を歪めた。
「そうか。あの男か。良いだろう、あんたの乱闘劇に私らが加担してやるよ。まあ絶対にって訳じゃないけどさ」
「……本当か? もしそうならありがたいが、どうして加担する気になったのか、それを教えてくれないか? 失礼だとは思うが、アルファは信用できないからな」
「ははっ、簡単さ。シュターレンは
EARTHだけじゃなく、連邦にまで鼻先を出してきてるのさ。駄犬の鼻を圧し折るのはOSSの仕事なんだけど、まあ私らがやったって構わないだろうし」
「それは……大丈夫なのか? 政治的なことはよく分からないが、危ないことじゃないのか?」
「なにいってんのさ。私らはアルファ、特殊部隊。そんなへまをやらかすために組織されたんじゃない。連邦に害なすなら、これに鉄槌を持って調教する。ま、そんなとこ」
大統領が決めるべき事柄を、こんなにも簡単に勝手に決断してしまった軍人が、未来において登場することがないようにと祈りつつ、俺は溜息を吐いた。
ポケットに手をつっこんで壁に背を預ける恰好で笑っているクラウは、確かにこれ以上無い戦力だ。一対一でメードを倒す事の出来るかもしれない人間が、彼女なのだから。
だが威力の高い兵器は総じてその代償として欠点がある。つまりは薬で言う副作用だ。強力な主作用がある場合、副作用もそれなりのものがある。
考えても見れば……いや、考えるより前に、あきらかにこの女は異常だ。狂っている。次になにをしでかすか、予想できたものではない。
強力な戦力にはなるが、その代償と危険性が高すぎる。
「私が戦闘狂だって言いたいんでしょ?」
「……なんで分かった。心でも読めるのか、あんたは」
「心なんて読める訳ないじゃん」
にしし、と悪戯っ子のように笑うクラウが、ジャングルブーツを無音で一歩前へ踏み出した。軽量で丈夫、さらに蒸れにくいらしいその靴に、消音機能はついていなかったはずだ。
そして俺は気づいた。いつのまにか、クラウが俺のすぐそばに立ち、俺を見下ろしていることに。いくら頭を下げていたとはいえ、ここまで気づかないというのはいくらなんでも……。
「異常だ」
「異常じゃないなら他に何と言い表すのかね」
「あんた……」
頭をあげようとしたが、項に突き刺さった冷たい殺気に気圧され、指先一つ動かす事すらできなくなった。
「あんた……その次の言葉はなにかな? 誰、か。なんなんだ、か。どっち側なのか、か。ねえ、早く言ったらどうなんだい」
まるで殺気が形を成したのが
クラウ・マッキンリーと言う人間であるかのように、その殺気は純粋で澄み切っており、どこまでも鋭利で暴力的だ。
考えが浮かぶより先に、動物的な本能が頭を上げるなと、お前は弱者で、ヤツは強者なのだと告げている。嫌な汗が額に浮かびあがり、膝まで震え出す始末だ。
「あんたは……何だ?」
「
アルトメリア連邦、特殊作戦部隊アルファ分遣隊長、元海兵隊第一海兵師団少尉、クラウ・マッキンリー大尉だ。それ以外の何者でもない」
「嘘だ。お前は……」
「だから言った。お前はどっち側なのか、そう聞くのかと」
「………」
顔を上げることが出来なかった。膝が震え、汗が吹き出る。口の中の粘ついた唾も、早鐘をうつ鼓動も、すべて腹立たしい。
だが、どうしても顔を上げることが出来ない。顔を上げて、ヤツの目を見た瞬間、殺されるんじゃないかという想像が、身体を凍結している。
「別にお前を殺そうなんて考えていないが、怯えてるメールを嬲り殺すのもおもしろいかもしれないな」
「っ………!」
「ははっ、なんてね。大丈夫、殺したりなんかしないよ。少なくとも、この作戦中にはね」
「作戦だって? おい、それはどういう……」
ふっと解放されたようなような気がして顔を上げると、クラウはもう部屋から出て行った後だった。
残された俺は、とりあえずドアの鍵を締めて用意してもらった寝間着に着替え、そのまま泥のように眠った。
夢というのは、一説によると自分が意識していない無意識の願望が表現されたものらしいが、これは一説というよりも一種類といった方がいいだろう。
兵器や医学が発達した現在においても夢というのは奇々怪々であり、また自分がコントロールすることが出来ないものでもある。
だからというわけではないが、どうしてこんな夢を見たのだろうかと、朝――といっても窓がない地下なので日は見えないが――目を覚ました俺は思った。
夢は白黒で、どういうわけかは知らないが、俺とアイツと
エルフィファーレとマクスウェルの四人で、楽しく雑談をしていたのだ。場所は基地食堂だった。
その時点ではまだ夢であると自覚していなかった俺はいろいろと話をして、エルフィファーレに弄られていたが、次の瞬間、何故か情景が俺の部屋に変わったのだ。
登場人物は俺とエルフィファーレだけであり、アイツもマクスウェルもどこかへ消え去り、これまたどういうわけか、二人はベッドの上にいるのである。
あとのことは語るまい。とにかく、夢でこんなものを見るほどに、俺というメールは無意識の内にホームシックにかかっているようなのだ。
しかしながら、よくも知らないここの連中にあっさりと「自分はホームシックです」などと言い散らすほど馬鹿ではない。
とりあえず着替えをして武器の点検、それから顔を洗う。寝癖もついでに直そうかと思った矢先、ドアが蹴破られた。
咄嗟に懐から小型の拳銃を引き抜いて応戦の構えをとったが、ドアがあったところに威風堂々と立っているクラウを見た瞬間、溜息とともにやる気が四散していった。
「施設のドアをそんな簡単に壊していいのか?」
「別に構わんだろうさ。それより、戦闘技術を教えてほしいそうだな」
「ああ、だからパーシーに狙撃を………」
「ついてこい。これからV4のリトル・ビッチを潰しに行くんだ。室内戦闘をその身に叩き込んでやる」
でも銃が、と言おうとした口に朝飯らしいハムサンドがつっこまれ、右手に持っていた小型拳銃をもぎ取られ、代わりに両手に45口径のグリップを握らされる。
ちらりと見ると、どうやら本当に改良を施したらしいマッチ・モデルと、なにやら危ない臭いのする骨董品を俺は両手に持っていた。
背中を見せて去ってゆくアルファの連中に遅れまいと、ハムサンドを飲みこみ、安全装置をかけた二丁の45口径をコートのポケットにつっこんだ。
最終更新:2011年04月15日 13:02