(投稿者:エルス)
施設から出ると無印の軍用トラックが二台停まっていた。アルトメリアで作られたトラックだが、ヴォ連を始めとして色々な軍隊で使われているから、無印となると所属は分からない。
クラウが二台目のトラックを指したので、後ろの荷台に乗り込む。中はアルファの連中がずらりと座っており、とても狭く感じる。
ほどなくしてエンジンがかかり、国籍不明のトラック二台がブルンと車体を震わせた。そこで気づいた事だが、アルファの連中の服装が統一されていなかった。
アルトメリア陸軍、エテルネ陸軍、エントリヒ国防軍、
軍事正常化委員会、ルミス国防軍、グリーデル陸軍……挙げなかった国も含めて、色々な国の戦闘服が揃っている。
「国籍不明、神出鬼没で、証拠はバラバラの軍靴の足跡……気味が悪いな」
「まあそういうなって兄弟。この前なんかもっと酷かったんだぜ、黒旗の軍服着てのこのこ出てきた馬鹿の首にナイフを―――」
「パーシー! 口が慢性的な下痢にでもかかったのか、このノミ野郎! マッキンリー大尉に報告して叩き殺してもらおうか?」
「キングフィールド軍曹は相変わらず大尉ラブなんですねぇ、おうおう、熱い熱い……」
「声帯を潰して一生黙ってろというのが聞こえなかったのか、湿った下痢製造業者め。お前の田舎訛りのアルトメリア瑛語で正体が露呈する可能性をお前は考えたことがあるか?」
「申し訳ありませんでした軍曹。そういうわけで兄弟、少し口にチャックしてな」
「了解、伍長」
特殊部隊というやつは戦時国際法すら守らないというのは本当のようで、さらによく見ると階級章をつけておらず、腰のベルトに括りつけてある円筒形の物体は間違いなくあの催涙ガス弾だ。
部隊の皆が製造元がバラバラの、しかし視野の広い戦闘用のガスマスクを腰の後ろに隠しており、両手にはそれぞれM1A1短機関銃や、銃身の短いM3半自動小銃を持っている。
唯一パーシーだけが、M3半自動小銃の通常狙撃用モデルを持っていた。
覗き込むようにして腰のホルスターを見てみると、収まっている銃はほとんどがマット・ブラック塗装なのでよく分からなかったが、キングフィールドと呼ばれた隊員のホルスターだけが、
N&Eのヴィクトリー・モデルというリボルバーの細いグリップを覗かせていた。
「"コック"分隊は全員乗車したか?」
クラウが最終確認のためにトラックの中を覗き込んだ。
深緑色の目から子供のような無邪気さが消え、感情さえも無くなっていた。
「カエルの小僧が一人混じってますが、全員おります。乗りますか、マッキンリー大尉?」
「いや、私は一号車に乗り込むことになっている。キングフィールド、パーシー、その自己中心的な小僧を頼む。なんでも恋人がいるらしいからな」
「了解、大尉殿。死体袋を届ける手間はかけさせません」
「右に同じく。なんとかして生きて帰らせます」
「というわけだ、エテルネ人。お前のために私の可愛い隊員がKIAになった場合、私はお前を半分ほど地獄に送ってやるつもりでいるから、頑張るんだな」
にやりと薄気味悪い笑みを残して、かの狂人は去り、ほどなくして二台のトラックは走り出した。正体がばれないようにと、荷台は布で覆われているため、少し暗かった。
行き先も知らず、到着してからの予定も知らず、ただコートのポケットにつっこんだ拳銃の重みだけを信じて、俺は石像のように動かず、終始じっとしていた。
長い道中、キングフィールドに発言を許されたパーシーが事の全容を話してくれた。
俺がハード大佐の息子に殺されかけた丁度その頃、
レベルテ王国内に潜伏中のV4師団壊滅作戦が実行されたのだが、敵将にそれを察知され、
挙句に罠に嵌って民間人にも被害が及び、国民に大批判を食らった。
王国としてはさっさとV4師団という厄介な爆弾を処理したいところだが、国民感情がそれを許してくれそうになく、結果として襲撃時に近隣住宅に避難を求める、
という馬鹿げた制約を押し付けられてしまったのだという。
「そこで俺たちの出番ってわけだ」
「どうしてアルファがわざわざ出てくるんだ?」
「レベルテの部隊とは親しくしててね。詳しくは国家機密だ。察してくれ」
「了解、伍長」
知らぬが仏、触らぬ神に祟りなし。迂闊に国家機密だのなんだのに触れると、後世碌な事にならない。
なにはともあれ、俺はアルファの連中と一緒にV4師団という電波で奇人たちの相手をすれば良いってことだ。
ある程度の冷静さと、気力と、冷酷さ、そしているだけの鉛弾があれば事足りる。そう思いつつ、パーシーの説明を聞く。
「突入は慎重に、殲滅は迅速にが心情なんで、まずは催涙ガスを使う。ガスマスクを被っとけ。あ、お前の分はこれな。ヴォ連製だ」
「……こんなガスマスクで大丈夫なのか?」
「大丈夫だ! ………多分な。あ、それからお前の配置は一番後ろ。もし部屋に突入した場合、指示された区画の敵だけを倒せ。前なら前だけ、左なら左だけ」
「それはまたどうしてだ?
一人で倒せる場合なら、一人でやっちまっても……」
「俺らは特殊部隊だ。仲間に命を預けることくらい普通にできなくてどうすんだ。お前、自分を過剰評価しすぎだぜ」
「……それで、淡々とやればいいのか、その作戦を」
「そそ。私情抜きで頼むぜ、お前を守るのも俺の仕事なんだからよ」
「了解、伍長。せいぜい頑張るよ」
作りの荒いヴォ連製ガスマスクを片手に、俺はふふんと鼻で笑った。
パーシーは満面の笑みで拳の親指を突き上げた。
「それと、今の内眠っとけ。どうせレベルテにつくのは明日か明後日だ」
「了解、伍長。お休み、伍長」
「良い夢を。出来るのなら彼女さんとよろしくやってる夢でも」
「……俺に彼女なんていないよ、伍長」
「なんだって? じゃあマッキンリー大尉の言ってた恋人って嘘だってのかよ! おう、こん畜生! 偽情報か!」
また始まったと思いつつ、目を閉じると、パーシーの短い悲鳴と押し殺した笑いがした。
興味をそそられたので目をそっと開けて見ると、キングフィールドがパーシーの口の中にリボルバーを突っ込んでいた。
キングフィールドの顔は青筋が見え、瞼が痙攣しているようだった。一方のパーシーは、しきりに目をパチクリさせている。
「おいパーシー、お前の口の中に俺のリボルバーが鉛のクソを吐き出すかもしれないが……構わないな?」
とうぜん、パーシーは首を横に振った。
レベルテ国境をいとも簡単に通過した後もトラックは走り続け、目的地に着いたころには身体のあちこちが固まって動かなくなっていた。
それらをよく解してパーシーとキングフィールドと一緒にトラックを降り、今は誰も住んでいなさそうな二階建てのアパートの中へと入る。
埃の積もった階段を昇り、正面のドアを開けると、レジスタンスのような恰好の男が何名か、地図と睨み合っていた。
俺と二人が直立不動の体勢でいると、遅れてマッキンリーが部屋に入り、大袈裟に両手を広げて口を開いた。
「久しぶりですねぇ、レベルテ王国陸軍の方々。いやホントに」
「確かに久しぶりだな、一年ぶりだったか。相変わらず掴みどころのない性格のようだな、マッキンリー大尉。また会えてうれしいよ」
「いえいえ、こちらこそうれしいです。なにせ仕事が出来るんですからぁ」
にこにこと人懐っこい笑みを浮かべて初老の男と握手をしたマッキンリーは、続けてクロークを羽織った長身痩躯の男に目を向けた。
「調子どう?」
「右腕に4、6センチのコンクリート片が四つに、左腕と足に合計8つの鉄球を被弾して、ところどころ骨にヒビが入ってる程度です」
「あっそ。なら大丈夫だね。リトル・ビッチの洗礼を受けて生きてるだけありがたいと思え、このクルミ割り人形。まだ働いてもらうから覚悟しとけ」
「了解しました。大尉」
「あと、
マークスマン。そのクソ気色悪い敬語喋りを止めろ」
「了解した。ところで残業代は出ないのか?」
「出るわけがない。私だって貰った事無い代物だぞ」
「だと思った。期待はしてなかったよ、大尉」
わざとらしく肩をすくめたマークスマンと拳を突き合わせ、マッキンリーは机上の地図を見る。
「作戦に変更は無いんでしょうね?」
地図に記された赤い点と、赤い矢印、そして青の点と青い矢印をそれぞれ確認するかのように、マッキンリーは手でそれを撫でる。
初老の男はマッキンリーの隣に立ち、しわがれた声で言った。
「今のところはな。マークスマンとアルファの突撃部隊が突入し、我々とアルファの狙撃班が逃走経路を潰す。
目的は敵の指揮官、
クリスティアの殺害……といきたいが、今回は物資の破壊に絞る。我が国での活動を停止させるのが、まず第一ということだ。
一度殲滅作戦を失敗させた経緯もあるからな。ハードルを無理に上げる必要はない。それに、害虫は確実に追い払わなければ」
「じゃあ政治家連中も一緒に追っ払えば?」
「良心はいるものだよ、どこにでも」
「あっそ。私は信じられないな、そんなの。……政治談議はどうでもいいとして、なにか情報ないの?」
「マークスマンから、一つだけ。例の地雷について話せ」
「例の地雷?」
マッキンリーが首を傾げ、マークスマンをギロリと睨む。
その視線を無視して、長身の彼は説明を始めた。
「前方へ指向性を持たせた散弾地雷だ。起爆方法は有線のリモコン式とワイヤートラップ、そして時限式があると推測され、
炸薬は恐らくTNT。加害範囲は65度から57度、有効加害距離は50メートルもない。ま、至近距離で爆発すれば赤いボロ雑巾が出来あがるだろうな」
「経験談をどうも、マークスマン。キスしてあげようか? 下がいい? それとも上がいい?」
「いや、遠慮しとく」
「あっそ。可愛くねえの。……しっかし、どうしてなかなか、あのリトル・ビッチもやるもんだねぇ。キングフィールド!」
「はい大尉」
「突撃部隊のM3装備隊員はM7を装備。GREMを最低1本持たせろ」
「了解しました、マッキンリー大尉」
ラフな敬礼をして部屋から去ったキングフィールドを見送ったマッキンリーは、次に俺を見た。
一秒先にどんな顔をしているのか分からないこの女は、この時は笑みを消し、冷徹に言った。
「エテ公はトレンチガンを持て。パニクってもあれなら当たるだろう……。パーシー!」
「へい!」
「へいじゃない馬鹿者! 全員装備が整ったら一階のリビングに集合。食事が用意されているから、程々に食っておけ」
「レーションすか、大尉?」
「そんなこと知ったことか! さっさと言ってクズ野郎の尻を蹴っ飛ばして来い! この下種野郎が!!」
「了解大尉! ありがとうございます!」
何故か敬礼しながら礼を言うパーシーを蹴っ飛ばし、マッキンリーはお前も行けと目で言った。
空気を読んで敬礼をした後、部屋を出る。そして、
「ショットガンなんて使った事ねえって……」
思わず呟いた。
外に出るとバラクラバを被ったアルファの連中が装備を確認しているところだった。
M3半自動小銃を使う奴らは、M7グレネード・ランチャーを銃口部に取り付け、それからM3専用の8発弾丸クリップをカートリッジベルトやリガーポーチに詰め込んだ。
M1A1短機関銃を使う奴らは隅々まで得物を点検した後、箱形マガジンを必要以上に持ち漁り、M3を使う奴らを笑いながら食事を楽しみにいった。
俺はというと、トレンチガン―――M1917ショットガンの扱い方をキングフィールドから教わっていた。
大陸戦争時の塹壕を制したといっても過言ではないこの凶悪な武器は、熱せられた銃身から射手を守るバレルジャケットと、露出したハンマーが特徴の、如何にも悪者が使いそうな銃だった。
正義の味方がこれを持って堂々と悪者を退治したとしても、警官が勘違いして正義の味方を射殺するだろうと思えるくらい、この銃は悪者の銃っぽい。
銃口の下の銃剣取り付け部にしても、穴だらけの鉄板を銃身に巻きつけたようなバレルジャケットも、厳つい機関部も、全部が全部、正義の味方というイメージを完全否定しているのだ。
「引金を引きっぱなしにして、カシャっとフォアエンドを前後させれば連続で射撃できる。便利だろ? 装弾数は5発、口径は12ゲージ。射線に馬鹿が飛び込んできた時を除いて、
味方は撃つな。良いか?」
鉄の棒と円状の物体と、ライフルグレネードの筒を一体化させたような奇妙なものを二本ベルトに差し込みながら、キングフィールドは早口に言った。
「言われる前に言っとくが、銃剣は無い。そしてシハタM37はここには無い。ずっしりと重いそいつを抱えてヒーヒー言ってな、カエル君」
「了解だよ軍曹殿。ところで、なんでV4みたいな連中にアルファが出てくるんだ? 奴ら、ただの電波集団だろ?」
「頭の中身を糞と一緒に流しちまったのか? リトル・ビッチだよ。元アルトメリア海兵隊第一海兵師団第二大隊、ザ・プロフェッショナルズのクリスティア。
死んだと思ってたら裏切ってやがったのさ」
「なんだって……? ちょっと待て。パーシーから聞いたんだが、確かアルトメリアの海兵隊は……」
「どんな命令を受けたって全滅するまで完遂しようとするスーパー気違いどもの集まりだよ。最高の愛国者で、最高司令官である大統領を信じる、最高の兵隊だ。
俺も海兵隊だ。マッキンリー大尉と同じ、第一海兵師団第一大隊、ファースト・オブ・ザ・ファーストのな。だからこそ許せねえんだ。仲間を裏切ったあのリトル・ビッチがな」
眉間に皺を寄せ、唇を噛むキングフィールドの表情は複雑だった。怒っているのか、嘆いているのか、それすら分からない。
俺は何も答えずにトレンチガンにショットシェルを込め、フォアエンドを前後させる。金属的な音を響かせ、ショットシェルが薬室に装填される。
少しだけ不安に思った。キングフィールドのあの顔は、ただの裏切り者のことを話す顔じゃない。弾薬を満載しているコンテナに、銃口を向ける。
「おい、気をつけろ! フォアエンドを前後させたら、撃鉄が上がるんだぞ」
「分かってるよ。軍曹」
「だったら銃口を弾薬から逸らせ。この阿呆が!」
「おっと……。ところで軍曹、その……クリスティアとはどんな仲だったんで?」
何気なくそう言ってみると、キングフィールドは俺の事をまるで悪魔でも見るような目で見た。
それまでサイドアームのリボルバーを点検していた手がピタリと止まり、癖だと思われる貧乏揺すりも止めている。
ほどなくして、キングフィールドは観念したように溜息を吐き、口を開いた。
「……やっぱり分かるか」
「分かりますよ、そりゃ」
「お前に分かられちゃ重症だな。ああ、糞ったれ……良いか、他の奴らには話すんじゃないぞ。俺以外には大尉しか知らないことなんだからな」
「了解、軍曹。どうせこれが終われば俺はアルファとは二度と会わないだろうからな」
「なら、話してやるよ」
ぽつり、ぽつりと、大柄な身体に似合わぬ小さな声で、キングフィールドは語り出した。
その日、第一海兵師団第一大隊と第二大隊は岩石砂漠地帯に建設されたE6C砲兵基地に駐留していた。
そこに大量のGが押し寄せ、激戦となったのだという。砲兵大隊の保有する榴弾砲と海兵隊が持つ迫撃砲の雨をかいくぐりったGは、砲兵基地へ雪崩れ込んだ。
当時第一大隊に配備されていたメードはボスの名を継ぐ
メイ・ガウリンで、弾薬と武装は十分揃っていたため、ありったけを持たせたのだという。
一方、第二大隊のほうはクリスティアが配備されていた。こちらもありったけを持たせて出撃させたらしいが、大隊が違うので定かではない。
「その頃、俺は死にかけてた。新兵の糞ったれがパニクって、兵舎の陰から出てきた俺に45口径を撃ち込みやがったんだ。死んだと思ったが、生きてた。
……新兵は何かを喚き散らしながらどっかに逃げた。俺の腹に風穴開けといて謝罪もなしにだ。メジャーリーガー顔負けの走りだったな、ありゃ」
リボルバーを弄りながら、キングフィールドは続ける。
「激痛に耐えながら地面を這い進み、衛生兵を呼んだが、来たのはGだった。ワモンタイプのそいつは片方の触角が千切れてて、足も数本無くなっていた。
でも俺を喰い殺す余力はあったんだろう。地べたを這いずり回ってる俺を見つけると口を広げた。死神がこう言ってた。穴を広げて中に入ってくれないかしらってな。
色々罵って……45口径を撃ちまくった。そして最後の一発が
ワモンに当たると、そいつの頭が砕け散ったんだ。
破片が頬の皮膚を抉り取り、ついでに45口径を吹っ飛ばした。悪臭が鼻を突いたが、それよりも感じたのは驚きだった。なぜ、どうしてだ?
どうしてこいつは必要以上に穴をおっぴろげてんだ?………答えは空から降ってきた。ジャンプして着地しただけなんだろうが、俺には天使が現れたようにも見えた。
それがクリスティアだった。奴は俺を見るなり、ガキの声で衛生兵を呼んだ。よく通る声だったからか、一人だけやってきた。それがマッキンリー大尉だった。当時は少尉だったがな。
それを確認した奴は護身用だかなんだか分からんが、このリボルバーを放ってよこして、銃声のする方に跳んでった。その後、俺は大尉に担がれて、
野戦病院できちんとした手術を受けることが出来た」
これで全部だと、キングフィールドは言い、弄んでいたリボルバーをホルスターに収める。
典型的な海兵隊という言葉が似合うこの軍曹が語った物語は、どこか現実と違う点があるのかもしれない。
だが、そうであったとしても、大方が事実なのだろう。俺はキングフィールドに礼を言い、レーションを喰うために立ち上がった。
俺がその場を去った後、キングフィールドは深く溜息を吐き、静かに立ち上がり、コンテナをトラックの荷台に積み込んだ。
最終更新:2011年04月22日 01:40