それでも、日常

(投稿者:エルス)




  今、二人の新人メードが仕合をしている。実力は五分と五分で使用武器も同じサーベル。見ていて飽きることが無い仕合だ。
  金髪のメードが黒髪のメードに斬りかかる。相手を殺す気でやっているのだから、手加減など一切無い。鋭い袈裟斬り。
  鋭い金属音が鳴った。刃を潰した刀剣による戦闘訓練でも、緊張感のあるこの音は変わることが無い。
  鍔迫り合いとなり、黒髪のメードが隙を見て右足で相手を蹴り飛ばそうとするが金髪のメードはそれを見切ってかわし、距離を取る。
  攻防が一瞬で入れ替わる戦闘に緊張感を抜く瞬間など無かった。体力的にも互いに限界が近く、肩で息をしているのが傍から見て分かる。

 ―――そろそろ頃合か。

  訓練を監督するシャルティが二人の斬撃の鋭さや一撃一撃の重さ、更には体の動きやサーベルを握る握力を考えて訓練終了を言い渡す。
  荒く息をする二人を目の前に起立させ、彼女は笑顔を持って良い仕合だったと一通りの感想と二人の短所や長所を述べてから、質問はあるかと言う。
  その問いに黒髪のメードが手を挙げ、ハキハキと喋る。

 「何故、最後まで仕合をさせてくれないのでしょうか?」
 「良い質問だな、ローゼ。何故最後まで、相手を殺すまで仕合をさせてくれないか。うむ、実に良い質問だ。答えられるか? グレーテル」
 「ぇ……ぁ、ぇと……その……」
 「まあ良い。理由は実に単純。それはメードがメードを殺す理由が無いからだ。お前達が相手にするのは人類の仇敵、Gだ。何を間違ってもメードではない」
 「しかしシャルティ様、最近ではV4師団や黒旗などメードが敵に回る機会も多いのでは?」
 「その時はこの訓練の続きをやれば良い。存分にな。何、そんなに続きがしたいのであれば、私が相手をしない事もないぞ?」

  黒髪のメード―――ローゼが眉を顰める。表面を冷静に見せていても根は短気な証拠だ。
  そして金髪のメード―――グレーテルは眉を曇らす。気弱でローゼに引っ張られがちな付和雷同だから、断れない。
  どちらも若い故、生真面目で知識欲溢れる良い原石だが、情に流されやすいローゼに引っ張られて結果的に二人とも失敗するというパターンが何度か見受けられた。

 ―――仲が良いのは結構だが、肝心の中身はどうか?

  心の奥から湧き上がる闘争心を適度に抑えつつ、シャルティは鞘から剣を抜いた。
  此方も刃を潰した訓練用の刀剣だが、シャルティの感覚が狂わないよう刀身が薄く血溝のある特注品だ。
  ローゼとグレーテルはある程度距離を取ってから鞘から剣を抜いた。

 「ご指導、お願いいたします」
 「ぉ……ぉ願ぃ……します」
 「言葉は不要、何処からでも構わん。来い」

  その言葉が仕合開始の合図だったかのように、ローゼとグレーテルは同時に左右に分かれて駆け出した。
  それに対してシャルティは動かずに剣を構えた。二人の取った戦法は挟撃。左右から同時に攻撃を仕掛けるというものだ。
  単純にして効果的な手段。しかも二人の連携は実戦で通用するレベル。言葉など無くても二人は攻撃のタイミングを合わせることが出来る。
  実際、シャルティに斬りかかるタイミングはほぼ同時だった。

 「てやぁっ!」
 「しっ!」

  ローゼが上段、グレーテルが下段を横薙ぎに斬る。が、思い切り振った筈の斬撃はいとも簡単に弾かれる。
  驚く暇も無く二人は安全圏まで退避する。シャルティがそこまで見逃したのは、恐らく動く気が無いからだ。
  その事実を察したローゼは、表情には出さなかったが酷く憤慨した。自分が見下されている事に、彼女のプライドが傷つけられたからだ。
  一方のグレーテルは、斬撃を弾かれた時に感じた違和感に言い用のない不安を感じていた。真正面から弾かれたにしては、衝撃が軽かった。

 「何してるグレーテル! 行くぞ!」
 「ぁ、はいっ!」

  傍から見るとボーっとしているようにしか見えなかったのか、ローゼがグレーテルに叱咤すると同時に二人はシャルティに向かって肉薄した。
  自分に向かってくる二人を見ながら、シャルティは心中呟いた。

 ―――やはり原石は加工せねば輝かぬな……。

  向かってくる二人はまた挟み撃ちをするつもりのようで、今度はその配置が逆になっただけのようだった。
  完全にローゼの頭に血が上っていて、グレーテルの冷静な思考の邪魔をしているのが、シャルティには手に取るように分かる。
  最初から最後までとはいかないが、二人を教えてきた身としてはそれくらいのことが分かるのは、むしろ当然といえた。

 「はぁっ!」
 「ゃっ!」

  二人が横薙ぎに剣を振るう。そこで、風が吹いた。一瞬で吹き去った風はその二つの剣を弾き飛ばし、発生源でもある一本の剣は鞘へと収められた。
  弾くのではなく、軌道を逸らすことで相手の剣を吹き飛ばす。その刹那を生きる高等技術は、まさに一部のベテランしか到達できない極致にあった。
  唖然とするだけの二人にシャルティは右目を閉じたまま微笑み、その頭を優しく撫でた。悔しさのあまりにローゼは涙を流し、つられてグレーテルも泣き出した。
  二人を抱きしめ、泣き止むまで待つことにしたシャルティは、まだ未熟な二人がどこまで輝けるのだろうかと、不安交じりの期待を胸に抱いていた。





  丁寧に書かれた二つの手紙を読み終えると、シャルティはほっと胸を撫で下ろした。
  時たまメードの死亡報告書が舞い込んでくる中、ローゼとグレーテルは写真付きの手紙を送ってきた。
  内容はローゼが挑発めいた感謝、グレーテルが長々と精確に教えられたことを述べた感謝を。
  そして、最近の戦果報告だ。二人は激戦区であるザハーラのアムリア戦線に居るらしい。
  写真は一枚ずつで、一枚は楼蘭のメードと褐色肌のメードと肩を組み合って笑っているローゼ、もう一枚は茶髪でポニーテールのメールと並んで立っているグレーテル。
  二人はそれぞれ配属された場所が違うらしい。
  楼蘭メードは知らないが、褐色肌のメードはザハーラのどりすであるし、このメールは隆光とか言う女たらしに間違いない。

 「……心配ではあるがな」

  教官兼任のメードという身の上では、ザハーラ領まで行って帰ってくるだけの時間が惜しい。そうなるとグレートウォール戦線以外、行き場所がないことになる。
  多くのGを斬り倒して、一日でも早く世界に平和をなどと言う気はシャルティには無かった。一人で出来る事などたかが知れているし、たった一人で戦争がどうにかなるわけがないからだ。
  だから教官として帝都に戻り、新たに生み出されたメードたちに自分の持っている技術を教え込ませる。そうすれば戦場に出た時に自信となって背中を押してくれる。
  シャルティにもそのような経験があった。今は亡きブリュンヒルデと僅かな時間ではあったが剣を交え、教えを受けた。それだけで自分は無敵なのだと思うことが出来た。
  むろん、無敵などではないと身を持って知ることにもなってしまったが。

 「教え子からの手紙……ですか」
 「ん、なんだスィルトか、脅かすな」
 「あなたにしては珍しいですね、上の空でしたよ?」

  何故か機嫌が良さそうなスィルトネートから顔を背けたシャルティは「コホッ」と咳払いをして、手紙をコートのポケットにしまった。

 「誰でも気を抜く瞬間はある。そもそもだな、教え子から手紙が届いてその写真に写っているのが女たらしで有名なメールだったという事実があるだけで私は気が気でないのだ。
  何故ならば私の教え子が女ならば誰でも口説くような尻軽男に上手く言いくるめられているのではないかと心配でならない。最悪、もうそうなっているかもしれないのだぞ?
  口下手で気弱で純情なあの子のことだ。根も葉もないことを吹き込まれてそれを信じてしまっているのかもしれん」
 「意外と心配性なのですね」
 「そうでもない。もう一人はもう一人で強気で短気だからまた何かトラブルを起こして他の部隊に面倒を掛けてしまう可能性が高いだろう。更に他のメードと喧嘩でもして、
  エントリヒ帝国のメードの評価を下げてしまうかもしれん。ザハーラは砂漠地帯で水が大事にされるそうだが、今まで帝都で生活していた彼女たちはそれを知らず、他の兵のことも
  考えずに水を大量に飲んでいるのかもしれない。だとすれば誰かが教えるべきなのだが、砂漠地帯に配属されると知っていて何も教えなかった私にも罪があるわけであって―――」
 「あのー……シャルティ?」
 「―――しかし私は砂漠地帯という環境を全く経験したことがないために教えられるとしても文学的知識に過ぎず……ん、どうした、スィルト。何故笑っている?」
 「い、いえ、何でもありません」

  教え子の心配をするあなたの真剣に考え込む姿が真剣に過ぎておもしろかったのです、とは口が裂けても言えなかった。

 「そうか。なら良いのだが」
 「…………」

  ふむ、と言って腕を組んだシャルティを何故かじーっと見つめるスィルトネート。
  そのことに気付いたシャルティがその視線を追うと、組んだ腕の上に〝乗っかっている"胸に行きついた。
  はて、何故こんな無駄なものに視線が行くのだろうかと、シャルティは不思議に思う。

 「……どうかしたか、スィルト?」
 「あっ! いえ、別に何でもありませんよ!?」
 「そんな大声を出す必要も、大げさなリアクションを取る必要もない。胸が気になるならそう言え。女同士だろう」
 「お、女同士でも言えません!」
 「……そういうものなのか?」
 「そういうものなんです!!」

  少しだけ顔を赤らめながら否定するスィルトネートをぽかんとした顔で見たシャルティだったが、その瞳がスッと細まった。
  その表情の変化に気付いたスィルトネートが振り返ると、表情を読み取ることすら出来ない黒鎧の重騎士、テオドリクスがそこに居た。

 「女を待たせるか、テオドリクス」
 「待たせた覚えはない。それに、指定された時刻は守った筈だ」
 「遅刻が美徳というのは通じないし、指定された時刻は守って当然だ。もっと早く来い。……すまんな、スィルト。私はこれからテオドリクスと訓練の予定がある」
 「はい、分かりました。出来るだけ訓練場を壊さぬようにして下さい。予算は無限ではないので……」

  メード同士の訓練となると、どうしても飾りの柱を叩き割ったり、床に罅を入れたり、壁に穴を開けたりという、人間では到底不可能な損害が生じることがある。
  新人メードは力加減が分からずに急激な加速の際にタイルを踏み抜き、地団駄を踏んでまたタイルを踏み抜くといった有様で、それになれた古参メードは、
  訓練充実の為ならやむなしと開き直っている者さえいる。
  むろん、シャルティとテオドリクスは、後者であった。一応、修理費の一部を給料から出してはいるが、それで足りれば事は済む。足りないから、スィルトネートは注意したのだ。
  ボロボロになってまた直してを繰り返す訓練場一つの実情を知ってか知らずか、既に歩き出していたシャルティは、馬の尾のような髪を振り、スィルトネート見て、口を開いた。

 「極力壊さぬよう努力しよう。だが、もしもという場合がある。その時は、正直に詫びる」
 「……はぁ」

  この人、絶対に分かってないと思いながら、スィルトネートは遠ざかる二つの背中を見遣る。力の求め先を速さと技に求めたシャルティと、力を求めて力を持つに至ったテオドリクス。
  なんだかお似合いのカップルみたいだなと少し想像してみたが、どう考えてみても二人が普通の一般人よろしく、平和に過ごしている姿が思い描けず、スィルトネートは一人、溜息を吐き出した。


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最終更新:2011年05月11日 22:53
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