吹き抜ける雪 2話

(投稿者:店長)


 チケットを入手した二人は早速ザーフレム国を始発とする汽車が停まっている駅にたどり着く。
二人は他国の技術によって生み出されたコンクリートと鉄筋で構成されたホームに立つことも、
黒くところどころに雪がこびりつき、煙突から延々と黒煙を上げている煙突を持つ汽車を垣間見ることも生まれて初めての経験。
思わずホームからその人工的力強い鋼の作品にしばし見とれていた。
少しばかり老いがみえる髭を生やした駅員はそんなものめずらしく汽車を眺める客に
もう慣れた様子で微笑みながらチケットをみせてもらえるかな?と控えめに訪ねてきた。

「これでいいか?」
「はい、これでいいですよ……ところでお二人は恋人なのかな?」

グラッセらから受け取ったチケットをペンチのようなもので挟み込むと、力強くその道具を握りこむ。
パチンと心地よい音と共にチケットに特徴的な切り込みが刻まれる。
この鉄道を運営するルージア大陸鉄道社の乗車手続きはこの切れ込みのあるチケットによって証明されるのだ。
この切れ込みは各駅ごとに異なっており、駅員がこの切れ込みを見ればどの客がどの駅から乗ったのかが分かる。

「あ、ぅ……そう、です」

駅員の邪気のない笑みと問いにブリーゼは恐る恐る消え入りそうな声で答える。
そのあいだグラッセは気恥ずかしそうにそっぽをむいていた。
それでもその頬は朱に染まり、差し出している片腕にブリーゼが抱きついている様子からみれば丸分かりであったが。

「では良い旅を」

発射の時間が迫ってきたことを知らせるベルが鳴るのを聞いて、早速乗車をする二人であった。
汽笛が鳴って小気味良い駆動音と共に汽車の車輪が回転を始め、一対の軌道に沿ってその黒い巨体を動かし始める。
吹き上がる煙を虚空に残して、汽車はザーフレムの大地から離れていく。幾人かの乗客の心を共にして。


 犬ぞりよりも速い速度で流れていく景色を窓から眺める。
一面雪と氷とで覆われたザーフレムの大地はトンネル一つ超えるだけで変わっていく。
トンネルという黒から抜け出た汽車が誘った次の瞬間にはうっすらと緑の色づきに色の変わった黄や赤であった。
故郷ではゆっくりと見る時間無く過ぎ去っていく秋の彩りに、グラッセとブリーゼはしばし言葉を紡げずにいた。

「綺麗……」

 ブリーゼはよりその景色を良く見ようと客車の窓をすこし開けると、ザーフレムでは味わうことのできない木々のかもし出す薫りが風に
運ばれてくる。
本来耳を出しては外耳が瞬く間に凍傷にかかる危険性があるが、この空気は軽やかに耳を撫でていくだけであった。
日の光が程よい暖かさを客席のところまで運んで来てはそのぬくもりを堪能する。今まで羽織ってた分厚いコートをそっと脱いでいく。
空には白い雲と青い空。故郷では一年に1ヶ月分あるか無いかというほどに日照時間は少ない故郷の空では珍しい晴天。
その自然で抜けるような青にしばし見入る。自然と二人の心の隙間にゆっくりと染み込む感動。
外はこれほどに美しいものだったのか。
規則正しく響く蒸気の排出音をBGMに、彼らは異国の地の風景を楽しんでいく。

だがまだ二人は知らない。この光景の遥か向こうの空の彼方では、空戦メードと飛行種Gとの熾烈な争いが始まっている事を。
その結果、二人に過酷な運命を強いることになることを……。


クロッセル連合国国境より50km地点、上空大よそ八千mという高さ。
本来なら晴天に幾ばくかの白雲が漂う陽気な天気な天気であるはずのそれは、
ただ遠くに見える無数の黒点によって予断を許さない事態へと発展している。

「ふむ。フライが百十二にドラゴンフライが四、といったところか」

 まるで天気占いを見る少女のように軽い口調でつぶやく声は少女のモノであったが、その重みは部隊
──ベーエルデー連邦が誇る空戦メイドで構成された対「G」独立遊撃空軍「ルフトバッフェ」より選抜された、
赤の部隊と支援部隊の混成──全員に何故か安心感を持たされるものであった。
その先頭を征くのは赤い外套に白いカッターシャツ。そして赤いスカートに白のオーバーニーソックにブーツとを身につけ、
手にはサーベルを握り、金髪の髪を左手側に束ねた透き通るような空色の瞳を持つ美少女。
そして何より映えるのは──眩いほどに輝きを放つ焔の翼であろう。
最も、この台詞をのたまう彼女……
空戦メードにおいて早くも美醜様々な二つ名を持つ歴戦のメードで赤の部隊の隊長であるシーア
この状況を困難だとは思っていたが、格別難題とは考えてない。

 戦力的には問題が無い。赤の部隊がシーアを含めて五人もいるのだ。
唯一の懸念材料といえば今回引き連れている支援部隊のメードらである。
今回彼女らは訓練で付き添ってきただけであった。
勿論現状が現状故に武装は怠り無く装備している故に完全な足手まといにはならない。
それでも”初経験”を済ませられるか否かが彼女らの今後の活躍の有無を決定付ける。

──そうだな。ここは一つ先輩としていい姿を見せておこうか。その後……。

「隊長、さっそく初心な新人を喰おうと考えているんじゃないですよね?」
「──いやだな、先輩と後輩との微笑ましきスキンシップと言いたまえ」

長年隊員としてシーアと連れ添った一人が隊長の悪い癖を遠まわしに窘める。
といっても無駄であることはもう一年前に分かりきってたことであるが。
この程度で隊長が引き下がるなら、教育官殿の気苦労はとっくにその過半数を取り払われているはずだから。
実際幾人か目星をすでにつけているシーアはちらり、と目線を後方に飛行している支援部隊を見る。
誰もかもその表情は硬く強張っていて、さらによく観察すれば微かに震えている。

──ふ、まるで初夜前のようではないか。

震える可愛い娘の頬に手を沿え、こちらに顔向けさせる。震えるあの娘の微かに潤んだ瞳がこちらを見上げる。
──大丈夫、怖がることは無い。やさしくリードしてやろう……。
そしてそのまま相手をベットに……。
ほんの数瞬ほどシーア的に幸せな妄想を膨らませるが、すぐさまその妄想は不快な羽音
──フライ級やドラゴンフライ級の奏でるハミング──にかき消される。
その無粋な連中に心の中で舌打ちしながら、シーアはサーベルを引き抜く。
その突先からはキラリ、と冷たい輝きを照らして。

「さて、支援部隊は無理はするな? 怪我などされては困るからな──」

轟!とシーアの翼が一際大きく広がり、その燃える焔の二対は一層輝きを増す。
その灼熱の翼の、高速機動による軌跡を残す様より名づけられた名誉ある二つ名のように──。

「赤の部隊、突撃!!」

──赤い彗星となって、突入していく。


 迫る赤に無数のGは近寄った途端、その半数は焔の翼に撫でられ焼き尽くされる。彼女の翼はその触れるものを容赦なく灰燼と化す。
何とか翼の動きを避けたGも、彼女が振るうサーベルと手に持っている銃によって軽々と時には斬られ時には撃たれ、
遥か眼下へと叩き落されるのだ。
今回つれてきた赤の部隊は、本来の目的の性質から歴戦揃い。
流石にシーア程に無いにせよ、その各々の持つ近接武器によってフライは引き裂かれていくのを運命付けられるのが視界の端に映る。

 そのシーアを叩き落そうと、本能のままに挑むのは飛行種でも強力な部類に入るドラゴンフライが迫る。
俊敏さにはより小型のフライに劣るものの、その頑丈さと巨躯から来る攻撃力は現状の戦闘機にとっては死神当然だ。
何故なら機関銃程度ならその外皮は弾いてしまうほどの硬度を誇り、その顎はジュラルミンで出来た機体を噛み砕くのだ。
空戦メードとて油断すれば、振り下ろせば衝撃波が起こる尾による一撃でたやすく文字通り粉砕されかねない。だが……。

「当たらなければ──」

 すれ違いで横薙ぎに迫る太く節のある尾の一撃を、その場で背面飛行によって高跳びのバーを越えるように避ける。
焔の翼とドラゴンフライの尾とが触れ合い、微かに外皮を焼く。
そのまま手に持っているサーベルを構え、ドラゴンフライの体を舐めあげるように
──表面のザラザラが視認できるどころか、さぞかし不快だろうドラゴンフライの息遣いが聞こえそうなほどに
──肉薄して周回。

「──どうってことはない」

 それは刹那の時。傍目からみれば赤い軌跡がドラゴンフライの表面を走ったかのように見えただけ。
だが、それはドラゴンフライにとっては文字通り逃れることのできない死刑宣告。
次の瞬間には、その軌跡通りにその巨体が解体されて落ちていく。バラバラと体液と贓物をその断片から垂れ落としながら。

ふとシーアは周囲を見る。他の連中もそれぞれドラゴンフライを時には単独で、時々連携を組んでしとめていくのが見えた。
あと少しすれば掃討しきれるだろう。もはや我らの空には目障りな物体は映ってない。
一方こちらは被害がない。唯一の懸念材料だった支援部隊への突撃もすべて率先して叩き落していたからだが。

──今日も他の連中の三倍といったところかな?

稼ぎすぎるのも罪なものだと自己陶酔していく。だが、それ故に油断していたのか。

「──隊長!」

 背後から迫るフライに対して、僅かばかり反応が遅れた。
シーアの実力からすれば、この距離の奇襲であってもダメージは受けるまえに回避できる……ただし衣服が替わりに損傷しそうだった。
この衣装は大層気に入っている。できれば傷つけたくないものだが……。
そんな普通のメードでは考えない程度のことを考えながら、今回の戦闘の唯一の汚点に苦虫を噛み潰す……はずだった。

一束の銃声が木霊すのと同時に目の前のフライが、その翼の片方とその周辺の肉片を撒き散らすまでは。

~~☆~~

 初めての実戦だと言われたとき。わたしは最初どうするべきか真っ白になってて考えもつかなかった。
ただ、あの赤い翼の──支援部隊の隊長が気をつけろと言ってたが──シーアっていう人が一言かけるだけで何故か緊張が解れた気がした。
無論気がしただけで実際はじんわりと纏わりつくようなソレは未だにあるわけだが、その重圧が和らいだ気がした。

赤い翼を持つ人々らがその眩い軌跡を描く度に、その軌跡の上に存在したフライらは死滅していく。
特に一際目立つ二対の翼を持つシーアの動きは目まぐるしいものがあった。何せその運動を目で追うので精一杯なのだ。
漸く目線だけで追跡し、終えたあたりで戦闘は終結。五人の赤い翼の持ち主らは一人も欠けることなくGを殲滅しきったのだと知った。

その時丁度シーアの背後から──今まで上空に飛んでいたのか、はたまた太陽を背にしてたのか──
生き残ったフライが迫っていたことに気づいた。
一方のシーアはそのことに気づいてないようだ。

──私に出来ること、出来ること…!飛んで駄目なら──ッ!

 手に持っていたヴィルケM34重機関銃をゆっくりと──と、体感してたがソレは一瞬を数倍に引き伸ばした結果だが──構える。
アイアンサイト上に映る巨大な蝿の形のGに向かって、引き金を引く。
M34の特有の高速連射による独特の音が一瞬だけ響く。
本来なら反動ですごいことになっているはずだが、MAIDの腕力がその反動を完全に消し去る。
比較的収束した弾丸は射線上に存在したGの翅と体の一部を貫く。
本来なら外れる筈の弾丸だったが、死角からの一撃だったのが幸いしたようであった。
弾丸を受けて失速し墜落していくフライをひらりと回避したシーアはその援護の主に感謝と恩賞の言葉をかける。

「──ナイスフォローだ。トリア

 だがもし彼女らがこのときもう少し注意深く観察していれば、そのフライの落下の先に鉄道の軌道があり、
そして今まさにそこへ汽車が入ってくる事に気づいただろう。
彼女らがこの事実を知るのは、事故発生から数日経過した時であった。



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最終更新:2008年09月16日 23:08
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