(投稿者:KOGOTO)
*
およそ栄光と呼ぶべきすべての陰には、それに数倍する挫折と苦悩がついてまわる。
競争という原理には、至極当然の結果として。
勝者と敗者は峻別され、その差が覆る機会が与えられることはない。
それは勝利の滋養。見向きもされず、だからこそ濃く影を落とし、栄光の陰影となってディテールを演出する。
そして無慈悲な時代の変遷が、あらゆる勝利を次なる栄光の土壌へと還していくのだ。
故に――
忘れてはならない。アマデウスの影に葬り去られたサリエリの嘆きを。
留めおかねばならない。ハンニバルさえスピキオの払暁には抗えなかったことを。
万物において例外のない摂理の物語。
それは勝者の視点で描かれる。
もし道半ばに倒れた者に光が当てられるとするのなら、それはどのような酔狂であっただろうか。
しかし、あえてここに、一つの挫折の顛末を記そう。
酔狂の是非を問うことは、あまりにも無粋なことに違いないであろうから。
*
それはまるで、扇動家の講壇だった。
熱を帯びた言葉は、狭苦しい暗所を満たし、流行病のように場を冒す。
うわごとはけれど整然として、熱病独特の酩酊は、たやすく狂気のそれへと変わった。
「長かった。諸君、とてもとても長かった」
異質な空気。異質な場。
天井から吊るされた小さな電球だけが、この暗所を照らす唯一の頼りだ。しかし、古ぼけてすすけた照明は、凝った闇を切り取るにはなんとも頼りない。
石造りの壁には窓すらなく、昼夜の別もわからずに、そもそもそれを気にするものさえ、この部屋の中には存在しなかった。
「覚えているだろうか。雌伏というにはあまりに永い時。あまりに大きな屈辱と、あまりに多くの挫折の日々を」
語りかけるような言葉。しかし実質は独り言と大差なく、そのくせ周囲の人間は賛同の声を上げる。
自分たちの声意外は、いかなる声も響かない場所で、互いの顔さえ碌に確認できない中にあって、その結束は酷く固い。たとえ少人数でも、集団がまったく同種の感情によって支配されている。それは尋常な状態にあるならば、およそありえることではないのだから。
まして闇が濃ければなおさらだ。暗がりは生き物にごく原始的な恐怖を与えるものである。原始的だからこそ、その種の恐怖は感情と直結しており、暗所というのはたやすく理性を溶かすのだ。
けれど、強い感情は時として本能さえ塗りつぶすことがある。きっと今の彼らのように。
「私たちにとって、理解は遠い世界の出来事だった。ただ認め、認められるというその在り方にどれほど焦がれてきただろう」
闇を恐れぬ人種は怖い。それは闇に生きる生物か、そうでなければ狂ってしまった群れだから。
おそらくこの部屋は地下なのだろう。いつの時代も、そうした輩は地の底に潜む。
「嘲りは隣人だった。蔑みは同胞であった。大気は無関心であり、住処の名は迫害といった」
だからだろうか。彼らは省みることがない。暗がりの中にあるものを。
いくつもの工業機械。無骨な怪物を思わせるフォルム。巻き込めば人など簡単に砕き散らすその形を。その犠牲者を思わせるヒトの容を。
「過ぎ去った過去とはいえ、思い出すに労苦は不要だろう。それが血肉に成り代わるほど、日常は苦痛と変わりなかった。
噛み締めた砂の苦さ、赤さを、私は今この瞬間の出来事のように、ありありと、寸分の狂いなく想起することが出来る。
はたして、諸君はどうか」
「忘れもしません。最初の理想、初めての計画の挫折!」
やせぎすの男が、感極まったかのように叫ぶ。その言葉はもはやうわごとではない。明確な志向性と害意を持って、確立した狂気だった。
圧力すら感じる狂人の咆哮を、しかし扇動家は鷹揚に受け止める。
「そう、多砲塔戦車の開発計画。私たちの輝かしき第一歩」
多砲塔戦車。それは一時、
エントリヒ帝国によって進められていた、戦車開発の類型である。
かつての陸戦において、戦場の花形は人間であり、銃口をそろえた歩兵隊による整然とした突撃だった。火砲も車両も動物も、すべては人という兵科を支援するためにあったといえる。所然、道具は道具にすぎず、人の集合体である軍勢を殲滅しうるだけの効果を発揮するのは、やはり人以外にはない。それが長らく戦場の常識だったのだ。戦車が生まれ、そして奇形と呼ぶべき成長を遂げるまでは。
初めて戦場に戦車が登場したとき、それはあくまで歩兵の支援を目的とした道具に過ぎなかった。分厚い装甲も巨大さも、単純に立ちはだかる塹壕を突破し、人の損耗を抑えるための備えとして授かったものだった。
けれど人は戦車にそれ以上を求め始める。より強力な火力と、それに耐えうる装甲を持ち、目の前にあるすべてを踏み散らかす圧倒的な力を。いつしか戦車は、本来の役割を忘れ、人を駆逐する暴君となった。
Gが出現するまでは。
「結局のところは旧時代の遺物。あの鈍重さは、いまでは度し難い足枷にすぎん」
「小銃弾を弾き返せたところで、Gの突進力の前ではあの程度の装甲は紙と変わらん」
「肥大化した火砲も、当てることが出来なければな」
そう、大きくなりすぎた戦車は、桁違いの速力で闊歩するGの前では無力だった。そもそも、脆弱でのろまな人を殺すための兵器である。Gなどという敵は、設計上想定外の目標だったのだ。
「だからこその解答。導きうる最良の手段だったというのに……!」
だからこそ、設計段階からGを想定した兵器の開発が急がれた。多砲塔戦車もそうした兵器群の一つである。
強度が不足であるというのなら更なる装甲を。
火力が不足であるというのならより大口径に。
Gに追従できないというなら砲塔を回す必要さえなくせばいいと。
戦車開発における奇形の極みが、こうして産声を上げた。
「それを狼の巣のバカ共め! 実戦における効果に疑問有だと!?」
「重量で橋が落ちる兵器など問題外などと、それこそ話にならん。なら橋を補強すればいいことだろう!!」
さもありなん。あまりに歪んだ兵器は、既に道具としての体裁をなさない。
そもそも補助車両なしでは自走すらままならなくなった戦車など、認められる道理はなかった。
「諸君の悲憤、察するに余りある。私とて想いは同じ。しかし、哀しいかな時代は我々に追いついてはいなかったのだ。
嗚呼、だからこそ悔やまれる。次なる計画は、その時代を導くものであったというのに」
扇動家は溜息を漏らし、密やかな電球の明かりに目を向ける。そうして直視するにはいささかまぶしい光の向こうに見ているのは、言うまでもなく、省みられることさえなかった技術の夢だ。
ひび割れたレンズの奥、漂泊の旅人のような瞳に移るそれは、まるで蓄音機のような姿をしていた。
「その発想さえ、賞賛されるべき超音波兵器……」
「完成の暁には、戦争のあり方さえ揺るがすほどの思想が認められないとは」
場の空気が変わる。それまで激情に駆られていた男たちは、一転、澱のような哀惜によって心を沈ませる。
悔やんでいるのだ。生まれることさえなかった愛し子のことを。
戦車のときのように、目に見える敵がいたならば、彼らの嘆きも救われただろう。敵は憎むことができる。障害は抗うことができる。自負する心が強ければ、怒りは当事者の傷を癒し慰めることもあるのだから。
しかし、敵がいなければどうすればいいのだろう。振り上げた拳は、こめられた想いは、どこに向ければいいのだろう。行き場をなくした想いは、酷く重い。
その挫折は、彼らにとってそうした種類の傷だった。
「基礎理論は完成していた。初期実験さえ成功は目前だった。あとは実践するだけだったのだ!」
やるせない慟哭が石壁を震わせることはなく、その想いはどこへ行くこともなく闇に染みこんでいく。
「その通りだ、諸君。その嘆きは正当だ。誰に省みられることがなくとも、我々は誇るに足る仕事を成し遂げたのだ。
超音波の照射による沸騰実験。マウスによる生物実験。ついには
ワモン級さえ、24箇所からの一点照射により、わずか13分で死に至らしめることに成功した。
いつしか時が満ちれば、この事実の持つ意味に、世界が気付くこともあるだろう」
しばし、沈黙が降りる。そう、時代はいつでも無慈悲なものだ。生まれる瞬間をほんのわずかでも誤った者に、それが正当な評価を与えることはない。
天才と狂人は常に紙一重である。そして両者を分かつ絶対的な壁は、才能の多寡などでは決してなく、時代や価値観というどうしようもない代物なのだ。
哀惜の念が尽きることはないだろう。自負する心が強ければ、時に怒りは心を癒す。だが強すぎる想いは、同時に長く心をさいなむ毒になる。
まして彼らの味わった挫折は超音波兵器にとどまらない。進歩的兵器を認めようとしなかった軍部に対し、起死回生の一手にはなった竜巻発生装置――空中で粉塵爆発を起こし、それによって人工の竜巻を発生させる――などは、
フライなど制空の諸問題を解決する秘策ともなりえたはずだったのだ。
けれど、沈黙が続く中で、彼らの表情はいつしか晴れ晴れとしたものに変わっていった。
知っているのだ。次に続く計画を。彼らの前に、ついに姿を現す光の名を。
「さぁ、諸君。過去を顧みる時間は終わった。
ついに我々が、歴史の脚光を浴びるときが来たのだ。これまでの痛みは、すべて今日この日のためにあった。この指の間から零れ落ちていったすべてが、まるで時をさかのぼるかのようにかえってくる。
隣人は賞賛となり、同胞は成功となるだろう。大気はみな羨望という名に成り代わり、名誉こそわれらの故国となる!
嘆きは過ぎ去りし思い出に、今日からは、歓喜の日々!
誇ろう。この研究がもたらす結果に。
祝おう。遠からぬ人類の勝利に!」
『そして我々の勝利に!』
まるで預言。いっそ荘厳にすら感じられる言葉たちは、続く唱和とあいまって、空間に更なる変質を巻き起こす。
狂気は熱病である。時として周囲に感染して害を拡大しもするが、それは多くは一過性。狂い死ぬことなく時が過ぎれば、やがて平癒することもある。しかし、狂気にはそこから先もあるのだ。
それはあやふやな熱病ではなく、狂信という凶器である。ゆるぎなく狂った在り方は、それゆえ他者に伝播しない。確固とした規範があるから行動も結果も決して変わることはなく、そのくせ狂っているから無分別な害を撒き散らす。
彼らはもはや狂信者の域にある。
「さぁ、目覚めたまえ、我らが麗しのフロイライン!
この祝福はすべて君たちのために、すべての賞賛は君たちのために用意されたのだから!
おはよう、ようこそ、この幸いなる誕生の日に! プロメシュースの愛し子よ!」
凝った闇のふちで、産声が上がろうとしている。
それは破壊的な工業機械。巻き込んだすべてを圧搾する無慈悲な装置。
それはまた獣。一切の無駄を省き収斂された美観のまえでは、その構成物がタンパク質か鉄かなど瑣末なことだ。
そしてそれは兵士。濃厚な鉄と破壊の気配の中で、けれどそこに囚われた人の容は決して意味を失わない。
暗いゆりかごに包まれて眠っていたものは、紛れもなくメードだった。
かつて戦場の花形は人だった。ファランクスの蹂躙が、騎兵隊の突撃が、銃兵隊の一斉射撃が、凄惨を生み出す主役だった。
やがてそれは心を持たない鉄の獣へと取って代わられ、戦争は兵器の優劣によって競われる時代がやってきて。
今また時代は、人の容を花形にした。
エターナルコア、いまだ人智およばぬ奇跡の結晶。その力によって新生を得た乙女たちを、人はメードと呼んでいる。
たやすくGを蹴散らす力。奇跡に届く可能性。希望となるにふさわしい姿。まさしく現代によみがえった英雄である。
プロメシュース計画は、そのメードの量産計画だった。
圧倒的な戦闘力を持つメードだが、その能力は個体差が大きく、目覚めるまではどんなメードになるのか予測もつかない。巨費を投じたあげくどうしようもない役立たずが生まれることもあれば、劣悪な環境下から素晴らしいエースが現れることもある。戦闘力はこの上ないが、戦略面では驚くほどに脆弱な面を持ち合わせていることもまた、メードの特徴といえるのだろう。
「だからこそ、この計画の意義がある」
「目指しうる最高の戦力ではなく、期待しうる最良の水準を」
「最終的に戦局を決定するのは英雄ではなく、その陰に隠れた兵隊だ」
メードの個体差は長期的には明らかな弱点となる。そのために彼らは考えた。優れた固体ではなく、優れた軍隊としてのメードという概念を。
兵器は均一であるからこそ優秀である。そのためには素体となる人間の個体差は不協和音の原因となる。ならば均一な品質を持った義肢への挿げ替えによって、その個体差をなくせばいい。
「中世の騎士道物語でもあるまい。一騎当千など結局は非効率な、プロパガンダの装置にすぎん」
それは彼らの信念でもあった。大量生産が可能でなければ、どんなに高性能なシステムも無意味である。
義肢の装着はまた別のメリットを生む。最初から義肢の運用を前提としているのであれば、素体の選定は五体満足な健常者に限る必要はない。いや、むしろ普段は候補から弾かれる傷病者から選ぶべきでさえあるだろう。
それに大型義肢の戦闘力はとてもシンプルだ。大馬力と超重量。ただ振り回すだけでそれは防ぎようのない暴力となる。獅子は生まれたときから獅子である。獅子となるべき訓練など不要。同様に、彼女たちには基本的な作戦行動を行う知識だけ与えてやればいい。もとより、消耗すれば早々に交換、補充することが前提なのだ。
「これからは、プロメシュースこそがメード開発の規範となるだろう。大量生産によってメードは物量差によって蹂躙されることもなくなり、また安定供給によって前線が戦力不足に悩まされることもなくなる」
狂信の熱気にうかされて、男たちは得意げに語る。慟哭の暗室は、今はきらびやかな舞踏会場のよう。これから命が目覚めるのなら、たしかにそれは相応しいことであったろう。
けれど、ここは暗い。
発動機が静かにうねりを上げ、少女たちはその体を震わせる。拘束の意味をかねていた台座が、気化した冷却液の作った煙の向うで、ゆっくりと開放されていく。命の誕生というには異質な、どこか檻を開け放つような光景だが、命とは縁遠い工学者たちがそれに気付くことはない。
台座が完全に開放された瞬間、異音が場を満たした。まるで金属が軋むような、それでいて粘着質な音。もし比ゆでなく事実として、筋肉まで鉄でできた生き物がいるのなら、その体を刺貫く音はこんな風だろうか。
まともな理性であれば耐えられないような音を残して、メードたちの体から生命維持装置が排出された。へその緒が切れたのだ。ここから先は、彼女たちは自分の体で生きていることを証明せねばならない。
「さぁ、起きたまえ。既に君たちの名前も考えてあるのだよ。ゴルダ、ジルベラ、アインヘルダ、クプファラ、そして
アイゼナ」
陶酔した言葉がメードたちの意識の呼び水となったのか、ゆっくり、5人の少女がまぶたをあけた。
『Jawohl』
唱和、そして炸裂。
「おめでとう諸君! この瞬間を持って我らはエントリヒ工学史の表舞台に帰還する!
帝国万歳! 勝利万歳!!」
『ジーク・ハイル・エントリヒ!! ジーク・ハイル・ヴィクトーリア!!』
かくして、彼らの前に歓喜の日々のその姿を現した。叫喚し、狂喜する男たちは、既に理性を失っている。
だから気付かない。
今しも生まれた嬰児の瞳に、いかなる意思の光もともってはいないことに気付かない。
暗闇から生れ落ちるものは常に、怪物の性を持つのだということに気付かない。
怪物がもたらすものが、破滅であると、気付けない。
そして破滅は疾く訪れた。
「帝国万歳、勝利万歳。
諸君、馬鹿騒ぎはここまでだ」
興奮に水をかける無粋な言葉に、男たちは一時、わずかな冷静さを取り戻した。熱狂から冷めた特有の倦怠で、のろのろと首をめぐらせる。
感情に濁った瞳はやがて、この小さな舞台の入り口に立つ、見知らぬ誰かを視界に収める。それはまるで、破滅の死者のようなシルエットだと、彼らは誰ともなく考えた。
その使者は、破滅をつかさどるにはふさわしい姿をしていた。黒い装束、鈍く光るどくろの装飾。険呑な銃器の照り返し。
そして血色の腕章。
「こ――!?」
「皇室親衛隊の憲兵だと!?」
いつの間にか室内に紛れ込んでいた闖入者。招かれざる客は、よりにも「寄って顔のない男」であったらしい。
決して賞賛されぬ者。例外を許さず恐怖されるべき、個ではなく群である兵士。「顔のない男」とは、味方狩りの憲兵につけられた、恐怖と侮蔑の字である。
そして、当惑と恐怖から失われた一瞬を、プロメシュースの男たちが取り戻す機会は永遠になかった。
開け放たれた暗室唯一の入り口から、完全武装の兵士たちが突入してくる。あまりにも鮮やかな手並みはその練度の証拠であり、全員が散弾銃と短機関銃という編成は憲兵の実働部隊の典型的な装備だ。
軍属の端くれとはいえ、本領は学究であり、それも非武装の人間に抵抗が許される相手ではない。
「これは一体、どういうことですかな、憲兵殿。
いかに貴官らの職責が綱紀の厳守にあるとはいえ、謂れもなく濫用された職権でそれが果たせるものでもないでしょう」
それでも、反論を打つだけの胆力が扇動家――プロメシュース計画の研究主任には残されていた。
彼とて一つの計画を主導する立場にある男なのだ。理性が優れているという点では、人後に落ちぬ自負がある。その理性が告げていた。この状況は誰にとっても異常である、まだ、対話によって切り抜ける余地はあると。
「しかし、残念ながらそうではない。これは濫用ではなく勅命だ。
国家元首、エントリヒ皇帝陛下の命により、貴官らを拘束。プロメシュース計画を凍結する」
「な――?!」
淡々と、これといった感情もなく、憲兵は主任の望みを絶った。いや、その瞳には、いささか呑みがさがにじんでいるようにも見える。
「なぜです、なぜ我々の研究がそんな憂き目にあうのです?
いまだようやくスタートに立った計画だ。実績はなくとも、これが完成すれば帝国の技術がすなわち世界の先端であるといっても過言ではなくなる! 帝国に利するところはあってもどんな不利益があると!?
我々の行動にどんな不忠があったというのですか!?」
「……この計画の有効性については、思うところがないではないが。
貴官らの名誉が忠誠であることに、小管はいささかの疑念は抱いていない。それは、皇帝陛下とて同じでいらっしゃるだろう」
その瞬間、いかなる感情も浮かべることのなかった憲兵士官が、確かな表情を形作った。そこに現れているのは痛ましさだ。
彼は、計画にかかわった者たちに同情していた。
「だが、下された決定が覆ることはない。憲兵が職責を怠ることもまたない。
……拘束しろ」
「せ、せめて罪状を! なぜこんなことが!?」
「……皇帝陛下は仰られた。
メードを不幸にする者は一切の例外なく帝国すべての敵である、と
連れて行け」
呆然と、プロメシュースの男たちは膝を折った。顔のない男たちでさえ、それを責めることはできない。ひたすらに苦く、痛々しい空気が充満したところで、誰ともなく、嫌気のさした男たちは一人、また一人とこの暗室を去っていった。
*
かくして、一つの計画が歴史の影に消え、絢爛なるメード史はその輝きを強めた。
一体こんな挿話が、どれほど栄光の下に積まれているかは誰にもわからないのだろう。
ただ言えるのは、失敗も挫折もすべては必定であり、ありふれた出来事に過ぎないということだ。
余談ではあるが、計画の関係者たちはその後軍刑務所に収監され、しばしの後、ジークフリードのG駆除スコア2000匹達成の恩赦を受けて出所した。その後、少なくともチームとして、彼らの記録は残されていない。
あの日生まれたメードについては、その後いくつかの変遷を経て親衛隊の主計科預かりとなるのだが、それはここで語るべき事柄ではないのだろう。
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最終更新:2008年11月03日 02:59