(投稿者:レナス)
アルトメリア大陸とルージア大陸を結ぶ貿易。
アルトメリア連邦は豊富な資源を足下の有し、「G」の存在が無ければ世界屈指の文明を築き上げていた事だろう。
しかしこの世界においてその『if』に意味は無く、現実だけが突き付けられる。南半分を「G」の勢力圏とし、それでも豊かな資源を持って人類の生息域を守る。
だが敵の物量の前に人類の物量作戦は圧倒され、戦線をじりじりと北上させていた。メードの存在が、その勢いの息の根を止めた。
ルージア大陸側で生み出されたメード。その技術とメードの出向を持前の資源によって可能とした。
本来ならば輸入するものは文明的な物だけで事足りているが、世界の結び付きは専ら軍事にほぼ限られている。
情勢が情勢ゆえに致し方が無く、数多の固有文化を有する人々の集まりで形成されている国家は文明的にも技術的にも隣の大陸に遅れている事実。
資源と技術のやり取りにおいてアルトメリア連邦がある程度譲歩しなければならない。物はあってもそれを扱う術が無ければ意味が無い。
たった一桁に満たない枚数の文章の為に物資を満載して輸送船の荷物を全て渡す必要も時としてある。
アルトメリア連邦は常に後手に回る。相手の出方を、表情を常に窺う必要がある。等価交換など、この世界に有りはしない。
いや、本当は等価であるのだ。
単に"人間にとって"等価ではないだけの話なのだ。
遥か彼方に見えるのは水平線。地平線とは異なり、隆起は一切存在せず、見る事の出来る世界の果て。世界が海で満たされた世界。
上と下の海は清らかであり、日差しは煌々と海を照らす。眩い反射光が世界を映し出す。光だけが有機的に世界に蠢く。
穏やかな海流を切り裂き、その巨大な船舶が海を進む。世界屈指の大型輸送船が大海原を渡り、遠くルージア大陸を目指して西洋海を東に進む。
鉱石類を主に、重火器や戦闘機などの多目的に利用される資源を腹一杯に満載した輸送船。これ一隻だけで「G」の戦い一回分を賄える可能性を有している。
それが五隻。トライデント(五角形)を描き、密に並んで航行している。これは同時に運搬する事で運用コストを抑える意図を蛇足とし、「G」対策の為にある。
輸送船団の周囲を取り囲む十二隻の軍艦。駆逐艦八隻に巡洋艦四隻。二重の円を描く輪形陣を保って航海を続けている。
アルトメリア大陸からルージア大陸への航海。言葉だけを取るならば非常に雄大で、ロマン溢れる甘美なる響きではある。
だがこの海には「G」が存在する。数は陸の脅威である「G」に比べて数は遥かに少ないが、それでも見えない敵は心理的な効果を齎し、常に最高レベルの警戒を要する。
航海は最低でも半月。現在は予定通りならばルージア大陸まで残り数日の地点にまで来ている。
初めの二週間はアルトメリア海軍の軍艦に守られて航海を行っていた。「G」との諍いの中でも領海の問題で残り半分の航海をルージア大陸側の海軍、クロッセル連合海軍が請け負った。
何時如何なる時に海中より「G」が襲い来るかの恐怖は人を肉体と精神の両方を摩耗させる。ベテランは有事の際以外には無駄な緊張をしないが、新米は疲弊するか怠惰になるかである。
娯楽の少ない船の上では退屈を凌ぐ術を自ずと求められ、甲板で遊ぶ船員や兵士の姿が多く見える。理由を知る上官は黙認し、この半月を各々過ごしていく。
「・・・本日も快晴、好き航海であれば良いな」
そう嘯く女性が一人。一隻の輸送船の船首に腰を掛けて海を眺めている。
船員とするならば異質。薄い衣を身の纏うだけで、何かしらの作業を行う格好では無い。
況してや女性の船員などこの世には数える程しか存在せず、その殆どが食堂や清掃のおばちゃんである。決してうら若き女性は乗船しない。
故に可能性を考慮し、事実を述べるならば彼女はメードである。この船団の実質的唯一な護衛を担う存在。一人のメードだけが最高戦力である。
彼女の名は
伊嵯那美(いざなみ)。遥か東に位置する小さな島国である
楼蘭皇国のメード。アルトメリア連邦に所属している。
国家規模が小さな国は自身の存在をアピールする事で世界への発言力を高め、軽んじるには高く付く国である事を証明する。
一つの見方からすれば大国にして技術の稚拙なアルトメリアと小国にして独自のメードを生み出せる楼蘭の結び付きは理に適う。
尤も利害の一致した国家同士は他者に勘付かれない様に密な外交を進め、
空戦メード以上に数の少ない
海戦メードをアルトメリアは手に入れた。
厳密には伊嵯那美は海戦メードではないが、海戦メードの定義は確定していないので問題は無い。少なくとも彼女には実績がある。その事実は揺るがない。
そんな彼女は今、空を見上げている。目を細め、眩い日の光に照らされながら流れる雲の親子を見詰める。
戦いが滅多に起こらない―それこそ十数回に一度起こるか起らないか―昼間には何時も船首に腰を下している。
船員では無い彼女に戦う以外の仕事は無く、船内に居てもする事も無く、他人の目の届かないこの場所は絶好の隠れスポット。
靡く風を誰よりも早く感じ、日永一日暖かな日の光を独占出来る。彼女はその温かい光を好む。
海鳥が船の周りを飛び交う風景も良いが、こうして果てしなく続く海しか存在しない光景も良い。
大型の船特有の大きく、緩やかに揺れる揺れも赤ん坊の揺り籠の様で心地よく、天候が悪くならない限り常にこの場所で一日を越す。
何時までも。何処までも。果てしなく。飽くなきまでも。
不意に聞こえるサイレンの音。発信源は左前方の航行している巡洋艦から。直ぐに他方よりも更に一隻。そして直ぐに四隻の全ての巡洋艦からサイレンが鳴り響く。
全ての軍艦が、輸送船も例外なく慌ただしく全ての乗員が動き出す。それと同じくして重く鈍く、そして世界すらも引き裂くのではないかと思われる轟音が間近で鳴り響いた。
『駆逐艦ピクシー、インフィー中破! 輸送船ウォリバーも浸水を確認!!』
輸送船団の半ば後方に位置している船の内の三隻から黒煙が立ち上る。その影響で他の船舶より速度に差が生じて陣形よりはみ出て行く。
そして次々と海面下より空へと飛び出してくる巨大な物体。その数は二十を優に超え、未だに飛び出る数の終わりを見せない。
『ソナー音、出現パターン、船員の目撃証言及び各艦からの入電より敵は
イソポッドと確認。他種類は確認出来ず!』
楕円を描き、泳ぐ為であろう段段状に重ね合わされた甲羅。昆虫である事を誇示する七対の脚、そして触覚。海の
ワモンとも言われている「G」が現れた。
『対イソポッド戦略に移行。駆逐艦ピクシー、インフィー、輸送船ウォリバーを囮に我々は残りの輸送船を護衛しつつ現海域より急速離脱!
機雷缶の投下を開始。火器管制の乗員に海面の僅かな綻びも見逃させるな!』
全ての軍艦より無数に飛び交う機銃の掃射。洩光弾の光が線香花火の如く瞬く。
甲板では幾つものドラム缶が次々と海へと投下され、進む軍艦の航路に従った水柱が次々と立ち昇る。
姿を海の下に隠す相手に対応するには無差別に攻撃するしか術は無く、惜しみなく攻撃を継続。
そうしている間に取り残される二隻の駆逐艦と輸送船一隻。それらの外装には無数の「G」、イソポッドが取り付いていた。
軍艦である駆逐艦は機銃による攻撃を果敢に行うがその厚い甲羅に弾かれる。武装していない輸送船に打つ手など有る筈もなく、食われ行く。
中には海に飛び込む人間も居るが「G」の一口で姿を消して行く。程なくして三隻の船舶が一欠片も残さずにその姿を消した。
関連項目
最終更新:2008年11月24日 10:47