Chapter 3 :ザ・カイト

(投稿者:Cet)



 絶対に隊長を悲しませないと誓います。
 いつまでも傍にいますから。

 そう何度も繰り返した。


 時は世暦1947年、所はグレートウォール戦線
 クロッセル・エントリヒ連合軍は五度に渡る大規模な会戦
 世に言う『グレートウォール大攻防戦』にて三度の大敗を喫する。
 前線は後退。二国の間では更に緊密な防共協定、及び兵器研究に於ける情報を共有するという規定が
 結ばれることとなる。
 メードを中心とした戦力の共同統合整備計画を経て、両国は戦力を再び勃興。
 共同でグレートウォール戦線に再び大規模戦力を投入した。
 軍部は作戦コードを『モルゲン作戦』と命名、発動する。
 結果、独立型高等Gユニット『プロトファスマ』を中心とする幾つかの敵中枢軍団を撃破する事に成功。
 前線を再びグレートウォール大攻防戦以前の状態にまで盛り返し、依然として前線には高度に構築された
 最新鋭メードを多数含む精鋭軍団を駐留させた状態で翌年を迎えるのであった。

「隊長!」
 時は世暦1948年、所は変わらず。
 上空五千メートルの大気は凍てついている。ここ、グレートウォール戦線にはそれと同高度にまで及ぶクラスの
 巨大山脈が大地に横たわっており、その麓からは延々と広大な荒野が広がっている。見渡す限りの灰色。
 空気はひどく乾燥しており、視界はどこまでも澄んでいた。
「小隊の配置が完了しました。なお敵の接近をマークスマンが肉眼で確認。
 ドラゴンフライ改が一体、フライ改がおよそ三十体の部隊が高度六千メートルを飛行中。
 ほぼ報告の通りですが、母艦に艦載されているものを加えると、Gは全部で五十体程度になると思われます」
「ご苦労様です。では、手筈通りに」
「了解!」
 副官らしきメードは、敬礼の後に淀みなく前線へと舞い戻った。
「さて、と」
 隊長と呼ばれたメードもまた、移動を開始する。
 彼女が取ったのは単独行動。先ほどの副官のと方角は同じくして、徐々に高度を上げていく。
 その手には一振りの重機関銃。
 今となっては前線で使われるケースは殆どなくなった、ヴィルケ社の開発したM34だ。
 その先にはごつごつとした銃剣がマウントされており、接近戦にも対応したオールラウンダーな兵器であることを
 暗に知らしめていた。
 彼女は、ザ・カイトと呼ばれる空戦メード
 カイトとは鳶や鷹といった猛禽を指す言葉であり、えてして強欲などといった意味合いを含んでいる。
 その為、彼女の率いる鳶部隊は、空軍の間でもいわゆる『ならず者』部隊で通っているかというとそうでもなく。
 一種の畏怖を含んだ物言いで呼ばれることの方がもっぱらなのであった。
 当然その総撃墜スコアから周囲の妬みを買うこともあるのだが、しかし信用のおける一線級の部隊
 というのが、殆どの場合の共通認識として用いられている。
 彼女らの小隊は殆どが、グレートウォール大攻防戦にて両国が大敗を喫した以前からの古参兵から構成されており
 数々の戦場を潜り抜けてきたという理由が最も大きいだろう。
 当然『モルゲン作戦』においても安定した戦果を記録し続けていたため、その極端な『扱い易さ』はグレートウォール戦線を
 構築する軍関係者の間でもはや語り草になっており、いわゆる引き手数多の優良小隊として
 戦線に名を轟かせていた。
 そんなこんなで仕事熱心な軍人である彼女、--もはや名を隠すまでもあるまい、トリア--は
 今日も今日とて散発的に繰り出してくる敵部隊の迎撃に向かっていた。

 ドラゴンフライ改、従来のドラゴンフライに比べて装甲(主に弱点であった頭部のソフトフレーム)
 が強化されている上に、フライ級のGの艦載能力が更に向上しているという、正統に進化したタイプのGだ。
 なお酸を多量に含んだカプセルを大量に投下するという、爆撃機さながらの特性も併せ持ち
 確認された当時の前線を大いに混乱に陥れた。しかし今となってはもはや旧来のドラゴンフライ並みに
 前線ではありふれた存在となっており(当然旧来のドラゴンフライ並みの脅威ではある)
 またその対処方というものも、数多く考案されてきた、もはや新鋭の兵器を用いる部隊にとっては
 比較的御しやすい相手として通っている。
 またフライ改、こちらも従来のフライが正統に進化したようなもので、装甲の強化や機動性能の強化といった
 基本性能の底上げが差異点として挙げられる。後は若干獰猛性が増したのではないか
 という見解も前線では散発的に聞かれる。しかし空戦に於けるスタンダードな敵勢力という認識は
 従来のものと殆ど変わっていない。
 当然その辺りの戦闘に寄与するノウハウというものは、鳶部隊においても脈々と形作られてきており
 今回の戦闘に当たっても、それをただ的確に行うだけ、という半ばルーチンワーク的な意味合いが多分に含まれているのは
 疑いのないことだろう。

 上空七千メートル地点、眼下に敵部隊を確認する。情報によれば奇襲を行うには十分!
 そう意気込んだトリアは、急降下を開始する。
 目に映るもの全てを見落とさないように。彼女はただそれだけに神経を尖らせる。
 例えばただ一体のフライ改、その影響で作戦が瓦解するなどということは、珍しいことでも何でもないのだ。
 敵部隊の更に上空に予備部隊が存在しないか確認する、しかしそんな影は一切見当たらない。
 現在の高度は六千五百メートル。手筈通りなれば、その時点で攻撃が開始されるはずだ。そしてそれは現実になる。
 眼下の空間で戦闘が開始される。曳光弾が散発的に飛び交うのが目視できた。
 目的は奇襲。それ以上でも以下でもない。
 彼女は自らを機能する兵器だと認識する。
 自らの役割は、出過ぎず。敵に対して圧力をかけ続ける。
 多方面攻撃に偽装。その為にはこちらの数を悟られてはならない。
 M34を真下へ向けて、迷わずにトリガーを引いた。
 M34は対G戦争以前、政治犯や捕虜の処刑に多用されたという血生臭いエピソードを保有している。
 毎分八百から九百の弾をばら撒く、曰く、独裁者の電動ノコギリが咆哮する。

「攻撃開始、撃て」
 高度六千メートルに展開する鳶部隊の面々は、敵部隊とおよそ千メートルの距離をおいて対峙した。
 お互いに視認している状況らしく、ドラゴンフライ改の動きは緩慢になり、その代わりフライ改が五体程の集団を
 それぞれ構成し、さながら編隊飛行の様相を呈しつつ接近を図ってきた。
 銃声の重奏。それぞれ二十メートルほど距離を取った空戦メードたちの断続的な射撃が開始される。
 編隊で飛行していたフライ改の身体に、次々とライフル弾が打ち込まれては、まるで力を失い散発的に落下していった。
 鳶部隊の主兵装はライフルである。世に言う狙撃師団のような形態だ。
 とにかくスペースというものを存分に使い、的確な狙撃を用いることで旺盛に接近を図る固体から撃墜していく
 というのは単純明快にして、これ以上ない程効率を生む戦術なのである。特にグレートウォール戦線に特有の
 だだっ広い地形のもたらす効果に加え、基本的に遠距離武装を持たないGにとって、対抗手段は皆無なのだ。
「敵母艦、後退を始めました」
 狙撃手の一人が副官に告げた。
「ん、手筈通りに頼む」
「了解」
 次の瞬間、距離千メートルという致死距離から何とか逃れようとする母艦ドラゴンフライ改の周囲に展開する
 フライ改に被害が出始める。
 上空からの攻撃を受けているのだ。ただ、自分たちのように曳光弾を使用していない為、遠目から見ると
 フライ改たちが次々と自滅していくようにしか見えない。
「攻撃を続けながら、二百メートル前進」
 副官は淡々と告げた。

 トリアは淡々と射撃を続けていた。相手がこちらの意図に気付くまでの間、射撃と移動を交互に繰り返す。
 高空からの攻撃を開始した当初、敵は完全に奇襲を受けた格好になり、瞬く間に五機のフライ改を失った。
 しかし敵部隊も、攻撃を受けている方向を感知するくらいは容易くやってのける。攻撃への具体的な
 打開策というものを伺わせないままに、編隊を組んだフライ改がトリアへと迫った。
 トリアは散発的な射撃から、弾幕を形成するような連続射撃へと移行する。
 とにかく上空へと至ろうとする迎撃部隊が次々と数を減らしていく。するとドラゴンフライ改の体が蠢動する。
 胸部の装甲が展開しそこから十機程のフライ改が一度に飛び出して、上空へと向かい始めた。ここでトリアは後退を開始する。
 Gとの本格的戦闘が行われるようになってからというもの、空戦を担うGにはどうしても克服できない弱点があった。
 それは高々度での戦闘行為である。
 大気が薄く、活動に必要な酸素を余分に使用してしまう高空戦闘に於ける適応力というものは、Gは大きくメードに劣るところなのだ。
 トリアはその辺りを熟知している為、追いすがるフライ改から徐々に距離を取る、戦闘高度を更に引き上げ
 相手の活動を鈍らせるのだ。
 その間、M34は休むことなく弾丸を吐き出し続けていた。
 しかし、例え大容量の給弾機構を擁する重機関銃と言えども限界がある。戦闘開始から一分足らずで、ワンマガジンを消費し尽くしてしまう。
 彼女は淀みなくマガジンの再装填へと移る、当然後退は続けたままだ。
 その間も敵と同高度に展開する味方の狙撃が、今や戦力を半分以下にまで減らした上に、後退へと移行した敵部隊に追い討ちを続ける。
 ただその熾烈な二方向からの攻撃を抜け出た三体のフライ改が、再び上空の彼女へと迫った。撃ちもらしと言おうか。
 丁度よくマガジンの再装填を完了したトリアは、再び射撃に移る。あっという間に二体を撃墜し、なおも一体が追い縋った。
 彼女は射撃を止めた、じっとその個体の接近を待ち受け、今にも凶手で自らを引き裂かんとするような距離にまで
 接近されたところで、自らの瞬発力を最大限に発揮し逆にこちらから肉薄する。
 M34に備え付けられた銃剣が、フライ改の頭部に深々と突き刺さった。
 聞くに堪えない醜悪な悲鳴と、体液を撒き散らす、えも言えぬ状況を射撃音が掻き消した。
 体内に抉り込んだ銃弾に堪らず絶命したフライ改が落下していく。

 全く危なげなく、全てのフライ改を撃墜した鳶部隊は『仕上げ』にかかった。
 即ち母艦であるドラゴンフライ改の撃破である、単機で破壊しようとすれば技術以上に火力の不足が否めない
 対ドラゴンフライ戦だが、もはや護衛のフライ改がいない状況ともあれば、その対応は俎板の上の鯉を捌くように簡単だ。
 次々とその体に弾丸が突き刺さる、五百メートルほどの安全距離から相手の戦闘能力のことごとくを奪ってしまうのだ。
 暫く醜悪な悲鳴を吐き出しながら蠢動していたものの、それらは対抗手段というよりは最後の悪あがきに過ぎず
 それから数分をもたずして、ドラゴンフライ改は徐々に高度を下げ、遂には頭部を地面に向けた状態で落下していった。
 地上に味方戦力が展開していないことは、予め了解済みである。

「皆さん! お怪我はありませんかっ」
 一人別行動を続けていたトリアと、作戦が一段落した後の別働隊とが合流した。
「隊長、今日も見事なお手際でした」
「皆さんのお陰です、何にせよ怪我人がいなくて幸いです。
 後は基地へ帰りましょう」
 そう言ってにっこりと笑ってみせるトリアに対し、部隊では自然と歓声が沸いた。

 ルフトバッフェ、第一級戦闘小隊『鳶部隊』が生まれたのは1946年の暮れ方あたりのことであった。
 数々のエースから直々に指導を受けたトリアの戦闘技術は、めきめきと上達していった。
 結果として彼女は第一線級戦闘小隊『黒の部隊』への入隊を果たす。
 それから暫くして、『黒の部隊』に所属していた彼女に対し、戦力の偏りを防ぎ、何より彼女が持つ先天的なアタラクティブというものを最大限に生かすべく
 新たに部隊長としての着任が要請されたのであった。
 当時の戦況は比較的落ち着いており、また黒の部隊ほか多数の一線級部隊との連携を重ねることで、トリアは順調に
 小隊長としての経験を積むことに成功したのであった。
 そして今もなお、その活躍はクロッセル連合王国の重要な戦力と認識されるに至っている。

 そうして帰路に就く小隊のメードたち。彼女達はその道中も編隊を乱すことなく
 トリアの先導する中、比較的低空を飛びながら駐屯基地へと戻っていく。
 途中彼女らの隊を見咎めた陸の部隊から敬礼をする者がいたり、歓声を上げる者がいたりと
 彼女らの認知度の高さに加えそのヒロイズムが広く知らしめられていることを暗に伝えた。
 そんな兵たちに対し手を振り返したりする隊員が何人もいたが、しかし他のメンバーもそれを咎めるようなことはせず
 恥ずかしいでしょ、などとぼやきつつも、まあそれも愛嬌と言わんばかりに、胸を張るのであった。
「隊長」
 そんな中、不意に副官が告げる。
「仰角六十度、後方から接近するメードが二機います」
「あはは……、また『お話』なのでしょうか。
 シュワルベ、貴女は隊を先導して先に基地へと戻っていて下さい」
「了解」
 副官の返答はあくまで義務的である。会話が終わるなりその命令の実行にかかる。
 隊長どうしたの? などと、どよめくメードらを、いいから行くんだ。と半ば無理矢理納得させる形でそこから引き払わせる。
 その場に一人、トリアだけが残る形となった。
 そんな彼女に向かってまっすぐに飛行する影は徐々に大きくなっていき、やがて肉眼で特徴を判別できる程にまで接近した。
 一人は赤を基調とした給仕服に身を包んだ空戦メード。もう片方は青を基調とした軍服に身を包んでおり
 同じ空戦メードであったが、その翼は無機質な機械によった。
 ヘッドマウントディスプレイで目を中心に顔面を保護しており、その表情は伺い知れない。
「貴女がザ・カイト。
 トリア・ザ・カイトか」
 赤い方がそう尋ねた。その表情にはどこか好戦的な笑みが浮かんでいる。
「そう呼ばれることもあります。ご存知でしたか」
「ああ、貴女はエース級と認知されたメードなのに、謙虚なことだ。
 私は『ドラゴン』。エントリヒ帝国所属の空戦メードだ」
 よろしく、と手を差し出す。トリアはそれに従い、空中でゆっくりと距離を詰め、その手を握った。
「よろしく」
「貴女の強さは聞き及んでいる、冷静な戦略眼、そして部隊を効率よく機能させる統率能力、どれもこれも、賞賛に値する」
「恐縮です」
 言いながら、ペコリと頭を下げる。
「ああ、それからこれは私の相方。名はアサッシネイト」
「宜しく」
 と、こちらは自分から歩み寄る気配はない。トリアもとりあえず応答するだけに留める。
「よろしくお願いします。しかし貴女方のお名前は、失礼ですが名前というより、役割を表す呼称のようにも聞こえますね」
「ああ、事実そうだ。私たち新機軸のメードは、その役割が明確化された状態で生まれるのが常だからな」
 説明するのはドラゴン。そういった新機軸のメードとは一応戦場を共にすることもあるので、トリアとしては当然知っていたことなのだが
 ここまで物騒な名前を付けられたメード、というのは初見だったというまでだ。

 新機軸メードは、『モルゲン作戦』に基づいて行われた統合整備計画によって生まれた。
 当時製造されたばかりで、まだ拡張性の著しいメードに限り改修、強化が行われたのだった。
 主な内容は、エターナルコアのコンセプトに合わせた特化型武装の装着。
 そして精神的気質の人為的な改変であった。
 新機軸メードとして生み出された者は例外なく非常に強い好戦性を持つ。その好戦性は決してGのみに注がれるものではなく
 時に同じ味方であるメードにも向けられる。

「今日貴女のもとへ参った理由は他でもない。
 私達の実力を、試させてほしい」
「分かりました、今すぐにで構いませんか?」
 即答だった。それに驚いた様子のドラゴンは、何とか気を取り直して言う。
「快い返事で助かる、こちらとしても、一向に構わない。というよりありがたいくらいだ」
「はい、では、どちらの方が?」
「彼女だ。--アサッシネイト!」
 バイザーをかけた青いメードは両手の甲に刃を展開する。
 ガントレットと一体になった刃、パタと呼ばれる武装だ。
「御意」
 短く返事をして、トリアと対峙する。
「宜しく頼みます」
「分かりました」
 トリアはアサッシネイトと対峙したまま後退し、高度を下げ戦闘態勢を取る。
「貴女の好きなタイミングで構わない」
 言われると同時に、トリアはM34のトリガーを引いた。
 射撃音が連続的に鳴り響く。
 嵐のような弾幕を意に介さず、アサッシネイトが弾けた。凄まじい瞬発力でトリアを追うかのように見えた。
 しかし次の瞬間には、トリアを中心とした旋回機動にシフトしている。
「……」
「どうした、アサッシネイト。いけるぞ!」
 ドラゴンが上空から叫ぶが、アサッシネイトに反応はない。
「予測射撃か」
 言いながら旋回を続け、不規則に上下方向への蛇行を繰り返すアサッシネイト。
 雨のように降り注ぐ弾幕を、的確な機動で回避していく。
 当然、アサッシネイトとしても、トリアのザ・カイトとしての活躍は耳にしており、その武装などから
 戦闘パターンを分析したりなどそれなりの戦術を立ててきた結果が、先手必勝の急襲だったのだ。
 しかし思いのほか開始の時点でペースを取られた上、全速力で接近する彼女に対してもその射撃は極めて正確に放たれており
 当初の通り短期決戦を図る作戦を変更せざるを得なかったのであった。
 トリアも弾幕射撃から断続的な指切り射撃へと移行する。同時に後退。
 先ほどよりも若干速度が増している。
(……! あの攻防の中で速力をセーブしていたかっ)
 アサッシネイトは内心舌を巻きながら、一度離れてしまった間合いを取り返すべく再び追従する。
 一方トリアは、不規則な上下運動を絡めた後退により、巧みに距離を取りながら射撃を続ける。
 その狙いはことごとく正確で、アサッシネイトの接近を許さない。
「がっ」
 遂にアサッシネイトが被弾する。
 しかし追い討ちを許さず、左右への蛇行を織り交ぜながら急接近でトリアとの距離を詰める。
 どのタイミングで仕掛けるか、それは彼女の本能に因るものが大きい。
 彼女のヘッドマウントディスプレイは近接戦闘に於いて高速で経過する戦闘情報を常に拾い上げ、彼女の行動にフィードバックさせる効果を持つ。
 その上中距離での立ち回りというものも大抵がコンピューターの制御でまかなわれる為
 遠距離からの攻撃を主眼に置く敵に対しても、それなりの戦果を挙げられる。直感的な戦術機動を可能にせしめるのだ。
 そのはずが、何と言ってもトリアの距離を取る技術、というのがコンピューターで高度に制御された一挙一動に誤差を生じさせるレベルなのだ。
(だが……私はこの程度では止まらん)
 もはや、彼女の射撃は高度な電子支援によってパターンを解析されつつあった。
 機動、僅かな挙動などを分析し、接近する為に効果的な手段を構築する。確かにトリアが放つ弾丸は
 断続的に放たれるもので、その規則性、そして射撃の方向さえ解析してしまえば攻略は容易いと断言できた。
 アサッシネイトは集中する。絶えず後退を続けるザ・カイトを補足し、なおかつ距離を詰めながら、攻撃の機会を伺う。
 再びアサッシネイトの体が弾けた。予測射撃を含んだ弾幕を正面から突破する、最新鋭のサポートシステムで
 捉えた彼女の動きは、もはや緩慢ですらあった。
 距離にして、およそ五メートル。近接戦闘へ移行するには十分な距離。
 その時だ、近接戦闘支援モードに移行したバイザーが彼女の挙動を敏感に察知する。
 ザ・カイトの右手が背後に走り、恐ろしい速度で何かを捉え、再びアサッシネイトに突きつけるまで、零コンマ一秒。
(サイドアーム? だが)
 その時点での相対距離は、一メートル足らず。
 サイドアームに対する戦術のフィードバックが電子的な速さで行われ、射撃と同時に行われる回避行動がプログラミング。
 パタによる攻撃命中まで零コンマ二秒。
 銃声。


(な)
 視界が真っ白に染まっている。
(タクティカル・ライトだと!?)

 近接戦闘時に受けた大容量の光量によるバイザーの機能停止。
 それがアサッシネイトの敗因だった。
 側頭部に衝撃。


 身を翻しての視界外からの回し蹴りで、アサッシネイトの体は大きく弾き出された。
「……ふうっ」
 地面に向かって降下するアサッシネイトを追って、彼女もまた急降下し始めた。
(トリアちんの戦いって何かと余裕なさげー)
 かつて訓練をしていた時にかけられた言葉の数々が蘇る。
(ふむ、そうだな、私のように余裕を持った軽やかな戦闘を心がければ)
シーアは黙ってて。あのね、あの変態紳士は余裕のなさを楽しんでるの。
 それがエースの嗜みとか言ってね、馬鹿よただの変態よ)
 最高クラスの戦闘効率を発揮する代償。彼女は今それを存分に味わっている。
「……やっぱり、敵わないなあ」
 言いながら、落下していくアサッシネイトの体を空中で受け止める。
 上空からひどく慌てた様子で、ドラゴンがやってきた。
「すまない、ザ・カイト」
「あの……その呼び名やめて頂けますか? 実際あんまり好きでもないので」
「そ、そうだったか。済まん」
 慌てて謝るドラゴンに対し、トリアは微笑みかける。
「いいんですよ、ところで、彼女を介抱してあげて下さい。多分致命的なダメージは回避できたと思うので」
 抱きとめたアサッシネイトの身体を彼女は差し出した。
「……手を抜いたのか?」
「いえ、危うくとどめを刺しそうになったので」
 あはは、と笑うトリアを見て、ドラゴンは寧ろ真顔に戻った。
 アサッシネイトの身体を抱き上げる。
「なるほど、どうやら貴女は私たちの予想を超えた力を持っていたようだ。
 私は『範囲効果爆撃』の能力を持つ戦略級メードだ。また戦場で会う時があれば、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるトリアに対して、頷くとドラゴンはその場から離脱していった。
 振り返ることのない後ろ姿を、トリアはぼんやりと見送っていた。
 すると、久しぶりに隊長--チューリップの顔でも覗きに行こうか、などという考えが頭に浮かんだ。
『黒の部隊』を抜けてからというもの、当然ルフトバッフェという同じ所属に在る限り、共闘の機会はたくさん有ったのだが
 私用で訪ねる機会はそれと反比例するかのように減っていた。
 そうだ、隊長の好くようなお菓子を作ってもっていこう。きっと歓迎してくれるに違いない。
 そんな風に考えながら、彼女もまた帰路に就くのであった。


最終更新:2008年12月06日 14:02
ツールボックス

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