Chapter 10: Blue Daybreak

(投稿者:怨是)


 10月28日未明。
 これほど眩しくない日の出を、これほど安らがない森林浴を、ゼクスフォルトは久しぶりに目の当たりにした。
 “夜勤”と云うにはあまりに辛い。
 朝霧にまぎれて瘴気が漂ってくるような心地がして、呼吸をするのも嫌になる。
 プロペラの回転音が独特の爆音を黄土色に染まった木々の合間に轟かせ、そこに混じるようにして機関銃の音が響く。
 仄かに暗い空とはいえ、戦闘機の照らすライトのおかげで下からでも空の様子がよく見えた。
 フライ級の数が相変わらず多い。これだけ出て来られると、そろそろ歩兵が襲われる。

「負傷兵はどこかで手当てを! 動ける奴は対空ロケットを用意、空の連中の援護をしてやれ!」

 ゼクスフォルトは精一杯の声を張り上げ、ランスロット隊を率いる。
 空から落ちてくるフライの死骸を避けつつ、周囲のチームにも気を配らねば。

 後ろからついてくるGを全て捌いて行かねば、そのうち死神様のお迎えが来てしまう。
 戦況は極めて不利。隊も分断され、過半数が負傷。
 林道の横道へと逸れ、獣道のような所を歩く事になる。
 しんがりのシュヴェルテワモン級の集団を何とか退けつつ、別働隊であるノートゥング隊との合流を待つ事となったのだった。

 ロケットを運び込む中、後ろから重く鋭い声音がゼクスフォルトを咎める。

「……ゼクスフォルト少佐、あんたがいけねぇんだ」

「怨み言なら、後にしてくれよ」

 声の主は、ゼクスフォルトの部下の一人だった。
 シュヴェルテの見張り番や護衛を任せていたが、戦場の極限状態でとうとう堪忍袋の緒が切れたか。

「いぃや、後回しするもんか! こんないつ死ぬか解んねェ状況で、溜め込んでおけっかよ!
 あんたが不幸を呼び寄せてるとしか思えないだろ。こんな事になるなんてよ。
 ジークフリートに逆らったのがそもそもの間違いだったのさ。きっとバチが当たっちまったんだ」

 “バチ”……? “逆らう”……?
 ゼクスフォルトにとって、看過出来ない言葉が耳を突き刺す。
 体中の血液が沸騰し、顔に熱が溜まる。

「逆らう? ジークも結局ただのメードだろ! 余計な迷信に現を抜かしてる暇があったらとっとと援護しろ!」

「あんたがそんなんだから、俺達みたいに関係ない人間まで巻き込まれちまうんだよ。
 もうやめてくれよ! いいじゃねぇかよ、少しは撃墜数減らせよ! やりすぎたんだよ、あんたはな!」

 つられて相手の口調も苛烈さを増して行く。


「無茶云うな! 戦争に調和もクソもあるか! 毎日神経張り詰めなきゃいけない俺の身にもなってくれ!」

「るせぇ! 大変なのは解ってるからもう俺らを巻き込むな! う、ん、ざ、り、だ!」

「お二人さん、喧嘩やめて空見てみろ!」

 喧騒を他の部下が咎め、視線は上78度ほど急上昇する。
 が、時既に遅く、墜落機が先ほどまで喧嘩をしていた二人の距離を物理的に遠ざけた。


 受身を取りつつ顔の泥を拭えば、炎上した墜落機からパイロットが転げ落ちるのが見える。
 間髪入れず、それを追うようにしてフライ級が周辺の樹木の枝を圧し折りながら着地、しとめた獲物を貪りはじめる。

「下手に刺激するなよ……ライフルで羽と足をいっきに吹っ飛ばせ」

 シュヴェルテを呼びに行くには距離が遠すぎる。
 MAIDとはいえ、足の速さは人間のそれと大差は無い。
 人間だけでGを倒す事が、どれだけ厳しいか。
 フライ級なら外殻の硬度もそれほどではないが、飛行速度はそれを補って余りある。
 飛び掛られようものなら、その強靭な顎による致命傷は免れられまい。

「撃て!」

 ライフルの銃弾は次々と目の前の巨大蝿へと吸い込まれる。
 しかし、足が2本ほど落ちて羽に穴が開く程度で、あとは空しい金属音が周囲に木霊するだけに留まった。
 撃つのが遅れたか。

 即座に散開の合図を送り、各々が周辺の離れた樹木の裏へと回り込む。
 ゼクスフォルトも墜落機のちょうど南方の樹木の裏へと滑り込んだ。
 触角も撃ち落したのか、フライはまだこちらに気づいていない。

「どうする、俺……」

 スコアを意識するならついでに潰してしまいたいが、なかなかそうも行かない。
 確実性を求める為に大型火器をここで使うとしても、もし今後誰かがここで戦うとしたら?

 それに、炎上して山火事にでもなれば、戦闘が不利になる恐れも出てくる。
 煙を恐れずに突進してくる勇猛なGも中には居る。そういった手合いは得てして、煙のある場所には人も居るという事をよく知っているものだ。
 確実に餌が手に入ると解っているなら、多少の煙たさなど意にも介さないだろう。
 今は生存を重視せねば。功を焦った無駄死になど、それこそまっぴら御免である。
 思案しつつ、汗で蒸れた掌を親指で掻いているところだった。

《あんたの判断は鈍すぎる。あとは俺が仕切るぜ……
 こうなりゃヤケだ。俺達一般兵の手で、アレを潰す》

 通信機越しに挑発されて、ゼクスフォルトが黙っていられるはずも無かった。

「勝手な真似はやめるんだ! もう少し冷静になれ!」

《いつも“勝手”こいてやがったのはどこのヤロウだ。云っただろ。うんざりなんだよ。あんたに振り回されるのは》

「同じ立場になってみれば解るさ。辛いのは俺だって一緒なんだよ」

《また水掛け論だ。あんたと会話してるとこっちまでガキみたくなっちまう。スコアは隊で共有にしとくぜ。別働隊によろしく。じゃあな》

 一方的に通信を切られる。
 かけなおしても応答が無い。明らかな命令違反である。

「……いいさ。やれよ」

 脅威を背にして、そのまま当てもなしに歩みを進める。

 負い目が無いと云えば、嘘だった。
 自分達の、ゼクスフォルトとシュヴェルテの会話を、ドア越しに聞かされてきたのだ。彼らは。
 背中に汗がにじんでいたことに、今更気づかされた。
 大木にもたれながら目を閉じて深呼吸をひとつ。ふたつ、みっつ。気づかれないように、なるべく小さく。
 極度の緊張の中、少しでも楽になれるなら、それもいい。
 彼らの気の済むようにやらせよう。

「甘ちゃんの俺なんかより、上手くやってくれるんだろ?」


 そこでふと気づく。
 ――シュヴェルテは? シュヴェルテはどこへ行った?!
 通信機の周波数を、担当MAID用に合わせ、コールを試みる。

「こちらゼクスフォルト! シュヴェルテ、生きてるか!」

 応答が無い。まさか……

「シュヴェルテ! 俺だ! 聞こえるか! 頼む、返事してくれ! 返事だけでいい! 俺がそっちへ向かうから!」

 少しの間、通信機は沈黙を守る。

 間に合ってくれ、間に合う状態で居てくれ!

 戦闘服のシャツの中のペンダントを必死に握り締め、両手の汗を拭うことも無く、奥歯をゆっくりと噛み合わせる。
 少しの間であっても忘れてはならなかった。
 一瞬であっても忘れてしまった事を、ゼクスフォルトは今更ながらに後悔する。奥歯が噛み合わず、歯茎が揺れた。

 ――通信機は沈黙を破る。通信中のランプが点滅した。

「シュヴェルテか?!」

 しかし、期待は破られる。
 先ほどの部下の罵声が鼓膜を殴打した。

《馬鹿かテメェ! ハエ野郎がそっち行きやがった! とっとと逃げろ!》

 声を出しすぎたか。
 改めて、自らの軽率さに眩暈がしてくる。

《俺達はノートゥング隊と合流できた。あんたも何とかやり過ごして恋人と一緒に後退しろ。さっきの墜落機の所を2キロ北上するんだ》

 北上……ちょうど、ゼクスフォルトが走っている方向が南方。最後尾のシュヴェルテを最後に見た方角だった。
 正反対の方向へ引き返すには、リスクが大きすぎる。迂回するには時間が足りない。
 一刻も早く見つけねばならない。苦戦しているだけかもしれない。
 通信が途絶えただけで望みは捨てられない。
 墜落機のあった地点から南方へと、鞭を打たれた馬のように駆けだす。

「いや、シュヴェルテは……」

《まさか、死んじまったのか?!》

 死なせるものか。MAIDの底力は人間のそれを遥かに超越しているはずだ。探さないと。
 俺一人ででも探さないと。
 フライの複眼のいくつかをライフルで潰しつつ、こまめに振り向きつつ、全速力を以って走る。
 後ろからかじられないように。殺されないように走る。

「いや、姿が見当たらないだけだ。死んだわけじゃない! きっと生きてるはずだ!
 さっきの墜落の時までは近くに居たハズなんだ。探さないと……!」

 ライフルの弾薬が底をつき、銃剣をくくりつけたそれをフライの口に差し込んだ。
 筆舌に耐え難い叫び声を上げる敵を背にして、木々の間を縫いながら再び走る。
 主兵装を失った今、頼りになるのか解らない拳銃だけが唯一の武器となった。

 ホルスターに手をかけながら通信に耳を傾ける。
 逃げながら、探しながら、ホルスターに手をかけながら、通信を聞かねばならないとは。
 4つの事を同時にこなさねばならない器用さはどこで学んだのか。おそらくこのような事態は一生に一度だ。
 たいがいは部下のフォローが入る。今はそれが無い。


《ちくしょう、頼むぜオイ。しっかり見張っとけよ。俺らが苦労して護衛してきたんだからさ。
 とりあえず一旦合流したほうが安全じゃねぇか?》

「距離が遠すぎる。近くに他の隊は?」

 南方に走ってしまったため、北方のノートゥング隊と合流するには時間がかかりすぎる。
 それならわざわざ迂回するよりは、近場の別働隊と合流したほうが生存率は上がるかもしれない。

 傾斜を駆け下りているせいか、転げ落ちそうになりながらも平地よりは速く走れた。
 息を切らせて、フライの視界から身を隠す。少し休めばまた走る。
 今は小休止を取っているところである。


《待ってな》


 2分近くの沈黙でさえ、もはや永遠にすら感じる。
 隊の分断に恋人の行方不明という二重の緊急事態のせいで、体感時間は混沌としていた。
 喉に氷が詰まったかのような感覚に襲われ、白い息で咳き込む。
 慌ててその咳を抑え、鼻での呼吸に切り替える。
 拳銃のグリップをゆっくり握って、少しでも呼吸を落ち着かせようとした。
 よく手入れされたヴァトラーP.38……この9mmの銃弾であの蝿を倒せる保障は無いが、それでも丸腰よりは幾らかマシだろうか。
 弾はいつでも撃てる状況だ。通信もいつでも応答できなくもない。

 どっちでもいい。
 来るなら、来い。



《……鼻息》

「何を云ってるんだ! はやくしろ!」

《鼻息荒いぜ。親連中の“指輪隊”は山を降りて少しした所。
 仕切ってるのはご存知の通りシュナイダー少佐とニルフレート大尉。OK?》

「……ありがとう」

 また走らねば。全神経を研ぎ澄ませて、痕跡を辿らねば。
 足跡は? 血痕は? Gの死骸は?
 戦闘の後なら、何故それらが見つからない?
 どこまで行った?
 どこまで行った?!

 周波数を指輪隊に合わせ、救援要請をする。

「ランスロット隊のゼクスフォルト少佐より、指輪隊へ! 現在単独でそちらへ急行中! 他の隊員はノートゥング隊と合流! 応答願う!」

 こんな状態で、よく息が持つ。肺がはち切れそうだ。
 心臓も、同じように悲鳴を上げ始めた。
 応答のランプが点灯する。

《こちら指輪隊のニルフレート大尉。何か特別な事情でもおありですか》

 木々の間を潜り抜けるようにしてフライ級をやりすごす。直線に進もうとして激突している辺り、やはり知能は並みのGといったところか。
 行ける。行動パターンさえ読めば、この狭い木々の間をやり過ごすことが出来る。
 あの虫だって、穴の開いた羽で飛ぼうとすれば戦闘機の狙い撃ちに遭う。飛ばれても勝算はこちらにある。
 それを理解した瞬間、少しだけ落ち着くことが出来た。
 あとは通信を続けながら、目を皿にして探すだけだ。

「担当MAID、シュヴェルテが現在行方不明なんだ! 手が空いていたら応援が欲しい!」

《ああ、シュヴェルテですか。貴方が担当でしたね》

 ――担当でした?
 ゼクスフォルトは息を呑んで、その続きの言葉を待つ。
 もしかして? いや、まさか。
 やっと会えるか。今日を無事に生き延びる事が出来て、今夜も手を繋ぐハズなんだ。

 終わらせないでくれ。
 焦りと祈りと、様々な感情によって、この寒い季節であるにもかかわらず全身の血管が熱を帯びていた。

 少しだけ、少しだけ目を離してしまっただけだ。
 通信機が通じないのも、拗ねているだけじゃないか?
 でも真面目な彼女はそういう真似はしない。

 近辺に死体も見つからない。
 いないなら、死んでない。決して、死んでない。
 間に合ってくれ。間に合ってくれ。

 通信機のノイズのざわめきが、そのまま頭脳のノイズとシンクロし、脳内の毛細血管が砂嵐で埋め尽くされる。
 砂嵐は瞬く間に勢いを増して心臓を侵食し、血液が滲み出てしまっているのではないかとさえ思えた。

 ……きっと疲れて休んでるだけだ。

 それに考えても見ろ。文脈的に、保護されているという可能性のほうが高――




《ご愁傷様です。先ほど死亡が確認されました》



「……」

 膝の力から、最初に抜ける。
 さっきのフライにやられたか?
 それにしたって、叫び声か何かが聞こえてきたっておかしくはない。
 どこへ行って、どこで死んだ?

《少佐。今、我々の近くにいらっしゃいますか?》

「……ああ」

《戦死してしまったものは仕方ありません。遺品は全て本部が回収するとの事です。
 別働隊も撤退を始めました。あとはクロッセル連合軍の仕事です。帰還しましょう》

 どこへ行って、どこで死んだ?



「シュヴェルテは……どこで死んだ?」

《発見した時には既に……おそらく、Gの攻撃により致命傷を負ったものではないかと推測されます》

「……そう、か。シュヴェルテの死に顔を目に焼き付けたい。できるよな?」

 通信機越しに、あきらかに口ごもる様子が聞こえてきた。
 立ち上がって通信機を叩き付ける気力も、もう無い。

《残念ながら……》

 否、まだ終わってはいない。
 たとえ致命傷で倒れたとしても、数年間の保存の後、また新しくコアを入れなおせば、あるいは。
 無傷のコアをもう一度エミアの身体に入れなおすという転生方法も、理論上は可能ではないのか。

「コアは無事か? シュヴェルテの身体に、入れなおせないか?!」

《それも、残念ながら過去の実験で失敗しましたし、コアも粉々に……》




 望みは無いのか。
 救いは無いのか。
 救いよ。去ってしまったか。

《もはや、打つ手は無いと思われます》

「……何も、してやれないのか」

《ええ、遺体はすぐに回収されてしまいまして》

「何も……してやれない、のか……」

 嗚咽が口を塞いで、身動き一つ取れない。
 ここまで頑張ってきた苦労は何だったのだろう。

「シュヴェルテ……ごめん、エミア……また、君を守れなかった……」

 視界はかすんで、夜明けの光は急激にモノクロへと染まって行く。
 追ってきたフライの姿はもうない。走ってきたときに破裂音がしたような気がしたから、その時にでもやられたのだろうか。
 いずれにせよ、何もかもが遅すぎた。
 何もかも、度が過ぎていた。

「……」

 エミアの居なくなったこの世界に、何の未練があるのか。
 このままGに喰われて消えて行っても、別に何の苦痛も感じることは無いだろう。
 ペンダントを強く、強く握る。
 昨夜のシュヴェルテの右手を握ったあの感触をもう一度思い返さねば。


 しかし、握れど握れど、ゼクスフォルトの心から、涙と共にあの感触が零れ落ちては地面へと吸い込まれる。
 上半身の力も抜け、四つん這いのみじめな姿勢になろうと、零れ落ちる涙の勢いは止まらない。
 握っていた拳銃も安全装置もかけないまま拳から落ち、奇跡的に暴発こそしなかったものの、土が入り込んで使い物にならなくなっていた。
 土を引っかき、握る。

「置いて行かないでくれ……頼むよ……」



 すぐ近くで呼び声がする。

「……ゼクスフォルト少佐ですね。お迎えに上がりました。ザフター・ニルフレート大尉です。途中まで送りますよ」

 指輪隊の面子は、既に軍用車両のライトをつけながら、舗装の済んでいないこの道路に列を作っていた。
 ジークフリートとシュナイダーは朝霧に紛れ、空いた車の後部座席に無表情で座っている。
 ゼクスフォルトの眼に焼きついた光景は、殆どそれだけだった。

























 翌日の10月29日。
 郵便受けから響く、紙の刷れる音。
 それだけで彼を覚醒させるには充分だった。
 時刻は午前5時を少し過ぎた頃か。
 窓の外は、まだ仄かに暗い。

 毛布を跳ね除ける。
 嫌な脂汗が背中にへばり付きながら流れていた。

 折角用意してもらった折りたたみ式のベッドも、今ではただの寝心地の悪い板切れ程度にしか感じられない。
 備え付けのベッドに姫は居ない。
 護衛を頼んだ部下も、もう下がらせた。
 厳重な警備が何だ。居ないならもう意味も無い。


 あの後。
 あれから本部の兵舎へ戻るまでの記憶は殆ど無い。
 覚えている出来事と云えば、呆然としながら、それでも死なないように震える腕でハンドルを握り締めていた事くらいだ。
 その後は報告に出るなりして、それを終えたら部下を解散させるなりして。倒れるように寝込んだだけだ。
 まるで病人ではないかと笑われはしないだろうか。

 緩慢な足取りでドアの郵便受けへ向かう。
 新聞や部隊内広報誌などの重要書類が入っているため、毎日欠かさずチェックせねばならない。
 先に広報誌を手に取り、一冊一冊、丁寧にメモを取りながら読み進めては机に重ねていく。
 手元の広報誌が無くなった所で、新聞を手に取る。
 第一面の速報欄を広げた瞬間、思わず眼を見開いてしまった。




   ジークフリート、ヴォ連スパイを断罪!

 昨日未明、ヴォストルージアより派遣されしスパイMAIDが正義の下に断罪された。
 反逆者の名はシュヴェルテ。
 彼の者は我々エントリヒの民に混じり、あろう事か国家転覆の毒を撒いたのだ。
 配備間も無くGを退けたシュヴェルテは我ら民衆を扇動。
 その戦果に紛れて事実無根のデマを流していた。
 この忌まわしきスパイに、遂に正義の鉄槌が下された!
 
 事の詳細は以下の通り。
 
 先日の作戦にて、ジークフリートはシュヴェルテの不審な行動を目撃。
 ジークフリートは即座に見抜き、一瞬且つ一刀にして叩き伏せたのである。
 神がかりの速度で叩き伏せた姿に、その場の兵士が感服。
 作戦終了後、盛大な拍手を以って賞賛を送った。
 
 この件を含め13人ものスパイを全て断罪した功績は大きく、今後のジークフリートの躍進への足掛かりとなるだろう。
 この活躍を受け本日の午後、ジークフリートには金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字勲章が
 エントリヒ皇帝陛下から直々に授与される事をご決定なされた。
 
 我々エントリヒ帝国国民は、卑劣なスパイに決して屈してはならない。
 それをジークフリートが剣の一振りを以ってして伝えたのである。
 我々国民は真実の眼と正義の剣を以って、スパイを断罪せねばならないのだ!
 其れこそが正統たるエントリヒの義務であり、またエントリヒの歴史より与えられし権利でもある。
 ジークフリートに続くべし!





「何なんだ、この記事は……」

 新聞に爪が食い込み、安物のパルプの質感に裂傷が走って行く。
 両腕の震えが、驚きから怒りの其れへと変質する。
 臓物に炎が灯り、椅子から飛び立つやいなや、ドアノブを乱雑に引っつかむ。

 写真を見れば、日の出を背にしたジークフリートがシュヴェルテの胴体に、剣を突き刺しているではないか。
 全身の毛穴はことごとく収縮し、耳鳴りで耳の毛穴までもが収縮する。
 深々と刺さっているこの剣は、いったい誰の剣だ?
 ジークフリートのバルムンクだ。深々と突き刺さっているバルムンクだった。

 最悪の朝だった。
 目覚めも最悪なら、その後に続いた気持ちも最悪だった。
 今更内容物など出せるような、寛大な内臓ではない。

 それ故に、苦しみと悲しみが、怒りに巻き付いて離れない。
 勢い良くドアを叩き開け、力任せに閉めると、もう足の向かう先は決まっていた。



「アイツの差し金か…・・・アイツが指図しやがったのか」



最終更新:2008年12月06日 18:46
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