約束 ◆6MJ0.uERec
黒い黒い、どこまでも黒い森の中。
どこからが闇で、どこからが夜空なのかもわからない場所。
その闇の中に一人の少女がいる。
蒼黒の髪をたらして、白と青で彩られて。
一人静かに、待ち人が迎えに来てくれるのを待っている。
息の詰まるような恐怖に、
市原仁奈は堪らず目を開けた。
目を閉じたままだったなら、瞳に焼き付いた意識を失う直前に見せつけられた光景が、何度も何度もリフレインしてしまいそうだったからだ。
だが、開けた瞳が明るい世界を映すとは限らない。
光を求めたはずの彼女の瞳に映ったのは、変わらず深い闇の世界だった。
無理もなかろう。
今はもう夜なのだ。
しかもそれが深い森の中だろ言うのなら、その暗さは常の夜闇と比べても更に深いものだ。
もっとも、当の仁奈にはそんな当たり前のことさえも、当たり前のこととして受け入れることができなかったのだが。
眠らされ、攫われ、また眠らされ、時間感覚をめちゃくちゃにされた状態で、突如場所も告げられず森の中に放り込まれたのだ。
冷静に自身の状態を把握し、まずはデイバックの中身を検分しろというのは酷な話であろう。
況や、それが年端もいかない幼子ならば、むしろ冷静に現状を見極め、自分の成すべきことを見極めている方が、よっぽど狂っていると言えよう。
だがこの場合、狂っていないというのは果たして幸せなことなのか。
闇から逃れようとして目を覚ました先にまで、闇に追われるなどと。
「あ、いっ、あ。プ、プロデューサー。プロデューサー、どこ、ですか? どこにいやがりますか……」
仁奈は、悪夢覚めぬ現実でも、逃げることを選んだ。
森の中をただ闇雲に走って、彼女を置いて行ってしまった誰かを探し続けた。
それは、いつかの約束。
置いて行ったら食べに参上すると笑い合ってた日々の約束。
けれども、今の彼女は狼ではない。
孤独の闇に迷える子羊にすぎない。
狼の餌食となる哀れな赤ずきんにすぎないのだ。
当然の帰結として、狼の待つ家へと辿り着いてしまった。
「に、仁奈はここでごぜーますよ? プロデューサー、プロデューサー、いやがりますよね……。そこに、いやがりますよね?」
木々が途切れ、開けた森の一角に月光が降り注ぐ。
照らしだされたのは、一軒の古惚けた丸太で組まれたログハウスだった。
藁にもすがる想いで逃げ込もうとした少女は、後一歩のところであることを思い出してはたと立ち止まった。
「だ、誰もいやがらねーですよね……?」
玄関に通じる樹でできた階段を忍び足で踏みしめながら、先ほどまでとは一転した願いを口にする。
迷子の末に家に辿り着いたというあまりにも出来過ぎた状況に、仁奈の記憶が警告を発したのだ。
読み聞かせてもらった絵本では、こういう一軒家には決まって人食い魔女の老婆が住んでいた。
包丁を研ぎ、獲物が飛び込んでくるのを今か今かと待ちわびていてもおかしくない。
「いやがらねーですよね、いたりしねえですよね……」
ドアノブにかけた手の震えが止まらない。
子どもじみた幻想の恐怖は、体感した恐怖と結びつき姿を変えていく。
悪夢の中の魔女は
千川ちひろの顔をしていた。
骨と皮だけにまで痩せこけて、脚に至ってはむき出しの骨だけの姿をした老婆は、しかし顔だけは若い女のものを貼り付けて迫ってくる。
獲物がかかったと喜びながら、両の手で這いずって扉を開け仁奈の前で満面の笑みを浮かべ直前まで食べていた首のない誰かの――
「…………いる……ここに……。……私…ここにいる……」
囁かれたピュアボイスに、幻想が霧散する。
「だ、誰でごぜーますか!? 魔女じゃねえですよね!?」
扉は開け放たれてなどいなかった。
声がしたのは正面玄関からは死角となっているロッジの側面。
軒下のウッドデッキで、揺り椅子に声の主は座っていた。
「……魔女? ……私……違う。……まほうつかい……レナ………」
歳の頃は仁奈と同じか、少し上辺りだろうか。
少なくとも想像していたような老婆の姿には程遠い。
長い青髪に、透き通るような白い肌、ヨーロッパの貴婦人を思わせる幻想的な装いも相まって、人形じみた美しさを感じさせる少女だった。
「…………?」
仁奈と目線を合わせた少女が椅子に座ったまま小首を傾げる。
「……羊……」
言葉足らずな呟きからは、いまいち意図が読めなかったが、仁奈は少女の表情が僅かに緩んだのを見逃さなかった。
「モ、モフモフ……モフモフしやがりますか? そんなにモフモフしてーのでごぜーますか?」
「…………」
こくり。
恐る恐る尋ねた仁奈に、少女が頷き、ロッキングチェアが大きく揺れる。
少女が身を起こしたのだ。
肩にかかっていた髪を払いのけると、少女は音もなく仁奈の方へと歩み寄る。
「仕方ねえですね。プロデューサーが選んでくれやがったキグルミですが、特別にモフモフしてもいいでごぜーます」
それほどまでにモフりたいのか。
そう解釈した仁奈は、大好きな人が選んでくれた着ぐるみの良さを分かってもらえたことが嬉しくて伸ばされた少女の左手を甘んじて受け入れた。
「…………もふもふ」
少女の片手が仁奈を抱きしめ力の限り抱え込み、首の後に回される。
もふもふというにはあまりにも強い力の込めように、仁奈は苦痛を訴える。
「い、いてえです! もっと優しくしてくだせー!」
その叫びが受け入れられることはなかった。
「……あなた……猫の着ぐるみだったら……本当にもふもふして……友だち……なってた……」
辺りが一瞬、僅かに暗くなった。
風が雲を運んできて月を覆い隠したのだ。
暗い森の中を風が過ぎ去り、木々の梢を揺らして行く。
ざわめく葉の音は、まるで何かの予感に脅え、森が震えているようだった。
「よかった………あなたで…………猫じゃなくて。私…………………待ってた………」
再び月が出たその時には、少女の手に“それ”は握られていた。
「な、なんでごぜーますか、それは……」
“それ”を目にした仁奈の表情は恐怖に引き攣っていた。
月光を反射し、少女の手の内で輝く“それ”は、子どもにとっては銃や包丁といった凶器よりも怖い、現実的な恐怖の象徴だった。
何度も怯えながらもお世話になった、ポンプに接続された銀色の針を見紛おうことはない。
注射器だ。
注射器を持った少女の姿をした魔女が、ふふ、うふふっと微笑みを浮かべながら月を背に仁奈を見下ろしていた。
「…………………安心して………痛く……ない」
ポンプの中に何が入っているかなんて仁奈は知らないし、そもそも考えもしなかった。
ただ疑うことも知らない仁奈は、幼い故に誰よりもその恐怖を知っており、ひたすら暴れて逃げようとした。
開いている両の手で突き飛ばし、首に回されていた拘束を振り払う。
魔女もまた追いすがり払いのけられた左腕で仁奈の右手首を掴み引き寄せ、利き腕で注射しようとするが、幸い仁奈は左利きだった。
右手を魔女の左手で捕まえられていようとも、開いた左手で魔女の注射器を持つ右手の侵攻を封じることができた。
ならばとばかりに魔女は身長差を活かし、ありったけの力と体重を載せて抑えこむようにのしかかる。
たまらず、短い悲鳴と共に仁奈がバランスを崩す。
尚も抵抗するも、デイバックの紐がちぎれ落ちるくらいに激しく揉み合いながら地面を転がった末に、組み敷かれてしまった。
「……私……信じて……大丈夫…」
互いに両の手が塞がっていることには変わりはしないが、馬乗り状態である以上、魔女の方が力をかけやすく有利となる。
徐々に、徐々に、拮抗が崩れて、注射器の針が、仁奈へと近づいていく。
「何を」
しかし、間もなく命を奪われるという窮地にもかかわらず、仁奈の内側からは恐怖が消えていた。
「何をしやがりますか……」
いや、違う。
消えたのではない。別の感情に上書きされたのだ。
初めに抱いたのは悲しみだった。
魔女と揉み合っている内に、プロデューサーからもらった大切な羊の着ぐるみは無残にも汚れぼろぼろになってしまった。
そのことがとても悲しくて、まだお礼も言えていなかったことを思い出して、悔しくなって。
「プロデューサーが選んでくださりやがったキグルミに、プロデューサーに、何をしやがりますかああああっ!!!!」
次に抱いたのは怒りだった。
もう二度と、プロデューサーに会ってお礼を言うことができないかもしれないという理不尽への怒りだった。
目の前の少女への怒りだけではない。
一緒にいようというただそれだけの、細やかな約束さえも叶えさせてくれない、ありあとあらゆる不条理への怒りだった。
「約束したのでごぜーますよ! これからもずっと仁奈のそばに居やがってくださいって!
もし置いてったら食べに参上しやがりますって! それを、その約束を、汚すんじゃねーですよ!」
キグルミアイドルは伊達ではない。
掴まれていた部分を素早く脱ぎ去ることで右腕の自由を取り戻すした仁奈は、傍らに転がっていたデイバックを掴み全力で魔女へと打ち上げる。
倒れた状態で利き腕でもなかったが、デイバック分の質量と振り回す遠心力を味方につけた一撃は十分な勢いを誇っていた。
十分、過ぎた。
「……あ」
呆然と呟いたのはどちらだったのか。
――とっさに、魔女は利き腕を盾に襲い来るデイバックを防ごうとして
――かざした手には注射器を握ったままで
――衝撃に耐えられなかった細腕は魔女自身へと向かって押し切られてしまって
――そのまま、そのまま、そのまま
勢いを減じること能わず、吸い込まれるように主自らの首元へと銀の針は突き立てられてた。
「……え?」
少女から力が抜け崩れ落ちたその意味を、仁奈は理解できなかった。
だけど、自分が何か、取り返しの付かない何かをしてしまったことだけは、誰に言われるまでもなく分かってしまった。
ピピピという幻聴が仁奈の脳裏に鳴り響く。
「何でごぜーますか、これは」
誰かのプロデューサの首がなくなった時の光景が、蹲る少女へと重なっていく。
それはつまり、この幻聴が鳴りきった時、またあの光景が繰り返されるということで。
ピピピピピピピピ。
その引鉄を引いた魔女は、他ならぬ自分自身だった。
「えぐえう、なんなんでごぜーますか、この今はああああああっっっ!!!!」
ちひろ、少女と移り変わっていた魔女は、今度は仁奈の顔で嗤っていた。
「……あなた………あなた……」
「来やがるな、来るんじゃねえです! わあああああああ! 来るな来るな来るな来るな来るなあああああああああっっっ!!!!」
ふらふらと起き上がり呪詛か何かを吐き出そうとしていた少女を、有らん限りの力で突き飛ばした。
大きな音を立て、少女がロッジの壁に激突したのを見届けることなく、仁奈は背を向け再び走りだす。
ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピと鳴り響く幻聴と直後に訪れる悪夢の再来から逃れるために。
仁奈は涙を浮かべながら狂乱のままに、月明かりの舞台から森の奥へと、更なる深き闇へと呑まれていった。
【C-6/一日目 深夜】
【市原仁奈】
【装備:ぼろぼろのデイバック】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品1~2(ランダム支給品だけでなく基本支給品一式すら未確認)】
【状態:疲労(中)、羊のキグルミ損傷(小)、パニック状態】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーと一緒にいたい
1:怖い。寂しい。プロデューサー、プロデューサーはどこにいやがりますか。プロデューサー……ッ!
「………………っあ」
僅かに荒い息遣い、激しい心臓の鼓動、全身が僅かに汗ばみ、頬が上気している。
不意に頭の芯を走った鈍い痛みに、少女は、
佐城雪美は端正な眉を顰めた。
(………………痛い………苦しい……)
自分の身に何が起きているのかは、文字通り、痛いほどに理解している。
雪美に支給されていたのは注射器と毒薬だった。
ご丁寧に子どもでも読んで分かるよう端的に書かれた取扱説明書までついており、それによるとこの毒薬を注射されれば大人でも数分足らずで死に至るらしい。
ただし、若干の苦痛はあれど、肌の色を変色させるなどの外見的な影響は全くないそうだ。
事故死にも見せかけられますね☆と見覚えのある女性の字で追記されていた。
(………でも………………これで………いい……)
雪美が抱いたのは別の感想だった。
ああ、これなら、綺麗に死ねる、と。
相手がではない、自分自身がだ。
佐城雪美には最初から最後まで、誰かを殺そうとする意思なんてなかった。
悩まなかったわけではない。葛藤しなかったといえば嘘になる。
少女には約束があったから。大切な人との約束があったから。
大好きなあの人とずっと手を繋いでいたかった。いつも一緒にアイドルでいたかった。
でも、約束は一つだけじゃなかったから。
一方通行なものではなかったから。
少女のプロデューサーが少女に約束してくれたように、少女もまたプロデューサーに一つの約束をしていたから。
(……これで……いい……? …………私…………あなたの……望み……私が……叶えた……?)
少女の望みをプロデューサーは知っている。
プロデューサーの望みを少女が叶える。
それが、約束。
二人で交わし合った何よりも、大切な約束。
けど、だけど。
(………きっと………よくない……あなた……悲しむ……私…わかってる……心…通じるから……)
雪美はその約束を二つ共自らの意思で破った。
プロデューサーは雪美が自分と一緒に居続けるために人を殺すことなんて望みはしなかっただろう。
あの人が見たかったのは他者を拒絶する殺戮者ではない。
人々と心通じてみんなを笑顔にするアイドルだ。
雪美だって、あの人に血に塗れた姿なんて見せたくなかった。
けれども、だからといって雪美に死んで欲しいとも望むはずもない。
他の誰をも騙せても、あの人までも欺けるとは思えない。
きっと気付かれてしまうと雪美は信じている。
それでも、この道しか選べなかった。
生きて、生きて、また一緒に、手を繋ごうと、あの人の方も願っていてくれていると断言できるのに。
約束よりも、もっと叶えたい想いを抱いてしまったから。
生きて欲しい。あの人に生きていて欲しい。
ただそれだけの切なる願い。
その願いが故に、雪美は自らの死を選んだ。
千川ちひろは実演した。
殺し合いに反抗的な態度を取れば、プロデューサー達の命はないと。
同時にこうも言っていた。
殺し合いさえすれば、そのままプロデューサーの“皆”は解放すると。
生き残った最後の一人のプロデューサーをではない。
殺し合いに従った全てのアイドルのプロデューサーを解放すると口にしたのだ。
おそらくその言葉に嘘はないと雪美は捉えた。
もしも、自分が死ぬことでプロデューサーも死ぬというのであれば、誰もが死ぬ可能性を恐れて命を賭けられなくなるからだ。
返り討ちのリスクや魔女狩りの恐れのある襲撃など、自分ならもっての外だ。
それでは殺し合いどころではない。
誰も彼もが他人を殺すよりも我が身を生き残らせることを優先してしまい、殺し合いを促すはずの人質が却って殺し合いを硬直させてしまうこととなる。
ばれないようにこっそりと始末するという手もあるが、それだと万一バレた時にやはりアイドル達の殺し合いへのモチベーションを下げることとなる。
雪美の知るあの千川ちひろなら、そんな不利益に繋がる方法は選ばないだろう。
だからこそ、これが雪美の願いを遂げうるたった一つの冴えたやり方になり得るのだ。
殺し合いに乗ったと思わせさえすれば、雪美の生死に関わらずプロデューサーは開放される。
返り討ちにあったように見せかけて自殺すれば、あの人の願いどおり誰も殺さないで済む。
もしかしたら他にもっと上手なやり方があるのかもしれない。
誰も殺さず、プロデューサーと再び手を繋げる日も来るかもしれない。
そんな甘い幻想を抱かなかったわけではないけれど、時が経てば経つほど、決心は鈍ってしまう。
あの人と会いたいという一心で、この手は誰かを殺してしまう。
それは、駄目だ。そんなことをしたら、本当の本当に、あの人と一緒にいられなくなってしまう。
二人を結ぶアイドルという名の絆が断ち切られてしまう。
そうなる前に。決心が固い内に。
私は、私を殺そう。
一度決めてしまえば、少女に迷いはなかった。
繋いだ手の温かさを覚えてた。
その温かさが力を貸してくれた。
少女は見事にアイドルとして、舞台を演じきった。
(………来てくれたのが………あなたで……よかった……)
ふらつく足を動かしながらも想い描くは、騙す形でゲスト出演させてしまった一人のアイドル。
その姿を一目見た時から、彼女しかいないとそう思ったのだ。
何故なら少女が着ぐるみを着ていたから。
全身を毛で覆われたあの服の上からでは、もし何かの弾みで誤って注射してしまっても、肌にまで届くことはないと踏んだのだ。
着ぐるみ相手に注射器を穿つという愚行も、自分の年齢を鑑みれば、子どものやることだと嘲笑されることはあっても不可思議とはとられまい。
ただ一つ心傷んだのが、その着ぐるみが相手にとって大切なモノだったということだ。
着ぐるみを傷つけられた時の、少女の怒りと悲しみが入り混じった顔が、今もありありとリフレインする。
たかが着ぐるみと千川ちひろならせせら笑うかもしれない。生きて返り討ちにできたのですから安い犠牲ですよとほざくかもしれない。
黙れ
プロデューサーからもらった服の価値をあなたなんかには測れはしまい
雪美も同じだった。
服をもらった時、嬉しかった。新しい服をもらった時は、もっともっと嬉しかった。
包丁でもなく、銃でもなく、毒薬を支給されてよかった思ったのは、これなら服を血で汚さずに死ねるからだ。
結果的には、雪美の服も少女との揉み合いで土に汚れてしまったけれど。
少女の大切な着ぐるみを意図して汚してしまった以上、嘆く資格はない。
嬉しそうにプロデューサーが選んでくれたのだと語る様子から、着ぐるみを傷つけたなら少女が反撃してくれると狙ってやったのだ。
そこに一切の疑いはなかった。
自分だってこの服を汚されたのなら、どんな相手にも、どんな凶器にも、立ち向かったことだろう。
(……そう……きっと……私……あなた…………似ていた…………あなた……約束……叶うと……いい……)
多くが偽りだったあの舞台で、少女にかけた言葉だけは全て、本物だった。
自分と少女は、こんな殺し合いの中でなければ、友だちになれていたに違いない。
ようやっと辿り着いた揺り椅子にもたれかかるように腰を下ろし、幸せなifを幻視する。
(………新しい服……新しい友達……ちゃんと…綺麗に……撮って……)
自分もあの子も、猫の着ぐるみを着ていて、それは、ああ、なんて、幸せな夢。
そういえば、誰か猫っぽいアイドルもいた気がする。
メアリーにでも紹介してもらって、その人も一緒に撮ってもらえたなら。
(……そうだ……メアリー……ペロ……お願い…………ペロ……ごめんね…………)
夢の中で友人に、置いてけぼりにしてしまう飼い猫を託す。
本格的に夢と現が混じり始めたことで、残された時間があと僅かなことを察する。
それならと、最後は大好きな人のことだけを思うようにする。
ずっと一緒にいてくれると約束してくれたあの人を。
置いて行ってしまうあの人を――否。
(………私…あなた……魂…繋がってる……離れても…ずっと…)
死すら二人を分てない。
約束は破られてなどいなかった。
約束は永遠だった。
「いつも……私を……感じて……私を……覚えてて……――」
最後に音ならぬ声で大好きな人の名前を呼んで、雪美は目を閉じた。
張り詰めていた少女の神経が全てを成し遂げたことにやっと安堵する。
ことりと、少女の頭が揺り椅子に寄りかかる。
自然と口ずさむは、あの人に教えてもらったミステリアスソング。
自身を送るレクイエム。
少女の頬に、涙の雫が伝った。
黒い黒い、どこまでも黒い森の中。
どこからが闇で、どこからが夜空なのかもわからない場所。
そこにはもう誰もいない。
覚めぬ眠りへと誘われた眠り姫に抱かれて。
約束だけが遺されていた。
【佐城雪美 死亡】
※雪美の死体の傍に基本支給品×1、注射器が転がっています。毒薬は使いきりました
最終更新:2015年02月17日 23:44