夏の残照 ◆ltfNIi9/wg
眩しかった日のこと……そんな夏の日のこと――
▽
私、
岡崎泰葉は子どもの頃からずっと芸能界で生きてきました。
だからこの世界が華やかなだけの世界じゃないということも分かっていました。
舞台で輝ける芸能人は、たったの一握りで。
誰からも見向きもされない陰で、いつも誰かが泣いていました。
その誰かになりたくないなら、勝ち続けるしかないとそう思っていました。
たとえそれが、誰かを蹴落とし、より多くの涙を流させることになろうとも。
勝つか負けるか、それこそがこの世界の全てなのだと、私はずっとそう信じていました。
モデルからアイドルになってもその考えは変わりませんでした。
誰にも負けたくないと願っていました。
誰にも負けてはダメなんだって思い込んでいました。
一番になれるのは一人だけだから。
これは私一人の戦いで、そうでなければいけなくて、独りになりに行くのだと。
ずっと、ずっと、ずっと、そう勘違いしていた私は、なんでも一人でできるのだと強がっていました。
頼れるのは自分だけなのだと思い込んで。
今更教えてもらうことなんてないってプロデューサーのことさえも、最初は軽んじていて。
信じてくれますかと問いかけながらも、結局は、私は自分のことしか信じきれていなかったのです。
……いいえ、自分のことさえも信じていたかと言えば、語弊があります。
大丈夫、ひとりできると。
ステージには慣れてるから平気だと。
経験で優っているのだから同時期にデビューしたライバル達に負けはしまいと。
何度も何度も自分に言い聞かせてはいたけれど、でも、本当は、不安だったんです。
私なんかがアイドルとしてみんなに認められるのかな、って。
こんな子どもぽくなくて、普通の人の幸せも知らないで、芸能界の汚いところばかり見てきて、笑い方さえも忘れてしまった私が。
誰かを蹴落として泣かせていた私なんかが。
ファンの皆を笑顔にして、幸せにする『アイドル』に、本当になれるのかって、心の底では不安だったんです。
きっと、プロデューサーにはそんな私の奥底も見ぬかれていて。
ようやく私がプロデューサーに心を許し始めて、あの人に興味を持って欲しいと思い出した頃に、突然一つの仕事を言い渡されたんです。
それはサマーライブのお仕事でした。
しかも単なるサマーライブではありません。
アイドル同士がライブでファンの心を掴み合う、アイドルサバイバルと称される大勝負の舞台だったのです。
あの舞台が私を変えてくれました。
当初私は、誰にも負けられないと最初から本気でところ構わず数多のアイドル達にライブを挑みました。
そんな中、彼女たちに出会ったのです。
彼女たちは輝いていました。
経験だけでは補えない輝きを私は彼女たちから感じました。
きっと、私は不覚にも、自身もアイドルでありながら、いいえ、自身もアイドルだからこそ、彼女達に魅了されてしまったんです。
ああ、これこそがアイドルなのだと。私が目指すものなのだと。
もちろん、負けることを自分によしとしていなかった私は、最初は素直に自分の敗北を認めることはできませんでした。
負けたことが受け入れられなくて、何度も、何度も、彼女達に挑んで。
いつしか相手に勝ちたいという想いは、自分に負けたくないという求道へと変化していました。
私がアイドルになりきれてないのならば、このLIVEを通じてきっかけを掴んでみせると。
学んだことを私のものにするために…このLIVEで
私はアイドルになってみせると。
私の全力に真剣に応えてくれる彼女達に、幾度と無く胸を貸してもらいながら、私はついに彼女達にあって私にはなかったものを掴み取ることができました。
それは、笑顔でした。
勝ち負けに拘らず、心からLIVEを楽しむという、私も最初は持っていたはずの、ずっと前に置き去りにしてしまっていた気持ちでした。
そして、私は実現しました。
私も、応援してくれるファンの皆さんも楽しめるLIVEを。
全力を出し尽くした私にとって最高のLIVEを。
それでも私は負けてしまったのだけど、でも、心からの感謝を彼女達に伝えることができました。
だって、あの時ようやく私は、アイドルになることができたから。
勝っても負けても笑い合える世界で、自分もファンも笑顔にできるそんなアイドルに。
それからの日々は、とても充実したものでした。
モデルの頃よりお仕事が楽しくなってきたのかなってそう思えて、この気持ちがプロデューサーにも伝わってくれればなって願ってました。
私にとっての幸せが、アイドルのお仕事を楽しめる今の環境なんだって気付かせてくれるたのはあの人だから。
だから、私は、今度は私がプロデューサーを幸せにしたいとそう願うようになり、ある日問いかけました。
プロデューサーにとって幸せってなに…?
と。プロデューサーは笑ってはぐらかすだけで答えてはくれませんでした。
でも、相変わらず今も負けず嫌いな私は、その時に誓ったんです。
だったらいつか、私が、プロデューサーさんをも幸せにできるようなそんな輝く笑顔のアイドルになろう、と。
それがずっと探し続けていた私にしかできないことで、私の夢なのだと。
今はまだ自然に笑えるようになってきたばかりだけれど。いつかは、いつかはきっと。
あの日相見えた彼女達にも負けないそんなアイドルに――。
そう、思っていたのに。
なんだろう、これは。なんなんだろ、この状況は。
アイドルが、死んでいました。
私の目の前で、アイドルが死んでいました。
「…………え?」
おかしいですよね。そんなはずはないですよね、プロデューサー。
いいえ、アイドルだって人間だもの。
いつかは死にます。だから、アイドルが死んでいることがおかしいんじゃありません。
アイドルが、殺されていることが、おかしいんです。
「なん、で」
愚問です。
殺されているからには殺した誰かがいるのでしょう。
じゃあ、誰が、なんのために?
ストーカーという言葉が、まず真っ先に浮かびました。
それもまた華やかさの裏に隠れた、芸能界の闇の一つです。
アイドルの輝きを自分のものだけにしたい、そう思っての犯罪は後を断ちません。
でも、この場に、ストーカーなんているのでしょうか。
この、アイドルのみが集められ、殺し合いを強要された島に。
「なんで、なんで、アイドルが……っ」
だったら、答えは一つしかありません。
凶器らしきものが見当たらない以上、自殺でもありえなくて。
それなら、それならこれは――。
「なんで、アイドルが、アイドルを殺してるのっ!?」
アイドルが、アイドルを殺したと、それ以外にはありえない!
なんで、なんで、なんで……!?
アイドルは、みんなを幸せにするんじゃなかったの……?
勝っても負けても笑い合える、そんな誰もが楽しめる世界で輝いているのが、私達じゃ、あなた達じゃなかったんですかっ!
私、名簿を見た時に、ほっとしたんですよ。
ああ、ここに載っている人達なら、私に真のアイドルを教えてくれたあなた達なら大丈夫だって。
誰も殺したりしないって。
それなのに、それなのに!
所詮私があの夏に見たのは幻想なの……?
この世界は、誰かを蹴落とし、誰かを笑顔にする傍らでライバルを泣かすしかない世界なの……?
一人ぼっちの頂点に、たった一人に、なりにいくしかない世界なの……?
アイドルなんて、アイドルなんて、その程度の存在なの!?
教えて、教えてよ、教えてください、プロデューサー。
縋るように、私は彼女の遺体を抱き起こしました。
私は彼女を知っていました。覚えていました。
私に楽しむ気持ちを思い出させてくれた彼女達の一人である少女のことを、どうして忘れることができるの?
そして彼女は死して尚、私にアイドルを教えてくれました。
「……あ」
ああ、そうか。
そうなのかと。
自分がとんだ思い違いをしていたことに、その死に顔を見た瞬間気付かされました。
「……ああ、あなたは。最後まで、アイドルでいようとしたのですね」
少女の死に顔は安らかでした。
誰かに殺されたのだと思えないほど、安らかなものでした。
それは単に、自分が殺されたことに気づいていないが故の無垢な笑顔じゃありませんでした。
自然と笑えないで長いこと苦しんでいた私だから分かるんです。
彼女の笑顔は、怖さと、哀しさと、苦しさが入り交じった泣きそうなものでした。
つまりそれは、少女が殺されるのを分かっていながらに、笑顔を浮かべていたということです。
笑顔で死ぬことを選んだということです。
だからでしょう。
その笑顔は無理矢理のはずなのに、どこまでも誇らしげで、輝いていました。
あの夏のように。私が魅了された笑顔のように。
「そう、ですよね。アイドルが、自分も相手も楽しく幸せにするアイドルが、人殺しなんて、するわけ、ない、ですよね
私の夢であるアイドルが、私とプロデューサーの幸せであるアイドルが、こんな、こんな、こんな……」
私は懺悔しました。
思い違いも甚だしいと、この尊敬すべき、アイドルの先輩に頭を下げました。
勝負の世界で生きていようとも、真のアイドルは誰かから笑顔を奪ったりしません。
だったら、彼女を殺したのは、アイドルなんかじゃないんです。
ただの人殺しなんです。
ふつふつと怒りが湧いて来ました。
どうして、どうしてなんだろうと。
どうして彼女のような最後までアイドルたろうとした人が死んで、ただの人殺しが今ものうのうと生きているのだろうと。
許せない、許せない、許せな……「ひぃっ!?」
暗い感情に沈み込みかけていた私を引き戻したのは、聞きなれない誰かの悲鳴でした。
振り向けば、そこには髪を後ろで二つに分け、独特なボリュームのある編み方をした女性がいました。
「あなたは……」
確か、
榊原里美と言ったでしょうか。
あの夏の日々より少し前の、アイドル水泳大会にてとても目立っていたアイドルです。
私自身があの頃は、自分以外のアイドルを倒すべきライバルとしてしか見ていなかったので、あまり良く知らない相手なのですが。
「ひっ! い、いや、こ、こな、こな、あ、あああ、ぃぃいあああああ!」
私は怒りのままに悪鬼もかくやという表情をしていたのでしょう。
その上死体を抱いているのです。
榊原里美が恐らく私を人殺しと勘違いしたことも当然のことでした。
だから、これは、この感情は。
「あなたは……アイドルじゃないの?」
「助けて、助けてくださぁいっ」
私の中で鎌首をもたげぬまま消えぬ怒りは。
「あなたは……人を殺すの?」
「お兄様、助けてください、助けてください、お兄様、お兄さまぁ~!」
人殺しなんかと間違われたことへの怒りではなく。
「プロデューサーさぁん、プロデューサーさぁあああああん!」
ただ、ただただただただただ――アイドルなのに、泣いてばかりで何もしようとしない榊原里美への怒りでした。
「いやああああああああああ!」
ゆらりと、私が突き付けた凶器に、榊原里美が一際大きな悲鳴を上げました。
ぱっと見拳銃にしか見えないこれが、殺傷力ゼロの麻酔銃だなんて、彼女は知るよしもないでしょう。
私はそれを無言のままに、彼女へと向けました。
彼女はやはり、悲鳴をあげるだけで、笑顔を浮かべようとはしませんでした。
ロケットを握りしめ、いもしない誰かに、彼女以上に助けを求めているはずのプロデューサーにただ、助けを求めているだけでした。
「あなたは……何もしないの?」
私はすうっと心が冷めていくのを感じました。
燃え上がっていた殺人者への激情とは正反対のこの感情は、きっと、怒りであると同時に、失望と呼ばれるものでした。
「そう……。あなたは……アイドルでも殺人者でもなく、ただの普通の人なんですね」
私の吐き出すかのような呟きに、ぴたり、と。
泣き叫ぶだけだった女性の動きが止まりました。
「ち、ちがぁう。私は、私は、私は、わた、わた」
きっとその辿々しい声が、揺れ動く瞳が、彼女のアイドルとしての最後の矜持だったのでしょう。
でもそれは、今井加奈の死体を安置し、私が取り出した第二の凶器――ナイフの前に消え去りました。
……その程度の、ものだったのです。
「もういいです。あなたなんかがアイドルを騙らないでください。……あなたは、負けたんです。
千川ちひろが用意した、この世界に」
千川ちひろは言いました。
ファンの皆を笑顔にして、幸せにする『アイドル』達だからこそ、殺しあってもらわなければならないと。
もしかしたらそれは、この殺しあいこそが私達、アイドル業界の縮図なのだと思い知らせたいのかもしれない。
アイドルに夢を見る私達に、所詮はアイドルの世界も、頂点を目指して他の全てを蹴落とすだけなのだと、大人の厳しさを教え込みたいのかもしれない。
巫山戯るな。
「私は、負けない。あなたみたいに負けたりしない。千川ちひろにも、殺人者にも、負けたりしない。私は、私は――」
私は、アイドルだ。
その最後の一言だけが、どうしても、言葉にはできませんでした。
アイドルは自分も相手も笑顔にするもの。
けれど、私は笑顔には程遠く、榊原里美を泣かせるだけでした。
それを認めたくないから、私は泣き崩れる榊原里美を今井加奈の死体の傍らに置いたまま、立ち去ることを選んだのです。
私はこれから先も、アイドルか否かを出会う人出会う人へと問うていくのでしょう。
その中でもしもまた負けた人に、或いは千川ちひろや殺人者に出会ってしまったなら。
私は、アイドルとして輝こうとしない、輝かせようとしない彼女達への怒りのままに、何をしでかすか、分かりません。
「ごめんなさい、プロデューサー。ごめんなさい、今井加奈。ごめんなさい、あの夏の日々……」
私はぼうっと空を見上げました。
今は夜で、眩しかったあの夏の太陽は見る影もありません。
「こんなのちっとも楽しくない」
そのことが悲しくて堪らないのに、負けないと誓ってしまった私は涙一つ流すことができませんでした。
【D-7/一日目 深夜】
【岡崎泰葉】
【装備:スタームルガーMk.2麻酔銃カスタム(11/11)、軽量コブラナイフ】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:怒り】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとしてあろうとしない者達、アイドルとしていさせてくれない者達への怒り。
1:私は、負けない
2:アイドルに、逢いたい
※サマーライブにて複数人のアイドルとLIVEし、自分に楽しむことを教えてくれ彼女達のことを強く覚えています。
【D-7 今井加奈の死体の傍/一日目 深夜】
【榊原里美】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1 不明支給品×1~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:???
1:???
最終更新:2019年05月03日 22:12