sweet&sweet holiday ◆yX/9K6uV4E



――――だから、甘く、甘く、切なく。












     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「みんな~ありがとうですぅ~!」


割れんばかりの拍手と喝采を背に、私――榊原里美はステージを後にする。
眩いばかり明かりから、ぼんやりとした暗さの舞台裏へ。
けれど、私はその暗がりが大好きだった。
もっと言えば、暗がりの先に居る人が。

一歩、一歩ずつ。
明るい所から、暗がりへ。
どんどん暗くなるけど、その先に明るい笑顔があるから。
笑顔が明瞭に見えてくるにつれ、私は幸せになっていくんです。

「お疲れ、頑張ったね。里美」

その人は、私に優しく微笑んでくれます。
線の細い男の人、私のプロデューサー。
そっと頭を撫でてくれて、ちょっと嬉しい。

「今日のライブを切欠にもっと里美は上にいける」

そんな事は、思ってない。
ファンの声援は嬉しい。
けど、けれど、それ以上に目の前の人の声援が嬉しい。
だから、私はこうやって、アイドルを続けたいと思ってるんです。
そして、この人の望みをかなえてあげたい。
それだけでいいんです。

「そうだねぇ……里美は頑張ったし、僕から、ご褒美をあげよう」
「ほぇぇ~本当ですかぁ~?」
「うん、何がいい?」

ご褒美。全く考えて無かったです。
いつも、彼から何かプレゼントは貰うけど、私から希望する事は無かった。
だから、どういうものがいいか考えたけど直ぐに浮かばない。
う~んと悩んで、そして思いついたんです。


「そうですねぇ~……じゃあ―――」







     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「……そろそろかなぁ」

それは、それは甘く幸せな休日でした。
私は腕時計を何度も見ながら、人を待っています。

この日の為に準備するのに、時間がかかったけど、それも楽しかった。
お気に入りの彼から貰った可愛い靴。
ふわっとした柔らかいスカート。
髪をすべて覆い隠すような、白い帽子。
蒼いビーズで出来たブレスレット。

練りに練った私の勝負服でした。

だって、初めての『デート』なんだから。

「あ、居た居た……里美!」

呼ばれて、振り向いて。
私は見慣れた笑顔を見て、笑ってパタパタと駆け寄る。
そして

「えへへ」
「え、ちょっと」
「……今日ぐらい、いいでしょう~?」
「……しょうがないなぁ」
「はいですの」

私は思いっきり、腕を組んで歩き出す。
彼は照れたけど、許してくれた。
アイドルとしては駄目だけど、でもとても嬉しいんです。

「デートがご褒美なんて、ビックリしたよ」
「これがよかったんですぅ」
「そっか。里美は何処にいきたいかな?」
「そうですねぇ、美味しいチョコレートを出す店があるそうなんですぅ」
「じゃ、そこにいこう」

だって、デートだから。
これが私が希望したものでした。
私とプロデューサーとの、二人きりでのデート。
ずっと、ずっとしたかったんです。


私の希望を言うと、彼はそっと手を引いてくれました。
そうやって、いつも私を導いてくれて。
いつも、私を護ってくれて。

私は幸せを感じるんです。

今も、手のひらに感じる温もりが幸せでした。




「ほわぁ……甘くて、幸せですぅ」
「うん、美味しい」


チョコレートは絶品でした。
甘くて、ほろ苦くて。
並んだけど、そのかいがあるぐらい。


こういうのを、私はお兄様とやりたかった。
でも、出来なかった、させてもらえなかった。
そのことを思い出すと、哀しい。


けど、今は彼がいて。
私を護ってくれる。
幸せでした。


「ねぇ――さん」
「なぁに?」

でも、彼は、お兄様の代わりじゃない。
最初はそうだったかもしれない。
けど、もう違うと思うんです。


今は、心の底から、幸せで。


こんな幸せな時間をくれる、彼の事が――――



「だいす――」
「っと電話だ……御免ね」
「い、いえ、大丈夫ですぅ」



大好きだといいかけて。
けれど、其処で途切れて。
言葉を続ける事ができなくて。
そして、彼は電話をでに外に出て。
私はカフェに独りになって。


解かってます。
解かってる。


私は――――アイドルだから。



でも、それでも、私は、ただの女の子なんです。




好きな人と、ずっと一緒にいたい。


甘くて、甘くて、幸せな時間を過ごしたい。


大好きな人に、護ってもらいたい。


そう願うのも、罪なんですか?



そう思ったら、切なくなって。



きゅっと、胸に手を当てて。




『きゃー!?』
『交通事故だ!……人が巻き込まれてるぞ!』




そんな声が聴こえて。
えっと思って、窓の方をむうとして。
むく事が出来なくて。


最悪な事しか考えられなくて。





また―――遠くにいってしまう。



また―――だれも、護ってくれない。






いやだ、甘くて、幸せだったのに。


ほろにがくて、切なくても。



幸せだったのに。
大好きだったのに。



幸せな時間が終わってしまう。







いや――――





そこで、私の意識は途絶え―――







幸せな休日は、夢だったのか。
それとも今起きようとしてることが。





「とても簡単ですっ! 此処に居るアイドルみんなで、殺しあってもらいます!」



――――悪夢なんでしょうか?







いや、いや、いやだ。



助けて、助けて、助けて!



私を護ってください。


お兄様。



大好きな―――プロデューサー。


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最終更新:2013年04月22日 23:33