終末のアイドル~what a beautiful wish~ ◆yOownq0BQs
「誰も、いねぇな」
そろりそろりと忍び足で
松永涼は一人、夜の街を歩いていた。
自然と表情がこわばっていく。イングラムを握りしめた手は冷たく、温かみが存在しない。
殺し合いが行われているという事実は彼女の体を通常より固くさせうには十分すぎるくらいの効果を発していた。
「くそっ、ぶるってんじゃねぇよ。アタシ」
日常から非日常へ。
手に握りしめたイングラムが嫌でも非日常を想起させる。
安全装置は解除した。トリガーに指を絡めた。
だが、そこから先がうまくいかない。
他の参加者に合っていないことも理由に入ってるが、銃弾を放つということに涼は強い忌避感を持っていた。
(アタシは誰の為に銃口を向ける? 自分の為? 小梅の為?)
忌避感を持つのも当然のことだ。彼女はごく普通のアイドルであり、すぐに殺し合いに適用できる人間ではない。
むしろ、殺し合いと言われて簡単に乗ってしまう人間の方がおかしいのである。
(こんな様で護れるのか? 小梅を)
虚空に投げかけるが、答えは帰ってこない。
神様は残酷だ、答えは自分で探せとせせら笑っている。
実に、苛つかせてくれるではないか。
「だああああああああああああああっ! わっかんねーー!!!」
どれだけ考えても最適の解――たったひとつの冴えたやりかたは思い浮かばなかった。
乗るか、乗らないか。
誰が為に銃を向けるのか。
どれもこれも、難しすぎて涼には荷が重かった。
「ふざけんな、ふざけんなっ!」
自分はただ、小梅と一緒にアイドルを続けて歌を届けたいだけなのに。
何故こんな目にあわなくちゃいけないんだ。悪いことだってしていない。なのにっ!
涼は顔を渋く歪ませて、夜の街を歩く。
誰でもいいから、他の参加者に会いたかった。
もう、『孤独』は嫌だった。
「……ん?」
涼はふと背後を振り返る。
何か、後ろの建物の影から物音が聞こえた気がしたのだ。
涼はイングラムを向けて声を張り上げる。
「そこに誰かいるんだろっ」
誰かと話せるのが嬉しい半面、出てくるのが殺し合いに乗っていた人物だったら。
涼の心境は複雑だった。もしもの場合は決断を迫られることになる故に。
(頼むから、アタシに引き金を引かせないでくれ……!)
心の中で強く念じながら建物の影から現れたのは――。
「す、すいまえんっ」
自分よりも小さな可愛らしい女の子であった。
おまけに、出てくる時に噛んでいる。
何処の天然サンだよ、と涼はひとりごちる。
だが、一方で安心したという思いもあった。
(こんな奴が乗ってる訳、ねぇよな……)
見た感じ、サンタさんをまだ信じていそうな小さな女の子だ。
おどおどしている様子が小梅と重なって自然と顔に笑みが浮かんだ。
「えっと、アンタは乗っているのかい?」
初めの一言はたどたどしく、そして意味をあまりなさない言葉だった。
あほかーっと涼は心中で叫び散らす。
そもそも乗っている奴が素直にはい、乗ってますなんて言う訳ないだろうが、とぼそっと呟いた。
加えて、馬鹿じゃないんだから乗っている者が真っ正直に姿を現す訳ない。
結論。乗ってない。涼は少女の答えを待つことなくそう決めつけた。
その結論は、次の瞬間。外れてしまう訳なのだが。
「ご、ごめんなさいっ……」
「は?」
頭をガシガシと掻いて銃口を下ろそうとした時、涼は目をぱちくりとせざるを得なかった。
ころころと涼の元へと転がってくる黒い塊。なぜだか知らないが、涼は直感で『ヤバいブツ』だと判断した。
いやいやいや、洒落になんねえよと叫ぶ暇もない。態勢なんて気にせずに、涼は後ろに全力疾走を始める。
できるだけ、あれから離れなくては。普段見せることのない緊迫した表情を浮かべ、疾走した。
数秒後、爆炎と閃光が後ろから涼を舐めつける。
運が良かった。黒い塊をすぐにヤバいものと認識し、逃げていなければ自分はあの世にひとっ飛びだった。
「……畜生」
走る。爆炎が見えなくなる場所まで来ても、涼は走り続けた。
後ろは振り向かない。振り向いてしまったら――死んでしまうかもしれないから。
認めたくない現実が。自分を殺そうとする爆炎が。小柄な少女が。
自分を殺そうと牙をむいているかもしれない。
そう思うと、とてもではないが後ろなんて見ることは出来なかった。
「は、はは……殺し合いはもう始まってるってことか!? 会う奴全員っ、誰も信じられねぇってことか!? なぁ、おい!!」
自然と瞳からは涙が溢れ出してくる。
ファンやプロデューサーに歌を届けたかっただけのささやかな願いすら踏み潰す殺し合い。
信じたくても信じられない環境が憎かった。
手に持ったイングラムが憎かった。
襲いかかってきた少女が憎かった。
「あんな小さな奴が乗るくらいなんだ……アタシ以外は皆、小梅も……!」
信じられない。心の表面ではそう思ってはいるが。
「信じたいよぉ……一人は、嫌だよっ」
信じたかった。誰かを疑うことなんてしたくない。
皆で手を繋いで殺し合いなんてくだらねぇって言い合いたい。
だが、現実は――殺し合いを肯定した。
「プロデューサー……小梅……っ!」
今この瞬間、松永涼は『孤独』だった。
「……逃しちゃいました」
もう一人の少女、
緒方智絵里は広がっていく爆炎をじっと見つめていた。
涼を追いかけることもせず、ただじっと。
(わたしには……向いてないのかな)
気配を隠すことも出来ず、呼ばれたらノコノコと出てしまって。
頑張ってストロベリーボムを投げても人を殺めるには至らない。
これでは落第点を付けられてもおかしくはない。
そもそも、緒方智絵里は元来優しい女の子だ。
人を殺せと言われて、すぐに実行できる程、肝っ玉は大きくない。
(後ろから……これで刺した方が、よかったかなあ)
智絵里がストロベリーボムを使ったのは単に威力がすごいからという理由だけではない。
怖かったのだ。直接相手に危害を加えることが。
アイスピックで突き刺す、それは人を殺す感触を直に味わうということだ。
(怖いって、思っちゃった……助けなきゃ、いけないのに)
殺し合いに乗る決意をしたはいいが、本当に人を殺すという覚悟はまだ定まらない。
優しさ故に、躊躇してしまう。最後の一歩が踏み出せない。
殺すということはそれだけの重みがある。
その人のこれからの人生を奪うということなのだ。
智絵里も重々承知している。それでも。
(絶対に、助けます……プロデューサー)
助けたいのだ。護りたいのだ。愛したいのだ。
禁忌を犯してでも、貫きたい想いがあるから――智絵里は乗ったのだから。
それは友人を蹴落としてでも掴みたい願い事。
誰にも譲れない本気の恋。
(わたし、頑張りますから)
炎の欠片が路地に散っていく。
それは、少女の決意を祝うかのように燦々と輝きを増していく。
(だから、もう一度……わたしの頭を撫でて下さい)
きっと、貴方に辿り着くから。
気弱な少女は揺らぐことはあっても、俯くことはしなかった。
【B-4/一日目 黎明】
【松永涼】
【装備:イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:小梅と合流 小梅を護る? 疑心暗鬼?
1:小梅と合流する。 次に出会う参加者に対してどうする?
【緒方智絵里】
【装備:アイスピック】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×10】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。
最終更新:2012年12月05日 17:09