彼女たちが選んだファイブデイウイーク ◆John.ZZqWo
見上げる夜空には数え切れないほどの星が明るく瞬いていた。
今晩は月明かりが強いが、もしそうでなければもっと多くの星を見れるだろうと
相川千夏は考える。
そして、それを同じ事務所の仲間と一緒に見れればどれだけ楽しいだろうか、
恋するプロデューサーと二人きりでこの空を見上げながら一夜を過ごせればどれだけかと、彼女は思った。
感傷は一瞬で、相川千夏は視点を地上に降ろすと、改めて彼女の出発点であるダイナーの周囲を見渡した。
ダイナーの目の前には一本の道がまっすぐ通っているが、そのどちらの先もこれといったものは何もない。
平坦な道路の脇に等間隔で街灯が立ち並び、その外には背の低い草が生い茂っているだけだ。人の姿も見当たらない。
振り返れば派手なネオンの看板を掲げたオールドスタイルの店舗。そして、白線を引いただけの簡素な駐車場。
駐車場には錆の浮かんだ動くのかどうかも定かではない軽トラックがぽつんと寂しそうに止まっていた。
相川千夏は手元の情報端末に表示される自分の位置を確かめると「なるほど」と呟いてダイナーの中に戻った。
少し重たいガラス扉を開くと、その端にぶら下がったベルがカランコロンと気持ちのいい音を鳴らす。
店内はダイナーらしい縦長のレイアウトで、入って右側にカウンターがあり、左側には4人がけのボックス席が奥まで並んでいる。
つきあたりにはトイレへの扉。その脇に観葉植物を挟んで、年代モノのジュークボックスとこれも年代モノのコカコーラの自販機。
それらはどちらもまだ現役で働いているようだ。
もっとも、コインを持たない相川千夏にはそれらが実際に働いているところを確認することはできなかったが。
天井にはイミテーションかそれとも実際に機能を果たすのかシーリングファンが吊られている。
所謂、アメリカンスタイルのオーソドックスなダイナーだった。
壁にかけられたメニューにもホットドックやハンバーガー、アメリカンクラブハウスサンド、フレンチポテトにアップルパイ。
ドリンクに各種コーヒーとジンジャエール、レモネード――などといったそれっぽいものが並んでいる。
もっともそうでないダイナーというのも想像できはしなかったが。アメリカンでなければここは喫茶店かファミレスと呼ばれる。
相川千夏はカウンターをぐるりと回りこむとその中、そしてその奥へと――拳銃を構え慎重に――入ってゆく。
カウンターの奥はキッチンだ。そこは彼女が想像するよりも少しばかり広かった。
コンクリートが打放しの床にステンレス製の調理台が並び、その上にはさまざまな調理器具が乱雑に置かれたままになっている。
この店の主人はあまり整理整頓が得意ではないようだ――などと思いながら相川千夏はキッチンの中を調べてゆく。
壁際には肉を焼く為のグリルやオーブン、ポテトを揚げる為のフライヤー、そして天井にまで届く巨大な冷蔵庫と冷凍庫。
冷蔵庫の中には分厚いベーコンの塊やブロック状のチーズ、大きな瓶にいっぱいのピクルスなどが入っており、
冷凍庫のほうにはというと、ビニール袋に入った冷凍のナゲットやパティ、ポテトなどがきゅうぎゅうと詰め込まれていた。
牛乳やジュースなんかも日常じゃそう見かけないサイズのボトルで用意されている。
万が一この店の中に閉じ込められても、ゆうに一ヶ月はすごせそうだ――と、相川千夏はそんな感想を抱いた。
キッチンの中には扉が二つ。
その片方、無骨な鉄扉は裏口の扉だった。
開いて外を見ると、そこは先ほど確認した駐車場で、相変わらずぼろっちい軽トラックが寂しそうに止まっている。
もう一方のとりたてて特徴のない扉の向こうには二階へと続く階段があった。
おそらくは居住スペースなのだろうとあたりをつけた相川千夏の想像はすぐに正解だったと判明する。
二階はほとんど壁の間仕切りがない広いスペースで、印象としては彼女が暮らすワンルームマンションの一室と似ていた。
一応は部屋といえるスペースには安っぽいパイプベッドと今時珍しいブラウン管のテレビ、そして頑丈そうな収納棚。
ためしにテレビのスイッチを入れてみるがどのチャンネルも砂嵐で意味があるものは映らなかった。
はしっこのほうにはビニール紐で縛って詰まれている雑誌。洗濯物がつめこまれたプラスチックのかごなんかが見られる。
窓はあったが、どうやらすぐ外をダイナーの看板が塞いでいるようでその機能を果たしてはいなかった。
そのせいなのかこの部屋は随分と埃っぽい。相川千夏は口元を押さえながら調査を続ける。
窓があるほうとは反対の壁際には、あまり使われた形跡のない小さな流しに、缶ビールでいっぱいの小さな冷蔵庫。
壁を回りこんでその奥はかび臭いユニットバスで、脇には年季の入った洗濯機が鎮座している。
洗面台の上に置かれたうがい用のコップには歯ブラシが一本しか刺さっておらず、住人がひとりだということが推測できた。
相川千夏は部屋のほうへまた戻ると今度はベッドの下を覗き込み、クローゼットを開いてその中も確認した。
店舗とキッチン、居住スペース。どこを調べても人はおらず、どうやらやはりこのダイナーにいるのは自分ひとりだけらしい。
それをようやく確認し終えると、彼女はここでファイブデイウィーク(効率のいい仕事と休息のバランス)を選択した。
キッチンに下りた相川千夏は裏口の扉に鍵をかけ、入り口の扉にもうひとつ店舗の壁にかかっていたベルを付け足すと、
店舗側からは見えないキッチンの隅に椅子を置いてゆっくり腰を下ろした。
ここは待ち伏せをするにはベストスポットだ――そう彼女は考える。
このダイナーの前を横切る道路はこの島の北部にある東西の市街をつないでいるが、
それはつまりその市街から市街へと移動する際には必ず通りかかる場所だということになる。
そして、その何者かが他人との遭遇を、あるいは休息を欲しているのならこのダイナーを無視して通り過ぎることはないだろう。
また、例え素通りされたとしても困ることはなにもない。
ともかくとして、その何者かは間違いなく表の扉から入ってくる。
その何者かが慎重、あるいは卑劣な人物であり裏口から入ろうとしても鍵がかかっているからだ。
裏口に鍵がかかっているのはなにも不自然なことではない。となれば、やはり表の扉しか入ってくる入り口はない。
そして、確実に気づけるようにベルの数を増やしておいたので、それはキッチンの奥からでも容易に察することができる。
後は簡単だ。何者かが入ってきたならキッチンから顔を出して銃で撃てばいい。隠れられる場所は少ないので難しくはないはずだ。
もし、相手も武器を構えていたり簡単には殺せそうもないというならそれはそれで方法がある。
店舗のほうへと爆弾であるストロベリー・ボムを投げ込めばいい。
投げた後はすぐに裏口から駐車場へと避難すれば、自分がその被害を受けることはないだろう。
しかし、相川千夏は待ち伏せ戦法を徹底するつもりはない。これはあくまで最初に休息を取る為の保険だ。
この殺し合いは長期戦になる――と彼女は推測している。それは間違いなく、少なくとも丸一日程度では終わらないはずだと。
だとすればどこかで休息をとる必要がでてくる。逆に言えば、他のアイドル達もそのうち疲弊して休息をとろうとする。
では、確実に他のアイドル達を狩っていくのならば、最初に休息をとってスタミナ的な優位性を得よう。
それが相川千夏の発想であった。
とりあえずは最初の放送があるという6時まではここに留まる。
その後、6時間はアクティブに他のアイドルとの接触を狙って動き、また6時間後には成果がなくとも休息をとる。
それを最後まで繰り返す――これが彼女の選んだファイブデイウィーク(効率のいい仕事と休息のバランス)だった。
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相川千夏は浅めに椅子へと腰かけ静かに目を瞑る。
アイドルとしてそれなりの経験をつんだことで細かく休息をとる方法は習得していた。
静寂と暗闇の中で考えるのは自分と同じ立場であろう四人の少女のことだ。
どの子も、人を殺害できるのかというとそう簡単ではない気がする。
ひょっとすれば、こんなに冷静に他のアイドル達を殺そうと考えているのは自分だけで、他の子らは逆のことを考えているのかもしれない。
智香はこんな状況にくじけそうになっている子を応援し励ましているかもしれないし、
響子はいっしょにプロデューサーを助けようと他の四人を探し回っているかもしれない。
智恵里がどこか暗がりの中で泣いている姿なんかは簡単に想像することができる。
そして、唯はどうだろうか――?
大槻唯。その豊かな金髪と蒼い目が印象的な、プロデューサーが会わせてくれた自分とは全く違う女の子。
彼女とは別に公式でユニットを組んでいるというわけではない。
しかしかなりの頻度で仕事先は同じになる。おそらくはプロデューサーが意識してそう仕事を割り振っている。
初めて一緒に仕事をしたのは彼女へのヘルプで、最初はうまがあうとは思っていなかった。
彼女はその年頃の女の子らしく、思いつきで行動し、めんどうや努力を嫌い、なにをするにしてもルーズだ。
なので、最初は彼女に対するお目付け役として自分があてがわられているのだと理解していた。
しかしその仕事が終わる頃には考えは逆になっていた。
彼女はやはりその年頃の女の子らしく、明るくあることを常とし、はじめてのことにもポジティブで、なんに対しても正直だ。
彼女こそが自分にあてがわられているのだと理解し、それを受け入れるのは思いのほか気持ちのいいことだった。
そして今では無二の親友だと思っている。
むこうはともかくとして自分は今、彼女ほどにいっしょにいて、見ていて楽しい友人はいない。
彼女は常に新しい刺激を求め、それを私に与えてくれる。
オフの日に彼女に紹介されるスポットはどこも今までに行ったことのない場所だし、
逆に私がいつも行く場所に彼女を連れて行けば、私では思いもよらぬ方法で新しい発見をもたらしてくれるのだ。
最後にオフを一緒にすごしたのはいつだったろうか。そう、確か五日ほど前のことだ。
いきつけのカフェで「家で本格的なコーヒーが飲みたい」という彼女にコーヒーを選んであげた。
淹れ方は知ってると言っていたけど、さてその感想はまだ聞いていない。おそらく、もう聞く機会は訪れないだろう。
彼女もプロデューサーの為に殺人を決心しているだろうか? もしそうなら少しだけ気が休まる。
もし彼女が目の前に現れた時、殺しあいはいけないなんて言われれば、
きっと私は迷い、それでも彼女を殺して、そして大きく後悔するだろうから。
それほどに私は彼のことが大切なのだ。親友を殺してもしかたないと思えるほどに。
この決心はたとえ
千川ちひろの話がなくとも変わりなかったはず。あの話がなくとも、私は今ここで同じ決断をしただろう。
数え切れないほどにこの運命が繰り返されたとしても、その度に変わらない決断をしただろう。
「……ごめんなさい」
先に謝るなんて卑怯だけれど、きっとその時にはこんなことは言えないだろうから。
ごめんなさい、唯。
私はあなたであろうと殺すわ。
他の誰であろうと、私には私と彼以外に優先するものはないのだから――。
【B-5 ダイナー/一日目 深夜】
【相川千夏】
【装備:ステアーGB(19/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×11】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:6時まではダイナーで待ち伏せしながら休憩。
2:以後、6時間おきに行動(対象の捜索と殺害)と休憩とを繰り返す。
最終更新:2013年01月13日 18:40