アイドルの王女様 ◆U93zqK5Y1U
真夜中のハイキングみたい。
古賀小春がそう評した道中は、海の見える島の北端で止まった。
「灯台、つきました~」
「ちょっと、ずいぶん古そうじゃない。大丈夫なの?」
「でも、他におやすみできそうな場所はないよ~?」
「まぁ、今から町まで歩くのは面倒くさいわね……」
イグアナを抱っこしてヘッドランプをかぶった少女、古賀小春。
二挺拳銃をガンベルトに装備した少女、古関麗奈。
アイドルというよりアクションドラマの子役に近い格好をした少女たちは、初めて訪れる灯台という施設を「うわぁ……」と見上げた。
遠くの海までまばゆい光を届けるはずの灯塔は、既に廃棄されたのかあらかじめ機能を止められているのか、真っ暗に沈黙して空の闇に飲まれている。
おかげで冷たいコンクリートの塊になってしまった塔の周囲をすっぽりと包むようにして、レンガ造りの居住施設が構えていた。
「よかったね、れいなちゃん。鍵、かかってないよ~」
「……って、待ちなさいよ! そのランプを点けたままだと、敵に気取られるでしょうがっ」
どこか眠れそうな場所を探しましょうというのが、小春の提案した灯台を目指す理由だった。
麗奈は始めのうち「フンッ、夜は寝なきゃなんて、小春はお子サマね!」と反対したのだが、
「でも、睡眠不足は若いお肌の大敵だってプロデューサーさんが言ってたよ~?」という言葉を聞き、思うところがあるように考え込んで、「しょうがないわねぇ……」としぶしぶ頷いた。
「流されてるわけじゃないからね? これは戦略的休息なのよっ」と、誰も聞いていないのに呟いて、うんうんと頷く。
麗奈にしたって『早くザコザコアイドルを殺さなきゃ、人質にされた下僕(注、プロデューサー)が何かされるかも』という不安はあった。
しかしだからこそ、『自分がひとつ間違えれば、下僕があの見せしめみたいにな殺される』とは思いたくない。
思い出せば、ちひろは『反抗すればプロデューサーを殺す』と言ったのだ。
だから、休めるうちにしっかり休もうとしたぐらいで、人質を殺されることはないはず、たぶん。
「よし。アンタ、先に建物の中を探して、誰もいないか確かめてきなさい。あと、ベッドがあるか確認。
これは命令よ。下僕は命令を聞くんだからね」
「は~い分かりましたぁ~」
小春は嫌な顔ひとつせずに頷き、イグアナを抱えたまま宿舎へと入って行く。
バタン、と音をたててドアを閉めきった小春は、そこにいるかもしれない先客が襲いかかってくる危険など、想像もしていないのだろう。
麗奈は道の脇の木陰にひそんで、にやりと得意げな笑みを浮かべた。
「先に斥候を放つなんて、我ながらナイス判断だわ。
もし、中に銃を持った敵がいたって、撃たれるのは小春なんだから……」
そう、うっかりそこらへんのザコにやられてしまわないように、麗奈は知恵を尽くすのだ。
その為にも、下僕として扱うと決めた小春はこき使わないといけない。
撃たれて死ぬかもしれない場所に、送り出すことだって……。
ベルトに吊られた拳銃の重みを、ずしりと腰に感じた。
それを撃てば、小春は血を流して動かなくなって、取り返しのつかないことになると思うと、どうしても殺せなかった。
今の麗奈を誰かが見たら、どう思うだろう。
脳内再生されたのはザコザコアイドル筆頭、自称正義のヒーロー
南条光の叱責だった。
――やめろよ、レイナ。お前は悪党だけど、人を殺したり死なせたりなんかしないはずだ!
そんな悪事をして、プロデューサーが喜ぶとでも思ってるのか!
強く咎めるような友だちの視線が、麗奈を真剣に見据えて――
「ふ、フンだ。南条はいい子ちゃんね。プロデューサーなんて、アタシの下僕なの。
下僕は主人が決めたことに絶対服従なの! だから、アイツが反対したって……」
そうだ、いつだって、麗奈が女王様、プロデューサーが下僕でやってきた。
だから、アイツが喜ぶかどうかなんて気にかけたりしない。
ただ、麗奈をどうしても不安にさせるのは……。
「れいなちゃん、こっち来て~。すごいよ~っ!」
間延びした大きな声が、真上から聞こえて来た。
真上から……?
見上げると、下僕その2である小春が灯塔の上の方にある小窓から顔を出して、手をぱたぱたと振っていた。
宿舎の通路から、灯台の内部に入れるようになっていたらしい。
「ちょっ……! そんな大声を出してるんじゃないわよ。周りに敵がいたらどうすんの!」
「でも、景色がすごいよ~。町の方まで見えるの。それでね、町の中がなんだかおかしいの」
「町が……?」
なるほど、モバイルで見た限りでは町があった。ずっと南の方に。
その町の様子がおかしいというのは、この殺し合いにかかわる『何か』が起こったということかもしれない。
何が見えるのか聞き返そうとして、大声で会話を続けるより見た方が早いと気づく。
「ちょっとそこで待ってなさいよ! 命令だから!」
『夜の景色が見える』という好奇心と、『こんな森の中より灯りのある町の方が何か見つかりそう』という13歳の少女らしい欲求も手伝って、麗奈は小春のいる場所を目指した。
「ハァ、ハァ、ハァ。やっと着いたのね……っていうか小春、なんでアンタは同じ階段をのぼったのに涼しい顔してたのよ!」
「小春はヒョウ君を抱っこして歌ったり、お姫様の衣装で踊ったりしてるから~、トレーニングしてるのです」
「あぁ。そういえば、アンタの衣装って無駄に重たそうだったわね」
灯台の内部には最低限の照明塔があり、外から見るよりは明るかった。
内側をらせん状に伸びる階段も手すりがしっかりしていて、高所恐怖症でもなければそんなに怖くない。
しかし、小春のいる高さまでのぼるにはそれなりの労力を必要としたのだった。
息切れする麗奈の背を、小春がとんとんと叩くようにさする。
やっぱりこんなところまで登るんじゃなかった。
そう思った麗奈だけれど、小窓から顔を出して『町』を見てしまえば、それどころではなくなった。
「あれ……火事じゃないの?」
「れいなちゃんもそう見える~?」
点々と存在するさびしい町の灯より、その火の手はもっと明るかった。
赤々と。
煌々と。
映画でしかみないような、炎の巨大な塊だった。
火の手の先っぽの部分らしい『赤』が、夜空に爆ぜるのが見えている。
その『赤』が爆ぜた先には、黒煙がもくもくと上空に吹き上がる。
たき火で目にする白い煙とは比較にもならない、真っ黒な毒ガスじみた煙の束が煙たそうに噴出する。
「ねぇ、小春……どうして、あんな火事が起こったんだと思う?」
「ストーブを倒したから、じゃないよね。そんな季節じゃないもん」
「馬鹿ね……。放火に決まってるじゃない。誰か……殺そうとしてるやつが、あんな」
あんな火事の近くにいればどうなるのか、巻き込まれて、熱と火を浴びてしまうのが怖い。
こんなに遠くからなのに、怖くて圧倒される。
景色が赤く染まるほどの『爆炎』というものを、2人は初めて見た。
「やっぱり、いるのよ。殺し合いしようってやつが、アタシ以外にも」
「え? ……れいなちゃんは、違うよね?」
「アタシもそうなのよ。だってレイナ様は、『手段を選ばない女』なんだもの」
きょとんと見つめてくる小春とヒョウ君の4つの瞳が、今はひどく後ろめたかった。
殺し合いに乗っているアイドルは、いる。
いつもはみんな、卑怯な手段はダメだと自分をたしなめてくるのに。
ほかのアイドルを蹴落とすために一服盛ろうとするアイドルなんて、麗奈しかいなかったのに。
いつも悪いことを叱ったり、生暖かい目で見たり、たまに一緒に遊んだりする奴らの誰かが、殺し合いをしている。
それも、あんなに大きく建物を燃やすほど、スケールの大きな悪いことを。
それは、みんながプロデューサーを人質に取られているから。
みんなが『プロデューサーを殺す』と脅されているから、手段を選ばなくなってしまったのだ。
殺し合いに乗らなければ、最初に死んだプロデューサーみたいにされる。
首から上が、あんなことになって、あんな赤いことになって、あんな臭いがして、あんな死体になって……。
「もう、いいわ。あれを見てまだ甘いことを言うなら、小春はいらない」
「え、家来じゃなかったの?」
悪いやつに、ならなければ。
ほかのザコザコアイドルまでもが悪いやつになるなら。
レイナ様はもっともっと悪い人間にならなければ、負けてしまう。
負けたら、アイツがあんなことになる。
「もう、いらないのよ。ご主人様と下僕の約束は解消。
どーせ、アンタに人を殺すのなんか無理でしょ。だったら足手まといだわ」
「でも、れいなちゃんは小春を殺さないんでしょ? だったら小春は、下僕じゃなくなっても付いて――」
「付いて来ないでって言ってんの。休みたきゃアンタだけで休んでなさい。
レイナ様はその間にバリバリ仕事して、他のザコを殺してくるんだから」
我ながら、なかなかクールに言ったと思う。
それを誇るには、今は余裕がないけれども。
「どうしちゃったの? れいなちゃんは女王様志望なんだから、人を殺しちゃダメだよ。
それにそれに、今までれいなちゃんが悪いことをして成功したことってなかったような……」
「う、うるさいわねっ。今を生き延びないと、女王になれないでしょうが。
アイツだって……生きててくれなきゃ何にもならないし……」
麗奈が勝ち残ったとして、プロデューサーが喜ぶかはわからない。
ううん、喜ばなかったら心が痛むけれど、実は『会わせる顔がない』と感じる理由はほかにある。
だけれど、それだってプロデューサーが死んでしまったら何にもならない。
わがままで女王様なレイナ様のプロデュースがつとまるのは、アイツしかいないのだから。
「待ってよ、れいなちゃん!」
階段を下りかけていた麗奈の腕を、小春がつかむ。
「よく分からないけど、一人になろうとしてるんだよね。そんなのダメだよ」
「分からないなら止めないでよ。一人になったってアタシの勝手でしょ」
自分を見る小春の目に少しも曇りがなくて、けれど心配そうなのが、なんだか苛々とした。
「でも、こんなところで一人になったらさびしいよ? 人を殺すのだって、れいなちゃんには辛いよ?」
答えたくない。
腕を振り払って、小春に背を向けて歩き出した。
すぅ、と小春が息を吸い込んで、言葉を発しようとする気配を感じたけれど、どんな言葉で止められたって振り返るもんかと心に決める。
小春はいい子なんだから、悪い奴と一緒にいるべきじゃないんだ。
「そんなことしたら、れいなちゃんのファンはもう応援してくれなくなっちゃうよ!」
ピタリ、と。
その瞬間、足を動かすのを忘れた。
「辛いことを無理してがんばっても、楽しくないし、きっと幸せになれないよ。
ファンの人たちも、プロデューサーさんも、そんなれいなちゃん見たくないと思うの」
応援してくれない。
その言葉が、麗奈の一番気にしていたことを抉りぬいた。
「アイツは……プロデューサーは、目的のためならなんだって努力するアタシが偉いって言ったのよ」
「でも、カエルのいたずらの時は、れいなちゃんを叱ってたよぅ。
プロデューサーさんが好きなのは、本当に悪いことはしないれいなちゃんだと思うの~」
悪いことをすれば、だれも麗奈を応援しない。
それはそうなのだろう。人を殺せば『犯罪者』になることだって、小学生でも知っている。
そして世の中はアイドルが『犯罪者』になると、普通の人が『犯罪者』になるよりも、ずっとずっと嫌われて酷いことを言われる。
そういう風にできていることを、麗奈はテレビで見て知っている。
喜ばれなくたっていい。
でも、嫌われるのはいやだ。
麗奈のプロデューサーは、わがままで策略家で、いたずらをする麗奈のありのままを認めてくれた男だった。
たぶん、他のプロデューサーならああはいかない。
でも、ホイホイ言うことを聞くだけの男ではなかった。
度を過ぎたいたずらをすれば叱られたし、他のアイドルを妨害しろと命令した時は優しくたしなめられた。
クラスメイトからもわがままな女だと思われて失笑を受けていた麗奈に、居場所ができた。
小春とか、南条光とか、千佳とか、喧嘩するけれど一緒に遊んだりする友達だって、できた。
汚い姑息な手段が使えるのは、悪いことをしても皆から嫌われないからだ。
プロデューサーを悲しませたくないのではなく、嫌われたくないという自分本位の考えをしている麗奈は、南条(※さっきの妄想)と違って、きっと悪い奴なのだろう。
しかし、手段を選ばないのもアイドルとしての在り方ならば、嫌われたくないのもまたアイドルだと小春は言っていた。
「小春は、何ができるか分からないけど、ずっとそばにいるよ。
れいなちゃんが嫌われアイドルにならないように、味方するよ~」
ヒョウ君だっているもん、と、イグアナを麗奈に向かって差し出してくる。
「う、うぅ。うぅぅぅぅ…………」
勝ちたいのに。負けたくないのに。
レイナ様に「アタシの負けよ」と言わせた古賀小春がそこにいた。
なんでこんな奴が友達なんだろう、とレイナは脱力感を覚える。
「しょ、しょうがないわねぇ。小春がそんなにアタシのそばにいたいなら、いてあげるわよっ……」
小春と目を合わせずに、言葉のキャッチボールになっていないことを口走って。
麗奈は手だけをのばすと、イグアナの頭をおそるおそる撫でた。
@
古賀小春には、たいせつな思い出がある。
「朝になったら、どうするか考えましょ~」と宿舎のベッドに二人と一匹でもぐりこみ。
うつらうつらしながら、小春は思い出を反芻していた。
それは、たまたまプロデューサーさんの都合が悪くて、初めて一人で仕事したときだったと思う。
うまくいくか分からなくて緊張していたから、とてもうれしかった。
プロデューサーさんには、はしゃいだ声で「初めてファンに応援してもらいました~」と報告したけれど。
本当はとても嬉しすぎたからこっそり泣いたことを、ヒョウくんだけが知っている。
その時に、古賀小春という子どもアイドルは悟ったのだ。
応援されるのは、こんなにうれしい。
みんなから応援される、人に好かれるアイドルになりたい。
耳年増なれいなちゃんは「愚民は飽きっぽいから、凡俗なアイドルはすぐに忘れられちゃうわよ」と言っていた。
だからレイナ様は世界的なアイドルになるために色々するんだとか話は続いたけれど、たとえ一時でもすごいことだと思う。
アイドルにならなければ自分を知ることもなかったはずの人たちが、人生の一時の時間を費やしてまで、自分を見てくれる。
魔法にかかっているみたいだった。
もちろん、遊びじゃなくてお仕事なんだから、「疲れた~」とか「きつい~」とか「緊張する~」とかもあったけれど。
たった一言でも応援の言葉をもらうだけで、そんなの全部吹き飛ばすことができた。
みんなから元気をもらえるから、いつだって幸せ。
だから、お返しに幸せをあげるのがアイドルなのだ。
自分が持っていないものを、だれかにあげるなんてできないんだから。
そういうことだから、れいなちゃんにも、辛い悪事をしてほしくない。
ヒョウ君から元気をもらえる自分でさえ怖かったのだから。
ぺろぺろする相手がいないれいなちゃんは、もっと不安に違いない。
なら、れいなちゃんには自分がついていたほうがいいに決まっている。
元気をあげられるように。恐怖に勝るだけの何かを、あげられるように。
ピンと来ないけど、古賀小春はアイドルとしてここにいるらしいのだから。
「アイドルって楽しいもんねぇ~、ヒョウくん」
もはや寝言とも判断がつかない、むにゃむにゃとした声のささやきをヒョウ君だけが聞いていた。
【A-8 灯台/一日目 黎明】
【
小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康、睡眠中】
【思考・行動】
基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
1:朝まで寝る。起きてから考える。
2:殺し合いをしなきゃいけないんだけど…。 ただし、小春は殺さない。
【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康、睡眠中】
【思考・行動】
基本方針:れいなちゃんと一緒にいく。
1:朝まで休む
2:れいなちゃんを一人にしない
最終更新:2012年12月31日 18:24