彼女たちは袖触れ合うテンパーソン ◆John.ZZqWo
真っ黒な空のキャンバスを踊り狂う赤色が塗りつぶそうとしていた。
地上から立ち上る激しい炎は地獄から伸ばされた悪魔の舌のようで、その舌先は天の星を絡めとらんと揺れている。
熱くて熱い、なにもかもを燃やしつくしてしまう炎。
その前に街の住人らが集まっていた。
星の瞳の大きな子供と、猟銃を構えた狩人と、壷を抱えた職人と、厳しい裁判官と、袖をたらしたおばけと、鎧のお姫様。そして羊。
そこで行われているのは裁判だった。咎められているのは火を放ったことではない。彼らは魔女を探しているのだ。
厳しい裁判官は魔女を見つけたなら炎の中に放り込んでくべてしまおうとしているのだ。
ひとりひとり、全員がその身の潔白を彼の前で宣誓しなくてはならない。
厳しい裁判官が皆を睥睨する。最初に手をあげたのは――……
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「よくこんな状況で熟睡できるわよね」
小関麗奈はベッドの中でイグアナを抱いて丸まっている
古賀小春を見つめながら小さな溜息をこぼした。
同じく寝床についた小関麗奈だが、彼女はどうしても寝つくことができないでいた。
いや、それが普通だろうと彼女は思う。
いつなにがあるとも限らないこんな状況で眠れるなんて感受性が鈍いだけで自分が劣っているわけではないと。
扉に鍵がかかっているかを二度も確かめ、どこかに開いている窓がないかと家屋の中を一周してきた自分は慎重なだけで決してビビりではないと。
いやそれどころかむしろ逞しい想像力の賜物だろうと。あらゆる危機を想定できるだなんて「さすがレイナサマ」だ。
「なにかプランはあるんでしょうね……?」
眠る彼女の寝顔が安らかすぎてそんな嫌味がつい口から出てしまう。
どうしてこの子はここまで気楽でいられるのだろうか。いや、そうだ。この子はまだ人が死ぬところをまだ見ていないのであった。
だからこそいつもとなんら変わりないのだろう。
ならば翻って自分はどうなのかと小関麗奈は自問する。
堅くざらざらした道路の上で目覚めた時、それからバックの中から二丁の拳銃を見つけた時、必ずこの“Liveバトル”に勝つと誓った。
しかしそれは本当に前向きな決断だったんだろうか? 人を殺さずに耐える――そこからの逃避ではなかっただろうか?
じゃあ試してみればいい。簡単な想像だ。発想、想像力、インスピレーションに優れたレイナサマならわけはない。
寝ている古賀小春のこめかみに銃口を当てて引き金を引く。それだけで一勝が得られ、小関麗奈は優勝へと一歩近づくことになる。
古賀小春は頭から血を流して死ぬだろう。
もう起きることはなく二度と小生意気な口を聞くこともないだろうし、気の障るような笑い方をすることもなくなるだろう。
足手まといも処分できる。一石二鳥どころか三鳥だ。さすがレイナサマの仕事だ。
「うぅぅ…………」
小関麗奈は立ち上がるとベッドから離れる。枕元に置いたガンベルトが目に入ったが、しかし今は触れたくもなかった。
どこへ行こうか、離れたくはない、しかし今は彼女の傍にいたくない。逡巡し、小関麗奈は灯台の上へと続く階段に足を乗せた。
カツンカツンと音を立てる螺旋階段を手すりにしがみつきながら上る。
「………………………………」
頂上へと出ると海へと向かって吹く風が気持ちよく肌をくすぐって、嫌な気持ちもすこしは流してくれた。
だが、その風はすこし焦げ臭い。
「なんだかさっきよりもひどくなってるような……」
視線の先、町並みのジグザグしたシルエットが赤色の中に浮かび上がっている。
まだ火事は――といってもそれほどの時間が経ったわけではないが、収まっていないようだった。それどころか、勢いを増しているように見える。
灯台の頂上からだと炎は麗奈の小指の先ほどの大きさにしか見えないが、ゆうにビルをひとつ飲み込むほどはあるだろう。
周囲へと延焼も始まっているのかもしれない。もしかすればこのままあの街は全部燃えてしまうのではとも思えた。
「街に向かわなかったのは正解だったみたいね」
案外、この灯台にひきこもっていれば労せずして勝利が得られるのではないだろうか。
古賀小春とふたりきり(とイグアナつき)でくだらない会話をしながら殺しあいのことを忘れてすごす。
そうすれば彼女相手にイラつくこともなくなるだろう。嫌なことを前に無理をする必要もなくなるだろう。その発想は実に甘美な誘惑だった。
「あまいってのよ……! アタシが小春によってってどうするの」
小関麗奈はぶるぶると首を振って甘えきった妄想を振り払う。
古賀小春はしっかりしてるけどしっかりしていない。自分はしっかりしていないけどしっかりしている。
人間の尊厳やアイドルとしての矜持という部分と、この過酷な現状に対する認識と覚悟、“どちらかだけでは絶対駄目”だ。
「そうよ……、そうよ、認めるわよ小春。でもね、あんただってこのレイナサマがいないとなにもできないんだってこと――」
思い知らせてあげるんだから、と口の中で呟いて小関麗奈はにっと笑った。
瞬間、胸の中にあった気持ち悪いもやのようなものも晴れた気がする。
「アタシはレイナサマなんだからね」
どうやら今度は気持ちよく眠れそうだと小関麗奈は踵を返す。そして階段に足をかけたところでふと街のほうを振り返った。
「そういえば、えっとあの……きらりってのはどうしてるのかしら?」
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「ふぅあー! 火がもえもえですぅごッいー!」
爆音を聞き、肇を
自転車の後ろにのせてそこへと向かっていた
諸星きらりだったが、目に映る光景は彼女の予想を遥かに超えたものだった。
視界を通り過ぎてゆく建物の隙間からは今までに見たこともない巨大な火柱が覗いている。
まるでビルひとつがそのままキャンプファイヤーになった、そんな光景だった。
どうしてこうなったんだろう? もしかしたらあそこで助けを待っている人がいるかも?
ビルの屋上や窓から逃げ遅れた人が手を振っている――そんな光景を頭に浮かべるとペダルを踏む足にも力がこもる。
「きらりんぱわー! ふるすろっとるぅぅううううぅぅぅうううううう☆☆☆」
きらりんぱわー☆に、普通のものよりも小さめな折りたたみ自転車のフレームが軋み、チェーンがギリギリと悲鳴をあげた。
しかしそれらよりも大きな悲鳴をあげたものがある。いや、ものではなく人だ。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!」
諸星きらりがペダルをこぐたびに姿勢は波うつように大きくゆれ、またそのイメージからかけはなれた速度で走り、急ブレーキ急カーブも遠慮ない。
そんな暴走とも言える運転に搭乗者――いや、辛うじて背中にひっついているだけでしかない
藤原肇は力の限りの悲鳴をあげていた。
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「……………………?」
街をそのはずれに向かって歩いていた
和久井留美は悲鳴が聞こえたような気がして、一度足を止めた。
今来た道を振り返る。だが振り返ったところでただの道だ。しんとした光景が広がるだけでなにがあるわけでもない。
「気のせいかしら……」
耳を澄ましてももう悲鳴は聞こえない。風の音でも聞き間違えたか、それとも緊張からくる幻聴なのか。
でも悲鳴は本当で、またどこかで獲物を誰かに先取りされてしまったのかもしれない。
だとすれば悲鳴をあげた者、そして悲鳴をあげさせた者を探すべきだろうかと和久井留美はすこし考える。
しかし遠くに見える炎を見て和久井留美は首を振る。
あれは人を呼ぶ。自分も呼ばれたひとりだ。そして人を集めすぎる。
ゆえにまだこの周囲に獲物がいくつか残っているとも考えられるが、同時に自分のような狩る側の人間も少なくないはずだ。
ここに留まればまだ成果が得られるかもしれない。けど、立ち去ると決めたのが和久井留美の決断だった。
今は“ライバル”との競争はしない。賭けているのは自分とプロデューサーの命だ。なので無理をすることだけはできない。
今、必要なのは確実に勝てる相手から始末し、少しでも有利になる武器を増やすこと。
その気になっているライバルと決着をつけるのはそれができてからでいい。
ここでライバルとの対決を避けることは、そのライバルに狩場を譲ることと同義とも言え、そこに不安を感じない和久井留美でもない。
しかし逆にここでライバル同士の潰しあいがあるかもしれないと期待することもできる。
あくまで、重要なのは最後まで生き残ることだ。別に殺した数が多いからといって誰かに褒めてもらえるわけじゃない。
むしろ殺さなくてすむならそれにこしたことはない。理想とするのは自分が何もしないうちに他が潰しあい、きれいな身体で生き残ることだろう。
もっとも、すでに手を汚している身ではそれももう叶わない夢でしかないが。
ともかくとしてもう失敗はできない。
白坂小梅が投げたのが爆弾ならもう死んでたし、その後でただの子供だという最も取りやすい獲物を取りそこなっている。
もし次に大きなミスを犯せば、その時にこそ死んでしまうのではないか。そんな予感もあった。
「焦らない。確実に。集中する。殺せる相手は殺す。自分の命が最優先。欲張らない。武器が手に入ったらもう最後まで待てばいい」
ひとつずつ自分に言い聞かせる。冷静に、客観的に、ステージの上に向かう時と変わらないと自分に思いこませる。
不安はいらない。高揚する必要もない。あらかじめ決めたことを間違いなくトレースする。これはいつもの仕事となにも変わらない。
「仕事とあらば完璧にこなしてみせるわ」
例えそれが殺人であろうとも。
道なりに進み、建物もまばらになってきたあたりで和久井留美は情報端末を取り出して現在位置を確認する。
表示されている位置は北東の街の、その西端のあたりだ。そのまま道なりに進めば南の街に通じ、途中、キャンプ場の前を通ることになる。
「そうか……」
和久井留美は自分が取るべき戦略に気づく。
すでに自覚がある通り、目立つ場所で成果を多く求めるのは今の場合間違いだ。
つまり、ならばその逆を取ればいい。
地図上にあるキャンプ場はポツンとしていてあまり人が集まりそうにない。ライバル達もあまりここには目をつけないだろう。
だからこそ、何者かが――たまたまここに辿りついただけで逃げたり隠れたりすることしかできないネガティブで消極的な人間がいる可能性がある。
人と会いたくても震えるだけで積極的にはならず隠れていることしかできない臆病な子――それこそが狙うべき獲物だ。
「天文台は行って戻ってくるには遠いか……いや、それでも行く価値はあるわね。灯台や牧場も……」
和久井留美は冷静に地図を精査する。すでに新しい方針は決まった。
始まってからろくに動けないか、人を信頼できずひとりで引きこもっている、そんな人間、そして彼女らがいそうな地図上のポイントを回って行くことだ。
はずれを引く可能性も高いが、リスクは極めて低い。リスクの低さは命がかかっている以上、もっとも重視されるべき要素である。
することが決まれば不安も消え去りいくぶんか身体も軽くなる。
和久井留美はショットガンを構えなおすと、しっかりとした足取りでひとつ目の目的地であるキャンプ場へと足を進めた。
夜空を焦がす炎を背に、目の前の長い影を追うように和久井留美はひとり街から去ってゆく。
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「すごい……」
燃え上がる建物を見上げ、藤原肇は見たままの感想を口から零した。
目の前にあるのはごうごうと、そしてときおりバキバキと破壊の音を立てて燃え上がる火柱だ。
元は5階か6階立てほどのビルだったのだろうが、わずかに炎の向こうに影が見えるくらいで今はそれが元々がどんな建物だったのかはまったくわからない。
「ふぇー……」
隣に立つ諸星きらりもただ驚いているだけで、藤原肇よりも二回りは大きな彼女の存在も目の前の光景に比べればとてもちっぽけに見える。
30メートルは距離をとっているというのに伝わる熱は肌をじりじりと焼くように熱い。まるで火を入れた窯の中を覗いているみたいだと藤原肇は思った。
「えっと、どうするんだにぃ……?」
どれくらい二人で呆然としていただろうか、諸星きらりがそう口を聞き、そこでようやく藤原肇は圧倒される光景から思考能力を取り戻した。
とはいえ、彼女もなにか目的があってここに来たわけではない。ただ気になったから来ただけで、なにをすると言われても返答はできなかった。
もしもっと火勢が弱ければ消火を考えたかもしれないが、もはやこの状況では例え消防車があっても火は消せないだろう。
「は、早くここを離れたほうがいいんじゃ……、いや、そうじゃなくて――」
こんなに目立つのだから他にも誰かがここに来るかもしれない。だからそれを探しましょう。そう言いかけたところで突然爆発が起きた。
「にょわっ!」
「ひゃっ!」
ズンと響く音とともに火柱の一部が膨れ上がりそこから小さな火柱が吹きあがる。
まだそこに残ってた窓が窓枠ごと吹っ飛び、くるくると回転しながらアスファルトの上に落ち、派手な音を立ててバラバラに四散した。
それを目で追って、その近く、ビルの正面からすこし離れた場所に“何か”が落ちているのに藤原肇は気がつく。
それは黒い煤の塊のようなものだ。蝉の抜け殻のように丸まっていて、人間くらいの大きさで――そこまで気づくと彼女はもう走り出していた。
照りつける熱波も忘れてその人の形をした煤の塊に駆け寄ろうとする。
「だめ――ッ!」
だが三歩も足を踏まないうちに藤原肇の足は空を切る。後ろから諸星きらりに抱えあげられたのだと気づいたのは一瞬後だ。
「あそこにいったら肇ちゃんも死んじゃう」
「あ……、あ…………」
諸星きらりの厳しい声に、身体から力が抜ける。代わりに吹き込んできたのは心臓を刺し貫くかのような悲しみだ。
視線の先、どうしてこうなったのかということなど意識することもできず、ただその姿の痛ましさだけが藤原肇の心を強く打つ。
人間なのに、女の子なのに、アイドルなのに、もはやその誰かは一切の判別のつかない黒焦げた塊でしかなくなってしまっている。
それはあまりにも悲しい姿だった。火の中で創造することを知る藤原肇だからこそ、その火の中での死はあまりにいたたまれなかった。
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角を曲がるとそこはまだ夜だというのにステージの上のように明るく照らされていた。
岡崎泰葉はその眩しさに一瞬顔をしかめる。そして、その煌々と炎に照らされたステージの上に立つ二人のアイドルの姿を確認した。
いや、彼女らが『アイドル』であるかを確認するのはこれからだ。
岡崎泰葉は彼女たちが殺しあいを肯定している可能性があることを十分理解しながらも、一切の躊躇なく足を踏み出した。
背後で連れてきている白坂小梅がなにかの発言したようだったが、それも無視して二人に近づく。
そこにいるのが誰か、ひとりは遠目に見てもすぐにわかった。
岡崎泰葉が所属する事務所に男性職員も含めてあんなに大きな人間は彼女――諸星きらりしかいない。
そしてもうひとりは近づくまで誰かはわからなかった。背格好も容姿も地味な子だ、などと岡崎泰葉は自分を棚にあげて藤原肇をそう評する。
その藤原肇の顔がひどく青ざめ強張った表情をしている。
ここでなにかあったのだろう。これほどの状況だ、なにもなかったはずがないと岡崎泰葉は燃え上がるビルを見上げる。
映画の中でもこれほど迫力のある火災はそうは見ない。しかしそんなことは大事じゃなかった。
岡崎泰葉にとって大事なことは目の前のふたりが『アイドル』であるか、そうでないかだ。
「こうして顔をあわせて話すのははじめてかもしれませんね。岡崎泰葉です。よろしく」
「よろしくおねがいします……。あ、藤原肇です」
「おっすおっす、きらりはきらりだにぃ☆ 小梅ちゃんも泰葉ちゃんといっしょにいたんだにー?」
「う、……うん…………そう」
挨拶を終えると岡崎泰葉は改めて周囲を見渡し、そして目敏くそれを見つける。それとは勿論、黒焦げになったアイドルの死体だ。
「あれは……」
焼かれるというのはあまりに惨たらしいだろう。
しかし岡崎泰葉この時、そんなことにはなんら感情を揺さぶられることなく、目の前の二人が不気味がってるのにも気づかず薄い笑みを浮かべていた。
彼女の感心はもはや『アイドル』か否かでしかなく、ようやくまともに口をきける相手と出会って期待が高まってること。
そしてその価値観がすでに生死すらも超越しているがゆえにこんな殺人の現場で笑うことができるのだなどと、余人には理解できるはずもない。
「一体、なにがあったんですか?」
岡崎泰葉は問いかける。
先に答えを返したのは諸星きらりのほうだった。彼女の喋りかたは独特で、また説明することもやはり得意ではないようでまったく要領を得ない。
だがしかし岡崎泰葉は逆にそのことに安堵した。ここにおいて諸星きらりは岡崎泰葉の知る諸星きらりだったのだから。
そして、藤原肇の話は、口を開くまでに間があったものの、喋りはじめれば理路整然としていて彼女がこの数時間で何を体験したのかよく理解できた。
最初にログハウスで自殺した――しかしどこか安らかな死に顔だった
佐城雪美の死体を発見したらしい。
岡崎泰葉はそれが彼女が『アイドル』のままであることを選択したのではないかと推測し、できれば自分もその顔を見てみたいとも思った。
そして彼女は諸星きらりと合流し、爆音と炎に誘われてここに来たところで黒焦げになった死体をまた発見し、そこに更に自分らが現れたということだった。
ならば藤原肇の顔が恐怖に強張っているのは当然だ。岡崎泰葉も死体を見つけるのは二人目をなるが、まさか死体の前で明るく振舞えとは言わない。
ようは『アイドル』としての自覚と振る舞いだ。岡崎泰葉は彼女の悲しみを湛えた瞳の奥に決意があることを見逃さなかった。
そして彼女の話を聞けばそれだけでも十分に彼女が『アイドル』を自覚し、『アイドル』であろうとしていることがわかる。
諸星きらりと藤原肇、ふたりは岡崎泰葉がこの場所ではじめて認めるまだ生きている『アイドル』だった。
「泰葉ちゃん、だいじょうぶー?」
「えっ」
諸星きらりにぐっと顔を覗きこまれて岡崎泰葉は思わず後ずさってしまった。愛嬌のある顔は怖くないが、でも大きなものが動くはちょっと怖い。
「だって、泣いてる。……泰葉ちゃんも怖いこといっぱいいっぱいあった?」
言われて、頬に手を触れてようやく岡崎泰葉は自分が泣いていることに気づいた。気づくと涙はぼろぼろと次から次へとこぼれる。
怖いことはいっぱいあった。殺しあいをしろと言われた。プロデューサーを殺すと脅された。バックの中からは拳銃やナイフが出てきた。
恐る恐る夜道を歩いているとそこに倒れている人を見つけて、まだ眠っているのかと思って近づけばもう死んでいた。
それも酷く惨たらしく傷つけられ全身が血塗れだった。
その恐怖を、その理不尽を、この悪夢を、苛烈な怒りで全て上書きしなければ耐えられないほど、虚勢を張らなくてはならないほど、とても怖かった。
いつ誰かに殺されるかと思っていた。だから常にイニシアチブを取り、相手に攻め入る隙を見せないように振舞っていた。
でなければ、怖がっていることを忘れなくてはならないほどに怖がっていれば、どうすればここで自分を維持することができたか。
「…………怖いですよ。それは。……でも、怖いから泣いてるんじゃないです」
彼女たちに会って、ようやく悪夢の中に希望が見えた。
さっきまではきっと出会う女の子は誰も『アイドル』でなく、見つかる『アイドル』は死んだ『アイドル』だけなのだと思いこんでいた。
でも違った。まだ『アイドル』はいた。諸星きらりは他にも小関麗奈や古賀小春という『アイドル』がいることも教えてくれた。
未だ悪夢の中にいるという事実は変わらない。
でも、岡崎泰葉はひとりじゃなかった。
ずっと溜めていた涙はとめどなく流れる。たったひとつのことが彼女を縛っていた茨をほどいてゆく。
「おー、よすぃよすぃー☆ きらりがきらりんぱわー☆ちゅうにゅーするからこの胸に飛び込んでくるにぃ☆」
はははと岡崎泰葉は初めて“笑う”。
子供みたいで恥ずかしい。でも今だけはそれでもいいかと思った。実際にあと数秒もあったなら彼女の胸に飛び込んでいただろう。
しかし、切り裂くような悲鳴がそれを遮った。
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白坂小梅はずっと岡崎泰葉の後ろで彼女らのやりとりを見ていた。なにを発言することもなかったし、その必要にも迫られなかった。
そのことにすこしの悲しみを覚えるが、それよりもただ人が増えることの安心が上回った。
諸星きらりのようなすごい押し押しの子は苦手だけれど、少なくともあまりに怖すぎる岡崎泰葉とふたりっきりよりかは100倍いいとそう思う。
そしてその、自分を蔑みの目でしか見ることのない彼女も諸星きらりのきらりんぱわーではぴはぴ?になったようでほっとひと安心だ。
自分の身がどう扱われるのか気が気でなかった白坂小梅だが、どうやら穏便にことがすみそうなことで、ようやく周りを見る余裕を取り戻した。
周り、といっても目を引くのは燃え盛る建物しかない。
これがホラー映画ならここはもうラストシーンだなと白坂小梅は思う。
怪物に襲われた人間らは辛うじて館から逃げ出し、怪物ごと燃え上がる館を見てもう終わったと安堵するのだ。
しかし大抵の場合、怪物は死んではない。スタッフロールの後に焼け跡からずぼっと怪物の手が突き出してくるのはお約束である。
そこまで考えて白坂小梅ははっとする。“怪物”――この火災を起こした誰かはどこだろう?
いや、その誰かだけではない。自分に銃を向けたあの人もこの近くにいるかもしれない。――そう、今ここはまだ物語の終わりでもなんでもない。
「むふふ……」
背中に走った痛みに白坂小梅は悲鳴をあげた。
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炎の赤を目印にたどり着いてみれば、そこは魔女達が集まるサバトの現場であった。
羊の姿をした子供をつれたお姫様の視線の先には四人の魔女がいる。
土塊をこねて下僕を生み出す魔女。怪力と大声を自慢とする巨人の魔女。幼い見た目と反し最も魔術に長けるとされる魔女。そして死霊を使う魔女。
どれも一筋縄ではいかない強敵だ。しかし今、彼女らはなにか儀式を進めることに夢中らしい。
その隙を狙うなら今しかない。
喜多日菜子はナイフを抜き取りそっと息を吹きかける。
するとキラキラとした光が刃に宿った。破邪の力を持つ聖なる光である。これで刺せば魔女を殺すことができる。
「な、なにをするでごぜーますか……? あそこにはきらりおねーさんがいるでごぜーますよ?」
「むふふ、静かに……」
裾を引き心配そうな顔をする子供の唇にそっと人差し指をあてる。
そしてこれから始まることで怯えさせないように、喜多日菜子は羊のかぶりもののずらしてその目を隠してあげた。
「むふふ……」
子供がおとなしくなったことに満足すると物陰から顔を出し今一度隙を窺う。四人の魔女を相手にそのままぶつかってはさすがに分が悪い。
そして機会はすぐに訪れた。四人の魔女が揃って火柱のほうへと向き、こちらに背中を見せている。
最初に狙うのは一番近くにいる死霊を使う魔女だ。もし他の魔女を倒しても彼女がいれば死霊として蘇ってしまう。
破邪の力が宿ったナイフを強く握り締めると喜多日菜子は物陰から飛び出した。
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「な、なにがおこってやがりますか!」
悪夢の時間はいつまで経っても終わらず、
市原仁奈はこの時も暗闇の中で困惑し、ただただ涙を流しながら恐怖に震えるだけだった。
最初に聞こえたのは身の毛もよだつような悲鳴だった。
そしてにわかに騒がしくなる。ごうごうと風の音が鳴る中、いくつもの足音が響き、いくつもの悲鳴が聞こえた。
「なんでみんな怖いんでごぜーますか…………」
うずくまると足音が地面から響き渡って怖いので市原仁奈は顔を上げる。
すると目を覆っていたきぐるみも簡単にズレて、その光景が目の中に入ってきた。
「なにして……」
他の誰かならもっと違った印象を得たかもしれない。だが、市原仁奈が最初に感じたのは“おにごっこ”みたいだなということだった。
スポットライトのように明るく照らされるステージの上でナイフを持った鬼が他のみんなを追い回している。
皆必死の形相だ。笑っているのは鬼の日菜子だけだった。
「あんたは大丈夫でごぜーますか……? へんじを、へんじをすれでごぜーますよ」
市原仁奈は辛うじて立ち上がるとよろよろと彼女の傍でうずくまっていた人物に声をかける。
その人物は自分と同じように泣いているようだった。じゃあ背中を撫でてあげようと手をのばそうとして、彼女がどうして泣いてるのか気づいた。
「だ、大丈夫でごぜーますか? すごい怪我を……」
うずくまる背中が一直線に切り裂かれ破けた服の中に白い肌が見える。そしてその白い肌は真っ赤な血でべっとりと濡れていた。
「ひぃ……」
ぺたんと腰を落とし市原仁奈はか細い悲鳴をあげる。こんな怪我をしているなんて怖い。こんなに血が流れているのも怖い。
地面におしりをついたまま後ずさる。幼い彼女には恐怖に耐えたりそれを克服しようという発想はなかった。ただただ恐怖は遠ざけたいものだ。
また再び逃げ出そうとして、
「日菜子ちゃん、危ないからやめるにぃー!」
その恐怖の反対側に希望――諸星きらりがいることを思いだした。
「た、助け……」
諸星きらりと彼女を含む3人はおにごっこの中で、狙われれば逃げ、そうでなければ鬼を捕まえようと必死になっているようだった。
だが鬼は後ろから近づいても勘よく察しナイフを振り回すのでいつまでも決着はつきそうにない。
市原仁奈はそんな光景を見て、自分がどうすればいいのか――その問題を頭の中でぐるぐると回し始める。
しかし、なにをすればいいのか、なにができるのか全然思いつかなない。考えれば考えるほど見れば見るほど怖くなり泣きたくなり逃げたくなる。
だからもうなにも考えずに、なにも考えられずに、ただ思ったことを叫ぶ。いや意識はなく、ただ悲鳴のようにそれを吐き出した。
「もうやめるでごぜーますよっ! いやでっ……! もう、いやで……ぅ、うわああああああああんんんんん――」
泣き声が響き渡り、そこにいた全員の動きを止める。
そして――……
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「うるさいなぁ……寝れやしないよ……」
双葉杏はベッドからのそのそと起き上がると、文句を言ってやるという風な表情でベランダのガラス戸を開け、そして絶句した。
「なにあれ……?」
双葉杏が起きてきたのはずっと大小の爆音が断続的続いて寝ようにも寝られなかったせいだが、その瞳の中の光景は彼女の想像以上だった。
「…………メガフレア?」
ガスにでも引火したのだろうか、巨大な火球が宙に浮かんでいた。それはすぐにたわむと黒煙だけを残して消えてしまう。
どうやら大きな爆発が起きたらしいということだけは解った。そして小さな爆発音が連続し、いくつも小さな火柱や火球が現れる。
火勢はもはや最初に見た時とは比べものにならない。もはやこの街全体を焼き尽くしかねないといった勢いだ。
「でも、まぁ、ここは大丈夫だよね」
言って、双葉杏はベランダから部屋の中に戻り戸を閉めカーテンを引いた。
外の光景はまるでゲームの中のようなスペクタクルあふれる大迫力シーンだが、本物は不安を煽るだけで見ててもまったく楽しくない。
この先どうなるのか、不安は増すばかりで、なので彼女は――
「果報は寝て待て」
やっぱり今は寝てやりすごしてしまうことにした。
【C-7/一日目 早朝】
【双葉杏】
【装備:ネイルハンマー】
【所持品:基本支給品一式×2、不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x1-2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない
1:働いたら負けだよね。だから杏は寝ることにするよ。
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「どうですか?」
「火は大分おさまったみたいですけど煙がすごいですね」
岡崎泰葉が尋ね、藤原肇が窓の外を見て答える。そしてそれを白坂小梅はソファに横たわりながらそれとなしに見ていた。
背中の傷は手当してもらったもののじんじんと痛み全身が熱っぽい。
手当てをしてくれた岡崎泰葉はあまり深い傷ではないと言ったが、しかしすぐに身体を動かせるほど軽いとも思えない。
そしてそう、手当てをしてくれたのはつい先刻まで自分を人間扱いしていたかも怪しい彼女なのだ。
手当てだけではない。燃え盛るビルの裏手で大爆発が起こった時、うずくまっていた自分の手を引いて起こし一緒に逃げてくれたのも彼女だった。
あの時――白坂小梅はすこしだけさきほどのことを回想する。
「な、なに……?」
子供の泣声はホラー映画だとえてして不吉なものだ。
なので、傷の痛みにうずくまっていた白坂小梅は市原仁奈の大きな泣声に顔をあげ、ちょうどその瞬間を目撃することとなった。
「仁奈ちゃんっ!?」
泣声に振り返りぴたりと動きを止めた諸星きらり。彼女の顔が一瞬、ぱっと明るくなる。だがその背後にはナイフを振りかぶった喜多日菜子の姿もあった。
危ないと言う暇もない。スローモーションの視界の中、すでに赤く染まったナイフが彼女の背中も切り裂こうとその切っ先を肌の中に埋める。
そしてその瞬間、襲いかかっていたはずの喜多日菜子が大きくのけぞった。
「きゃああああああああああっ!」
藤原肇が大きな悲鳴をあげる。その視線の先へ目を向けると、岡崎泰葉が拳銃を構え、その銃口から微か煙があがっているのがわかった。
「心配しないでください、麻酔銃ですよ」
弁解するように言い、彼女は撃った喜多日菜子に駆け寄るとその胸に刺さっていた注射器を皆に見せた。
とりあえず終わった。彼女の妙に頼もしげな表情に白坂小梅はそう思ったし、そこにいた全員が同じようにこのシーンは無事にやりすごしたと思っただろう。
だが次の瞬間、大爆発が起きた。地面に伏せていた身体が浮かび上がるほどの衝撃に白坂小梅は心臓が止まるとその時思った。
顔をあげれば燃えていたビルがぐらぐらと崩れかけのジェンガのように揺れて、今にも崩れ落ちそうだった。
――はっきりとした記憶はここまでだ。
その後は誰が言ったのか、逃げろという声に従って全員でその場から必死に走って逃げた。この時だけは傷の痛みも感じてはいなかった。
覚えているのは岡崎泰葉に手を引かれていたことと、先頭を走る諸星きらりが気を失った喜多日菜子と市原仁奈を両脇に抱えていたことくらいしかない。
あれから、崩れ落ちるビルから逃げ出した六人はあそこから東の海の傍、港の中にあった客船乗り場の受付事務所の中で休息をとっている。
というよりも、もうまともに動ける人間はあまりいないと言ったほうが正確かもしれない。
白坂小梅はガラスのテーブルをはさんで向かい側のソファで眠っている喜多日菜子を見る。
一応ということで彼女の手はビニール紐で縛られているが起きる気配はない。
麻酔銃で撃った当人である岡崎泰葉も、どれくらいで起きるかなんかは説明書にも書かれてなかったので知らないと言っていた。
その隣のソファには、彼女がどこからか連れてきた市原仁奈が諸星きらりの膝の上で眠っている。
くまのぬいぐるみを抱いて寝てる姿は愛らしいが、その寝顔はすこし苦しそうにも見える。夢の中でも怖いことに追われているのだろうか。
そして諸星きらりの隣に窓際から戻ってきた藤原肇が身体を深く預けるように座った。彼女も顔に疲労の色が出ている。
「これからのことですが……」
一緒に戻ってきた岡崎泰葉はソファには座らず、皆を見下ろすようにして話をはじめる。
その顔にはじめて会った時のような恐ろしさはない。だが冷徹さがにじみ出ているのは変わらなかった。やはり彼女は彼女なのだ。
「まずは喜多さんの処遇を決めないと――」
白坂小梅の処遇も、と言葉が続かなくて安心する。そして安心すると途端に眠気が襲いかかってきた。
「それと、もう放送の時間ですね」
壁掛け時計の針はもう間もなく6時になることを示していた。0時から起きていたのだからどうりで眠たいはずだと思う。
「きらりは杏ちゃんを――――」
「ここよりもどこか――――」
「小春ちゃんや麗奈ちゃんは迎えに――――」
「――――禁止エリア――――」
「――――あっ、自転車置いてきちゃったにぃ」
「あれは危ない――――」
三人は色々と今後のことを話し合っているらしい。じゃあ三人もいれば大丈夫だよね、と白坂小梅は睡魔にその身を委ねることにする。
窓の外はもう明るく、ひさしぶりに感じる太陽の光は暖かい。ぬくぬくとした光はなにより眠気を誘う。
そしてなによりも、太陽が上ればもう怪物は出てこないはずだから――と、安心して瞼を閉じた。
【C-7・港/一日目 早朝(放送間近)】
【岡崎泰葉】
【装備:スタームルガーMk.2麻酔銃カスタム(10/11)、軽量コブラナイフ】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとしてあろうとしない者達、アイドルとしていさせてくれない者達への怒り。
0:放送を聞き、今後の方針を決めなおす。
1:
今井加奈を殺した女性や、誰かを焼き殺した人物を探す。
2:佐城雪美のことが気にかかる。
3:古賀小春や小関麗奈とも会いたい。
※サマーライブにて複数人のアイドルとLIVEし、自分に楽しむことを教えてくれた彼女達のことを強く覚えています。
【諸星きらり】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:杏ちゃんが心配だから杏ちゃんを探す☆
0:放送を聞いて、今度こそ杏ちゃんを探しに行くにぃ☆
1:自転車取りに戻っちゃだめ……?
※折りたたみ自転車はドラッグストアの前に置き去りにされています。
【藤原肇】
【装備:ライオットシールド】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム】
【状態:疲労(小)、決意】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いを回避するために出来ることを探す。
1:みんなと行動。
2:アイドルを殺すことは、自分自身を殺すこと。
3:プロデューサーを危険に晒さないためにも、慎重に……。
【市原仁奈】
【装備:くまのぬいぐるみ(時限爆弾内蔵)、ぼろぼろのデイバック】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品1~2(ランダム支給品だけでなく基本支給品一式すら未確認)】
【状態:睡眠、疲労(大)、羊のキグルミ損傷(小)】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーと一緒にいたい。
0:……もう怖いのはいやでごぜーますよ…………zzz
【白坂小梅】
【装備:無し】
【所持品:基本支給品一式、USM84スタングレネード2個、不明支給品x0-1】
【状態:背中に裂傷(軽)】
【思考・行動】
基本方針:死にたくない。
0:………………zzz
1:やっぱり泰葉には逆らえない。
【喜多日菜子】
【装備:無し】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品x0-1】
【状態:睡眠(麻酔銃)、手首を縛られている、妄想中】
【思考・行動】
基本方針:王子様を助けに行く。
0:………………zzz
1:邪魔な魔物(参加者)を蹴散らす。
2:迷子の仁奈を保護者の元へ送り届ける。
※両刃のナイフはドラッグストアの前に落ちています。
【A-8・灯台/一日目 早朝】
【小関麗奈】
【装備:コルトパイソン(6/6)、コルトパイソン(6/6)、ガンベルト】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残る。プロデューサーにも死んでほしくない。
1:朝まで寝る。
2:小春にも自分を認めさせる。
【古賀小春】
【装備:ヒョウくん、ヘッドライト付き作業用ヘルメット】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康、睡眠中】
【思考・行動】
基本方針:れいなちゃんと一緒にいく。
1:朝まで休む。
2:れいなちゃんを一人にしない 。
【D-6(北西の端)/一日目 早朝】
【和久井留美】
【装備:ベネリM3(6/7)】
【所持品:基本支給品一式、予備弾42、ガラス灰皿、なわとび】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。
1:その為に、他の参加者を殺す。
2:まずはキャンプ場へと移動する。
3:弱者がひきこもってそうな場所(MAPの端や行き止まり)を巡り、その相手から使える武器を奪う。
4:『ライバル』の存在を念頭に置きつつ、慎重に行動。無茶な交戦は控える。
最終更新:2013年03月26日 00:03