彼女たちは悪夢の中のトゥエルブモンキーズ ◆John.ZZqWo
――ピ♪
「…………あれ?」
その拾った情報端末に表示された名前は、私が予想していたのとは全然違って、“
城ヶ崎美嘉”ちゃんのものでした。
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ふんふんふーん♪と鼻歌交じり。こんな時でもキッチンに立つとこんな気持ちになるんだって、これじゃ呆れられてしまうかもですね。
でもちゃんと“もう一人”殺したんだからこれは自分へのご褒美。
それにスペシャルトレーナーさんも度々細かく補給と休息を取れって言ってました。
この島は戦場ではあるけどほぼ自由に補給ができる場所でもあるからそこは我慢しなくてもいいって。
ああでも、我慢はするなって言ってもお前はそう言うと食べ過ぎるから普段よりかは我慢したほうがいいかもなとも言われちゃいましたけど。
支給品として私の鞄に入っていた食料は蜂蜜の瓶でした。
甘いものは好きだし、蜂蜜はカロリーも栄養もあるんだろうけど、これはあのぐーたらな黄色いクマさんを思い出しちゃって、
スペシャルトレーナーさんからの釘刺しなのかなって思ったり。
それはともかく、さすがの私でもこれだけじゃあ食事にはならないので今からこのキッチンで朝食を作ります。
材料は食パンと卵。それに牛乳と砂糖、マーガリン、せっかくの蜂蜜にバニラエッセンス。
この“彼女”を追って入った民家でバニラエッセンスを見つけられたのはラッキーです。この家の人もお菓子作りが趣味だったのかな?
まずはちょっと深めのトレーの上に落とした卵をよく溶いて、そこに砂糖と牛乳、バニラエッセンスを入れて少しかきまぜます。
できたら、耳を落として四つにカットした食パンを溶いた卵の中に漬けます。
これでもうなにを作ってるかわかっちゃいましたよね。そう、フレンチトーストです。お手軽なんで普段もよく朝はこれだったりするんですよ。
漬けている間にもう一品作ります。
お菓子はどうしてもちょうどで作ることは難しいんですけど、私はできるだけ材料を余らさないよう心がけています。
それで余った材料を食べてまた太ってるんだろう? って言われちゃうと、えへへとごまかすしかないんですけど、もったいないですよね?
もう一品ですけど、さっき切り落としたパンの耳をぶつ切りにして、これから簡単ラスクを作っちゃいます。
と、その前に卵に漬けていたパンを裏返して……っと。
えーと、はい、フライパンを弱火で温めますね。
で、そこにマーガリンを落として、溶けてきたら砂糖を足します。砂糖は入れすぎちゃうと難しいんですけどそれでも大目で。
砂糖も溶けてきたらフライパンの隅まで広げてさっきぶつ切りにしたパンの耳を入れます。
後は溶けた砂糖を絡めながらパンの耳がカリカリになるまで焼くだけ。ね、簡単でしょう? ラスクとは違う? んー、そうかも。
とりあえず簡単ラスクはできたんで、それは皿に移してこのままフレンチトーストも焼いちゃいます。
焦げちゃわないかって? んー、そこは私の腕の見せどころですね。
火を一番弱くして卵につけていたパンをフライパンに並べます。さっきの砂糖が残ってるんで慎重に、慎重に……。
そろそろ焼き色がついたかな? って思ったらパンを裏返します……って、あちゃー。けっこう黒くなっちゃった。
家とは火加減の勝手が違うのかなぁ……うーん。普段はこんな失敗はしないんだけどなぁ……。
あ、でも、ちょっと焦げただけですから、味は変わらないっていうか、むしろカラメルフレーバーっていうか、中はふかふかのはずだし……うん。
さて、焼きあがる前に飲み物を用意しないと。ここでぐずぐずしてたらフレンチトーストが真っ黒になっちゃう。
小鍋で牛乳を温めて……ホットミルクです。ふふ、簡単ですよね。少し砂糖を入れて、バニラエッセンスもちょっとだけ。
フレンチトーストが焼きあがったらこれもお皿に移して、しあげに蜂蜜をたらせば完成。(スペシャルトレーナーさん蜂蜜ありがとう)
ほんとはホイップクリームもつけたかったんだけど、手で作るのは疲れるし、機械を使うとうるさくなるしなので今回は我慢。
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……――ううん、なんだろうこの匂い。甘い……、また莉嘉が台所でなにかやってるのかな……?
お菓子を作るのはいいし、それを食べさせてくれるのはいいんだけどさ。たまに失敗してもそれでもおいしいしね。
でも、後片付けもちゃんとしなさいよね。アタシも食べたからって連帯責任で怒られるのだけは毎回納得がいかないんだから。
ああ……、今日仕事あったかな。どうしてだろう、起きられないや。メールだけでもチェックしとかないといけないのに。
でも、なにかあったら莉嘉が起こしてくれるよね。たまには妹が姉を起こしてもいい。いつも心配かけさせてるんだからさ。
今日だって……今日だって、なんだっけ……? ああ、駄目だ。頭が働かないや。アタシどうしたんだっけ……?
まぁいいや。
おやすみ、莉嘉。
ごめんね。
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「ごちそうさまでした」
うん、ちょっと失敗しちゃったけどおいしかった。
フレンチトーストは噛むとバニラの香りがしてふかふかだし、簡単ラスクは甘くてカリカリだったし。
スペシャルトレーナーさんが用意してくれた蜂蜜はどこのものなんだろう? ラベルが全部英語でわからないけど、外国のものなのかな。
この少し変わった風味。この蜂蜜で一度ケーキを焼いてみたいなぁ。
なんて……でも、さすがにそんな時間はないですよね。
食器を片付けたら休憩はおしまい。気分を切り替えてお仕事をはじめよう。
まずは美嘉ちゃんに刺しておいたカットラスを彼女の身体からゆっくり抜き取ります。
刃物を使う時は刺した時よりも抜く時の返り血に注意しろってスペシャルトレーナーさんからは注意されました。
人間が水の詰まった袋だと想像すれば刃物を刺す時と抜く時、どっちがいっぱい血が出てくるか簡単にわかりますよね。
なのでいつでも抜く時は慎重に。
そして刺したまま時間を置いたのは血圧が下がるのを待ったからです。こんな時でないと時間は取れないけど、これも教わったことなんで。
美嘉ちゃんのことなんですけど、三船さんと会った後に拾った荷物の中に彼女の情報端末が入っていました。
入っていた……というよりはあの荷物は美嘉ちゃんのものだったんでしょうね。
そして三船さんの荷物は美嘉ちゃんが寝ている傍に置いてありました。
ということは、妹の莉嘉ちゃんが死んだと聞いて悲しんでいた美嘉ちゃんを三船さんがここに保護して、荷物を取りに戻ったというのが正解かな。
さっきは気がおかしくなったのかもと思っちゃったけど本当におかしくなったのは美嘉ちゃんで三船さんはそうじゃなかったのかも。
でも、それも今となってはどうでもいいことです。二人とも死んでしまったのだから。私が殺してしまったのだから。
抜いたカットラスで美嘉ちゃんの“アイドル”をいただいてキッチンに戻ります。
第1に病院へと向かった私ですけど、それは応急手当用の医療品を得る目的もありましたが、一番は“石鹸”を確保するためでした。
血液汚れ専用のアルカリ性石鹸です。
不信感を与えてしまう返り血も落とさないといけないし、なにより刃物に限らず武器についた血は絶対落とさないといけないんです。
凝固した血は刃物の切れ味を落とし、もし銃にかかれば動作不良の原因になってしまう――とスペシャルトレーナーさんから耳にたこだったので。
「んー……冷たい」
石鹸とスポンジを使ってもう真っ赤になっているカットラスから血を落としていきます。お湯は使えないので冷水で。
血液汚れにお湯はNGってのは常識ですよね。水道水が冷たいですけど我慢です。
「ふぅ」
さてと洗い終えたけど、どこも刃こぼれしていないようで一安心。包丁もそうですけど、意外と消耗品なんですよね刃物って。
きっちり水気をふき取って、ここまでに集まった荷物を見ながらこれからの方針を練ります。
メインウェポンの機関銃(M16A2)。サブウェポンの拳銃(カーアームズK9)。
唯ちゃんからもらったカットラスとストロベリー・ボム11個。
美嘉ちゃんの荷物の中にあった回転式拳銃(コルトAAA)と発煙手榴弾。
三船さんの荷物の中にあったエナジードリンク10本に、病院で調達した医療品セット。
うーん、どう考えても荷物としては多すぎ。
かといって放りっぱなしにするのはいけないし、やっぱりどこかに自分だけの拠点を持たないといけないかな。
この後、きっちりと休む必要も出てくるだろうし、安全を確保できる場所はどうしても必要。
「えーと……」
地図を広げて考えてみる。
他の人からは見つかりづらくて、戻ってきた時自分からはすぐにわかる場所。できれば荷物をしまう金庫のようなものがあるといいと思う。
コインロッカーかな? だとすると、この島に駅はないから…………、遊園地とか、遠いけど飛行場やカジノにもきっとあるよね。
警察署にもなにか倉庫はありそう。学校や病院にもロッカーは絶対あるし、病院だと休む場所には困らないかな。
「でもそれだとホテルが一番……でも遠いし端っこだなぁ」
いや端っこのほうがもう誰も戻ってこないからいいのかな。
あ、だったら温泉でもいいかなぁ。わざわざ山を登るって人はそういないだろうし、まだここの温泉に入ったことないし。
でも山登りは私もいやだなぁ……。
「温泉か、ホテルか……迷うな」
荷物を持って長くは移動したくないけど、山登りは疲れそうだし……うーん。
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「ふぁ……食べたら少し眠くなっちゃった。食べすぎたのかな」
でも、今はまだ寝てもいいタイミングじゃないからがんばらないと。
荷物にもなるし三船さんの持ってたエナジードリンクはここで何本か飲んじゃおう。
「…………んくんく、ぷはぁ」
うん、ばっちり目覚めました。
このエナジードリンクいつもプロデューサーさんが飲ましてくれるのと一緒だけど、コンビニで売ってるのとは全然違うなぁ。
あんまり飲みすぎるなよって言われてたけど、高いものなのかな? ……まぁいいか、少なくとも今はタダだし。
「じゃあ出発しよう」
膨らんだ鞄を背負って立ち上がる。窓の外の太陽はもうけっこう登っていて空気をほかほかと温めていた。
「絶対に助けますからね」
絶対にです。
【城ヶ崎美嘉 死亡】
【G-3 住宅地/一日目 朝】
【
三村かな子】
【装備:US M16A2(27/30)、カーアームズK9(7/7)、カットラス】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
M16A2の予備マガジンx4、カーアームズK7の予備マガジンx2、ストロベリー・ボムx11
コルトSAA"ピースメーカー"(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)
医療品セット、エナジードリンクx5本】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。アイドルは出来る限り“顔”まで殺す。
1:温泉あるいはホテルに向かい、そこを拠点とし余分な荷物を預け、場合によってはまとまった休息を取る。
※
三船美優と城ヶ崎美嘉の鞄と基本支給品一式は、城ヶ崎美嘉の遺体がある民家の中に残されたままです。
最終更新:2013年01月26日 12:25