安全世界ナイトメア ◆kiwseicho2
シャワーノズルからお湯が咲き。
46℃の熱湯が今、ボクの美しい肌を雨のようにまんべんなく打っています。
動物園のスタッフルーム裏にあった簡素なシャワールームで、
ボクこと輿水幸子は体についた汚れやニオイを落とし、
すっきりピカピカの輿水幸子へと返り咲こうとしているところです。
できればゆったり湯船につかりたいところでしたが、
この刺すようなシャワーのお湯もこれはこれで湯治みたいで……、
(46℃のシャワーを浴びる輿水幸子の図)
……すっごい熱いですね。
いや、え? 46℃? なんですかそれ、温度高すぎないですか?
(さらに熱くなるお湯)
絶対熱いですよこれ! ちょ、ちょっと待ってください止め――あツぅっ!?
痛い! 熱い! 熱すぎで痛いっ! バルブ、バルブバルブッ!
(キュッとバルブを閉める幸子)
……はぁっ、はぁーっ。な、なんなんですかねっ?
ボクは41℃のとこに合わせてたはずなのに、
いつのまにか46℃になってるじゃないですか。
安いホテルのシャワーなんかは温度調節が効きづらいって聞いたことはありますが、
これはそれ以前の問題ですよ! ホラ、ノズルが緩んで勝手に温度が変わる!
遊園地のアトラクションなんかキレイで新品に見えたのに、
ここはずいぶんと安普請な設計ですね。仕方ないのでぬるめで我慢しましょう。
(温度調節ノズルをぬるい方に合わせる幸子。これなら熱くなっても安心である)
いちおう手でお湯の熱さを確認して……そうだ、
外で待ってる蘭子さんたちに今の醜態、聞かれてないと良いですけど。
うん――だ、大丈夫そうですね。
よ、よし、OKです。仕切り直しましょう。どこにカメラを仕込んでるのかは知りませんが、
映像編集で使う部分は今からでお願いしますよ、プロデューサーさん。
あ、もちろん大事な所は湯気エフェクトで隠す感じで。
はい、では改めまして、39℃の。
39℃の! あったかーいお湯が春先の雨のように、ボクの身体を打っていきます。
フフ、どうです画面の前のみなさん。
液晶に貼り付いてくれていいんですよ?
ほうら、普段はぴょんとはねてる両サイドの髪の房が濡れてぺたん、
としなだれていて、珍しい印象になってるはずです。
暖かいお湯で上気した肌のちょっと湿った感じも今でなければ見れませんし、
そしてなによりボクのこの、恥じるところのない体のライン!
(シャワールームの鏡に向かってポーズをとる輿水幸子の図)
……ひ、貧相だとか言わないでください。ボクはまだ成長期なんです! こ、これからですよ。
サービス描写はこの辺までにしておきましょうかね。
みなさん、カワイイボクの新たな魅力を感じてくださったでしょうし。
(シャワールームの鏡に向かってポーズをとってたけど寂しくなってやめた輿水幸子の図)
こほん。
突然シャワーシーンなんて何事だって方のために、優しいボクが今の状況を説明しましょう。
あの後――蘭子さんと輝子さんと一緒に飲食店を出たボクたちは、
動物園をぐるっと回って散策してみることにしました。
けっこうな数の動物がいました。ウサギ、ハリネズミ、レッサーパンダなんかの小動物から、
トラやライオンみたいに中~大型のも居ましたね。
鳥コーナーや爬虫類コーナーなんてのもありましたが、
全体を見ると動物園は遊園地にくらべると小規模で、散策に時間はかかりませんでした。
まだ朝早くで、ほとんどの動物は寝てましたし。
輝子さんはキノコ園はないのかなあとか変なこと言ってましたし。
一通り見たので戻ろうかとなったんですが――そのとき蘭子さんがこんなことを言ったんです。
「囚われし魔物達に誰が供物を与えん?(そういえばこの動物さんたち、誰がエサをあげるんでしょう?)」
ちょっと理解に時間はかかりましたが、その発想は盲点でした。
言われてみればこの企画、おそらく何日も何日も休憩なしでやるわけです。
動物園の檻の中にいる動物たちがその間ずーっとエサ無しで過ごせるわけがありません。
地図を見れば水族館なんてのも北東にありますが、
生命を扱う施設である以上、誰かがエサをあげないと大変なことになってしまいます。
そこで動物園をさらに散策。すると案内所の裏手にスタッフルームを見つけまして、
さらにその奥に一か月ぶんはありそうな各動物のエサが格納された倉庫を見つけました。
ただ、やはりスタッフルームには誰も居ず、誰かがいた痕跡もありませんでした。
(シャワーを流しつつボディーソープを手に取る輿水幸子)
……うーん、安物の泡ですね。
まあこんなところに高級なボディーソープが置いてあったらボクが驚きます。
泡立てて、肌につけて、伸ばしてこすって――。
それで――そう、ボクたちは大量のエサ入り段ボールを前に、そこからどうしようか相談し合いました。
輝子さんは言いました。
「誰かがエサをあげないと、動物たちが死んじゃう」と。
蘭子さんもそれに続いて言います、
「生きとし生けるものに贄を捧げん(私たちでエサをあげましょう)!」と。
ボクは最初反対でした。だってボクたちは仮にも殺し合いの企画をやってるわけで、
アイドル動物ふれあい体験記をやってるわけじゃないからです。
エサは、やっぱりスタッフがどこかにいて、
動物園に誰もアイドルがいないときにあげる手はずなんだろうと思ってました。
そうでないと困りますよね?
スタッフが全くいなくて、これが本当の殺し合いで――かつ動物園に誰も来なかったら、
ライオンもトラもウサギもレッサーパンダも、誰にも見られずに飢え死にしてしまうじゃないですか!
殺し合いだからって――いくらなんても命を粗末にしすぎです。
まあでも結局、多数決を取れば負けますし、
お腹をすかせた動物に施しをしないなんてアイドルとしても人間としてもどうかと思いますし。
他に何をやるかといっても何もなく、「電話待ち」の状態でもあったので。
仕方なく、仕方なく。
今シャワーを浴びてることからも分かるように、
ボクは蘭子さんや輝子さんと一緒に動物たちにエサをあげることにしました。
備え付けの作業着を着て、アイドル動物ふれあい体験記。
本来の趣旨とは違うでしょうが、良い絵が撮れたのではないかという自負がありますよ?
何日分かのエサを檻の中に運んでおいた上、起きてた動物には直であげましたからね!
ライオンとか、本気で死ぬかと思いました。とくにあの吠えてきたときなんか……。
ま、まあカワイイボクがあの程度でびびるわけがないんですけどね?
そこはこう、絵的にも演技しておいてあげたわけですよ。うん。本当ですよ?
「まったくしょうがない人たちですよね、今回の企画の企画者さんたちも。
妙にリアルな人形とか。怖い鉈持った女の人とか、電話の件とか、
いろいろ手を尽くしてボクたちを怖がらせておきながら、
最初にボクたちにやらせるのが動物のエサやりだなんて――ふざけてますよ」
体を洗い終わって、
髪の毛をわしゃわしゃと備え付けのシャンプーで洗いながらボクはひとりごちます。
洗ってる間はシャワーは止めてもいいんですが、
お湯の温度がまた変になると困りますから、
とりあえずざーざー! と大きな音を立てて流したままにしておいてます。
電話の件と言うのは、動物園に来る前の出来事です。
トイレから戻ってきた輝子さんがえらく切羽詰まった様子でボクと蘭子さんに語った話。
ボクには見せていなかった携帯電話で、栗原ネネさんと電話していたという話です。
栗原ネネさん。彼女と輝子さんはいろいろ話をして――輝子さんは彼女を遊園地に誘って。
でも返事を聞く前に通話の向こうで嫌な物音がして、ネネさんはあわてて電話を切ったそうです。
「せ、迫る災害に救いの手を!(ネネさんは危険な目に合ってるのかも。助けに行かなきゃ!)」
そして、輝子さんからの話を聞いた蘭子さんが発した言葉はこれでした。
救いの手。まあ要は助けに行こうとかそんな感じでしょう。
いまだに謎言語とはいえ、カワイイボクにはすでに、
蘭子さんの言葉もニュアンスくらいは伝わってくるようになりました。
もしかするとカワイイ上に天才的な環境適応力も持ってたのかもしれません。
で、蘭子さんのこの意見にボクは同意かというと、同意でした。
話の状況から鑑みるに何かあったことは明白ですし、
危険な目に遭っているのであれば助けない道理がありません。
ですが――いざ彼女のもとへ向かおうとしたところで重大な事実が判明します。
「あっ……ね、ネネさんがどこにいるのか、訊いてなかった……」
なんと輝子さんは、自分の場所だけ伝えておいて、ネネさんがどこにいるのかを聞いてなかったんです。
これではボクたちは待つしかありません――もちろんその後、輝子さんの電話からリダイアルは何度もしました。
エサやりの最中も、何度も。ですが再び電話が繋がったことはありませんでした。
(ざーざー、シャワーの音はテレビの砂嵐の音みたいだと思いながら、幸子は髪の毛を洗い流す)
電話が繋がらない理由はいくつか考えられます。
リダイアルに気付いていながら気持ちが決まらず通話ボタンを押せないでいるか。
あるいは通話ボタンをもう押すことができないか。
前者だったらいいな……と思いますが、ボク個人の願望を言うならば、
電話そのものが仕掛けで、あくまでボクたちをビビらせるための仕込みだった、とかなら。
だったら、ボクらの平和で安全な世界が保たれるのになあなんて、つい思ってしまいます。
さて。
(キュッ、とシャワーのバルブを閉める音)
ずいぶん、さっぱり、しました。
ボクの身体は隅から隅までキレイになって、アイドルオーラが戻ってきた感じです。
安普請で簡素なシャワールームにはシャワーが二つしかなかったので、
気配りのできるアイドルであるボクは、蘭子さんと輝子さんに先にシャワーを浴びてもらっていました。
彼女らは一足先に服を着て、スタッフルームの休憩スペースにいるはずです。
「この作業服ともお別れですね」
着替えを終えて。休憩スペースへ続く扉を開けながら。
狭い脱衣所に引っかけた泥まみれの作業服を見て、ちょっとだけ想いを馳せます。
ピンク色でツナギに似たその作業服は、
いつぞやスカイダイビングした時にボクが着ていたものに似ていました。
――いっつもいっつも、ボクのことをちゃんと褒めてくれないボクのプロデューサー。
意地悪きわまりないあの人が、一回だけ。
スカイダイビングからステージのセットに引っかかったまま歌ったあのLiveのあとに、
初めてボクを素直に褒めた言葉、ボクは忘れずに覚えていますよ。
「がんばったな、幸子。やはりお前が一番だ」
……ねえ、ボクのプロデューサーさん。
今、ボク、あのときよりもっと頑張っているつもりなんですけど。
服が汚れようと命の危機だろうと、身体を張って頑張っているつもりなんですけど。
どうしてでしょう?
本当に頑張らなきゃいけないところから目を背けてる感じがしてしまうのは。
こんなのドッキリだって思いたいのに。殺し合いだなんてぜったい認めたくないのに。
暖かいシャワーを浴びても、悪寒がぬぐえないんですよ。
どうしてなんですか? なんでなんですかね?
早くボクのところに帰ってきて、教えてください、プロデューサー。ねえ。
ねえ、どうして――――蘭子さんと輝子さんが泣いていなきゃいけないんですか?
「・……ほ、放送が……雪美が、トモダチが、死んだってっ・……。
蘭子のトモダチも、……イマイカナちゃんも最初に名前、呼ばれて……っ!」
休憩スペースに戻ったボクは、安全世界に悪夢が訪れたのを見ました。
温度調整をさぼって、シャワーを大音量でずっと流していたのが仇になったようです。
ボクがのんきにシャワーを浴びている間に時計は回り、いつの間にか時間が進み、
浴び終えたときにはもう、ちひろさんの放送が島中のスピーカーから流されたあとでした。
たぶん取り落したのでしょう、割れこそしてないものの、
床に落ちて土をばらまいてるツキヨタケの植木鉢が輝子さんのショックの大きさを表しています。
それでもまだ比較的顔色とかはよかったし、話しかけたら反応は返ってきました。
問題は、蘭子さんの方です。
蘭子さんは――あきらかに深刻でした。
「……、…………?」
もともと色白な顔が、さらに血の気の通ってない病人みたいな白になっていました。
唇は紫色にふるえて。
赤い目はさらに充血していて、ちょっと焦点が合ってなくて。
そして、自分でもなんでそうしてるんだか分からないって顔で、
ただ、ただただひたすらに、両目から涙だけを流し続けて、ぼうっとしているんです。
今井加奈さんが。おそらく彼女の真の理解者のひとりだろうアイドルが死んだ。
その現実に対して「悲しい」って思うこともできなくなってしまってるくらい、悲しんでるみたいな。
どれだけ傷ついてるのか外野からは把握できないような。
そういうレベルの、リアクションでした。……でもボクは、言葉をかけます。
「ら、蘭子、さん。だ、だいじょうぶ、ですよ。嘘です。ぜんぶ嘘なんです。
放送だって呼ばれた死者だって、嘘にきまってます。ドッキリなんですから。心配すること、」
「嘘……? ……う、そ?」
「そうです、嘘なんです、ハッタリなんです、驚かせるためのっ。
名前を呼ばれたみんな、いいシーンが撮れなかったから脱落しただけで、
呼ばれただけで生きてて、
どこか別室でボクたちを見て笑ってるんですよっ!
今井加奈さんだって――ドッキリなのにおおげさだなあって笑ってますよきっと!
だからしっかりしてくださいっ! 落ち込むことないんです、ねえ、蘭子さん!」
ボクは言葉をかけました。
いつもの調子にすがるようにして、口から言葉を紡ぎだしました。
この悪夢が現実だって認めたらダメだったんです。
もしそれを認めようものなら、ボクがふるえて崩れて、こわれてしまいそうだったんです。
ぜんぶ嘘だと言って慰めようとしました。
でもそれは蘭子さんを慰めようとしてるのか、
自分を慰めているのか、もうボクには分からなくなっていました。
「嘘……つき……?」
「そ、そうです、嘘つきです。みんな嘘つきなんです――」
だから
神崎蘭子さんの瞳にもとの色が少しずつ戻ってきて、ボクはとにかく安堵しました。
ああ。よかった。信じてくれたんだ。
そしたらまだボクは、ぬるい湯船につかったままでいられる。
生々しすぎたあの首も。シャワーみたいに飛び散る血の非現実感も。
薬で眠らされるなんてTVの企画にしても酷すぎる仕打ちも。支給された拳銃も。
鉈を持った殺人鬼も、急に人がいなくなったみたいな施設も、
電話の向こうの安否不明のネネさんも、エサをあげる人がいない動物たちも、
全部ネタで、タチのわるい嘘なんだと思って、安全世界に住んでいられる。
――立ち上がった蘭子さんがボクの頬に平手打ちを入れるまで、傲慢なボクはそう思ってたんです。
「いっ! ひぁ……! な、何を」
「論、ざれしは、罰・……(そん、なの、絶対違う)」
その平手のあまりの勢いにふらつき、
気の抜けたコーラみたいな声を出してボクは尻餅をつきました。
見上げると蘭子さんは、泣きながら怒っていて。
感情の雨を降らすように、ボクに言葉を浴びせます。
「加奈、ちゃんは――そんな嘘は、つかないっ」
「……あ」
「あ、雨を連れ行く我が身に、傘をっ、差し……。(――――)
私の石造りの弾丸をっ、……魔道書に、認め続けて……。(――――――)
孤独で、孤独に……濡れていた私を晴らしてくれた、(――――)
今井加奈を、かの少女を、お……貶すことだけは、成らないっ!(――許しません!)」
「ひ、ひぃっ」
ボクはあまりのことに頭が回りませんでした。
だから蘭子さんが泣きながら、何度も嗚咽しながら、
まくしたてるように放った石造りの弾丸を、難解な言葉の砂嵐を、ほとんど理解できませんでした。
ただどうやら許されないことをしてしまったのだということだけは分かって。
息を荒くした蘭子さんがまるでボクを殺そうとしているようで。とにかく怖くて、震えました。
震えて丸まりました。床にだんごむしみたいに体育座りで。
そのあと耳を塞ぎました。そうしてじぃっと、時が過ぎていくのをただ待ちました。
……。
どれくらいそうしていたのか。
ボクがおそるおそる顔をあげると、蘭子さんはその場から消えていました。
隣で
星輝子さんがさびしそうな顔で、ツキヨタケを植木鉢に戻していました。
「蘭子、さんは」
「……行っちゃった……幸子、だめだよ。
励ますにしても……。トモダチのトモダチを悪く言っちゃ、ダメだよ……」
聞いて返ってきた、当たり前の言葉。
「ああ……そう、ですね。ボクは……そうか。そんなことを言ってたんですね」
ボクはきっとひどい顔をして、輝子さんの言葉に答えたことと思います。
そうだ、いくら嘘だと信じたいからって、それを相手に押し付けて、
しかもそのために相手の友達を悪く言うなんて――ボクはいったいどうしてしまったのでしょう。
輿水幸子は、たった今、最低でした。取り返しのつかないことをしてしまいました。
これからボクはどんな顔をして生きてけばいいんでしょう。
つまらない意地のせいで、仲間を悲しませてしまったボクは……輿水幸子はアイドル失格です。
「謝りに、いこう」
「え」
――しかし。そんなボクの手を、星輝子さんは握ってきました。
「わ、私……このまま蘭子と幸子が離れるの、ダメだと思う。
仲間って、仲がいいから仲間だよ。……仲直りしに、い、行こう? いまならまだ、間に合うよ」
「で、でも」
「……わ、私、クリスマスのとき、雪美にたくさんキノコ送りすぎちゃって。嫌な思いさせた。
でも三船さんに言われて……あとで、ちゃんと謝った……。
そしたらね、雪美は許してくれて。……もっとトモダチになってくれたよ。
ら、……蘭子もきっと、幸子に悪気がなかったの、分かってると思う。出てくとき、寂しそうだった」
赤くなった鼻をすすりながら。
雪美さんを、トモダチを失ったばかりだというのに、輝子さんは必死にボクを励ましてきます。
相変わらずおどおどして、暗いオーラを漂わせていて、
キノコも大事そうに抱えたまんま泣いていて、どこから見ても変な子。
でも「ネネさん」との電話を通して何かを掴んだのか。
ボクの隣にしゃがんでいる彼女はいつのまにか、ボクの後ろで震えてた当初より、
ほんのちょっとだけ強くなっていました。そのまま手を引いて、ボクを立ち上がらせます。
「ちょ、ちょっと」
「蘭子……ひとりで出ていっちゃった。さっきまでに殺されたのは、15人。
……ボッチじゃ、ひとりじゃ、ぜったいに危ないよ。幸子はこのまま、蘭子を見殺しにする?」
「み――見殺しになんかしませんよ! ……」
「じゃあ、助けに行かなくちゃ。蘭子のわすれもの……これで、場所は分かるみたい。ね、行こう?」
輝子さんは蘭子さんが忘れていったらしい、
テーブルの上の情報端末をとってボクに見せます。
するとピコンと光る星みたいな点が画面をすーっと動いていました。
周りには「鳥コーナー」とか「バイキング」の文字。
十メートル単位くらい? この端末、わりと詳細に持ち主の現在位置が分かるらしいです。
それによると蘭子さんはいま、動物園を出て遊園地へ戻ったあたり。
絶望的には離れてません。まだ間に合うという輝子さんの言葉は嘘ではありませんでした。
あとは、ボクがうんと言うか言わないかです。
「……わ、分かりましたよ」
ボクは。ぐちゃぐちゃの顔を無理やりいつもの自信ありげな顔にしようとして、
たぶん失敗して、笑えるくらい変な顔になりながら、震えた声で輝子さんに言いました。
「蘭子さんが――他のアイドルがいなくなっちゃったら、ボクも困りますからね。
そ、そうですっ。ボクは他のみんなを蹴落として、殺して、一番になるんじゃない。
みんなに愛されて、カワイイって言われて、認められて一番になるんです。
だから。い、いずれボクのファンになるはずのみんなを殺すなんてありえません。
一番カワイイボクは……蘭子さんに嫌われてる場合なんかじゃ、ないんですよ、ええ!」
「おお。そ……その調子、だよ。
だ、だいぶいつもの幸子に……でも幸子、フヒヒ、そ、その顔」
「わわわ笑わないでくださいよ!」
こうして。下山のときとは逆の形。輝子さんにボクが先導される形で、
ボクたちは動物園のスタッフルームから出て、蘭子さんを追って走り出しました。
情報端末に映る蘭子さんの星はまだ動き続けています。
ですがエサやりのときに、ボクたち三人ともそこまで体力がないのは確認済み。
蘭子さんもじきにどこかで休むはずで――きっと追いつけるはず。
いまだ続く悪夢の前に、
その推測はあまりにも頼りないものだと言うのは分かっていましたが。
とにもかくにもやるしかないんです。支給されたおもちゃみたいな拳銃を握りしめてでも。
……ボクたちが生きる現実(ライブ)にはリハーサルなんてない。なにもかもが本番なんですから。
【F-5 動物園・案内所前/一日目 朝】
【輿水幸子】
【装備:グロック26(15/15)】
【所持品:基本支給品一式×1、スタミナドリンク(9本)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:ボクが1番になるのに比較対象がいないなんてありえません!
1:だから、殺し合いなんて……
2:蘭子さんにごめんなさいを言います
3:輝子さん、ありがとうございます。
※神崎蘭子、今井加奈と同じプロダクションです
【星輝子】
【装備:ツキヨタケon鉢植え、携帯電話、神崎蘭子の情報端末】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品x0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:友達を助けたい。どうすればいいのかは分からない。
1:とにかく、蘭子と幸子を仲直りさせる
2:雪美が死んじゃった……
3:ネネさんからの連絡を待つ
☆☆☆
「堕天使の溜め息……(どうしよう、幸子ちゃんに酷いことしちゃったよ……)」
朝を迎えた遊園地。私、神崎蘭子はひとりきりです。
ほんの数時間前、闇の中にぽつんと取り残されていた私に話しかけてくれた、
さらに「仲間」にしてくれた幸子ちゃんから私は逃げ出して、
誰も居ないのに軽快なBGMが鳴り続けている、この場所へと戻ってきました。
「ゴーレムの細脚に花束を……。(走りすぎて足が棒みたいだし、とにかく、座らなきゃ)」
すでに走り続けるのは疲れてきて、頭もだいぶ冷静になってきていました、
でも、デイパックだけ掴んで飛び出してきてしまった私には、行く当てはありませんでした。
視線を上に向けると、回り続ける観覧車が私を見下ろしています。
誰も乗せずに、何にも干渉されずに、ひとりきりでぐるぐると無慈悲に回っています。
ふと、私はそれに乗りたくなりました。
地上から離れたい、いろんなしがらみから逃れたい、そんな気持ちが働いたんだと思います。
加奈ちゃんが放送で名前を呼ばれてしまったこと。
それを加奈ちゃんがついた嘘だと言われて、カッとなって幸子ちゃんに怒ってしまったこと。
パニックになって、ここにいちゃいけないような気がして。
二人から離れてしまったこと。逃げないって決めたのに、私はまた――――。
何も考えたくありませんでした。
でも、思考を放棄するのがダメなことも分かってます。
だから考えなきゃいけない。でも一気に考えることは難しそうで。時間が――必要でした。
「明けの空へと私を運んで……(お願い、私にもう一度結論をください)」
ヴヴヴと機械音を立てて回ってきたゴンドラの扉をどうにか開けて、私は観覧車に乗りました。
きっと一周回る間にすべてが上手くいくことを願って。
【F-4 遊園地・観覧車/一日目 朝】
【神崎蘭子】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品x0~2】
【状態:健康、疲労(小)】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いの打破?
1:観覧車に乗ってる間に、どうすればいいのか考える
2:加奈ちゃんが死んだ……。
3:幸子ちゃんに酷いことをしちゃった
※今井加奈と同じプロデューサーです
※輿水幸子、今井加奈と同じプロダクションです
★
そのころ――神崎蘭子が観覧車に乗ったころ、
少し前に幸子と輝子が下ったハイキングコースをなぞるように下って、
ひとりの少女が、純白のドレスを身にまとったアイドルが、遊園地へと到着しようとしていた。
「……さすがに“足跡”はここで途切れていますか。
まあ、きっとこの先にいるでしょうし、いいでしょう。さっさと探して、殺します」
朝になって視野が広くなることで分かることもある。
ゲーム開始当初に放たれた拡声器に引かれて山頂へ向かった彼女は、
そこで一仕事を終えたあと、少し戻って途中にあった休憩所で休息をしていた。
ベンチと屋根だけの東屋で充分に休憩をとっていると、辺りは徐々に明るくなっていった。
そして明るくなって地面がよく見えるようになるとー―。
少女は東屋の外に、“自分以外の足跡”があるのを発見した。
キノコが群生するような山の土は基本的に苔むして湿っている。
もちろんハイキングコースの道自体は簡単に地ならしされているが、しかしそのせいで逆に、
キノコを採ったり電話をかけるためにたびたび脇道へとそれていた星輝子が靴の裏につけた、
苔や腐葉土の汚れが目立ってしまっていた。
目印はさらにあった。
ほんの少しコースから逸れれば、枯れ木に生えたキノコが無造作に採取されている跡が。
また、道にときどき落ちていたキノコ片はまるで自分はこっちに行きましたとアピールしているようだった。
結果として
水本ゆかりは、
キノコを取っている謎のアイドル――1人か、同行者がいたかは不明だ――が、
自分と入れ違いに山を下って遊園地の方向に向かったという結論に簡単に至ることが出来た。
「もう少しで着きますね。さて」
充分に休んで、体力も気力も回復した。
これから辿り着く舞台(ライブ)では再び全力のパフォーマンスが出来るだろう。
視界の先に姿を現した観覧車を見ながら、水本ゆかりはそんなことを思っていた。
「私の帰りを待っているファンのために。プロデューサーさんのために。
――――水本ゆかりは、笑顔でこの鮮血を奏でましょう」
観覧車に銀髪の少女が一人乗っていることを彼女が発見するのは、この少し後だ。
【E-5 遊園地付近/一日目 朝】
【水本ゆかり】
【装備:マチェット、白鞘の刀、純白のドレス】
【所持品:基本支給品一式×2、シカゴタイプライター(43/50)、予備マガジンx4、コルトガバメント+サプレッサー(6/7)】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを助ける。アイドルとして優勝する
1:キノコのアイドルを追って遊園地へと向かい、殺害する。
最終更新:2013年02月16日 05:49