黒点 ~心に太陽当ててるか~ ◆ltfNIi9/wg
ガチガチと、カチカチと、空港の片隅で一人少女は震えていた。
寒い、寒いヨ。
少女を少女たらしめていた情熱はそこになく、心にぽっかりと空いた穴から吹きこむ風が、今も彼女を蝕んでいる。
少女は、
ナターリアの頬は真っ青だった。
褐色の肌が今は青白く見えるまでに、少女は色を失っていた。
ああ、ああ、あ”あ”あ”。
どうしてだろう、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
みりあを手にかけて以来何度も、何度もしてきた自問が、少女の中で渦を巻く。
答えは出ていた。
とっくに出ていた。
本当なら、みりあを殺してしまった時に、出しておかなければならない答だった。
もしもその答えに行き着いていたのなら、ナターリアは少なくとも、まゆを殺すという形で、過ちを犯さないで済んだのに。
過ち、そう、過ちだった。
ナターリアは間違っていた。徹底的に誤ってしまった。
……何を?
それは、
佐久間まゆに糾弾されたように、アイドルである以前に、一人の人間であることを選んだ者達の心を鑑みていなかったことか。
違う、そうじゃない。
確かにそれも過ちと言えなくも無いかもしれない。
既にしてナターリアは、みりあから、そのことを指摘されていた。
みりあが放った〝わからずや〟という言葉。
少女が口にしたことを悔い、謝ることもできぬまま死んでいったその言葉は、しかし、酷い言葉ではあっても、不当な言葉ではなかった。
ナターリアは分かっていなかった。
アイドルに理想を抱いているあまりに、みりあの言葉を聞くこともなく、ただただ自分の想いを押し付けようとしてしまった。
プロデューサーを助けたいという気持ちも、死にたくないという気持ちも、痛いほどに伝わってきていたのに。
おかしいと、違うと、頭っから頑なに、みりあの想いを否定してしまった。
似合ってなくとも、間違っていても、ナターリアに銃を向けてまで、生きたいと、プロデューサーを助けたいと願ったのも、紛れもなくみりあなのに。
だから、それもナターリアにとっての間違いだ。
みりあを殺した時点で、そのことに気づいていれば。
或いは、まゆに怒りをぶつけられた時点でそのことを思い出せていれば、ナターリアは二度目の過ちを犯すことはなかった。
でもそれは、あくまでも、“二度目の”過ちだ。
“二つ目の”過ちだ。
いや、考えようによっては、過ちということさえ酷だろう。
ナターリアは確かに分からず屋であったが、人殺しを否定したその意思自体は、彼女にとっての間違いではなかった。
佐久間まゆが一人の人間としてそうしようとしたように、ナターリアもまた、アイドルとして以前に人としてやってはいけない事だとして人殺しを止めようとした。
みりあの時だってそうだ。
人が人を殺す、それが酷いことだと分かっていたからこそ、ナターリアはみりあを止めようとした。
その事自体に過ちはない。
ならば、であるなら。
少女が犯した過ちとはなんだ?
意思の食い違いや、浅慮などではない、もっと根本的な過ちとは。
“最初の”過ちとは、“一つ目の”過ちとはなんだ?
みりあを殺したことか?
そうとも言えるし、違うとも言える。
根本的なことだ、もっと根本的なことだ。
ナターリアは
赤城みりあを殺した。
何故?
ナターリアは佐久間まゆを殺した。
どうして?
人殺しを止めようとしたから。
どうやって?
“力づくで”止めようとしてしまったから。
言葉でも、歌でも、ダンスでもなく。
アイドルとしてではなく、一人の人間として止めようとしてしまったから。
それが、答え。
ナターリアが犯した“最初の”過ち。
少女は、アイドルとして、殺し合いを止めようとした。
歌で、踊りで、アイドルで、みんなを熱くさせようとした。
その願いは綺麗すぎて、みりあやまゆのように、一人の人間であることを選んだ少女たちからは拒絶されるようなものであったかもしれないけれど。
でも、ただの一人の少女にアイドルになりたいと思わせた熱さこそ、ナターリアが抱いた“アイドル”なのだから。
もし本当にナターリアが“アイドル”だったのなら、“アイドル”であり続けたのなら。
みりあの、まゆの心にも、届いたかもしれない。
少女たちの心の“アイドル”を、ナターリアが願ったように、思いださせることができたのかもしれない。
だけど、そうはならなかった。
ほかならぬナターリアが、“アイドル”であれなかったから。
誰よりも信じていたはずの“アイドル”の力を、土壇場で信じられていなかったから。
ナターリアは願っていた。
歌で、踊りで、アイドルで、殺しあいとか難しいことを全部、全部吹き飛ばして、凶器を手に取るよりもマイクを手にして踊りたいと思わせたいと。
アイドル達だけじゃなくて、ちひろ達にもそう思わせたい、熱くさせたいと、ライブを開くことを決意していた。
しかし実際はどうか。
殺し合いにのったみりあを、まゆを前に、ナターリアは何をした。
歌を口ずさんだか?
否。
ダンスを舞おうとしたか?
否。
およそ考えられる限りのアイドルらしい何かをしたか?
断じて否。
少女は何もしなかった。
少女が願っていたような、そうでありたいと想っていた“アイドル”を何一つ貫徹できなかった。
みりあの時も、まゆの時も、我慢できずに、焦ってしまい、歌でも踊りでもなく、強硬手段に打って出てしまった。
アイドルとして心に訴えるのではなく、力で訴えてしまった。
それでは届かない。
アイドル達にも、ましてや殺し合いという暴力の法を布いているちひろ達には届かない。
「……そっかぁ、ナターリア、汚れちゃったんだネ」
ううん、違うか。
悲しそうに頭を振る。
「ナターリアが、汚しちゃったんだネ」
ナターリアの夢を、アイドルを。
プロデューサーと一緒に抱いた、彼女たちの“アイドル”を。
「ダメ、ダメダヨ。ナターリア、アイドルを汚しちゃっタ。こんな汚れたナターリアじゃ、もう、アイドルでいられないヨ」
ぺたりと座り込んだ少女の心を絶望が支配する。
誰よりもアイドルに憧れていたからこそ、自分の手でアイドルを汚してしまったことに少女は耐えることができなかった。
「だから、見ないで、プロデューサー。こんな汚れたナターリアを見ないでヨ。お願い、ナターリアを、見ないデ!」
ずっと見ていてっていう約束も、取り消すから。
どうか、神様、お願い、ナターリアを誰にも見つからないようにして。
プロデューサーだけじゃない、ファンのみんなにも、他のアイドル達にも、誰にも。
そう願っていたのに、少女は強く、強く、願っていたのに。
現実はいつだって残酷だ。
「見つけた、ナターリア!」
罪を犯した咎人は、正義の味方から逃れられない。
* * *
南条光がナターリアに追いつくのに、それほど時間はかからなかった。
いくら空港が広いとはいえ、閉ざされた環境だ。
道行は限られているし、ナターリアにしても見つからないように逃げるとか隠れるという発想はなかった。
だから、当然のように、行き場をなくし震え立ち止まる少女に、放送後すぐ、南条光は追いついた。
追いついて、声をかけて、だけど、そこまでだった。
(……アタシは)
目の前で震える少女がいる。
こんな時、ヒーローなら取るべき行動は決まっている。
手を差し伸べること。抱きしめること。
もう大丈夫だと笑みを浮かべ、後は任せろと励ますこと。
いくつも、いくつも、いくつも。
憧れてきた物語の数々から、類似したシーンが思い浮かぶ。
そんな記憶の中のヒーロー達に導かれるように、光もナターリアに駆け寄って手を差し伸べようとした。
けれど、物語は物語だ。
全てを教えてくれるわけではなく、たとえどれだけ読み込もうとも、当事者になってみなければ分からないこともある。
ナターリアは、震えていた。
その震えは、光を前にしてより大きくなっていた。
少女の瞳に浮かぶのは、恐怖。
それは、正義の味方が護るべき少女から向けられるには到底相応しくない感情だった。
「見ないで、来ないでヨ。ナターリアを、見ないデ!」
「……っ!」
いや、果たして、ナターリアは護るべき少女と言えるのだろうか。
確かに彼女は怯えている。
黒幕であるちひろ達に殺し合いを強要された哀れな被害者だ。
だが、同時に加害者でもあった。
ナターリアは、命を奪った。
その理由がなんであれ、彼女は、一人の少女の命を奪ったのだ。
そしてそれは光も同じだった。
正当防衛とも言えなくもないが、しかし、彼女は人を一人殺した。
安部菜々を、心が通じ合った人間を、死に至らしめたのだ。
間違いだったとは思わない。思いたくない。
光も、菜々も、自分が正しいと思ったことを成し、彼女達の中に存在するワンダーモモを信じた。
納得なんかしてやりたくない結末だったけれど、それでも、自分は菜々に応えることができたし、菜々も満たされていたとそう信じることが出来る。
光はヒーローとして、ワルデモンの改造人間ウサミンを倒し、人間である安部菜々の心を救った。
けど、今回は?
光に、ナターリアを救えるのか?
悪を、ウサミンを殺し、少女を、まゆを救えなかった光に。
悪<<加害者>>であり、少女<<被害者>>でもある少女を救うことはできるのか。
無理だ。
弱音が鎌首をもたげそうになる。
菜々の時と違って、ナターリアの中にワンダーモモはいない。
たとえ悪を倒したとしても、少女が救われることはない。
一人、寒い寒いと震えたまま、満たされることなく死んでいくだけだ。
思わずイメージしてしまった光景が、光を躊躇させてしまう。
ヒーローとして菜々に死を選ばせてしまった記憶がリフレインし、最悪の想像に現実を持たせていく。
光は身動きが取れなくなってしまった。
駆け寄ろうとした身体は、差し伸べようとした手は、一向に、ナターリアへと近づくことはなかった。
「そうダヨネ、ナターリアは人殺しだもんネ。ナターリアのこと怖いヨネ?」
そのことが、ナターリアからすればどう映るのか。
気付いた時にはもう遅かった。
* * *
「そうダヨネ、ナターリアは人殺しだもんネ。ナターリアのこと怖いヨネ?」
「ち、ちが!?」
ナターリアの手には拳銃が握られていた。
みりあの、まゆの命を奪ったものではない。
彼女本来の支給品であるワルサーP38だ。
アイドルとして使うものかと決めていて、でも、誰かに拾われることを考えたら捨てるわけにもいかなかった凶器を、ナターリアは手にしていた。
「ナターリアは怖いヨ。ワタシはワタシが怖い」
みりあを殺した自分が怖い。
まゆを殺した自分が怖い。
「こんなはずじゃなかったナ。ナターリアはみんなを熱くしたかっタ。みんなで、熱く、なりたかっタ。
みんながアイドルでいられるよう、ナターリアは太陽になりたかっタ」
だからお願い、近付かないで。
近づいたら、今度はあなたを殺してしまう。
「ナターリア、おっきなライブがしたかったヨ。みんなに、届くくらいおっきなライブ。みんなは、みんなダヨ。
キラキラでピカピカなアイドルのみんなにも、大好きなプロデューサーたちにも、そして、ちひろにまでも届く、そんなライブ」
正義の味方に追い詰められた悪人は懺悔する。
夢を汚してしまったことを、叶わぬことにしてしまったことを涙する。
「あの日憧れたアイドルみたいに、みんなを熱くできれば、こんな、こんな寒いこと、ちひろも止めてくれるってそう、信じてたヨ」
涙したまま、のろのろと、腕を上げる。
拳銃のグリップを祈るように、懺悔するように両手で握りしめ、トリガーに手をかける。
「でも、ナターリア、あんまり頭良くないカラ。間違えちゃっタ」
今度は、間違えない。
「やめろ、駄目だ、そんなの絶対に駄目だッ!
そんな素敵な夢を抱けるなら、そんな悲しい選択しちゃダメだッ!」
銃口は自分自身の顎下に向けられていた。
これでいい。これでもう、誰も殺さない。
太陽になりたかった少女は力のない冷えきった笑みを浮かべる。
「ううん、こうするしかないんダヨ。
ナターリア、汚れちゃったカラ。ナターリア、汚しちゃったカラ。
ナターリア、もうアイドルとしていられないカラ」
それが、彼女に死を選ばせた絶望。
みりあを死なせてしまっても、少女が歩いてこれたのは、頑張ってこれたのは、しなきゃいけないことがあったからで。
でも、それがもうできないんだって思ってしまった時に、少女の心も折れてしまった。
「みりあ達を死なせちゃったワタシの歌は、もうみんなには、届かな「……ふざけるな、ふざけるなよ」……え?」
ああ、だから。ああ、ならば。
「アタシが、アンタが、アタシたちが憧れたアイドルは、ヒーローは……」
まだアイドルでいられるというのなら。まだ頑張れるというのなら。
「そんなちっぽけなものじゃ、ない!」
少女は、絶望なんかしなくたって、いい。
☀ ☀ ☀
南条光は踏み出していた。
あれほど進むことを躊躇っていた足が、今は動く。
ゆっくりと、でも一歩一歩確実に、光はナターリアへと近づいていく。
恐怖は未だある。
ナターリアへの、ではない。
ナターリアが抱いていたのと同様の、自身への恐怖。
相手を死なせてしまうんじゃないかという恐怖は、きっと、この先も光に付き纏うことだろう。
光は安部菜々を死なせてしまった。
その事実は失くならない。
ずっとこの先も光が背負って行かなければならない罪の十字架だ。
でも、だけど。
光は、そのせいで自分がヒーローになれないなんて思ってはいない。
それだけは違うと、ナターリアの絶望を断固として跳ね除けられる。
(一人殺したら、ダメなのか。二人殺したら、もう戻れないのか)
そんなんで、あってたまるか。
「アタシが、アンタが、アタシたちが憧れたアイドルは、ヒーローは……」
一人の少女に、ああなりたいと、あんなふうに可愛くなりたいと思わせたアイドルは。
一人の少女に、ああなりたいと、あんなふうに誰かの力になりたい思わせたヒーローは。
「そんなちっぽけなものじゃ、ない!」
きっと、今も何人ものアイドルたちが、そう思い込んでいる。
殺してしまったから。
自分の手は血で汚れてしまったから。
もうアイドルではいられないのだと、諦めている。
それを、その絶望を、南条光は否定する。
光だからこそ、誰よりも強く、真正面から否定できる。
「友だちの、小春の受け売りだけどさ。アイドルって、ファンに応援されてこそなんだって。
ファンに応援してもらえるのがアイドルなんだって。アタシも、そう思う」
「だったら、やっぱり無理ダヨ。ナターリアはもう、ファンのみんなのお嫁さんには、なれないヨ」
「なれるっ!」
ナターリアの目の前で歩みを止め、光は被っていたマスクを脱ぎ捨てる。
今だけは、ヒーローである二代目ワンダーモモとしてではなく、ヒーローに憧れた一人の少女として言葉を紡ぐ。
「知ってるから。アタシは知ってるから。
ヒーローだって……ヒーローだって、みんながみんな、綺麗なだけじゃないんだ」
思い出の中のヒーローたちは、輝いてばかりじゃなかった。
時に血に汚れ、罪に涙し、悪を背負って生きていた。
「ヒーローにだって色んな人たちがいる。
罪を犯した人もいる。悪の手先だった人もいる。悪を倒す――悪人を殺すことに悩んでる人だっている」
そんな彼らに、自分たちは、子どもたちは何をした?
後ろ指を指していたか。
石を投げて拒絶したか。
こんなのヒーローじゃないって、弾劾したか。
違う、そうじゃない。
(そうじゃ、なかったろ!)
「でも、それでも。そんなヒーローたちを、みんなは応援してくれるんだ」
(あたしは、応援してきたんだ!)
「たとえそれまで、どれだけ悪いことをしていようとも。
力に溺れ、人を殺していたとしても。復讐に呑まれ、多くの罪なき人を傷つけていたとしても。
大切な人以外の、全てを犠牲にしようとしていたとしても」
それでも!
「彼らが、ヒーローになろうとした時に、ヒーローになった時に、あたしは、あたしたちは応援した! 応援してきたんだ!」
テレビにかじりついて、時には涙さえ流しながらも、本気の本気で彼らを応援し続けてきたんだ。
(頑張れって! 負けるなって! いっけええええええ、って!)
「誰もがヒーローになれるんだ。誰だってヒーローになっていいんだ!」
熱い心と奮える勇気さえあれば、誰だってヒーローだって認めてもらえる。応援してもらえる。
「そんな、そんな世界だからこそ、アタシも、あんたも、ヒーローに、アイドルに、憧れたんじゃなかったのか!?」
そんな夢と希望に溢れた世界をこそ愛したんじゃなかったのか。
「太陽になりたかったんだろ? なれるよ、アンタならきっとなれる。
だってアタシも、アンタの夢、素敵だって想ったから。
アンタの夢に、アイドルに、憧れたんだ」
ちひろのことは倒すしかないんだって、ずっとずっと、思ってきた。
倒すべき悪だとしか思って来なかった。
でもナターリアは、ちひろにさえも、夢と希望を届けようとした。
ちひろにも、アイドルに、ヒーローになりたいと思わせて、みんなを、文字通り、みんなを、救おうとしていた。
その夢を、その理想を、光は素敵だなって思った。
そうなればいいと本気で、応援したくなった。
だから! だから!
「だから、今日からアタシとアンタでダブルヒーローだ!」
あの忘れえぬ日に、プロデューサーがそうしてくれたように、光は今度こそ、ナターリアへと手を差し伸べた。
それは、泣いている少女を救おうとしてのものだけじゃない。
ヒーローに憧れた少女から、アイドルに憧れた少女へと、一緒に戦おうと、そんな熱さを込めた掌だった。
「ダブル、ヒー、ロー?」
「ユニットともいう!」
「でも、でも、ナターリアは、ナターリアは」
ナターリアの手が未だ銃を握りしめたままでいるのを見て、光は更なる言葉を紡ぐ。
それはいつかどこかで聞いたヒーローの決め台詞だった。
「ナターリア! アンタ、アンタは! 心に太陽<<アイドル/ヒーロー>>、当ててるか!!」
「心に、太陽?」
ナターリアがきょとんと首をかしげる。
光にだって自分が無茶苦茶なことを言ってるんだっていう自覚はある。
それでも勢いのままに、光は、差し伸べた右手を、掌の太陽を、銃を握ったナターリアの両手ではなく、冷えきった少女の胸へと押し当てた。
「太陽になりたいなら、まずは自分の心に太陽当てなきゃダメだろ!
アタシたちが憧れたヒーローは、アイドルは、こんな時こそ勇気をくれる存在だろ!」
☀ ☀ ☀
とくり、と。
冷えきっていた、少女の身体に、拳を通して、光の熱が伝わってくる。
最初は少しずつ、ほんの掌の熱さだったそれは、心臓が脈を打つのに合わせて、血潮とともに全身へと循環していく。
その熱さに、冷えてカチカチに固まっていたはずの両手が解け、手から拳銃が滑り落ちた。
「……そっかあ。ナターリア、忘れてたヨ。自分がアイドルになろうなろうってばっかり思ってて、アイドルを、忘れてタ」
歌を、届けたいと願った。
踊りを、届けたいと祈った。
ライブを、届けたいと誓った。
その届け先は、人殺しをしないと決めたアイドルへだけだったか。
綺麗な、汚れていない、ピカピカで、キラキラな、そんな人達だけが救われたらそれでいいと、そう思っていたのか。
違う、そうじゃない。
人を殺そうとしている人にこそ、熱くなって欲しかった。
人を殺してしまった人にも、アイドルを思い出して欲しかった。
ナターリアが抱いた夢は、理想は、みんながみんな、ハッピーになる、そんなものだった。
みんなはみんな、みんななんだ。
恐怖に震えるアイドルたちに、誰かを殺してしまった人に、人殺しを強要するちひろたちに、殺されてしまって死んでしまった天国のみんなにさえも。
届くような、そんなライブ。
アイドルにはそれだけの力があるって信じてた。
今だって、信じてる。
誰よりも、その力を信じていて、だからこそ、自分はもうアイドルになれないことに絶望していた少女は。
かつて自分が抱いた理想のその熱さに、今、こうして救われた。
「やっぱり、アイドルって、すごいネ」
あの日テレビで見たアイドルを思い出すだけで、冷えきっていた心が、身体が熱くなっていく。
熱くなって、熱くなって、いっぱいいっぱい、熱くなって。
身体に収まり切らない熱が、瞳から零れ落ちてしまう。
「ねえ、えっと」
「光。アタシは南条光だ」
「うん、それじゃ、ヒカル。ナターリア、頑張るカラ。今度こそ、アイドルになってみせるカラ。だから」
その熱を逃したくなかった。
取り戻した熱さを、胸の内に留めていたかった。
「今だけは、甘えて、イイ?」
光が無言で頷くと、ナターリアは、そのちっちゃな身体を力いっぱい抱きしめた。
止めどなく溢れ出る涙を押し留めるように、ワンダーモモの衣装に顔を押し当て、声を上げて泣き続けた。
【ナターリア】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、温泉施設での現地調達品色々×複数】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとして“自分も”“みんなも”熱くする
1:B-2野外ライブステージでライブする
2:でもまずは、ちゃんと、さっき殺してしまった子に謝りたい
※ワルサーP38はナターリアのすぐ傍に落ちています。
【南条光】
【装備:ワンダーモモの衣装、ワンダーリング】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:全身に大小の切傷(致命的なものはない)】
【思考・行動】
基本方針:ヒーロー(2代目ワンダーモモ)であろうとする
1:楓のもとにナターリアと一緒に戻る
2:仲間を集める。悪い人は改心させる
☀ ☀ ☀
「……プロデューサー。プロデューサーはダメじゃないって言ってくれたけど」
掌の太陽は、今や両手に余る太陽になっていて、光はロビーの外で輝く本物の太陽を見上げながら悔しげに呟いた。
「やっぱり背の低い女子はダメだよ。泣いている女の子一人、ちゃんと抱きしめられないもん」
最終更新:2013年05月01日 19:27