千夜、舞姫 ◆j1Wv59wPk2
「はぁ………」
コーヒーを口につけて、
矢口美羽は息を吐く。
差し込む太陽と熱いコーヒーが彼女の体を暖めた。
横で
道明寺歌鈴が同じくコーヒーを飲んで、熱さに思わずカップを落としそうになっていた。
「……苦いけど、美味しいね」
「……まぁ、美味しいんだけど。これからどうしよう……」
そう言って美羽は俯く。
この殺し合いには彼女と同じユニットのアイドル達がいる。
最初こそ、彼女達を生存させようと……殺し合いに乗ろうと動いていた。
しかし、彼女は普通の少女だった。自分の気持ちから目を逸らしても、無駄だった。
絶好のチャンスが目の前にあったのに、それを実行出来なかった。
彼女の心は、殺し合いを否定してしまった。それしか手段は無いというのに、ギリギリの所でそれをできなかった。
「……ごめんなさい。私、取り乱して……」
「ううん……私も結局、殺し合いなんて出来そうになかったから。
でも、このままだといけないのも事実……うー、どうしよう。何も思いつかない」
横で謝る歌鈴にフォローを入れつつ、頭を抱える。
今でも、自分より他のメンバーを生き残らせたいという気持ちはある。が、その手段が見つからない。
その現実と、先程の放送にて知った現状が、彼女を焦らせていた。
何せ既に十五人も死んでいる。あまりにもペースが早い。
そりゃあ少しは同一犯によるものや、自殺の類もあるだろう。
しかし、全てがそうだという希望的観測は出来ない。確実に複数人のアイドルが殺し合いに乗っている。
美羽に出来なかったことが、他の誰かにできている。
他のメンバーの現状は分からない。命の危機に晒されている事を否定出来なかった。
(……ここの人達は、どうするのかな)
ふと、すぐ近くの喫茶店にいる
高垣楓の事を考える。
彼女自身は『見せしめ』としてプロデューサーが殺されて、ほぼ意思は無い、流されるままになっている。
ではその彼女と一緒に居た人達はどうだろうか。
南条光と
ナターリア。二人の事は良く知っていた。
お互いテレビで活躍しているし、ナターリアとは話した事もある。
その時のイメージで考えるなら、まず殺し合いには乗らないだろう。
しかし、それと同時にそれ以上の事を考えていないような気もした。彼女達は純粋だし、幼い。
おそらく策も何も無いが、それでも反抗の意思だけは確かに示す。
そんな姿が容易に想像できて、そしてその思考には少し気が引けた。
(私がどうこう言える立場じゃないのは分かってるけど……)
殺し合いなんてしたくない。それは彼女の本音であるし、それが一番良いに決まっている。
しかし、それで解決する事は何も無い。未来の無い綺麗事など、意味が無い。
(………ちょっと待ってよ)
ふと、美羽の頭の中で何か引っかかったような気がした。
彼女の頭の中ではナターリアのイメージは完全に固まっていた。
しかし、それはあくまで彼女の中のイメージだ。確実にそうだと決まっているわけではない。
この場所で、本当に彼女が彼女でいるという保証はない。
何より彼女は既に人を――すぐ近くにいる寝ているように横たわっている少女――を手にかけたらしい。
彼女の心情はより正常ではなくなっている筈だ。なら………
「コーヒーのおかわりはいる?それとも、ジュースの方が良かったかしら」
そうやって思考している内に、また喫茶店に向かっていた高垣楓は瓶を一本抱えて戻ってきた。
その瓶の中に満たされた液体は鮮やかな色をしていて、ラベルは英語で書いてあった。
それはいかにも怪しげというか、ジュースとは思えない雰囲気を醸し出していた。
「いや楓さん、それお酒ですよね……」
そりゃそうだろう、それはジュースじゃないのだから。
彼女の天然なのかどうかは分からないが、それは未成年の美羽が見ても分かるぐらいにお酒だった。
所謂ワインであり、確かに子供ならジュースと間違えてしまうかもしれない物だが、それを大人である楓が間違えるのかと。
……この際何故こんな所にそれがあるのかというのは気にしないことにする。
「……本当ね。ごめんなさい」
「いや、別にいいんですけど……ところで楓さん。
さっきナターリアを待つって言ってましたけど、もうどれくらい待ってるんです?」
そんな他愛の無い話題を早々に切り捨てて、気になっていた問いを聞く。
最初からナターリアの事を決め付けていたが、この状況ではそもそも前提が違う。
ここは殺し合いの場で、彼女は既にその手を血に染めている。
……ならば、もう一つの可能性が存在するのではないか。
彼女が彼女ではなくなっている可能性。ひいては……
「そうね……あれから、二時間は経っているかしら」
楓は少しだけ考えてから、そう答える。
二時間……どんな状況から追いかけて行ったのかは分からないが、どうも長く感じる。
その事実が、彼女の考えを更に大きくした。
「そうなんですか……」
そして美羽はただそれだけ答えて考え込む。
考えれば考える程、思い浮かんだもう一つの可能性が大きくなっていく。
その可能性が正しければ、彼女は……。
「もし、ナターリアが戻ってこなかったら……」
そしてその考えはふと口からもれる。
その言葉に、楓よりも横の歌鈴の方が早く反応した。
「えっ?」
「あ……えっと、ナターリアは楓さんを助けようとしたからとはいえ、人を殺してしまった……。
ナターリアはそれを重荷に感じない性格じゃない。きっと、今も苦しんでると思う」
向こうのソファで寝ている様に死んでいる少女、
佐久間まゆがどのように殺されたのかは分からない。
だが、少なくともナターリア自身に殺す意思はなかったはずだ。
根拠はない。彼女の性格からそう思っただけだが、今の彼女がそれでも自分の知る彼女なら、確かに確信はあった。
「だから、もしかしたら戻ってこないかも……ううん。むしろもう戻って来ないような気がします。
もしも私だったら、きっと耐えられません。多分、そのまま殺し合いに乗ると思うんです。だから……その」
考えていた事を続けていく内に、段々と語尾が弱くなっていく。
これははたして言っていいことだったのだろうか。あくまで仮定に過ぎない話なのだ。
光も一緒にいる筈、説得して戻ってくる可能性だってあるはずだ。
……それでも、頭の中に浮かぶ最悪の事態が脳裏から離れなかった。
「そうね……もし戻ってこなかったら、その時は……」
その先を言おうとした矢先、足音が建物内に響いた。
「………!」
その音に思わず美羽は身構える。
普通に考えればそれはナターリアと光のものだろう。
しかし、ここは殺し合いの場だ。そうでない可能性も十分にありえる。
例えば……『一線』を超えた、殺し合いに乗るアイドルとか。
「…………」
歌鈴は不安そうにこちらを見上げる。
対して楓は、何も動じずに音のする方向を見続けている。
もう死を恐れない彼女の目には、何の感情も無い様に見えた。
そして、足音の発する方向から、二人の少女の姿が見える。
その姿は見覚えがある。テレビで見た、アイドルの姿だった。
「楓さん、待たせた……そっちの人は?」
そして、彼女達は合流する。
* * *
「………ッ」
目の前にいる少女は、正に眠っているようだった。
しかし、その周りを染める赤色が、この現実を全て物語っていた。
今、確かに形として残っている『罪の証』。
彼女がもう一度アイドルになるために、向き合わなければならないモノだった。
「……ナターリア」
辛かったら……と、南条光は声をかけようとして、しかし思いとどまった。
うやむやにしてはいけない事だとこの場の全員が理解していた。
例えそれがどれだけ辛い事でも、彼女は目を逸らしてはいけない。
あれから五人は合流して、南条光とナターリアが戻ってきて最低限の自己紹介をした。
その時に居た二人の姿が光にはちょっとだけ気になったが、それもあまり対した事ではない。
それは、戻ってきた二人が真っ先にやらなければいけない事に比べれば些細な事だった。
「……………」
彼女が間違っていたが故に、終わってしまった短い命。
どう謝れば、どう償えば言いのか……ナターリアには全く分からなかった。
いや、本来ならば謝る言葉などないのだろう。それだけこれは大罪である。
それでも、彼女は一歩を踏み出さなければならない。過ちを『精算』して、尚且つ『決別』するために。
「……ごめんなさい」
長く続いた静寂は、彼女の一言で終わりを告げた。
しかし、それ以上何か言葉が繋がれる事は無い。
言葉が見つからない。
元々言葉を多く知っているわけでは無い彼女には、これ以上どのような言葉を言えば良いか分からなかった。
だから、彼女はそれ以上言葉を紡ぐのを止めた。
本当ならどれだけ謝っても足りない事だが、彼女は一言で済ませた。
どれだけ悔やんでも、過ぎた事は戻らない。
だが、それは決して忘れる事では無い。全てを背負って、また彼女はアイドルになる。
「ナターリア、これ以上なんて言ったらわからないけド……でも、
きっト……ううん、絶対に皆を笑顔にするアイドルになって見せるかラ」
ナターリアが『そこ』へ行くのは、きっと遠い遠い未来になるから。
その時に、どれだけだって謝るから。どんな罰でも受けるから。
だから。
「だから……見てテ。ナターリアはゼッタイ、皆に歌を届けるヨ」
そして、それは簡素に終わった。
もしもこの場に親族か、あるいは親しい者が居たならば、なんて淡白なのだと怒るのだろうか。
しかし、ここは死を悲しむ場所じゃない。今なお人の命が危ぶまれている殺し合いの場なのだ。
届かない謝罪よりも、どこまでも響いていく筈の歌を届けたかった。
その想いを誰かが異常だと笑ったとしても、怒ったとしても。ナターリアは本気だ。
アイドルとして、一度道を踏み外したからこそ強い決意を持っていた。
「ナターリア……」
「うん……ごめん、これくらいしか言えないヨ」
その背中に光が声をかける。
呆気なく終わった謝罪を咎める者はだれもいない。
「いや……ここで立ち止まっている場合じゃない。全てが終わってから、もう一度謝ろう。
それじゃあ、一度皆でこれからどうしようかを話し合おう。アタシ達の道をはっきりさせる為に」
そういって光は全員の方向を向く。
ここに集まった五人は殺し合いをしないという事は共通していても、それぞれ秘めた思いがある。
それを一纏めにしないと、この先の脅威には到底太刀打ち出来ないだろう。
間違いは繰り返さない、繰り返させない。光もまた、強い決意を持っていた。
彼女達の思いが、今ここに交差しようとしていた。
* * *
「………想像以上の成果ね」
弱者を狩る為に飛行場へ来た
和久井留美は、その人数に驚いていた。
五人。この殺し合いの場で五人も集まっていたのである。
(ええ、想像以上……多すぎるわ。あの中に突っ込んでいくのは危険すぎる)
だが、五人という数はむしろ不都合だった。
例え彼女達が弱者だったとしても、数が多いとそれだけで驚異だ。
何を支給されているかも分からない。どんな状況なのかも分からない。
そんな中、ショットガン一つで突っ込んでいくのは難しそうだった。
(と、なると……数が少なくなった所を狙う……?)
物陰に隠れながら、様子を伺う。
ここからでは話の内容など伝わらない。だが、そのうち誰かしらが動くだろう。
もしもあの五人が何らかの理由で分断されるならそれがチャンスだ。
(……焦らない、焦ってはいけない。
最悪の場合、待っているのは死……私自身の命が危ういわ)
長い時間になるかもしれない。何の成果も生まれないかもしれない。
それでも、死ぬよりかはマシだ。焦って命の危機に見舞われるよりかは、着実に動いた方が良い。
誰かが動いて、チームが分断されたなら少ない方を狙う。
多くても二人なのだから、手に持つ武器で一瞬で決まるだろう。
一人だけなら、弾薬を温存する為に灰皿と縄跳びで一瞬で決める。
どちらにしろ、そのチャンスが来るまで待つ。ただ、じっと待ち続ける。
五人がこれからも共に行動していくのなら、諦めるか、あるいは………。
(難しい事ではないわ……私はあの人の為に、どんな事だってやり遂げて見せる)
その目は、怪しく輝いていた。
* * *
(……あぁ、私の知ってるナターリアなんだ)
哀しくも強い決意を持った背中を見て、美羽は確信した。
結局のところ、彼女達は確かな意思を持って殺し合いに反抗しようとしていた。
それは、『普通の女の子』である矢口美羽とは大きく違っていた。
彼女達はアイドルだから、皆の憧れだから。例えどんなことがあっても綺麗事を貫いてゆく。
その姿は、正に美羽の知っているナターリアそのものであった。
(私には……そんな勇気は無いよ)
そんな彼女の姿が、他のFLOWERSのメンバーの姿と重なって、そして彼女は俯く。
あの場所に私は立っていたのだろうか。
ナターリアのように、皆と同じように私は居られただろうか。
どう考えても、自分の姿は見劣りしていた。
彼女と自分は根本的に違うのだ。どれだけの困難が、どれだけの危険があろうと、彼女は立ち直り、前へ進んでいく。
もしもあの場所に美羽が居たならば、おそらくそのまま堕ちていっただろう。
それが、彼女達と自分の決定的な違い。『アイドル』と、『普通の女の子』の違いだ。
殺し合いは出来ない。かといって反抗する意思を示す事も出来ない。
隣の歌鈴や向かいの楓がどう思っているかは分からないが、少なくとも彼女は『普通の女の子』であった。
『アイドル』と『ヒロイン』。
そしてそのどちらにも属さない……どちらにもなる事が出来なかった者達。
彼女達の思いが今、ここに交差しようとしていた。
【D-4 飛行場/一日目 午前】
【高垣楓】
【装備:ワイン】
【所持品:基本支給品一式×1、不明支給品x1~2】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:まゆの思いを伝えるために生き残る?
1:これからの行動方針を話し合う。
【矢口美羽】
【装備:歌鈴の巫女装束、タウルス レイジングブル(1/6)、鉄パイプ】
【所持品:基本支給品一式、ペットボトル入りしびれ薬】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:フラワーズのメンバー誰か一人(とP)を生還させる。
1:これからの行動方針を話し合う。
【道明寺歌鈴】
【装備:男子学生服】
【所持品:基本支給品一式、黒煙手榴弾x2、バナナ4房】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残る。
1:これからの行動方針を話し合う。
【ナターリア】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、ワルサーP38(8/8)温泉施設での現地調達品色々×複数】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:アイドルとして“自分も”“みんなも”熱くする 。
1:B-2野外ライブステージでライブする。
2:これからの行動方針を話し合う。
【南条光】
【装備:ワンダーモモの衣装、ワンダーリング】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:全身に大小の切傷(致命的なものはない)】
【思考・行動】
基本方針:ヒーロー(2代目ワンダーモモ)であろうとする。
1:仲間を集める。悪い人は改心させる
2:これからの行動方針を話し合う。
【和久井留美】
【装備:ベネリM3(6/7)】
【所持品:基本支給品一式、予備弾42、ガラス灰皿、なわとび】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:和久井留美個人としての夢を叶える。
1:行動が起きるまで様子見。
2:『ライバル』の存在を念頭に置きつつ、慎重に行動。無茶な交戦は控える。
3:『ライバル』は自分が考えたいたよりも、運営側が想定していたよりもずっと多い……?
最終更新:2013年04月10日 16:40