グランギニョルの踊り子たち ◆BL5cVXUqNc



ナターリアを、殺しに行くんですよ」
「えっ、あ……ナターリアを殺す……?」

 小動物のように縮こませてぴくりと肩を震わせる智絵里。
 その仕草がに癪に障る。
 相変わらずこの娘は現実を理解していない。理解しようとしない。
 プロデューサーの命がかかっていて、すでに智香と唯が死んでいて、私たちもいつ死ぬか分からない状況で
 ナターリアを殺さないといけない理由も察することもできない愚鈍な彼女。

 ああ――本当にイライラする。
 なんでちひろさんはこんなやつを私たちのひとりに選んだのか。
 喉から出てしまいそうになる智絵理への殺意を押し込んで私は言った。

「……智絵里。あなたはちひろさんから何を聞かされたの?」
「ひっ……ご、ごめんなさい……わ、わたし……」

 なんで謝る。
 そうやって本能的に謝れば私の機嫌が収まるとでも思ってるの? この愚図は。

「あの人からプロデュースされたのは私たち五人だけだったかしら」
「う、ううん……ナターリアを入れて六人……」

 智絵里は怯えた表情で首をふるふると横に振る。
 私、智絵里、千夏さん。そして死んだ智香と唯。
 あの人の元でアイドルして羽ばたいたのはこの五人だけじゃない。
 ナターリアを含めた六人だ。
 だけど、ナターリアはちひろさんからの呼び出しを受けなかった。

「智絵里、私たちが殺し合いに乗る理由はなに?」
「そ、それは……ちひろさんにプ、プロデューサーを人質に取られてるから……っ」
「質問を変えるわ。もし、昨日私たちはちひろさんの呼び出しにあっていなかったら殺し合いに乗っていたかしら?」
「……たぶん、乗っていなかったです」

 智絵里は私の顔色を伺いながら蚊の鳴くような声で言う。
 彼女の言うとおりだ。前日にあんなことを言われたからこそ私たちは武器をとってこの殺し合いに応じる決意を固めた。
 もし――事前に何も話を聞かされずにこのイベントに参加させられていたら素直にこうしていただろうか。

 否、できていなかっただろう。
 きっと困惑したままで素直に殺し合いなんてできなかったはず。

「もうひとつ質問。昨日呼び出されなかったナターリアは私たちのようにすぐに行動を起こせたかしら?」
「……ナターリアに限ってそんなこと……絶対に殺し合いに乗らないです」
「だから危険なのよ。ナターリアは殺し合いに乗らない。私たち六人のうち、一人でも殺し合いに乗らなかったらプロデューサーは死ぬ。だから殺すの誰よりも優先して」

 そう、ナターリアの性格からして絶対に殺し合いには乗りそうもない。
 『主役』に選ばれなかったナターリアは私たちにとってもっとも危険な存在。
 あの人の命を救うためには目の前のお荷物を殺すことよりも優先しなければならない。









 『主役』――――…………?








 何か、ひっかかりを、感じる。
 なに? この違和感。
 私たちは『主役』に選ばれた。
 ナターリアは『主役』に選ばれなかった。
 『主役』に選ばれたから、私たちは率先して殺し合いに乗っている。

「あの……響子ちゃん……」
「…………」
「響子、ちゃん……」

 なんだこの気持ちの悪さ。
 なにか重要なことを見落としている気がする。
 根本的なところを見逃している気がする。
 ああ、智絵里が何度も私を呼んでいるうるさい。うるさい。

「な、によ……う、るさいな……」
「ご、ごめんなさい……あの……」

 だからなんで謝る。ウザいウザいのよあんたは。さっきから人の顔色ばかりうかがって。





「どうして――ナターリアはちひろさんに呼ばれなかったのかな……」





 智絵里の一言がさらに違和感を加速させる。
 そんなの決まってるじゃない。ナターリアを呼んだところで素直に従うとでも?
 本当に? 本当にそれだけの理由で呼ばなかった? あのちひろさんが?

「あの……響子ちゃん」
「なによ……言いたいことあるならさっさと言ってよ」
「わ、わたし思うんです。ナターリアはナターリアで別の役割を与えられているんじゃないかって……だ、だって不自然じゃないですか。
 同じプロデューサーの元でデビューして、そ、その私たちと同じようにプロデューサーに恋をしているはずなのに……呼ばれなかったって」
「――――ッ!?」

 違和感がさらに膨れあがる。
 あのちひろさんが何も考えずにナターリアだけ放置するわけがない。
 『選ばれた』私たちに役割が与えられたように、『選ばれなかった』ことで何かしらの役割を与えられているのだろうか?
 じゃあ何? 主役に選ばれなかったナターリアに割り振られた役って何?




 ――そもそも私たちは本当に『主役』なの?




 ぐにゃりと視界が歪む。
 胸の奥から苦くて酸っぱい液体が込み上げそうになって私はたたらを踏み、白い壁に据え付けられた手すりを掴む。

「響子ちゃん!?」
「……なんでもないわ」
「で、でも……」
「なんでもないって言ってるでしょッ!」
「ひっ……!」

 ぐるぐると回る視界の中で私は思考を巡らせる。
 『私たち』はちひろさんに召集され、このイベントを進める『主役』に選ばれた。
 『主役』に選ばれたからこそ、ストロベリーボムという凶悪極まりない爆弾を与えられた。
 もし『主役』に選ばれなかったら私たちは本当に殺し合いに乗っていたか疑わしい。

 逆に言うなら――事前に何も伝えられなかったアイドルたちは素直に殺し合いに乗る可能性は高くないということ。
 私たちが率先して殺していくことでイベントは円滑に進んでいく。そのはずだ。

 しかし――実際にはすでに15人が死んでいる。
 たった六時間で15人が死んで、その15人の中には『主役』であるはずの智香と唯も含まれている。
 『主役』が殺せたのは私が殺した2人だけ――智絵里も千夏さんも放送の時点では誰も殺せていない。
 だけど、実際には13人が私たち以外の手によって殺されている。

 そして同じ『主役』であった智香と唯は私が殺した2人を差し引いた9人のうち何人殺せたか。
 まさか2人で9人殺せたなんて考えられない。よくて2人、もしかしたら誰ひとりと殺せず逆に殺されてしまったかもしれない。
 私たち5人以外に率先して殺し合いに乗ったアイドルが確実にいるということ。


 そ れ は つ ま り――――…………


「ふふ……あはは……くすくすくす……あっははははは」
「きょ、響子ちゃん……?」
「ねえ……智絵里……おかしいと思わない? どうして唯も智香も死んでしまったのか。こんなに優遇されている私たちなのにあっさりと死んでしまったのか」
「それは……」

 智絵里はわかるかしら。わからないよねあなたじゃあ。

「いるのよ。きっと私たち以外に」
「え、あ、な、何が……」
「私たちと同じく事前にちひろさんと何らかの接触があってこのイベントに参加しているアイドルが。そして私たちと違う役割を与えられて殺し合いに乗っている。
 ――ううん、違うわ。きっとこの島に集められたアイドルの全てが何らかの役割をちひろさんに割り振られている。本人が自覚するしないに関係なく演じるように仕向けられているとしたら?」

 私たちはアイドルだ。
 誰かが望む偶像であり続けなければならない。
 それはきっとこのサバイバルゲームでも同様に誰かが私たちにそうあれと望まれている。

 ここは劇場だ。
 何者かによって作り上げられた悪趣味な恐怖劇。
 その舞台に立つ60人の踊り子たち。それが私たち『アイドル』
 ちひろさんにとって最期の一人まで殺し合うというのはあくまで結果だ。
 きっと――このイベントの真意は彼女の描いた筋書きの中で、私たちが何を演じていくのか、なのだろう。

 そして、ひとつの疑念が浮かぶ。
 ちひろさんの言動はすべて計算ずくの上で行われているのだとしたら。
 この島のアイドルたちに大まかな指向性を与えているのだとしたら。
 そう――例えば最初にみせしめとして殺されたプロデューサー。
 彼は適当に選んだ人間から従わなければこうなる例として処理されたのか。

「ねえ智絵里……いちばん初めに殺されたプロデューサーって誰の担当だっけ? ……って聞かなくてもさすがにあなたもわかるわよね」

 こくんと頷いた智絵里。
 彼の担当アイドルは――私たちなら誰もが知っている人。
 すべてのアイドルの頂点に選ばれ、シンデレラの称号を受けた女の子――十時愛梨
 彼女も彼に想いを向けていたことは私もよく知っていた。

 だからこそはたして彼女のプロデューサーの死は偶発的だったのかと思う。
 たまたま選んだみせしめが彼だっただけなのか。
 それともちひろさんはシンデレラたる十時愛梨に一定の役割を演じさせたいがために意図的に彼を選んだのか。



 ……
 …………
 ………………
 妄想。そう、これらは私の空想で妄想なだけだ。
 ちひろさんが十時愛梨に何を望んでいるかなんて知るはずないし、ナターリアが呼び出されなかった理由も知るはずもない。
 そして私たちが真に求められている役もわからない。
 だけどこのイベントの観客が私たちに何かの役割を求めているのだけは確信めいた予感があった。



 だけど――だから何なのだ。
 私たちがちひろさんの掌で踊らさせていようが関係ない。そんなの知るものか。
 私はプロデューサーを救い、想いを伝える。それだけだ。
 そのために私はただひとり生き残る。

 なのに……それなのに傍らにいる愚図は信じられない一言を言った。





 ◆




「もうやめようよ……響子ちゃんの言うようにわたしたちみんなちひろさんの筋書き通りに動かされてるなら……殺し合いなんてやめようよ……」
「は? ――あんた今なんて言った?」
「こ、殺し合いなんてやめて……みんなでここから逃げ――」
「ふ、ざ……けるなぁッ!」

 私は怒りに身をまかせ智絵里の胸倉を掴みそのまま白い壁に背を叩きつける。
 何を言っているんだこのバカは。まだ私たちが置かれている状況を理解できていないのか。

「あんたいいかげん現実見なさいよ! プロデューサーが捕まっていることに変わりはないでしょうがッ! 私たち殺し合いやめました。それをちひろさんが黙って見てるとでも思ってんのこのバカっ!」
「響子……ちゃん……くるし……」

 私は何度も智絵里の背中を壁に打ちつける。
 許せなかった。甘い考えだけでなくどこまでも人ごとのように事態を傍観してるだけの愚かな智絵里が。

「智絵里……私はねあなたを今ここで殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくてたまらないの。ここであんたが脱落すればそれだけ私は目的達成に近くなる。
 なのにそれをしないのはなぜか分かる!? 囮? 弾避け? ええ、それもあるわ。でもねそれ以上にあなたは同じプロデューサーを好きになったライバルだから!
 ずっと一緒にアイドルとして頑張ってきた友人だからなのよっ!」

 いずれ殺すのにライバルだとか友人だとかいうのもちゃんちゃらおかしい話であることに違いない。
 だけど同じ男の人に恋心を抱いたひとりの女の子としての矜持と敬意が智絵里への殺意を押さえ込めていた。
 だからこそ、私に残った唯一の良心を踏みにじられているようで智絵里が許せなかった。

「なぜ殺さないの! なぜ殺せないの! もう私たちは綺麗なままでいられないのよっ!」
「だって……唯さんが死んで……智香ちゃんも死んで……それに千枝ちゃんがここで死んでて――」
「千枝……? なんでそこで千枝の名前が出てくるの」

 智絵里は思わず漏らした名前にはっとしたような顔になり、私から目を逸らす。
 佐々木千枝――小学生ながらしっかりものの女の子。
 確か智絵里は京都で一緒に仕事をした関係もあって仲も良かったことを思い出す。

「……ち、千枝ちゃんが、ここで死んでいたんです。……かわいいあの子があんなひどい姿で」
「智絵里……千枝のところへ案内しなさい」

 私は胸倉から手を離し智絵里を解放する。
 けほけほと咳き込む智絵里は私から目を逸らしたままだ。

「で、でも……わたし……」
「いいから案内しなさいっ!」

 私は嫌がる智絵里の腕を引いて無理矢理案内させる。
 今まで気が付かなかったのだが、廊下には赤茶けた血の跡が点々と続いていた。
 なるほど、智絵里はこれをたまたま見つけて千枝の死体と遭遇したのだろう。

 血の跡を辿って私はひとつの病室にたどり着いた。
 白いベッドが並んだ六人部屋の病室。その一角に佐々木千枝は横たえられていた。
 その小さな身体の左半身は何かの爆発物による損傷か、まさしく『削られ』たように赤黒く染まっている。
 右半身は可愛い死に顔を残しているがゆえにさながら理科室の人体模型のような姿を晒していることが一層の悲惨さを際立たせていた。

 ――悪いけど、あなたの身体。智絵里の覚悟に使わせてもらうわ。

「う、うぐ……」

 千枝の死体を再び目の当たりにした智絵里は口元を抑え目をそれから逸らす。
 私は視線を逸らす彼女の髪を掴み強引に千枝の死体の側に顔を寄せる。

「い、いやぁ……響子ちゃん……い、痛いよぉ」
「智絵里……櫻井桃華を知ってるよね。彼女の……千枝の友達だった櫻井桃華」
「き、響子ちゃん……?」
「私が殺したのよ。ストロベリーボムで無惨に焼き殺した。可愛らしい女の子がまるで黒焦げのマネキンのようになって死んだわ」
「――ッ!?」
「いい加減現実を見て。私はもう戻れないのよ。智絵里、あなたがいつまでも私の陰に隠れて綺麗なままでいるなんて許さない。
 自分は手を汚さず、でもプロデューサーを助けたいなんて都合のいい考えなんて許されない」
「うう……」

 だから、智絵里の覚悟を問う。
 なけなしのストロベリーボムひとつと拳銃を取り出して私は言った。

「な、何を……」
「これで、この部屋ごと千枝の死体を燃やし尽くすのよ。それができないなら――私はあなたを殺す」
「そ、そんな……」
「もし――殺し合いを止めてプロデューサーも助けたいと本気で思うのなら……私を殺しなさい」

 究極の選択を智絵里に突き付ける。
 そうでもしないと彼女は絶対に自分から行動を起こそうとしないだろう。
 状況に流されるままの愚か者に強引に選択肢を選ばせる。

 だけど……智絵里は前者しか選ばないだろう。それはほぼ確信している。
 私を殺す覚悟があれば出会った時点で私を殺しているし、私に付いていくなんて絶対にしない。
 選択肢と言いつつ、智絵里はただ自らが楽な道に逃げているだけなのだから――






 ◆






 私と智絵里は病院を後にする。
 俯いたままの智絵里は一言も言葉を発しようとはしない。
 ふり向いた先、病院の一角の窓から炎が吹き上がり火災報知器が鳴り響く音が聞こえていた。
 スプリンクラーの水にも負けず炎上し続けるなんてまったく大した火力である。

 結局――智絵里は千枝の死体を病室ごと焼き払う道を選んだ。
 少しでも智絵里に覚悟を決めさせてやろうと発破をかけたのだが、どこかがっかりしている私自身がいた。

 予想通り智絵里はあらかじめ敷かれたレールを選んだだけだった。
 ほんの少しだけ予想を裏切る展開を期待してみたが、彼女には無理な話だった。

 智絵里、あなたはそうして状況に流されるまま死ねばいいわ。
 あなたではプロデューサーを救うことなんて出来やしない。
 あなたはでは『主役』になれやしない。
 くすっ……もしかしたらこれこそがちひろさんがあなたに望む役割かもしれないわね。

 例え私の行動がちひろさんの筋書き通りだったとしても私のやるべきことは変わらない。
 アイドルの役割なんてどうでもいい。
 智絵里を殺し、千夏さんを殺し、ナターリアを殺し、そして生き残る。
 私はひとりの人間としてプロデューサーを助けるため他者を殺し続けるんだから。







【B-4 一日目 午前】

五十嵐響子
【装備:ニューナンブM60(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×8】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:ナターリアを殺すため、とりあえず西へ向かう。
2:ナターリア殺害を優先するため、他のアイドルの殺害は後回し。
3:ただしチャンスがあるようなら殺す。邪魔をする場合も殺す。
4:緒方智絵里は邪魔なら殺す。参加者が半分を切っても殺す。
5:この島の『アイドル』たちに何らかの役割を求められているとしても、そんなこと関係ない。



【緒方智絵里】
【装備:アイスピック】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×10】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
0:とりあえず響子ちゃんについていく
1:殺し合いに賛同していることを示すため、早急に誰か一人でもいいから殺す。
3:響子ちゃんと千夏さんは出来る限り最後まで殺したくない。
4:もしも全てがちひろの筋書き通りに動かされているならこんな殺し合いは……


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緒方智絵里

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最終更新:2013年04月28日 23:35