トリップ・アウト ◆j1Wv59wPk2



一度壊れたモノは、もう戻らない。


「はぁ………はぁ………っ!」


似たモノを作り直す事はできる。
かけらを集めて、もう一度組み直せば良い。
でも、そこに同じ魂が戻る事は無い。似たモノは所詮模造品であり、それ自体にはもうなれない。


「嫌………!」


彼女の着ぐるみを脱がして、出来うる限りの思いつく限りの処置を施してみた。
心臓マッサージだとか、人工呼吸とか、冷静に考えれば意味が無いような事さえ試した。
少しでも可能性があるのならすがりたかった。
あんなにも輝いて、綺麗な顔をしている女の子が死んでいるなんて、信じられなかった。信じたくなかった。


「仁奈ちゃん……もう一度………もう一度、肇おねーちゃん、って、言って、ください……!」


だが、どれだけ抵抗した所で現実は変わらない。希望なんて、何処にも無い。
少女…と言うにも幼い女の子は、市原仁奈は死んだ。
もう二度と動く事は無いし、生き返る事も無い。それが現実だった。


「私のせいだ……私が、目を離したから……!」


その事を認識すると、彼女は自分自身を責め始めた。
ここは殺し合いが行われる危険な場所。それは理解していたし、放送で尚感じた筈だ。
なのに、何故……何故危険な場所に仁奈を一人にさせてしまったのか。
呑気にケーキの飾り付けなんてして、そんな可能性さえ忘れて……。


「……………ッ!」


力の限り、感情の限り地面を殴る。
肉が剥がれようと、血が滲もうとも止めるつもりは無かった。
それが、自分への罰なのだとばかりに。ただ殴り続けていた。

――彼女は、仁奈を殺した人物を恨む…と言うような発想が無かった。
それほどまでに彼女は優しく、そして真面目すぎる人物だった。


彼女はずっと、ずっとずっと………自分を責めていた。



    *    *    *




「うわ………」



その光景を見て、杏はちょっと引いていた。




    *    *    *


九時半まで寝過ごしてしまった杏は、普段なら「まぁいっか」の精神で寝直す所だが、
後味の悪い悪夢を見てしまってそんな気分にはならなかった。
別に寝過ごしたからといっても、スタンスがスタンスなのでだらだらしていても良かったのだが、
何故か彼女の心に彼女らしくない焦りが生まれ、とりあえず一度周辺の様子を見てこようと動いた。

……その焦りは、あの悪夢の他にも放送を聞き逃したが故の不安も相まって起こったものだが、
結果的にその直感にも近い焦りが彼女の命を救う事となる。
彼女の居たマンションは禁止エリアに指定され、しかも後残り30分で変わるという所だったのだ。
だが彼女はそんな幸運に気づかず、憂鬱な気分でエレベーターのボタンを押した。

「………誰も、いないかな」

下まで降りて、恐る恐る入口から顔を覗かせる。周りに人が居る気配は無い。
目の前で勢い良く燃えていた建物も、時間の経った今では流石に弱まっていた。
あれからかなりの時間が経っている。少なくとも爆弾魔が留まっている可能性は低そうだった。

「う………」

だが周りの安全を確認しても、杏はあの悪夢を見た場所にもう一度戻るという気は無かった。
エレベーターへ向かう道に振り返ると、その暗がりに二人の人間が立っているように見えた。


『人を殺して、しかも『寝て忘れよう』なんて、許されるわけがないんだよ』

『許さないよ、杏っち』


夢なんて、普通は起きたら大体忘れている筈なのに、それは脳裏にこびり付いている。
気を紛らわそうとしても、そのための手段が何も無い。寝るということさえ、許されない。
見て見ぬふりをしていても、寝て忘れようとしても。杏自身の深層心理がそれを妨害する。
杏に、逃げ場は無い。


『なぁ、杏――』


「あー、もう…うるさいなぁ!」

存在しないはずの幻影を払い除けて、彼女らしくもなく声を荒げる。
気が狂ってしまいそうだった。だから彼女は気を紛らわせる何かを探せることにした。
眠気はすっかり覚めてしまい、じっとしていると罪に押しつぶされてしまいそうになる。
危険なのはわかっているし、最初に決めたスタンスとは矛盾している。
それでも、杏はもう心の奥底に眠る罪の意識と向き合いたくなかった。

(何処かゆっくり寝られて、襲われる心配も無くて、……あんな夢見ない所……!)

杏は町へ飛び出し、隠れながらも恐る恐る進み……





「うわ………」



……で、今に至る。





(………お取り込み中みたいだね)

一人の少女が女の子にすがり肩を震わせている。
その状況だけで、中で何が起こっているのかは理解出来た。
ただ一体何が原因で『そうなった』のかは分からない。だが、それも特に興味の無い事だった。

「杏には関係無いし、巻き込まれる前に退散しよう……」

杏はめんどくさい事が嫌いだ。
あそこで誰がどのような思考をして、一体何が起こったのかは知らないが、面倒事には巻き込まれたくない。
安全な場所が一番だ。そういう意味ではやはりあそこが一番だったろう。
幻に惑わされてはいけない。杏は杏の道を貫こう、と。
踵を返し、来た道を戻ろうとして。


―――そこにもまた、『彼』が居た。



「うわぁっ!?」

大きく音を立てて尻餅をつく。
それはただの幻、悪夢の一部であり、改めて意識を向けるとそこには何も無い。
しかし、彼女のたてた音は現実であり、そしてそれはあまりにも大きかった。


「…………ぁ」
「あ゛っ」



店の中の少女は、まっすぐにこちらを見ていた。




    *    *    *


「仁奈………」

中に居た少女――藤原肇双葉杏が現れた事により少しは冷静になることはできた。
杏の方も最初こそ警戒していたものの、危害を加えない事が分かると観念して店内に入った。

杏は、事切れていた少女に見覚えがあった。
その少女はいつも着ぐるみを着ていたから、その姿は新鮮だった。
いつも着ぐるみを着て、皆から可愛がられていた少女――市原仁奈が、死んでいた。

「私が、目を離したから……っ」

肇は俯き、悔やむ様に言葉を噛み締める。
彼女が殺したわけではない。彼女も知らずのうちに、仁奈は死んでいたらしい。
殺した犯人は分からずじまい。彼女はその感情を何処にもぶつける事が出来ずに、自分を責めつづけていたらしい。

(……まぁ、杏がどうこう言える立場じゃないけど)

杏には、仁奈の死を悲しむ事が出来なかった。
薄情になったわけでは無い。だが結局こうなる事は当然なのだと、そう思っていた。
人を殺すのは罪だ。しかし、この世界においては話は別。生き残る手段として正当化されている。
事実、杏自身も殺人を犯している。
あの頃の思い出と自ら『決別』したからこそ、仁奈の死を悲しむ事は出来なかった。

「………あ……」

杏が物思いにふけっている時、肇は不意に立ち上がった。

「ど、どうしたのいきなり」

杏はいきなりの行動に呆気にとられる。
先程までずっと俯いていたのに、思い立った様に立ち上がる彼女の姿はある意味不気味だった。

「……水族館に、行かないと。そこで、待ち合わせているんです。私………」
「いや、ちょっと………」

ふらふらと歩き去る肇を見て、杏は悩んでいた。
今の彼女はどうみても不安定だ。
しかし、彼女にはどうやら仲間が居るらしい。そこが気にかかっていた。
集団に紛れられれば、一人よりも生存確率は上がる。
その考え方は当初とはまた変わってきていたが、その事に杏は気づいていなかった。


「……こっそりついていこうかな。
 楽できそうだったら、そこに私も合流。うんうん、名案だね」


……本音は、一人でいることに耐えられなかったから、かもしれない。
その真実は本人含め、誰も知らない。




【C-6/一日目 昼】

【藤原肇】
【装備:ライオットシールド】
【所持品:基本支給品一式×1、アルバム】
【状態:絶望、手から出血】
【思考・行動】
基本方針:??????????????????
0:水族館へ向かう

【双葉杏】
【装備:ネイルハンマー】
【所持品:基本支給品一式×2、不明支給品(杏)x0-1、不明支給品(莉嘉)x1-2】
【状態:健康、幻覚症状?】
【思考・行動】
基本方針:印税生活のためにも死なない
1:肇について行き、楽できそうならその仲間と合流
2:自分の罪とは向き合いたくない

※放送の内容を聞いていません。また、情報端末で確認もしていません。
 また、悪夢の幻覚がたまに見えています。


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最終更新:2013年03月21日 16:33