姫様たちのブランチ ◆RVPB6Jwg7w



家事は――楽しい。

少なくとも、彼女はそう思う。

掃除は、分かりやすい達成感がある。
頑張れば頑張っただけ綺麗になる空間。片付いた後のすがすがしい雰囲気。
汚れたり臭かったり疲れたりするけれど、それに見合うものが必ず待っている。

洗濯は、ココロまで洗い清めてくれる。
ぽかぽかと気持ちいいお日様の下、広げる洗濯物。肺を満たす柔軟剤の香り。
アイロンが走るたびに皺が消えていくのも、素直に楽しい。
きちんと畳んで仕舞い込めば、その服を着て出かける時を思って早くもワクワクしてしまう。

そして――料理。
ある意味、家事の中でも特に考える要素の多い仕事だ。
材料や調理道具の確認。その選択肢の中から作れるレシピの脳内検索。
必要な作業時間を逆算しながら、何をどの順番でやるべきか考える。
調理の合間には、汚れた器具を随時洗って片づけていかねばならない。片づけ上手は料理上手だ。
高度な先読み能力と、段取り能力と、細やかな手先・舌先を駆使した複合作業。
そうやって作り上げた先には、幸せな食事の時間が待っている。

たとえ、アイドルになっても。
いや、アイドルとしてデビューし、忙しくなった今こそ、改めて分かる。

家事は、大事だ。
少なくとも、彼女にとって。
特に仕事場とは全く違うアタマの使い方を要求される厨房という場、料理のための時間は――

五十嵐響子というアイドルにとって、貴重な「癒し」の場であり、「回復」の時間だった。


    *    *    *


ビーチを見渡す絶好のロケーションに建つ、一軒のレストランの中。
その厨房に、フライパンを振るう少女の姿があった。

「さっすが、プロの厨房は違うなァ……♪ 家庭用とは、火力が段違い♪」

サイドに束ねた髪を揺らしながら、五十嵐響子はフフッと笑う。

熱せられたフライパンの上に踊るのは、刻んだベーコンに玉ねぎ、そして炊飯器に保温されていたご飯。
店のメニューにはカレーライスなどもあったから、そのために炊いてあったものだろうか?
何にせよ少しばかり時間が経ちすぎて、そのまま食べても美味しくなさそうな古めのご飯。
とはいえ、食べられない程には痛んでない。
そこで響子は冷蔵庫なども軽く漁って材料を揃え、自分の得意料理に仕立てることにしたのだった。

「うん、こんなもんかな。んじゃ、ケチャップ投入~♪」

塩コショウだけで炒めていたフライパンの中に、遠慮会釈なく真っ赤な調味料を投入する。
焦げ付かないよう、フライパンは絶えず小刻みに動し続ける。
ちょっと首を捻って、火力調整。
どうも『プロ仕様』のコンロは普段の感覚よりもやや強めだったらしい。

「ま、多少のオコゲはむしろ美味しいくらいでしょ。気にしない、気にしない」

ニコニコ微笑みながら、1人分にはあまりに多すぎる量のケチャップライスをいったん大皿に移す。
そうして空になったフライパンをザッと洗って布巾で拭いて、再びコンロの上へ。
新たに引いた油が十分に温まるまでの間、大きなボウルに卵を立て続けに割り入れ、菜箸で素早く溶く。

「~~~♪」

ボウルの中の卵液の、およそ半分ほどを一気にフライパンに投入。
盛大な音と共に、卵と油のいい匂いが立ち上る。みるみるうちに焼きあがる薄焼き卵。
手慣れた様子で調理を進める彼女は、いつしか鼻歌さえも漏らしていた。


    *    *    *


「あ……美味しそうな匂い……!」

その、レストランの客席の方。
入口に近いところの席に座る緒方智絵里は、厨房の方から漂ってきた香りに思わず表情を綻ばせた。

耳を澄ませば、油が跳ねる音に混じって鼻歌までもが聞こえて来る。
笑顔を浮かべそうになった智絵里は、しかし、すぐに思い出したかのように表情を曇らせる。
悲しそうに眉を寄せて、窓の外、店の前の通りに視線を向ける。

こんなところで智絵里がただ待っているのは、別に響子の好意によるものではない。
五十嵐響子は、緒方智絵里に対して今もなお厳しい姿勢を崩してはいない。

いや――だがしかし、この僅かな休息のひとときそのものは、好意と呼んでもいいのかもしれない。

佐々木千枝の遺体を焼いて病院を出た2人は、その後、その足をビーチの方へと向けていた。
ナターリアを見つけて、殺す。
そのためには、「ナターリアが居そうな場所」を考えなければならない。
あの病院から近いランドマークで、あの異国から来た南国娘イメージに重なる場所となると――
まあ、深く考えるまでもなく、海水浴場はまず候補に上がることになる。
少なくとも博物館やカジノなどよりは、よっぽど「それらしい」。

その程度の期待でやってきた2人は、だから、無人の浜辺を目にしても大して落胆しなかった。
むしろ智絵里は内心、安堵の溜息をついたくらいだった。
そして少しだけ、ほんの少しだけ、この「空振り」に安心した智絵里は……無意識のうちに、緊張も緩んだのか。

ぐぅぅ~~~っ。
大きく、お腹の鳴る音を鳴らしてしまい。
振り返って憤怒の形相を見せた響子も、釣られたのか、即座に同様に腹の虫の音を立ててしまっていた。

考えてみれば、2人ともこの一連の『イベント』が始まって以来、ろくに食事も休憩も取っていない。
アイドルという仕事をしていれば、長時間ぶっつづけでロケなどを頑張ることも珍しくはないが……
元気なキャラで売っている響子は元より、大人しい印象のある智絵里でさえ、それは例外ではなかったのだが。

流石にこの辺で一息入れないと、この先、持たない。

響子は冷静に冷酷に、そう判断してみせた。

いったん決めてしまえば、後の行動は早かった。
ビーチの近くあったこのレストランを見つけると、内部に侵入し。
2人分の食事を用意するのは響子。
その間、見張り役として店外を警戒するのは智絵里。
そんな役割分担を一方的に決めて、響子は厨房に引っ込んでしまった。

もちろん、智絵里にも異論はない。
響子の料理の腕は智絵里だって知っている。自分などが手伝おうとしても邪魔にしかならないだろう。
それに、奥まった厨房にいる間は、外部への警戒が難しくなるのも確かなことで。

だから今は「見張り」の仕事に忠実に、レストラン周囲の景色をぼんやりと眺めているしか、ない。
いちおうテーブルの上に出してあるストロベリーボムを、ギュッと握りしめる。

出歩く者が誰もいない以外は、呑気な風にさえ見えてしまう、観光向けの街並み。
シチュエーションのせいか、やや強めに感じる日差し。
漂ってくる匂い、リズム良く刻まれる作業音、そして少し調子っ外れの鼻歌。



不意に、智絵里の胸の内に、激しい感情の渦が巻き起こった。



「う……あ、あれっ?」

一瞬、その感情を、恐怖だと思った。
次に、その感情を、悲しみだと思った。
少しだけ、その感情を怒りなのかもしれない、と思ってしまった。

最後に、それが言葉にできない、怒りも恐怖も悲しみも全て混じり合った、ぐちゃぐちゃの混乱だと気が付いた。

身体が震える。
涙が溢れそうになる。
思わず叫びだしたくなる。
聞いているだけなら楽しそうにも思える響子の鼻歌。それに気づいただけで、なんで、こんなに。



「ああ……そっか。

 響子ちゃんは――響子ちゃんの、ままなんだ」



独り言として声に出して初めて、智絵里は気づく。
ようやく、自らの発見、その悲しすぎる真実に到達してしまう。


殺しかけた。
殺されかけた。
吊し上げられた。
千枝の遺体の破壊を強いられた。
今まで見たこともないような、響子の怖い顔。聞いたこともないような、響子の怖い声。
まるで別人を相手にしているような恐怖が、これまではあった。

でも。
五十嵐響子は、やっぱり五十嵐響子だった。
智絵里の良く知る、同じプロデューサーの下にいる、仕事仲間であり親友の、響子のままだった。

むしろ響子が別人になっていたのなら、怖がるだけで済んだかもしれない。
むしろ響子が狂ってしまっていたなら、恐れるだけで済んだかもしれない。
むしろ響子が壊れてしまったというなら、憐れむ余地だってあっただろう。
けれど。
智絵里には分かってしまったのだ。



五十嵐響子は、まったくの「正気」だということに。「普段通り」だということに。



普段ならありえないシチュエーションに置かれて、

普段なら見せずに済んだ側面を見せていただけで、

あれは、

あれは紛れもない、五十嵐響子。

キュートな笑顔が魅力的な、家事万能の家庭派アイドル・五十嵐響子のまま、だった。


掃除する時のように、要るもの・要らないものの選別を手早く済ませて――
洗濯する時のように、きれいさっぱり、頭をリセットして――
料理をする時のように、必要な手順を考え、要領よく「やるべきこと」を詰めていく。

そこには何の違いもなかった。
家事も殺し合いも、要求される能力に大差はなかった。
全ては、智絵里もよく知る五十嵐響子の延長線上にあるものでしかなかった。


気づかなければ良かった。
分からずに居た方がマシだった。
智絵里の身体が震える。
漏れそうになる嗚咽を、口ごと自分の両手で抑え込む。
涙がこぼれそうになって、ギュッと両目を閉じる。

響子が狂ったと思えば、被害者意識に浸り続けることもできただろう。
響子が壊れたと思えば、壊れる前の彼女との思い出を大事に慈しむこともできただろう。
響子が別人になったと思えば、理不尽と思いこそすれ、こんな感傷を覚えることもなかったろう。

たぶん、あの病院で同行を申し出なければ、そういう逃げ方ができたはずだ。それで済ませたはずだ。
でも、知ってしまったことは、もう取り返しがつかない。
知らないフリを押し通せるほど、自分を騙し続けられるほど、緒方智絵里という少女は器用ではない。

智絵里は恐怖した。親しい友人と思っていた少女の、これまで伏せられていた一面の苛烈さに。
智絵里は悲嘆した。あんなに明るく優しい(と見えていた)少女をここまでゆがめる、今の悲劇的状況に。
智絵里は激怒した。少女をそんな所にまで追い詰めた、この企画を進める者たちに。主に、千川ちひろに。
智絵里は憎悪した。この殺し合いそのものを。

そして、智絵里は混乱した。これほどまでの激情が、自分の中にあることに。その発見そのものに。



荒れ狂う感情に翻弄される中、智絵里は思う。
なら――自分も。
こんな状況になっても、変わることのできない自分も。
変われないまま、それでも頑張ってみよう。

自分も普段の延長線上のまま、やれることを、やらなくちゃ。

響子は言っていた。智絵里をすぐに殺さないのは、囮や弾除けの意味もある、と。
友人であることも理由に挙げつつ、それらの打算があることを決して否定しなかった。
いま思えば、その不器用な誠実さは、普段通りの響子らしいとも言える。
なら、いまは、それでもいい。
怖いけど、死にたくはないけど……響子の盾となり、囮となろう。
響子が頑張るのを、身体を張って支えよう。

あのときアイスピックを振り下ろせなかった自分が「覚悟」を示すには、たぶん、それしか方法がない。

それと同時に、智絵里の中に、彼女らしくもない叛意が湧き上がってくる。
この、残酷な『リアル・シンデレラ・ロワイヤル』。
本当に命じられたままに従うしかないものなのだろうか?
自覚してしまった、イベントそのものへの憎しみ。ちひろに対する怒り。今の状況への悲しみ。

みんなで頑張ればうまくいくかもしれない、程度では方針転換できない。
殺し合いたくないからみんなで考えよう!という程度では、心は動かない。
たぶん、その程度の想いで群れているアイドルたちも、きっと島のどこかにいるはずだ。

その程度の細い希望に賭けるには、智絵里にとってのプロデューサーの存在はあまりに重い。
臆病で内気で自己主張の下手な彼女だけども、そこだけは譲れないと思っている。
けれど、もしも。
勝算の高い反逆への道があるのなら。プロデューサーを救える「他の方法」があるのなら。
その時は、きっと彼女は……!



キッチンから聞こえる調理の音が、調子を変える。
カチャカチャと皿らしき音が響くのは、盛り付けの作業に入ったからだろうか。
慌てて智絵里は自らの感情と思考をねじ伏せる。
にじむ涙をぬぐい、大きく深呼吸。そして無人の街に視線を向ける。
すぐに予想通り、食器の鳴る音と足音とが近づいてきた。

「……できたよ。ちゃんと見張ってた?」
「も、もちろんっ!」
「……まあいいけど。あくびでもしてたんでしょ。目、赤いよ」

溜息混じりにトレーを置いて、料理を並べ始める響子は、言葉も表情も少しだけ和らいでいる。
料理という馴染みのある仕事をして、多少なりとも普段の調子を取り戻したのだろうか?
テーブルに並べられたのは、小ぶりな鉢に盛られた簡単なサラダ、野菜たっぷりのスープ、そして……

「えっと、これって……歯車?」
「…………い、いちおう、クローバー、のつもり……四つ葉の」
「そ、そうなんだ…………」

ケチャップで何やら模様が描かれた、大きめのオムライス。
智絵里の分には、四つ葉のクローバー……と、響子が主張する謎のマークが。
響子自身の分には、詳しく尋ねるのもためらわれる、謎の動物の顔が。

ああ。
やっぱり、響子ちゃんは響子ちゃんのままなんだ。こんなところまで。
智絵里は心の中でつぶやきながら、思わず微笑んでいた。


    *    *    *


「……ホテル?」
「そう。あっちの窓の向こうのアレ」

ブランチがてらの作戦タイム。
普通に美味しいオムライスを食べながら、智絵里は首を傾げる。
響子がスプーンで指す方向(お行儀悪い!)を見れば、そこには確かに、海を挟んで大きな建物が見える。
確か地図によると、小さな島がいくつか並んで、このビーチを囲むような輪になってるんだっけ。

「そ、そんなところに何の用があるの……?」
「正確には、ホテルの本館じゃなくて、こっちから見て右隣。あそこに十字架が見えるでしょ?」

言われてみればなるほど、少し小高い所に礼拝堂のような可愛い建物がある。
ホテルに付随する施設のようだし、結婚式専用の教会か何かだろうか?
あそこから見下ろしたら、確かに素晴らしい景色が広がっていることだろう。女の子の憧れの舞台設定だ。

「ナターリアの行きそうな場所を考えた時に、思い出にちなんだ場所ってのは有力な候補だと思うの」
「そっか。一緒にブライダルショーの仕事、したって言ってたもんね」
「彼女は殺し合いに乗らないにせよ、プロデューサーのことは想うだろうし、あの会話を思い出すかもしれない。
 思い出したら、足を運ぶかもしれない。
 まあ、あの教会も暗いうちなら目立たないし、ほとんどダメ元なんだけど……」
「うん……」

サラダをフォークでつつきながら、智絵里は曖昧に相槌をうつ。
響子はやはりナターリアのことしか考えていない。ナターリアをいかに最速で排除するか、ただそれだけ。
普段の様子に近い今の表情や態度と、出会った時から一貫したその熱情とのギャップに、軽く混乱してしまう。

「でも、けっこう遠いんじゃ……?」
自転車を使えば、そうたいした距離じゃないはず。ビーチのすぐそこに、レンタサイクルもあったしね」
「……あったっけ? そんなの」
「見落とすのが難しいくらいな気がしたんだけど?」
「ご、ごめんなさい……!」

一瞬だけ険悪な表情を浮かべた響子は、萎縮する智絵里に溜息をつくと。
スープを一口飲んで喉を潤し、言葉をつづける。

「店の前の看板には、奨励のサイクリングコースも描かれてた。
 橋を渡って、ホテルと屋外ステージの前を通って、飛行場のあたりに出て、ビーチに戻ってくる周回コース。
 かなり走りやすい道が整備されてるみたい」
「ええっと、そのコースだと……うん、この辺にある施設は大体回れるね……」

切り捨てられたくない一心で、智絵里は乗り気になれない計画を必死で考える。
人が立ち寄りそうなのは、やはり地図に描かれたランドマークの数々。
カジノ、映画館、博物館、ホテル、ライブステージ、飛行場。そして現在地のビーチ。
地図の北西部にあるポイントを全て繋げば、確かに海岸に沿って一周できる。

「北回りと南回り、どっちがいいのかな……教会以外も気になるよね……」
「…………」
「とりあえず、動きだすには時間が中途半端かな?
 眠気覚ましにコーヒーでも飲んで、トイレとかも済ませて。
 次の放送が済んだら、すぐに出掛けられるようにすること。わかった?」

自分の分のオムライスを食べ終えた響子が、厳しい口調で一方的に仕切る。
智絵里は慌てて何度もうなづきながら、自分の分の残りを口に運んで、すこしばかりむせた。


    *    *    *


湯気を立てるコーヒーカップを前に、響子は情報端末を眺めつつ頭を抱える。
目の前の席は空席で、そちらの方にもコーヒーカップが1つ。
砂糖とミルクがたっぷり入った、お子様向けの味覚の一杯だ。

智絵里は馬鹿正直にもお手洗いに立っていて、だから沈黙の中に響子は1人、取り残されている。


「たとえ近くに居たとしても、今から走り回っても間に合わない。
 うん、それは分かってる、分かってるけどッ……!」


時間が刻一刻と迫る。定期放送の時間が。
響子の顔に、焦りの色が浮かぶ。
ここは肝を据えて待つしかない。
頭ではそう分かっていても、恐怖と最悪の想像が抑えきれない。うっかりすると手が震えだしそうだ。
こんな姿、とてもではないが、智絵里には見せられたものではない。

6時間ごとの、定期放送。
人質であるプロデューサーの処分が決められ、告げられるのは、おそらくこのタイミングをおいて他はない。

逆に言えば、放送間際に必死に探し回っても得るものは少ない。
見つけた相手を追っている最中などならともかく、手がかりの1つもない現状では。
ここさえ乗り切れば、また6時間の「猶予」が得られるのだ。

ならば、ハンパな残り時間を「次の6時間」のための準備と休息に充てるのは、効率的な方法でさえあるはずだ。
そう考えた上での、この食事休憩。
「次の6時間」に勝負を賭け、今度こそナターリアを見つけて殺すための、もっとも賢いやり方。

特に、智絵里は気力・体力の面でもやや不安がある。
「今はまだ」切り捨てる判断を下していない以上、この辺でケアしておくのは正しいことだろう。
考えなしのあの子のこと、響子が配慮しないことには、実際にぶっ倒れるまで無理を重ねるに決まっている。

総合的に俯瞰すれば、この休憩は考えられる限りで最善の一手。



――それでも響子は、次の放送が怖くって仕方がない。



どこか遠いところで、ナターリアが勝手に死んでいてくれたら、それが最善。
ちひろが何も告げず何も触れず、ふつうに放送を終えてくれたら、とりあえずは響子の希望の範囲内。
仮に不機嫌そうに警告を発してきたとしても、まずは時間が稼げる訳で、上々の結果と言えるだろう。


でも、もしもちひろが『ナターリアちゃんが殺し合いをしてくれないので~』とか言い出したら?!


「っ……!」

最初の教室で見せつけられた光景が、脳裏にフラッシュバックする。
食べたばかりの食事を戻しそうになり、必死に飲み下す。
喉を焼く激しい酸味に、思わず涙がにじむ。


「お願いですっ、神様っ……!

 頑張りますから、『次』までには絶対なんとかしますから、絶対殺しますから、だからっ……!

 だから、今だけはっ……!」


とても天国の神様が聞いてくれるとは思えない、鮮血にまみれた邪悪な願い。
そうであっても響子は、智絵里が戻ってくるまでの間、ひたすら愛する人の無事を祈ることしか、できなかった。


    *    *    *


気まぐれな神が祈りに応えた訳でもなかろうが、かくして二回目の定期放送は過ぎ去って――

降り注ぐ日差しの中、観光用の貸し自転車屋の前に、2人の少女が歩み寄る。


それぞれ異なる覚悟を内に秘め。
それぞれ異なる思惑を胸に秘め。
それでも今は、共に前を向く。


「あ……2人乗りの自転車も、あるんだ……」
「そんなもの、どうするのよ」
「いやこれ、2人で乗る分、ラクだったりするのかな、ってちょっと思って……」
「馬鹿なことを――って、あれ?
 でも確かに、普通の自転車2台分よりは軽いはずだよね。それを2人分の力で漕ぐわけだから……?
 いやいや、でもないって、それはないって――」


そして彼女たちは、ヒロインたることを強いられたお姫様たちは、走り出す。





【B-4 ビーチ付近・レンタサイクル貸し出し所/一日目 日中(放送直後)】

【五十嵐響子】
【装備:ニューナンブM60(5/5)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×8】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:ナターリアを殺すため、とりあえず自転車を確保し、海辺を一周するサイクリングコースを巡ってみる。
2:ナターリア殺害を優先するため、他のアイドルの殺害は後回し。
3:ただしチャンスがあるようなら殺す。邪魔をする場合も殺す。
4:緒方智絵里は邪魔なら殺す。参加者が半分を切っても殺す。
5:この島の『アイドル』たちに何らかの役割を求められているとしても、そんなこと関係ない。



【緒方智絵里】
【装備:アイスピック】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×10】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。次善策として、同じPの仲間の誰かを生き残らせる。
0:とりあえず響子ちゃんについていく。
1:今は響子ちゃんの盾となり囮となる。さすがに死ぬ気はないけれど。
2:響子ちゃんと千夏さんは出来る限り最後まで殺したくない。
3:この『殺し合い』そのものが……憎くて、悲しい。


前:第二回放送 投下順に読む 次:
前:第二回放送 時系列順に読む 次:
前:グランギニョルの踊り子たち 五十嵐響子 次:Life Goes On
緒方智絵里

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年05月06日 21:55