賽は投げられた、と嘆くのではなく自ら賽をぶん投げる勇気 ◆44Kea75srM



   【スーパーマーケット店内警備室】



 モニターの中に映る、四分割された映像。監視カメラを通して映し出される、スーパーマーケット内の光景である。
 モニターの数は大小合わせて計六台。チャンネルを切り替えることで映像を変えることができる。
 それら、機械による“監視の目”に這うような視線を送り続けるのは、双眸を眼鏡の輝きで隠した女性だった。

 相川千夏は警備室にいた。

 スーパーマーケットの入り口から店内に入り『お客様の立ち入りはご遠慮願います』と書かれたバックドアを潜る。
 そこから階段を上がり、従業員専用の更衣室や食堂、事務所や会議室、在庫商品や消耗品が置かれたスペースを探索。
 そして目をつけたのがこの警備室だ。事務所内にも監視モニターはあったが、売り場の主たる場所しか見ることができなかった。
 対して、さすがは警備室。ここにある監視モニターは、店内――いや“店外も含めた店内”の様子を隈なく確認できる。

 たとえば、一階の食料品売り場。
 たとえば、一階の日用消耗品売り場。
 たとえば、一階のフードコート。
 たとえば、一階のバックヤード。
 たとえば、二階の通路。
 たとえば、二階の会議室。
 たとえば、二階の事務所。
 たとえば、二階の在庫置き場。
 たとえば、従業員用エレベーター付近。
 たとえば、裏手の搬入口。
 たとえば、店外備え付けの駐車場。
 たとえば、店外備え付けの駐輪場。
 たとえば、店の入口……東と西の両方。

 その他、細かい部分まで挙げればキリがない。
 素人の感想ではあるが、この店はセキュリティがしっかりしているに違いない。
 相川千夏は自らが“陣地”とした建物を高く評価し、同時に欠点も認識する。

(覗けない場所は……更衣室に、トイレ。この二つは仕方ないわね。二階に上がるための階段にカメラがないのは、少し不安かしら)

 店内の見取り図と相互確認。プライバシーの侵害に繋がる場所や、階段のスペースには監視カメラが設置されていないようである。
 もちろん、出入り口付近にはきちんとカメラが設置されている。目を離しさえしなければ、中に誰が入り外に誰が出ていったかは確認可能だろう。
 その他、エレベーター内など死角と呼べる場所は多々あるようだが“移動する人間”を捉える分には不足なし、と判断した。

(“かくれんぼ”をやられると困っちゃうけど、“おにごっこ”ならこちらに分がある……といったところかしら)

 ここは既に、相川千夏の領域だ。
 侵入者が踏み入れば、即座にその動きをキャッチすることができる。
 このアドバンテージを駆使すれば、相手の行動を先読みし迎撃することも容易に違いない。

(問題は“どうやって誘き出すか”なのだけれど)

 市街に存在するスーパーマーケット。常ならば多くの人がこの地を訪れるだろうが、いまは常ならざる状況だ。
 殺し合いを肯定するヒロイン、殺し合いを否定するアイドル、どちらの立場でもわざわざ足を運ぶ場所とは思えない。
 ただ、周辺の立地状況も加味すれば――可能性はゼロとは言えなかった。

(なにせ、隣はもうすぐ禁止エリア。逃げ出してくる子もいるでしょう……“その逆”も、もしかしたら)

 禁止エリアでの爆死を恐れ、近隣のエリアに逃げ遂せようとする者。
 そういった弱者を助けて合流し、力を合わせようとする者。
 もしくは、それらをまとめて狩ろうと企む同業者。

(火事場には人が集まるものよ。それにその気になれば、自分で火事場を作ることもできるのだし)

 手持ちの武器は拳銃が一丁と爆弾が11個だ。威力を考慮しても、籠城戦をするには充分な数と言える。
 しっかり計画を立て、そのとおりに動けば負けはない。
 あとは天の采配を待ち望むばかりといったところである。

「ふぅ……」

 たくさんのモニターに囲まれながら、千夏はため息をついた。
 チェアに大きく背中をもたれ、疲れ気味に天井を仰ぐ。
 獲物を待つその時間、千夏があてた作業は――自己分析だった。

(遭遇戦を避けて、陣地を作って、策を練る……結局、私はこういう女なのよね)

 頭の中に巣食っているのは、ある一人の女の子。
 五十嵐響子という、先ほど出会ったライバルの存在だ。

(彼女はいまもナターリアちゃんを捜しているのかしら……そうして、障害になるような子がいたら殺して……)

 同じプロデューサーのもとで仕事をし、同じプロデューサーに恋をした女の子。
 彼女は普段からして積極的、そして行動的な少女だった。
 仕事に関してもそう。レッスンに関してもそう。プロデューサーへのアプローチに関してもそうだ。
 自己鍛錬を怠らず、いつだって健気に、アイドルとしても女の子としても、高みを目指そうとしていた。

(そんな響子ちゃんに比べて、私は――)

 アイドルとしても女としても、劣っているとは思わない。
 だけど“想い人のために行動する女の子”としては。
 完全に、負けてしまっている。
 現状はそう判断せざるをえなかった。

(がむしゃらに暴れ回って、それで一度でも失敗してしまったら終わりなのよ。無茶はできないわ)

 ――そのブレーキが、相川千夏の弱さなのかな、と自嘲気味に思う。
 響子は、想い人のために親友を殺すとまで言ってみせたのに。
 千夏は、親友の死に心を痛めて、足踏みをして。
 それで『なにをやってるんですか』と叱咤までされたのに、まだ慎重な道を選んでいる。

「……これが私のやり方よ。まさか私にジェイソンやプレデターをやれというの? 適正や効率の面で見ても、これが最上なの」

 そんな風に、誰にぶつけているわけでもない言い訳を吐露する。
 もどかしい。
 実績を作れば――このもどかしさからは解放されるのだろうか。


 ――さっさと一人殺しちゃえば、楽になりますよ?


 頭の中の響子が、悪魔の囁きをこぼす。
 なにを馬鹿な、と思うと同時。
 そのとおりかもね、またため息をつく。

「アイドルが悩んで、躓いているっていうのに……あなたはなにをしているのよ」

 プロデューサーは――一見頼りなさそうな顔をして、その実かなりデキる男性だった。
 相川千夏という女性の魅力を正しく認識し、それを伸ばそうと努力してくれた。
 敏腕という肩書きは似合わないが、相川千夏のプロデューサーとしては彼こそが最強だった。

「声を聞かせてよ――――さん」

 この人となら、人生のパートナーとしても一緒にいたい。
 そう思った矢先に、同じ想いを抱いているライバルがいることを知って。
 負けられない――ならば先手必勝。彼に、想いを伝えようとしたのに。

(ちひろさんに例の話を振られて……明日、想いを告げようって思い立って……それっきりなんて、笑えない)


 ――あの人の顔が、また見たい。


 あの優しくも心強い声が聞きたい。あの愛嬌に満ちた微笑みが欲しい。あの無防備な頬にもう一度、触れたい。


 あの人に――好きと伝えたい。


「……………………あっ」

 倦怠感に包まれながら、ふとモニターを見てみると――そこに動く人間の姿があった。
 スーパーマーケットの入り口に設置されたカメラの映像だ。
 距離はあるが、店の付近で三人の少女たちが言い合いをしているように見える。
 希望的観測かもしれないが、店内に入ってきそうな雰囲気も感じられた。

「賽は投げられたみたいね」

 相川千夏は食い入るようにモニターを眺める。
 まずは相手がどんな人物なのか、それを見極める必要がある。
 はたして、彼女の領域に踏み込んだ三人の少女とは――?



   【スーパーマーケット店外】



「向井はん、そこまでや!」

 先陣を切っていた特攻隊長――向井拓海小早川紗枝の声を受けて、足を止めた。
 東の市街、煙の上がる火災現場を目指して移動している最中のことである。
 現在地は市街地の入り口付近だろうか。なんにせよ、足を止めるにはまだ早い。

「なんだよ紗枝、バテたか? まあそんな長いもん持ってりゃ走りにくいかもしんねーけどよ」

 鉄芯入りの木刀をハンドバッグ気分で持って走る拓海に対し、紗枝は自分の身長ほどもある薙刀を担いで走っている。
 日々レッスンを積んでいるアイドルとはいえ、さすがに疲れは出てくるか――と拓海は思うが、紗枝が呼び止めた理由は別にあった。

「……そうやない。これ以上は進まんといたほうがええ。ううん、ちゃう。進まれへんのよ」
「ああ? なんだってんだよいったい」
「そうか……禁止エリア。このあたりが境界線か」

 訝しむ拓海より先に、紗枝の言いたいことに思い至ったのが松永涼だ。

「あそこ、見てみなって。スーパーあるよな?」
「見りゃわかるが……それがどうかしたってのかよ?」
「この島の地図、思い出してみなよ。あそこにスーパーがあるってことは、この道の先は禁止エリア……進入禁止のデッドゾーンだ」

 涼が指で示す先、道沿いにある大きな建物は、確かに一目でスーパーマーケットだということがわかる。
 拓海自身、島内の地図と建物の配置はおおまかにではあるが覚えていた。
 スーパーマーケットは市街地の入り口を示す目印。
 エリアでいうと【C-6】に位置し、ここからさらに東へ進んだエリアは【C-7】に区分される。

「ちっ……つまりこれ以上進むのは危険って言いたいわけか、おまえら」
「せや」
「だけど、禁止エリアになるまでまだ一時間ばかしあるだろうが! なのにここで立ち止まんのか!?」
「落ち着きなよ。そもそも、アタシらの目的はなんだい?」
「そりゃ、仲間になれそうなヤツを探して……」
「“一時間ばかし”。そんな爆死ギリギリの時間まで“アタシらの仲間になれそうなヤツ”が危険地帯に踏みとどまる理由はないよな?」
「これ以上進んでも、誰もいないって言いてーのか?」

 東の方角に視線をやる。煙はだいぶおさまったようだが、119番も期待できない場所での火事だ。
 自然鎮火するまではまだまだ時間がかかるだろう。不用意に近づくのは危険極まりない。
 しかし、だからこそ――火事に巻き込まれた少女が、誰かの助けを待っている少女がいるのではないか?

「酷なことを言ってるかもしれないけどさ……仮に逃げ遅れた人がいたとしたら、たぶんもう手遅れだ」
「ンなもん、まだわかんねーだろうが!」
「向井はん、冷静になっておくれやす。うちら、素人なんよ? そんな消防隊の真似事なんてできへん」
「あそこにまだ人が残ってるって確証もないんだ。だったらむしろ、あそこから逃げてきた人を探すほうが懸命だろ?」

 紗枝と涼の説得を受けて、拓海は落ち着きを取り戻す。
 そのまま軽く頭を掻き、反省するように目を伏せるのだった。

「……すまねぇ。煙が間近で見えるようになったせいか、また気が焦っちまった」
「気にせんといて。うちら、持ちつ持たれつやろ?」
「ああ。まったく頼りになる相棒だぜ」
「ふふふ。うちら、意外といいコンビかもしれまへんなぁ」
「とにかく、このまま街の周辺をぐるっと回ってみよう。そうすりゃ誰かしら見つかるさ」



   【スーパーマーケット店内警備室】



(遠い……)

 監視カメラの映像とはこうも見えにくいものなのか、と相川千夏は警備員の苦労を知った。
 モニター上、店の入り口付近で話をしている少女たちは、三人ともボケボケで素顔が窺えない。
 カメラとの距離が遠いのだ。わかるのは全員同じくらいの背丈だということ。そして服装くらいである。

(この子はジャージよね。彼女、やけに丈の長い服を着ているように見えるけど……どういうファッションなのかしら?)

 アイドルの中でも、ファッションへの関心は特に強いほうだと自負している千夏である。
 だからこそまず三人の服装に着目してみたのだが、いまはライバルの格付けをしているときではない。
 重要なのは“あの三人が誰か”ということ。
 パッと見た印象ではあるが、三人とも顔見知りではない――と、千夏はそう判断した。

(そして、おそらく私や響子ちゃんの同業者というわけでもないでしょう。三人でいるのがなによりの証拠だわ)

 殺し合い――“勝者は一人”というルールのゲームを勝ち抜くうえで、三人という数はあまりにも不合理だ。
 なぜなら割り切れない。仮にいっとき徒党を組む契約だったとしても“一人が二人に裏切られるリスク”が高すぎる。
 ならば殺し合いを拒み生きて帰るため、平和的に協力を結んだ間柄と見て間違いないだろう。
 つまり、相川千夏が狩るべき獲物である。

(あんなところで足を止めているということは、店の中に用事? いえ、でもそれならすぐに入ってきてもおかしくないはず)

 まさか、既に中に誰かがいて、罠が張られている可能性を危惧している……?
 いや、千夏が店内にいるヒントなどどこにもないはずだ。
 姿は見えども声は聞こえず。千夏はカメラの映像をもどかしく感じた。

(いえ――待って。この位置なら、もしかして……)

 なにかに思い至った千夏は、席を立つ。
 警備室を出て、そのまま事務所内の廊下を全力疾走。
 大急ぎで従業員食堂に駆け込んだ。
 そして、壁際の窓を開け放つ。

(見えた――! 確かに三人いる!)

 二階にあるこの従業員専用の食堂は、ちょうど店の入り口の真上に位置している。
 ここからなら店外の様子が肉眼で目視可能だ。三人の姿もしっかりと目に映った。
 だが、

(それでも、遠い……っ。向こうもこちらには気づいていないみたいね)

 店のそばで言い合いをしている三人。二階食堂の窓からその様子を窺っている千夏。
 お互いの距離はまだ遠く、そして斜めの位置関係にある。
 声は放れば届くだろうが、なにかしらの物体を届かせるのは意外と難しそうな、そんな微妙な距離感。

(銃を使っても……無理ね。拳銃の射程距離なんて知らないし、そもそも当てられる自信がない)

 となれば、残された武器は千川ちひろから支給されたストロベリー・ボム――あれを投擲して爆殺するというのはどうか。
 うまくいけば、三人まとめて一網打尽にできる。

(でも意外と重いのよね、あれ。三人のところまでは……やっぱり無理ね。届かない)

 斜めの位置関係を考慮すると、窓から半身を乗り出した無茶な体勢で爆弾を投擲する必要が出てくる。
 これがゴムボールならまだしも、ずっしり重たい手榴弾をそんな風に投げるのはリスクが高すぎた。
 なにせ取り扱いに注意を要する爆発物である。投げ損ねて自滅なんて結果になったら笑えない。

(絶好のチャンスなのに――いいえ、焦っては駄目。あの三人がこちらまで来るのを待って)

 冷静沈着に、状況判断。チャンスとピンチは表裏一体。功を焦ってしくじることだけはしてはならない。
 ここで待ち伏せを決めた矢先、早々に人がやって来たのだ。
 ツキは自分に向いている。なればこそ、さらなる追い風が吹くのを期待して――



   【スーパーマーケット店外】



「……走りながら少し考えたんだけどさ。あの火事ってなにが原因だと思う?」

 スーパーマーケットをすぐ隣に置いた往来で立ち話をする三人。
 松永涼のふとした質問に、向井拓海は柄にもなく考えるような仕草を見せた。

「なにって、そりゃ放火だろ放火。古新聞に灯油とかガソリンとか撒いてよ、あとはライターでちゃちゃっとな」
「……向井はん、火遊びはあきまへんで?」
「バッ、アタシはそんな馬鹿なことしねーよ!」
「わかっとりますわ。ほんの冗談どす」

 からかうつもりで言ったのだろう。独特の茶目っ気を見せる小早川紗枝に、拓海はおもしろいくらい反応した。
 しかし、話を振った当人である涼は深刻な顔だ。

「火遊び程度ならまだいいんだけどさ……ひょっとしたらアレ、もっとヤバイものなんじゃないかって思ってね」
「もっとヤバイもの?」
「なんどすか、それ?」
「たとえば……爆弾とか」

 思い浮かべたのは、数時間前――深夜の頃、気弱そうな少女が涼を殺すために落としたあの爆弾だ。
 この殺し合い、支給されている凶器は銃や刃物、鈍器だけではない。
 中にはああいった強力な武器、街を火の海に変えてしまう規模の“兵器”を持つ者もいる。
 そして、拓海はそういった“兵器”がもたらした悲劇を知っている。

「……ああ、チクショウ。胸くそワリィ。そういうことかよ」

 涼の発言で、拓海も思い出してしまったようだ。隣の紗枝も沈んだ表情を浮かべている。

「誰の仕業かは知らねーが、アタシらアイドルには過ぎた火遊びだ。どこぞの馬鹿はアタシがぶん殴って、爆弾は海にでも捨てさせてやる」
「……その“どこぞの馬鹿”も、ひょっとしたらまだこのあたりにおるかもしれまへんなぁ」
「だとしたら、グダグダしてもいられねぇ。いくぜ紗枝、涼」



   【スーパーマーケット店内従業員食堂】



(動いた――!)

 窓から三人の様子を窺う相川千夏。その双眸が次なる襲撃の機会を捉えた。
 が、無常にも三人の進路は店とは逆方向。
 どうやらこのままスーパーマーケットから離れるつもりのようである。

(……チャンスは得られず。仕方がないわね)

 去りゆく三人を眺めながら、千夏はそんな風に思う。
 手には投げるべきか投げざるべきかと考えた末、とりあえず準備だけはしようと握りこんでいたストロベリー・ボム。
 結局は投げる機会を逸し、殺人者としての実績を築く機会もフイにしてしまった。

(彼は……大丈夫よ。響子ちゃんががんばっているもの。それに、ちひろさんだって私のやろうとしていることは理解しているはず)

 まだ焦るような段階ではない。ここで無理にあの三人を追いかけ、殺害する必要性もない。
 第一、一対三というのは分が悪い。数が多いというのはそれだけで厄介だ。
 相手のスペックによっては返り討ちに遭う危険性だってある。敵を知らずに戦いを挑む策士はいない。
 だからここは見送ろう。次の機会を待とう。確実に殺害でき、確実に生き延びられる、より確実な機会を――


 ――――――――ドンッ!


 そのとき、食堂内で大きな物音がした。
 千夏は驚き、バッと後ろを振り返る。
 ここには自分しかいないはずだ。
 まさか、自分の他に既に潜伏していた者が!?
 最悪の可能性を頭の中に、じっと食堂内を見渡す。
 机や椅子は物を言わない。厨房も変わりなし。自販機もただそこにあるのみだ。
 誰もいない。
 じゃあ、いまの物音はいったい……?

「あっ……」

 そして、千夏は気づいた。
 ストロベリー・ボムを持っていないほうの手が、グーの形を作っていることに。
 そのグーが、すぐそこの窓に触れていることに。
 物音の正体は、千夏が窓ガラスを叩いた音だった。

「……わかってるわよ。あなたに言われなくても、わかってる」

 憤りを感じる。
 いつも冷静な自分らしくない、焦燥と怒り。
 なにをそんなに憤っているのか。
 答えはわかっている。
 きっかけが五十嵐響子との再会だということも。

「……私が誰かを殺さなければ、彼が殺される。彼を守るために、私たちは殺人を犯すの」

 でも、きっと彼はそんなことを望んでいない。
 そんなことはわかっている。
 それでも、彼には生きていてほしいのだ。

「身勝手な想いよ。利己的で自分勝手な、一方通行の想いよ。自分でも馬鹿だと思ってる。でも、これが女なのよね」

 彼を失わないために、彼が望まぬ殺人をする。
 決して褒められた愛ではないだろう。
 だけど、仕方がないのだ。
 彼を守るためには、人を殺すしか。


「彼を守るために咎を背負う――――なんていうのは“綺麗事”」


 “彼さえ生きていればそれでいい”。
 いまさら、そんなことは思わない。
 それなら早々に自殺でもしてしまえばいい。
 千夏を動かすのは、献身的な愛ではなく。
 極めて自己中心的な、一人の女性としての想い。

「生きて、彼に想いを伝える。彼と添い遂げる。彼を生かすのは、あくまでも最低条件……なら」

 響子にばかり任せてはいられない。
 志を同じくするライバルとして、自らも張り合う姿勢を示さなければならない。
 彼女と同様に殺人という咎を背負い、その上で彼と再会し、秘めていた想いを告げる――

「そうでなくちゃ、私に“資格”はない……そうでしょう、響子ちゃん」

 アイドルにとって、チャンスとは宝だ。
 チャンスをものにできないアイドルは、生き延びられない。
 相川千夏は、いつだって貪欲にチャンスを追い求めた。
 手元から離れようとしたチャンスは、懸命に繋ぎ止めた。
 そして、掴み取ったチャンスは必ずモノにした。

「それが、相川千夏というアイドルなの」

 窓の向こう、標的と定めた三人はスーパーマーケットを離れつつあった。
 もはや声の届く距離ではない。
 だが、千夏の視線は既に別のものを捉えていた。

 二階の食堂から見下ろした先、入り口そばの“駐車場”に停められた――一台の乗用車である。



   【スーパーマーケット店外】



 けたたましい爆発音が、三人の耳朶を打った。
 背後には足を止める際の目印としたスーパーマーケットがある。
 そのスーパーマーケットの入り口付近――客用の駐車場スペースだろうか――が、炎上しているのだ。

「なっ……」

 それは誰のつぶやきだったか。
 向井拓海か、小早川紗枝か、松永涼か。
 おそらく、三人全員のものであったに違いない。

「な、なんだってンだよ、いったい! いまなにが起きた!?」
「わ、わかりまへん。急に爆弾が爆発したみたいな音が聞こえて、振り向いたら……」
「みたいな、じゃないよ。爆弾だ……誰かが爆弾を使ったんだ!」

 既に爆弾の存在と危険性を思い知っている三人だ。爆発音の正体にはすぐに察しがついた。
 問題は、爆破された場所が三人のすぐ背後、五十メートルもない位置であるという事実。

「クソッ!」

 拓海は走り出した。紗枝と涼はそれを止めるでもなく、少し遅れて後に続く。
 スーパーマーケット入り口の駐車場。なぜそんなところで爆弾が爆発するのか。
 まさか拓海が看取ったあの少女のように、爆弾による自殺を図った者でもいたのか。
 もしくは単純に、“なにかを爆破すること”を目的に、誰かが爆弾を使ったのか。
 走りながら考え――松永涼はハッとする。

「……っ! 気をつけろ、上から来るぞ!」

 足を止め、先を駆ける拓海に注意を促す。
 真っ先に気づいたのが涼だったのだ。
 誰もいないはずの駐車場を爆破した意味。
 誰が、なんの目的で、爆弾を使ったのか。
 その最もありうる可能性を考慮し。
 野生の勘から視線を送った先の――人影。
 建物の二階から爆弾を放ろうとする人影。
 涼は、眼鏡をかけた殺人鬼の姿を捉えた。

「あア!? 上――」

 危機感を煽る声に、拓海も自然と視線をそこにやっていた。
 その頃にはもう、爆弾は宙を舞っていて。
 拓海は、滑りこむような体勢で前方に伏せた。

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 高校球児のヘッドスライディングよりも激しい、地面への特攻。
 特攻隊長の勇ましいブレーキを、天の神様も高く評価してくれたようだ。
 爆弾が爆発する。
 拓海が伏せた遥か前方で。
 身を伏せているにもかかわらず、爆風に吹き飛ばされた。
 射程外にいた紗枝と涼も吹き飛ばされそうになる。
 埒外な威力が三人を襲った。
 二度目の爆発は、入り口手前の地面を焼き削った。

「向井はん! 無事どすか!?」

 拓海は答えない。
 地面に突っ伏しながら、苦しそうに呻いている。
 その位置と泥だらけの特攻服を見るに、だいぶ地面を転がったようだ。
 顔を青くする紗枝と涼。
 そして次の瞬間、


「クッソいってぇえええええええええええええええ!!」


 拓海が起き上がった。
 起き上がってすぐに叫んだ。

「テメェいきなりなにしやがんだゴラァ! いますぐそこいってぶっ飛ばしてやるから覚悟しとけやぁあああああああああ!!」

 咆哮の矛先は、もちろんスーパー二階の窓辺である。
 爆弾を投げた張本人である眼鏡の女性は、表情一つ変えることなく室内に消えた。

「お、おい。なんともないのか……?」
「誰にもの言ってんだ!? あんなもん根性で避けたわ! 地面転がされてあちこちすりむいたけどな!」
「さすがと言うべきやろか……ああ。でも、ホッとしはりましたわ」

 胸を撫で下ろす紗枝と涼。
 しかし拓海の怒りは収まらない様子だ。

「噂をすればなんとやらってやつだぜ。探していた爆弾魔がまさかこんな近くにいたとはよ!」
「あの人……ひょっとして、うちらが話しているときから店の中にいたんやろか?」
「たぶんそうだよ。それで機会を疑っていたんだ。でもなかなか近づかないから……」
「テキトーに爆発させておびき出そうって魂胆か! おちょくりやがって……おもしれェ、乗ってやるよ!」

 両拳をボキボキと鳴らし、拓海はスーパーマーケット内への突入を決意する。
 爆弾魔は危険な存在だ。その凶器もろとも、ここで無力化しておかなければ大きな被害が出てしまう。
 これ以上の被害を食い止めるために――拓海は死地への一歩を踏み出した。
 その肩を、紗枝が掴む。

「……向井はん、待っておくれやす」
「なんだよ、止める気か紗枝?」
「ちゃいます。落ち着いて、みんなで足並み揃えよう言いたいんやわ」
「はあ?」
「アタシらも一緒に行くからさ、一人で先走んなって話さ」

 紗枝が拓海の右肩を掴んだまま、涼が左肩を掴む。
 そうして、同時に一歩。
 三人が横一列に並ぶ。
 そして、決意と覚悟を胸に眼前の建物を睨み据えるのだ。
 その心情を読み取った拓海は、嬉しそうに頬をゆるめ。

「……へっ。ほんっとーに頼りになるヤツらだな、おまえらよ!」

 今度は三人同時に、一歩。



   【スーパーマーケット店内従業員食堂】



 賽は投げられた。
 いや、違う。
 賽は自らの手で投げなければいけないものだ。

「必ずものにしてみせるわ――このチャンスをね」

 食堂の窓から、スーパーマーケットに向かってくる獲物を見下ろすのは――自ら賽を投げた相川千夏である。
 去りゆく三人の注意を誘うため、駐車場に停めてあった乗用車をまず爆破。
 誰であっても振り向くだろう。そこから怯えて逃げるか、逆に近づいてくるかは賭けだった。
 逃げるようならそれまで。しかし近づいてくるようなら、再度爆撃の機会を得る。
 結果、狙いどおり近づいてきた標的に爆弾を投下できたが、これは不発に終わってしまった。
 これで賭けは一勝一敗といったところだろうか――そして、勝負はまだ続いている。

「爆弾を持っている私にわざわざ向かってくるということは、戦う意志アリってことよね」

 望むところだ。
 店内の構造は既に把握している。相手の行動も予測しやすい。動きを知る術もある。
 地の利はこちらにあった。ストロベリー・ボムがあれば物量戦になっても押し勝てる。

「しっかり見ていなさい」

 迎撃に移るその直前、千夏は誰もいないはずの虚空に向けて、意志ある言葉を発した。
 それは、プロデューサーの命を握り、どこかでこの模様を観察しているだろう黒幕に宛てたメッセージ。
 それは、いままで爪を研いでいた獣が、いよいよ狩りを始めるという決意表明。

「皆殺しにしてみせるわ」

 相川千夏は、迫り来る三人を迎え撃つ――殺すために。



【C-6・スーパーマーケット内2階食堂/一日目 午前】

【相川千夏】
【装備:ステアーGB(19/19)】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×9】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。
1:地の利を活かし、誘いに乗った三人を迎撃する。
2:以後、6時間おきに行動(対象の捜索と殺害)と休憩とを繰り返す。


【C-6・スーパーマーケット内1階入り口/一日目 午前】

【向井拓海】
【装備:鉄芯入りの木刀、ジャージ(青)】
【所持品:基本支給品一式×1、US M61破片手榴弾x2、特攻服(血塗れ)】
【状態:全身各所にすり傷】
【思考・行動】
基本方針:生きる。殺さない。助ける。
1:スーパーマーケットに入り、爆弾魔を無力化する。
2:引き続き仲間を集める(特に白坂小梅を優先する)
3:涼を襲った少女(緒方智絵里)の事も気になる

【小早川紗枝】
【装備:薙刀、ジャージ(紺)】
【所持品:基本支給品一式×1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:プロデューサーを救いだして、生きて戻る。
1:スーパーマーケットに入り、爆弾魔を無力化する。
2:引き続き仲間を集める(特に白坂小梅を優先する)
3:少しでも拓海の支えになりたい

【松永涼】
【装備:イングラムM10(32/32)】
【所持品:基本支給品一式、不明支給品0~1】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:小梅と合流。小梅を護り、生きて帰る。
1:スーパーマーケットに入り、爆弾魔を無力化する。
2:小梅と合流する。
3:他の仲間も集め、この殺し合いから脱出する。


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向井拓海
松永涼
相川千夏

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最終更新:2013年03月29日 03:22