彼女たちがページをめくるセブンティーン ◆John.ZZqWo
あれから後、ファーストフード店を出た
神谷奈緒と
北条加蓮は汚れた服の代わりを探して街の中を歩いていた。
日は十分な高さまで昇り遠くを見渡すのにも不自由はしない。ゆえに、彼女たちのその“汚れ”もまたよく目立ってしまう。
そして、その赤い血は彼女たちの行動と結果を雄弁に語り、出会う者に全てをあからさまに知らせてしまうだろう。
「うーん……、ここにも私たちが着れるようなものはないね」
「そうだなぁ。さすがにこんなんじゃな」
だが、彼女らの新しい衣装選びははかどってはいなかった。
街中に洋服店はあまり見つからなかったし、見つかったとしても彼女たちのようなティーン向けのお店でもない。
実際、今二人が出てきた店もいかにも年配の――ようするにこのしなびた港町の客層に合わせただろう服しか置いてなかった。
色使いは地味だし、なによりデザインが古い。昭和のセンス、などというのはまさしく彼女らからしたら原始時代にも近い。
「学校があるから私たちくらいの子もいるはずなんだけどね。みんなどこで服を買ってるんだろう?」
「さぁな。すくなくともこの店じゃないってはわかるけど」
更に探してみると、今度は通りの中に小さなスポーツ用品店が見つかった。
店先のショーウィンドウには野球道具やバスケットボールなんかといっしょにスポーツウェアが並んでいる。
こちらは色使いも鮮やかでセンスが古いということもない。いつも二人が養成所で着ているレッスン着とほとんど変わらなかった。
「奈緒。あれだったらいいんじゃない? 別にそんなに変でも………………ん、奈緒?」
「…………………………」
だが、すんなりそれでいいとは決まらない。
神谷奈緒にはどうやら不満があるようで、そしてしばらく逡巡した後、彼女は北条加蓮が思ってもみなかった答えを口にした。
「も……」
「も……?」
「………………あ、あたしは、も、もっとかわいいのがいい!」
「え、え、…………えぇ!?」
神谷奈緒の顔が真っ赤に染まり、そして北条加蓮の表情も驚いたままで固まってしまった。
まさか、彼女がかわいいほうがいいと言い出すなんて。
いや、勿論、かわいいほうがいいに決まってるし、彼女だっていつもは口にしないだけでそう思っているんだろう。
でも、まさか、あの照れ屋で意地っ張りな奈緒が自分からかわいいのがいいと言い出すなんていったいどういう風の吹き回しなのか?
北条加蓮は恥ずかしさで半分泣きそうになっている奈緒の顔をまじまじと見ながら思う。
しかし、理由を聞いてみればそれは至極納得のいくもので、彼女を茶化そうなんて気持ちも吹き飛ぶものだった。
「…………これが、あたしたちの最後のステージだろ?」
「あ…………」
そうだ。ここでは生き残れるのは最後のひとりだけで、そして互いが互いを生き残らせようと考えていたし、無理なら
渋谷凛をと願った。
ゆえに、少なくとも神谷奈緒と北条加蓮、二人の“LIVEステージ”はここで終わりだ。そしてほぼ間違いなく二人ともが終わりを迎えるだろう。
「あたしはもう加蓮といっしょだって誓った。だから覚悟は決めたし……その、もうこれが最後ならひとつも悔いは残したくない」
「奈緒…………」
「それに、さ。この殺しあいはきっとスタッフが監視してるんだろ? だったら、もしかしたらプロデューサーも見てるかもしれないし……」
「プロデューサーが、私たちのことを…………」
「も、もう愛想尽かしてあたしたちのこと嫌いになってるかもしれないけどさ……」
「そんな、ことないよ。……でも、すごく心配してるんだろうな。あの人」
「きっとそうだな。俺が加蓮の代わりに殺しあいをするー! とか言ってるかもしれないぞ」
「……うん、言いそう」
二人の顔にゆるやかな笑みが浮かぶ。暖かくなったと感じたのはまた少し昇った太陽のせいだろうか?
「それで、さ。あたしとしては、もし見ていてくれるなら一番のあたしたちを見て欲しいし、そうでなくても一番の格好でいたい……んだ」
「うん。私も賛成だよ奈緒」
いまだ顔が真っ赤な神谷奈緒に北条加蓮は笑顔で答える。
そこに夜が明けるまでのぎこちなさはなくて、どう考えても今が人生で一番ひどい時だというのに、なぜか一番輝いてるんだと思えた。
「でも、それじゃあどうしようか……? ここらへんには――」
しかし、と北条加蓮は辺りを見回す。先ほどから探し続けているとおり、とてもこの近辺でかわいい服は見つかりそうもない。
海辺に漁港と魚市場、そして役場と山の麓に学校を置くこの街はいかにも田舎という風情だ。
「あのさ、北のほうに行ってみないか?」
「北?」
北条加蓮の疑問に頷くと神谷奈緒は情報端末を取り出し、そこに地図を表示させた。現在位置からスライドさせて北西の街を画面に映す。
「こっちって、カジノとかビーチとかあるだろ? だからリゾートエリアってやつだと思うんだ」
「そっか、それだったらかわいい服とかも見つかりそうな気がするね」
「うん。それにライブステージもその向こうにあるだろ? だったら、ここになにか衣装があるかもしれないって思わないか?」
「どうだろう……? 衣装はいつも持ち込みだし……でも、まだ返却してないのとか、先に送ったのがあるかも……」
「だろ!」
うん、いいよ。じゃあそっちに行こう。そう北条加蓮が同意すると神谷奈緒は顔を喜色に染め、そして二人は笑いあって歩き出した。
「おしゃれするなら完璧にしないとね。ネイルは私が塗ってあげる」
「あ……、うん。よろしく……って、笑うなよ!」
「いいじゃない。私、奈緒のそういうところかわいいって思うよ」
「い、意味わかんないし!」
@
そして歩き出してしばらく、神谷奈緒は隣の北条加蓮の様子を伺い、ここであることに気づいた。
「なぁ、加蓮。その荷物、パンパンになってるけど何が入ってるんだ?」
今の今まで気づいていなかったが、気づいてみればそれはあからさまだった。
神谷奈緒の背負っているリュックに比べて、北条加蓮の背負っているリュックは明らかに大きく膨らんでいる。
「ああ、これは……多分、爆弾かな?」
「なんだ爆弾か、それなら別に…………って、えぇ!?」
「ちょっと奈緒、大きな声を出しすぎだって」
「でも、なんでそんなものが……」
聞かれて、北条加蓮は渋い顔をして言いよどむ。だが、言わないわけにもいかないかと観念し、爆弾の出所を神谷奈緒に打ち明けた。
町役場の前で殺害した
若林智香――彼女の持っていたものを立ち去る前に拝借してきたのだと。
「そっか……あたし、気づいてなかったな……」
神谷奈緒は北条加蓮から爆弾をひとつ受け取り、手の平にのせて観察する。
ちょうど彼女の手の平にのるサイズのそれは黒くてまるっこくてレバーがついててピンで押さえられていて、間違いなく爆弾そのものだ。
しかもその爆弾は10個以上もあった。ひとつひとつは小さくて軽いが、さすがにこんなにあると荷物になる。
「でも、なんでこんなに数があるんだ……?」
「……さぁ?」
「まぁいいや。じゃあそっちの荷物はあたしが持つよ」
「いいって、私だってこれくらい平気だから」
「遠慮しなくていいって」
「遠慮なんかしてないってば! そりゃあ私は身体が弱いけど、でもそれでも奈緒といっしょだって決めたんだから。こんなこと……」
「でもそれで肝心な時にヘバったら最悪だろ! だから――」
「私、足手まといのはなりたくな――」
「そういう意味で言ってんじゃ――」
「そうだもん――」
「なんでいじけて――」
「いじけてなんか――」
………………
…………
……
「ハァハァ、わかった……じゃあ半分こな?」
「……ハァハァ、……最初からそうればよかったね……」
長い押し問答の末、結局は半分ずつ持つということになり、そしてずっと往来の真ん中に棒立ちだったことに気づくと二人は狭い路地に駆け込んだ。
そしてそれぞれに荷物を下ろし、中身の移動を始める。
「そういえば、加蓮のもらった武器ってそのボウガンの他はなにだったんだ?」
「…………私の武器はこれだけだけど?」
北条加蓮は神谷奈緒の質問にクエスチョンマークを浮かべ、地面に置いていたピストルクロスボウを拾う。
リュックの中に入っていた武器らしいものはこれだけだ。強いて言うならピストルクロスボウと矢のセットだが、それはわざわざ言うことでもない。
「あ、そうなのか」
「じゃあ、奈緒はその斧以外にもなにかあったの?」
「うんまぁ、一応。武器じゃないけど」
首肯して神谷奈緒は上着のポケットからなにかを取り出す。手の平の中に収まるほど小さくて四角いそれは、デジタルカメラだった。
「フラッシュを使えば、目くらましくらいにはなるかもしれないけど」
「それだったら、爆弾は防犯ブザーといっしょだった」
「武器といっしょにおまけがついてるのかな?」
「ちょっと待ってて……」
言われて北条加蓮は自分の荷物を漁り始める。爆弾を横に置いて、食料や水を確かめ、リュックのポケットになにか入ってないか探す。
だがしかし、最終的にはリュックを空にして振ってみるまでしたものの特にそれっぽいものは出てこなかった。
「やっぱり私にはこのクロスボウだけみたい」
「まぁ、そういうこともあるか」
納得し、二人はまた荷物の整理に戻る。そして11個ある爆弾をどちらが6個持つかでまた少しもめた後、北条加蓮はあることに気づいた。
「ねぇ、そのデジカメって写真は撮れるよね?」
「まだ試してないけど撮れるんじゃないか? デジカメだし」
「じゃあ動画は撮れる?」
「うん、撮れるよ。録画に切り替えるスイッチついてるし」
「じゃあさ――」
北条加蓮は神谷奈緒の両肩に手をのせ彼女の目をまっすぐに見て言う。
「かわいい服が見つかったらさ、それで二人で歌って踊ってるところを撮ろう」
「はぁ……?」
神谷奈緒は突拍子もない提案に呆れた顔をしたが、しかし彼女を見る北条加蓮の目は真剣そのものだった。
「奈緒は言ったよね。最後だって。だったら私は何かを残したいよ」
「加蓮……」
「何か形にすればさ。届くかわからないけど、でも、もしかしたらプロデューサーの手にそれが届くかもしれない。
私たちがここで終わっても、誰かが、それがプロデューサーでなくても、私たちがいたんだってこと、知ってもらえれば……」
「…………そうだよな。あたしたちは『アイドル』で、ここにいたんだ」
神谷奈緒は涙ぐむ北条加蓮の背に手を伸ばし、そして優しく抱き寄せる。
「これで最後だもんな」
「……だから、私と奈緒の形、ここに残そ?」
ああ。と神谷奈緒は力強く頷く。そして二人はこの時、抱きあいながら二人ともが同じことを考えていた。
もしここに『アイドル』としての最後の姿を残せるというのならば、そこに渋谷凛がいることは叶わないだろうかと。
二人に追いついてきてと言った彼女と、もしここでいっしょに『アイドル』としての姿を残せるというのならそれはどんなにいいことだろう。
だが同時にそれは叶わないだろうとも二人は考える。
なぜなら二人はもう汚れてしまったからだ。渋谷凛に同じ汚れを被せるわけにはいかない。
そして二人には確信できる。神谷奈緒と北条加蓮が互いにそうしたように、事情を知れば彼女もまたこちら側にくるだろうと。
であるならば、やはりそれは叶わぬことだ。
ただ願うならば、二人が残した形がいつか彼女にも届けば、彼女に“追いつければ”いい。それがせいいっぱいだった。
@
「じゃあ行こうか。大分時間くっちゃったしさ」
「そうだね……っと、と」
荷物を背負い、立ち上がったところで北条加蓮の身体が揺れた。神谷奈緒は咄嗟に支えると、彼女の白い顔を心配そうに覗きこむ。
「大丈夫か? 顔色がよくないぞ?」
「平気だってば、ちょっと太陽が眩しかっただけだって」
北条加蓮は神谷奈緒から離れて先を行こうと歩き出す。が、2,3歩もしないうちにまた足がもつれてしまう。
「おいッ!?」
「…………あ、あれ? おかしいな」
どうしてこんな急に? それは北条加蓮自身にも謎だった。いくら身体が弱いといってもまがりなりにアイドルだ。今はもうそこまで虚弱じゃない。
少し辛そうな気配があるとすぐに奈緒やプロデューサーが飛んでくる。そこまでするのは大げさだ。と、いつもそう思っている。
それはともかくとして、今はどうしてこんなにふらふらとしてしまうのか? その彼女自身すらも自覚していない謎はしかしすぐに解けることになる。
く~……という、かわいらしいお腹の音によって。
「加蓮、お前…………」
「ごめん。よく考えたらさっきのハンバーガー食べずに出てきちゃってた……あはは」
「あ~、もう…………」
盛大にため息をつくと神谷奈緒は時計を見て、それから通りを見渡し、そして北条加蓮に肩をかして立ち上がらせる。
「もうお昼も近いしさ。ここらへんでご飯食べていこう。北の街までも距離あるしさ」
「うん、ごめんね……。足引っ張っちゃって」
「いいって別に。あたしだって加蓮がいなくちゃ……」
「何?」
「なんでもないよ! それよりも食べたいもの決めてくれよ。でないと鞄の中の非常食になるぞ」
「それは嫌かな。でも、奈緒がつくってくれるならなんでもいいよ」
「あたしが作るのは決定なんだ。まぁ今はいいけど。……でも、何にしようかなぁ」
神谷奈緒は改めて通りを見渡す。幸いなことにこの通りにはいくつかの飲食店が並んでおり、選択肢があった。
とれたての魚が食べられると――もっとも今はそれは期待できないだろうが――と張り紙のしてある年季の入った定食屋。
かしこまった風格のあるちょっとお値段も高そうな――この状況で値段なんて関係ないが――お蕎麦屋さん。
そして、壁にコーヒーの香りが染みついてそうな喫茶店と、ウィンドウの中にオムライスの食品サンプルが並んだ洋食屋さん。
他にも通りを進めばまだいくつかのお店があるらしい。
「うーん…………」
北の街までの道なりはそれなりに遠い。途中で誰に会うかもわからないし、場合によっては飛んだり走ったりもするだろう。
街中とは違い身を隠す壁も期待できないわけだし、できるだけ素早く通り過ぎたくもある。
そのためにはここで十分な体力を蓄えていく必要があるだろう。
とはいえ、倒れそうなくらい空腹の彼女に無茶な暴飲暴食はさせられないし、好みだって考慮する必要がある。
「じゃあ、あのお店に入ろうか。あそこでお昼ご飯作ってあげるよ」
神谷奈緒が指差した先、そこにあったお店は――――……
【G-4/一日目 昼】
【北条加蓮】
【装備:ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5】
【状態:空腹】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
0:奈緒のつくるものならなんでもいいよ(奈緒は私の好みを知ってるし)。
1:北西の街まで移動して、そこで“かわいい(重要)”服を探す。見つからなければライブステージまで足を伸ばす。
2:かわいい服に着替えたら、デジカメで二人の『アイドル』としての姿を形にして残す。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
4:事務所の2大アイドルである
十時愛梨と
高森藍子がどうしているのか気になる。
【神谷奈緒】
【装備:軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
0:よし、お昼はあそこで食べよう。
1:北西の街まで移動して、そこで“かわいい(重要)”服を探す。見つからなければライブステージまで足を伸ばす。
2:かわいい服に着替えたら、デジカメで二人の『アイドル』としての姿を形にして残す。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
※二人とも服が血で汚れています。
※北条加蓮はストロベリーボムについていたメモを読んでいません。
※
塩見周子の持ち物は彼女といっしょにファーストフード店に置き去りになっています。(基本支給品一式×1、洋弓、矢筒(矢x25本)、防護メット、防刃ベスト)
最終更新:2013年03月21日 16:48