彼女たちは孤独なハートエイク・アット・スウィート・シックスティーン ◆John.ZZqWo
蠍の尻尾が――
十時愛梨の構える機関銃の銃口が、
三村かな子の背中を狙い、しかしふるふると震えている。
撃つべきか、撃たざるべきか?
迷うことなく撃つべきだし、撃って殺してしまうべきだ。殺してしまうのは恐ろしいことだが、それを厭ってはいけない。
実際、これまではなにも厭わずに引き金を引くことができたではないか。ならばどうして迷うのか。
殺人に対する禁忌? いざ人を殺してしまいもう怖気づいたのか? それとも反撃が怖いのか?
違う。それはどれも十時愛梨の心の中にあるものだが、今引き金を引かない理由としては正しくない。
十時愛梨が三村かな子の背中に銃弾の雨を浴びせないのは、その理由はただ“なにかがおかしい”からだ。
そして、そのなにがおかしいのか? それすらも霞を掴むがごとくに不明瞭で、故に結局引き金は引かれないのであった。
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十時愛梨は、震える銃口を三村かな子の背中に会わせようと両手で機関銃を保持し、それでも上手くいかないことに焦りを感じていた。
そうしているうちに三村かな子は道を先へと進んで行ってしまう。次の曲がり角までもうそれほどの距離もない。
いっそ身体を道の中に出してやたらめったに撃とうか。
そう考えた時、十時愛梨はこの機関銃に十分な弾丸が入っているのか、それが気にかかった。
城ヶ崎美嘉と
三船美優を襲った時、あの時は全て撃ち尽くしたのでその後で弾倉を交換した。弾倉の交換は銃をよく知らなくとも簡単にできた。
そしてその後、
木村夏樹と
高森藍子を追い詰め、彼女らの前で
多田李衣菜を撃った後は?
交換――していない。
では、今この機関銃にどれだけの弾が残っているだろう? あの時は特に後先を考えずに連射したが、かなりの弾を撃った気がする。
「――――――ッ」
十時愛梨は構えていた機関銃を地面に置き、自動拳銃を取り出した。
こちらの弾は十分に残っているはず――だがしかし、もう一度銃を構えなおした時、目の前の道に三村かな子の姿はなかった。
ため息を吐き、機関銃の弾倉を抜いて残弾を確認する。まだ弾は半分ほど入っていて、十時愛梨は繰り返しため息を吐いた。
十時愛梨は民家の中に戻り、また同じ場所で毛布を被って壁にもたれていた。
一度張り詰めた緊張の糸が切れ、自身の拙さを目の当たりにすると、去って行った三村かな子の後を追おうという気にはなれなかった。
身体の疲れも取れ切っておらず、それどころか時間を追うごとに増していくばかり。
1時間は身体を休めたはずで、いつものハードスケジュールに比べればこんなくらいなんともないはずなのにどうしてだろう?
そんなことは決まっている。
プロデューサーさんがいないから。
なによりちっとも楽しくないから。望んだことではないから。希望はもうすでに他に託したのだ。故に前に進む力があるはずもない。
ぐらぐらと頭を揺する眩暈すら覚える。
そういえば朝食もとってない。それを思い出すと、十時愛梨はリュックから水と与えられた食料を取り出して気だるげに食事を始めた。
ブロック状の栄養食を齧り、口の中でただもさもさと広がるそれを機械的に水で胃へと流し込む。
味気なく、とてもおいしいとは言えないのに、身体が欲しているのか、普段の習慣の賜物か、それが滞ることはなかった。
作業のような食事をしながら十時愛梨が考えるのは、さっき見た三村かな子のことだ。それだけが頭の中でぐるぐる回っている。
おかしい。不自然だ。どうしても納得できない。
三村かな子はあんな風に――そこは憶測でしかないが、他人を積極的に蹴落とそうとする人間だったろうか?
とてもそうは思えない。命がかかってなくても、人と競争するなんて苦手――記憶の中の三村かな子はそんな人間だ。
けれど、それはなんとでもなるだろう。
人間の本性なんかわかったものではないし、なにより他の人間からすれば十時愛梨が人を殺すなんてことも信じられないはずだ。
知ればきっと、「そんなまさか」「信じられない」「そんな子じゃない」と皆、口を揃えるはずである。
だから、彼女が急な決断を下せるかはともかく、絶対にここで人を殺すことを拒否できるんだとは言い切れない。
問題は――問題となった発端はあのきびきびとした、まるで映画の中の兵士みたいな動きだ。彼女はあんな風に動けただろうか?
そんなわけがない。アイドルだからダンスもするし、なにをするにしても体力勝負なところはある。
けれど、それでも三村かな子は決してあんな動きはできなかったはずだ。
これも人の本性、あるいは裏の顔なんだろうか?
彼女は本当はミリタリマニアで、そういう趣味を隠し、見てない場所で練習したり、知識を蓄積していたんだろうか。
メンタルにしてもフィジカルにしても、実はそうだったんだと言われればどうしようもない。そんなものなのだと受け止めるしかない。
しかし、けれどやっぱりあれは不自然すぎる。まるで、犬が空を飛んで、鳩が海を泳いでいるかのようにありえない。
ひょっとしてさっきのは夢だったんだろうか。それとも頭が朦朧としてるせいで、誰かと見間違えたのだろうか。
十時愛梨はペットボトルの水を一気に飲み干し、思考を続ける。
あんな風に動けそうな子は知らないけれど、じゃあ誰と見間違えたんだろう。
城ヶ崎美嘉か、三船美優だろうか。いや、そんなわけがない。じゃあ、高森藍子だろうか。違う。彼女だけは見間違えない。
ここには他に誰がいただろうか。記憶を順に遡る。
あの教室のような部屋で、……そう
渋谷凛がいた。高垣楓の後ろ姿も見た。
諸星きらりがいることはすぐにわかった。
そういえば、諸星きらりと仲のいい
双葉杏が床に寝そべっていたのも印象に残っている。
矢口美羽、
五十嵐響子、
ナターリア……他にもたくさんのアイドルがそこにいた。
けれどやっぱりあんな風に動けそうな子はいなかったように思う。
じゃあ、
――三村かな子はどこにいたっけ?
「あれ……?」
十時愛梨の口から声が漏れる。なぜか急に違和感が不安に変わったような、世界が傾いだような気がした。
三村かな子はあの教室のような部屋のどこにもいなかった……気がする。少なくともあそこで見たという記憶はない。
それは……、しかし、いや、そんなわけがない。ただ見ていないというだけだ。あそこにいなかったはずがない。
床の上で目を覚ましてから
千川ちひろが話を始めるまでには少し時間があって、だから誰かに話かけようとして、
これはなんなんだろうって聞きたくて、でも高垣楓の姿は離れたところにあって、なので今度は友人である三村かな子の姿を探そうとした。
でも、結局、彼女の姿は千川ちひろが話をはじめるまでには見つからなかった。
「まさか……、あそこにいなかったなんてことは…………あれ?」
そういえば、三村かな子の姿を見ていないのはいつからだろう。確か、長くロケに出ると聞いてそれっきりだ。
およそ一週間前。
ロケに行く準備があるんで今日はたいしたものは作れなかったんですけどねって彼女は言って、そして大量のドーナツを持ってきた。
そのあまりの量に事務所のみんなは驚いていて、けど彼女は気にした風もなく、いない間はみんなでこれを食べてくださいねって言ったのだ。
結局、そのあまりに大量のドーナツは、しかし不思議なことに2日ほどでなくなったのだけど……その日から彼女の姿は見ていない。
ロケに出てからメールは一切こなかった。帰ってきたという報告もなかったし、会ってもいない。
だとすると、もう一週間は会っていないことになる。
「え……?」
行ってくるよと言った彼女はよく知る彼女で、今ここにいる彼女は全然知らない彼女で。
一体なにがあったのだろう? 彼女――三村かな子に。いや、それだけじゃなく事務員の千川ちひろにしたって今はもう知らない彼女だ。
思い返してみればここ数日、事務所で他のアイドルと会う回数が減っていたような気がする。
あまりに忙しいのでせいぜい一日の始めか終わりくらいにしか事務所には顔を出さないけれど、そこにいるのは千川ちひろだけだったような。
昨日の晩に事務所に戻った時、そこには千川ちひろしかいなかった。
一昨日の朝には
市原仁奈と挨拶を交わした記憶がある。彼女をクッションと間違えて以来、ソファには気安く飛び込めなくなった。
その前の日はどうだろう? 確か、移動中にちょうど
水本ゆかりといっしょになった記憶があるが、……事務所には誰かいただろうか?
「なんだろうこれ……?」
ぐらぐら、ぐらぐらと地面が揺れる。
床が波打ち、なにもかも足場が消えていくようで、今にも天井が覆いかぶさってきそうで、十時愛梨は毛布を被ったまま床に伏せた。
「どうしてこんなに気持ち悪いの?」
なにかがおかしい。なにかが食い違っている。なにかを勘違いしている。そんな不安が十時愛梨を揺さぶる。
それは私だけ? それともみんな?
元々、前に進むことも、出口にたどり着くことも期待していないけれど、でもこのままでいいのかな?
誰か、本当のことを知らないですか?
ねぇ、プロデューサーさんは知っていたんですか?
どうしてあの時、私に「生きろ」って言ったんですか?
プロデューサーさんは何を知っていて、私に「生きろ」って言ったんですか?
どうして「生きろ」って言ったんですか?
どうして「生きろ」って…………?
私、生きてないといけないんですか…………?
【G-3・市街地・民家の中/一日目 午前】
【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(14/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×4】
【状態:疲労、不安】
【思考・行動】
基本方針:生きる。
1:?????????????
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やや古びた図書館の前を通り過ぎ、三村かな子は市外の中を北進していた。
そして、このまま道なりに進めば島を南北に縦断してる道路に続く――というところで、なぜか角を左に曲がり西へと進路を変える。
左右にほとんどの店がシャッターを下ろした商店街。この道の先は彼女のスタート地点である学校へ続く道だった。
緩やかなカーブを描き少しずつ角度を増していく坂道を、三村かな子は来た時とは逆に上っていく。
学校になにか目的があるのだろうか? しかしそうではないらしい。
三村かな子は校門を潜ると、周囲を警戒しながらグラウンドを渡り、そのまま校舎の脇を抜けてその裏側へと進んでいく。
影が落ちひんやりとした校舎裏の、更に奥まったところ。学校の敷地の一番奥には錆の浮かんだ鉄扉があり、白いペンキで登山道と書かれている。
それに鍵がかかっていないことを知っているかな子はそのまま押し開け、その向こう、まるで獣道のように細い山道を上り始めた。
「………………疲れるなぁ」
でこぼことした道を上り始めると途端に息が荒くなる。
5分も経たないうちに三村かな子は、やっぱり舗装された道を行けばよかったかと後悔しはじめた。
しかしこの学校の裏から通じる登山道なら歩く距離そのものは半分以下になる。
それにゆるやかな坂道ときつい坂道、上る高さは結局変わらない。だったら、歩く距離が短いほうが疲れない……はず。
加えて、地図に載ってないこの山道を他のアイドルは知らないだろうから不意に遭遇することもなく、道中は安全だと言える。
なにより今更また道を戻る気にもなれない。
この山道を上り切ればすぐに温泉だ。今回こそは入ろう。
三村かな子はそう自分を元気づけると、トレーニングで幾度か上った時のことを思い出しながら重たい足を進めた。
【F-3・登山道/一日目 午前】
【三村かな子】
【装備:US M16A2(27/30)、カーアームズK9(7/7)、カットラス】
【所持品:基本支給品一式(+情報端末に主催からの送信あり、ストロベリー・ソナー入り)
M16A2の予備マガジンx4、カーアームズK7の予備マガジンx2、ストロベリー・ボムx11
コルトSAA"ピースメーカー"(6/6)、.45LC弾×24、M18発煙手榴弾(赤×1、黄×1、緑×1)
医療品セット、エナジードリンクx5本】
【状態:疲労】
【思考・行動】
基本方針:アイドルを全員殺してプロデューサーを助ける。アイドルは出来る限り“顔”まで殺す。
0:温泉に入りたいよぉ……。
1:温泉に向かい、そこを拠点とし余分な荷物を預け、できればまとまった休息を取る。
最終更新:2013年03月21日 16:17