揺らぐ覚悟、果ては何処に ◆p8ZbvrLvv2
――――――答えなんていらなかったのに
――――――どうして今更、私はそれを欲してるんだろう
十時愛梨は、ぼんやりと毛布を被ったまま壁にもたれていた。
先程までの酷い気分も今は少し落ち着き、なんとか平常心を取り戻していた。
しかし依然として頭は重く、身体の疲労はむしろ休息前と変わらないくらいだった。
早朝は突然誰かがやってくる可能性を考えると充分休めたとはとても言えず、
その上行動を起こして早々に強い緊張を強いられ依然として身体は休息を欲している。
そういった事情だけでなく、愛梨は今現在別の理由で無駄に疲労してしまっていた。
些細なきっかけで芽生えた小さな疑念はまた新しい疑念を生み、頭はそれで埋め尽くされている。
三村かな子のこと、この殺し合いが始まる前にあった小さな変化、プロデューサーの真意。
先程まではこれらがぐるぐると頭の中を渦巻き、軽いパニックを起こしてしまっていた。
しかし、落ち着いた今でもそれらは答えを出せるような問いではない。
結局堂々巡りになってしまった疑念を一旦頭の隅に追いやって、一息ついた。
しかし一旦物思いに沈んだ頭は簡単に切り替わってくれず、今愛梨が思う事は……
「楓さん……藍子ちゃん……どうしてるのかな」
今の愛梨にとって自分以外のアイドルは殺戮対象であり、興味のない存在だった。
正確に言えばそう思わないと耐えきれないというのが理由ではあったが、いずれにせよこの二人は特別だった。
高垣楓は同じプロデューサーを殺されてしまった、そして多分恋敵でもあった。
一体今はどうしているのだろうか、先程の放送で名前を呼ばれなかったということは間違いなく生きているのだろう。
ふと気付くと昨夜から何度も彼女のことを考えてしまっている、罪悪感がそうさせるのだろうか。
プロデューサーを殺してしまったことで、かつて楓を出し抜くような真似をした事実が愛梨により重く圧し掛かる。
もしシンデレラガールになったあの時彼にキスをしなければ、自分が抜け駆けをしなかったら。
もしかすると、あの教室で立ち上がって声を荒げたのは楓だったのかもしれない。
彼に最後の言葉をかけられていたのは楓だったのかもしれない。
もしそうなっていたら自分は今頃どうなっていただろうと愛梨は思う。
今自分を支えてる言葉が無ければきっと抜け殻になっていただろう、誰かに襲われても抵抗しなかっただろう。
いや、おそらく自らの手で命を絶っていたに違いない。
もしかすると楓も抜け殻のようになってしまっているのかもしれない、そう考えると更に気が重くなる。
生きていればいずれ対峙する時が来るだろうけどできれば会いたくはなかった、合わせる顔なんて今の自分にはないのだから。
そう、今の自分はもうアイドルでも、ましてやシンデレラでもない。
アイドルである前に一人の女の子である事を肯定してしまった自分にその資格はない。
その代わりに身勝手な、かつてシンデレラだった少女はアイドルという役割を別の女の子に押し付けてしまった。
高森藍子、彼女は自分が望んだように今もアイドルで有り続けているのだろうか。
きっとそうだろうと思う、どんなに辛くても藍子が簡単に折れることはないだろうから。
もし自分が彼女のように誰かとユニットを組んでいればプロデューサーが死んでも折れなかっただろうか、
逆を言えばもしFLOWERSのプロデューサーが死んでしまったとしたら、彼女は折れてしまうのだろうか。
もう何があっても関係ないと思ってはいるものの、少しだけ気がかりだった。
もし藍子まで自暴自棄になったり、抜け殻になってしまったらきっとこの島にアイドルは居なくなる、
これが物語だったら自分が劇的な展開でシンデレラへと戻り、絶望に沈む藍子を救うのだろう。
最もそんな事は絶対にありえない、もう魔法をかけてくれる人は居ないから。
一旦考え込んでしまうと今までは関係ないと切り捨てていた筈の事が一気に噴き出てしまっていた。
例えば、もし自分が他の方法を取っていれば。
正解なんて欲しくはない、前になんて進めない、けれどどうして自分は殺す事を選んだのだろう。
愛梨にとってプロデューサーの言葉だけは貫かないといけない事、だが生きるために取ることのできる方法は他にもあった。
どうしてここまで辛く、残酷な道を選んだのだろう。
生き抜く、けれど何故殺してまで生きる事を選択したのだろう。
方法だけなら他にもあったはずだ、最初に藍子に会ったとき、
彼女と共にアイドル達の殺し合いを止め、力を合わせて脱出する方法を探すことも出来たかもしれない。
あるいは山中にでも身を隠し、茂みの中で一人絶望に沈むことも出来たはずだ。
それなのにどうして自分はそれらを拒んだのだろう。
「……そんなの、決まってるよね」
「……私の所為で死んじゃって、もっと強い何かで上書きしないと耐えられなくて」
「……皆が羨ましかった。妬ましかった。そして、許せなかった」
「……魔法をかけてもらえる人達が、一緒に生きていけるかもしれない人たちが」
口から自然に零れた言葉の意味に気付き、自嘲気味に愛梨は笑う。
自分はもうアイドルとして、それどころか一人の人間としてどうしようもなく、醜い。
自分自身がここまで酷い人間だなんて数日前までは思いもしなかった。
こんな風に歪んだ想いを抱え続け、破滅へと向かうなんて思いもしなかった。
両親や秋田の友人、仕事で関わっていた人達が今の自分を見たらどう思うだろう、
何かの間違いだろうと信じないだろうか、それとも恋に狂った愚かな女だと軽蔑するだろうか。
そんな事ばかり考えていると段々頭がぼうっとして、動こうとする意志まで失せてくる。
こんなに考え込んでしまうなら朝食なんて摂るんじゃなかったと後悔する。
もう少し休んでから行動するべきだろうか、しかしもう太陽は登っている。
民家にこれ以上留まるのも危険だが、かといって疲労が行動に影響しないとは限らない。
何より、今の状態で外に出れば無意識に考え事をしてしまいそうで危険だった。
愛梨は思考ですっかりぼやけてしまった頭で、もう少し休もうと判断した。
幸い出入り口は全て施錠しているから誰かが来ても確実に気付くだろう。
少しでも眠れば頭も切り替えられる、そう思って。
――――――彼女はそれを、酷く後悔することになる。
私……なんで生きたいんだろう……私……どうしたいんだろう……
わからない、何もわからない。
さっきまでは全く気にならなかったのに、答えなんていらなかったのに。
ただ、プロデューサーさんの言葉を信じてればよかったのに。
ただ「生きる」ためだけに動いてればよかったのに。
私、なんで生きていないといけないんですか?プロデューサーさん?
生きるために殺してた、生き抜くために殺してたはずなのに。
じゃあなんで私は生きてるの?なんのために殺してるの?
プロデューサーさんの言葉のために?
じゃあどうしてプロデューサーさんは私に生きてほしかったの?
どうして、どうして、どうして…………
――――――昔の夢を見た。
それは、十時愛梨が「シンデレラガール」になる前の年のクリスマスに近づいた日だった。
偶然その日は収録が早く終わり、テレビ局を出たのはまだ夜に差し掛かった頃で、
折角だから家に帰って早めに休むようにと言うプロデューサーに愛梨は少し我儘を言った。
その頃彼は新たに担当する女性アイドルが一人増えて、時折その女性の話をするようになっていた。
駄洒落の対応に困った事、基本的には大人なのにちょっぴり子供っぽいところがある事、
彼女の話をする時の彼の表情はちょっと困った風で、けれど少し楽しげで。
このままだと鈍い彼はずっと自分の気持ちに気付かないまま彼女に惹かれていくんじゃないか、
自分にない面を持った彼女の話を楽しげにする彼に愛梨は焦燥感を抱いていた。
だから彼を少しだけでいいから独占出来る、そんな我儘を言う機会を窺っていた。
けれど僥倖に気の利いた対応をできる筈もなく、「少し歩きたい気分なんですっ」と強引に彼を連れ出し、
彼は困ったような表情だったけれど結局最後には折れて付き合ってくれることになった。
一緒に歩く街並みはいつもより少し特別な物に見えて、凄くドキドキしているのに、
彼は愛梨の体調の心配などをしたりして、いつも通り仕事の話ばかりだった。
時折見かけるカップルの話題を出しても特に気にした風もなく、自分だけが空回りしてるのかと少し悲しかった。
やっぱりどんなに頑張ってもそういう風に見て貰えないのかな、そう思ってると少し早い雪が降り始めた。
それはあの地方のあの時期にはちょっぴり早めの雪だった。
まるで、諦めかけた少女の背中を押してくれているみたいで、
だから例え届かなくてもいい、少しでも彼に意識して欲しくて、女の子として見て欲しくて、
勇気を振り絞って手を繋ごうとした――――――
あの日繋がれた手を見た彼は凄く照れくさそうな顔で、けれどそれを拒むことはなかった。
表情に出さなかっただけで本当は意識してくれてたのかなと家に帰った後嬉しくて眠れなかったのを覚えている。
十時愛梨の、彼と積み重ねたもう増えることのない大切な思い出の一つ。
――――――けれど、たった今愛梨が伸ばした手が何かを掴むことはなかった
彼は愛梨が手を伸ばした瞬間立ち止まってしまった、彼女の手は空を切る。
不意に恐ろしくなり、愛梨は彼の顔を見上げると――――――
彼は、とても悲しげに愛梨を見つめていた。
まるで今の彼女の姿を嘆いているかのように、これ以上に無いほど悲痛な表情を浮かべていた。
愛梨は胸を抉られるような痛みを感じた、どうしてそんな顔をするのだろうか。
頭ではもうほとんど分かっていた、ずっと前からそんなの分かっていた。
けれど、彼がこんな表情を浮かべるのを分かった上で選んだ筈なのに。
やっぱりそれは彼女にとって耐えきれないほどの痛みだった、彼にこんな表情をしてほしくなかった。
俯く愛梨に、彼は何処か悔やんでいるような声で言った。
「……愛梨、生きろ。――――――――。」
愛梨は彼が言った言葉に気付くと、はっと顔を上げた。
けれどやっぱり、最も彼女が欲していた部分は聞こえなかった、
彼はもう一度辛そうに愛梨を見つめると、ゆっくりと歩き出す。
追いかけたいのに、彼女の足はぴくりとも動かなかった。
行かないで、愛梨がそう言っても彼は振り返ってくれない。
縋るように、叫んだ――――――
「――――――私はどうすればいいのっ!?――さん!」
「……っ……うぅ……あぁぁ……」
「…………あはは…………ひどいよ、私はただプロデューサーさんが好きだっただけなのに」
「確かに自分勝手な事をたくさんやったけど、それだけあなたが好きだったからなんだよ?」
「今だってそう……藍子ちゃんに私がやらなきゃいけなかった役割を押し付けて……」
「…………あなたが今の私を絶対に望まない事だって分かってるのに」
「……うぅ……ぐすっ……うわぁぁぁぁぁぁっ……」
自分自身の声で目覚めた彼女は、すっかり弱ってしまっていた。
悲しみに悶える彼女に周囲への警戒など出来る筈もなく、ただ衝動のまま泣き続けた。
彼の悲痛な表情は、あれだけ頑なだった愛梨を確かに揺さぶっていた。
しばらく泣き続けて、泣き止んだ後の表情は今まで以上に暗い物だった。
毛布を脇に置いてふらふらと立ち上がり、荷物を整理して外へと出ていく。
今の状態でやる気の人間と遭遇する危険性は充分分かっていた、
けれどこれ以上この場所に居ると二度と立ち上がれなくなってしまいそうだった。
愛梨は予定通りに遊園地へと向かうことにした、しかしそれはほとんど惰性に近いものだった。
【G-3・市街地/一日目 午前】
【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(14/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×4】
【状態:疲労(小)、憔悴】
【思考・行動】
基本方針:生きる。
1:生きる、けれどどうやって……?
※冒頭の疑念に関しては一旦脇に置いています。
十時愛梨は消防署を抜け、遊園地の南の辺りまでたどり着いた。
ここまで来る途中誰とも遭遇することもなく、憔悴している彼女にとってそれは幸運な事だった。
市街地を歩いていた時になにやら人が言い争うような声が聞こえたような気がしたが、
建物の多さもあって鈍い動きではあったものの、身を隠しながら進むうちにあっさり通り抜けてしまった。
彼女は遊園地の入口の方向へと少し足を進めたものの、少し考え込む素振りを見せると背を向けた。
今の気分ではとても入りたい建物ではなかったし、何より誰かに遭遇したくなかった。
相手がやる気ならこちらも戦うつもりではあるけれど、勝つ自信はなかった。
もしそうじゃなくても、今躊躇いなく銃の引き金を引く自信はなかった。
きっとあの夢は自分の心の奥を映し出していたのだろう、と愛梨は歩きながら民家で眠った事を悔いる。
どんなに絶望と悲しみと覚悟で覆い隠しても、躊躇いは容赦無く彼女を揺さぶる機会を狙っていた。
ただの悪夢なら揺らぐ事なんてなかった、けれどプロデューサーだけは別だった。
どうすればいいか、わからない。
目的は変わらないけれど、手段はあやふやになってしまった。
愛梨の足は自然と遊園地の敷地を沿って山へと向かっていた。
今はもう誰とも話したくなかった、山の中に入ってしまえば簡単には遭遇しないだろうと思って。
【F-5・山間部/一日目 昼】
【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(14/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×4】
【状態:疲労(小)、憔悴】
【思考・行動】
基本方針:生きる。
1:生きる、けれどどうやって……?
2:誰かに遭遇したとしても引き金を引く自信がない。
3:誰とも会いたくない、会っても話したくない。
※冒頭の疑念に関しては一旦脇に置いています。
最終更新:2013年05月29日 01:16