凛として、なお力強く、かれんに咲いて。 ◆j1Wv59wPk2



どこまでも広がる青空の下。

自転車の後ろに友達を乗せて。

吹き抜ける、気持ち良い風。

友達は優しくも、しっかりとしがみついていて。

自転車はどこまでも、進んでいく。

    *    *    *

静かな―――いや、『静かになった』草原を、私達は進んでいく。
あれから、特に何かに出会うこともなく時間がすぎていった。
その間、私達の間に特に大した言葉が交わされる事はなかった。

多分、今の私達に言葉なんていらなかったんじゃないかな、って思う。
……なんて、そんなこと言ったら奈緒は絶対誤解するだろうから言わないけど。
閑話休題。要するに、こんな状況でも奈緒が近くにいてくれるのが嬉しかった。
最悪の状況でも、近くに友達がいてくれるだけで、こんなにも頼もしくて。
私達のやっていることが間違っていて、先に終わりしかなくても、ただこの瞬間だけは好きだったんだ。

ついさっきまで、この静かな草原に女性の声が響きわたっていた。
第二回目の放送。つまり、あれからもう十二時間も経ってる。
前の放送はそれどころじゃなかったけど、今回は冷静に、ちゃんと禁止エリアも確認した。
……まぁ、今回は全然関係なさそうだったんだけど。
だからその放送で、特に私達の方針を変える必要も無く、そのまま進んでいた。


――――塩見周子


それは、『私達』が殺した少女の名前。
私が、弱いところを見せちゃって、奈緒が私の事を思って、切り捨てようとして。
そして、『二人』で殺した、あの時の少女。
やっぱり、というか何というか。彼女の名前も、あの放送で呼ばれた。

きっと、彼女にも譲れないものがあったはずなんだろう。
彼女の目も、私達とは違う、輝きをしていたから。
私達と似ていて、そして、もう絶対に私達には届かない輝き。
きっと彼女にも、譲れない想いとか、守りたい人とか。
それ以上に、生きていたかったんだと思う。
彼女だけじゃない。さっきの放送で呼ばれたアイドル達も、それぞれの想いがあったはずで。

でも、私達はそんな想いも全て踏みにじって、彼女を殺した。
私達はそういう決意をして、そういう覚悟だったから。
どんな想いがあったのかも知らず、彼女は死んだ。
その罪は、きっととても重い。

「…………」

私は、最初その重さに負けてしまった。
自分から付き合うって言ったのに、凄く自分が情けなくなった。
そんな姿を見た奈緒も、私の事を凄く心配してくれて。
結局、その重さを肩代わりしようとしてたのに、余計彼女の重みになってしまった。

あの時の自分が惨めで、悔しかった。
まるで昔の頃のように、何もできない、無力な自分を認識してしまうのが嫌だった。
だから、途中から私のわがままみたいになっちゃったけど。
でも、それでも奈緒は認めてくれたんだ。
私がついていく事に、私も一緒に堕ちていくことに。

……うん。だから、もうそんな重さに負けたりしない。
元々自分から言い出した事だし。そんないちいち落ち込んでたりするわけにはいかない。
もう、弱いあの頃の私は卒業したから。
せめて最期の最後は、どんな道でも、支えられるだけじゃなくて支えたいから。

それに。

多分、今回は奈緒の方が辛いと思うから。

今はまだ落ち着いているけど、あの時の奈緒は心ここに在らずみたいな、そんな感じだった。
私が『した』時は、それ以上の決意と興奮……みたいなものがあったから気にならなかったけど。
本来はそれが普通のはずなんだ。人を殺して、その罪に苛まれる。
きっと今の奈緒も、そんな辛さが、『あの時』のような感情があるはずで。
だって、本当は心優しいから。その内面を、私はそこらへんの他人よりも良く知ってる。

だから、今回は私が支える番だ。
もしこれからどれだけ辛くても、私が肩代わりをする。
そもそも、これが私のしたかったことの筈なんだ。彼女だけに罪を背負わせない。
……前は、私が弱かったから、奈緒に心配をかけすぎちゃったけど。
でも、もしも今、奈緒が罪の意識の重さに悩まされているのなら。
今度こそ、私が支える。もう、あの頃の私とは違う。

自転車の後ろで、抱く腕に力を込めた。
彼女の想いが伝わるような、そんな気がした。


   *    *    *


(はぁ…………)

放送が終わって、あたしは心の中で一人ため息をついた。
あれから、十二時間経ったのか。色々な事があって、長いようで、短かった。

放送の中で、凛の名前は呼ばれなかった。
それさえ分かれば、後は問題無い。あたし達は目的を見失わず、今まで通りにやることをやるだけだ。
禁止エリアも問題は無い。……けど、かなり辺境の場所のようで、もしかしてそこに誰かがいるのだろうか。
あくまで仮定にすぎなくて、確実なものも無いから向かうつもりは無かったけど、それだけがちょっとだけ気になった。

だから、どちらにしろやることは変わらない。
このまま北西の町にいって、あたし達がおそらく最期に着るであろう『可愛い』服を探す。
……正直、こんな事を言ったらバカにされるかもしれないとは思ったけど、加蓮は素直に承諾してくれた。
こんな事、他の奴には流石に言えないから、嬉しかったけど。

で、その道中か、やりたい事を全てやった後は、この島にいる他のアイドルを……殺していく。
それは、たった一人で背負おうとしていた事。ただアタシがやることで、二人の代わりにやろうって、思っていた事。

……まぁ、結果的に言ったら、多分一人じゃ無理だったんじゃないかな、って思う。
だって、たった一人殺しただけでも、こんなに苦しいんだから。
当たり前だ。人の人生を勝手に終わらせると言うことが、重くない筈がない。
それは覚悟していたつもりだったんだけど、実際してしまうと、何というか、言いようのない喪失感があった。
役場前で加蓮がくる前も、かなりひどい傷を与えたけど、比べ物にならないほどの実感が確かにあった。
人殺しに実感がわかない、なんていうのは嘘だ。すぐにそれはやってきた。

さっきの放送には、確かにあたし達が殺したアイドルの名前が呼ばれた。
彼女の事は、あまりよく知らない。京都で仕事した時に、少しだけ会ったけれど、逆に言うとそれくらいだろう。
しかし、それだけでも心に傷をつけるには十分だったと思う。
あの時話した少女がもういない。という事だけで、それはさらに現実感を増して、実感を重くした。

でも。

「…………?」

ふと、その時。
後ろで掴んでいる加蓮の力が心なしか強くなったような気がして。


「大丈夫」

それが、一体何に言ったものなのかはわからない。
あたしに気遣って言ったのか、あるいは自分に言い聞かせたのかもしれない。

―――でも。
加蓮も同じ気持ちだった……いや、きっとそれ以上だったんだ。
加蓮は、あたしを想うその気持ちだけで、その一線を越えた。
多分、あたしがいなかったら越えなかった筈の一線。
だから、ただ殺し合いに乗ろうと少しでも決意していたあたし以上にいきなりで、そして辛い実感があった筈なんだ。

そして、加蓮はそんな辛さがあってもなお、その道を進むあたしと居る事を望んでくれた。
最初の放送で、それを確かに実感して、心を傷つけて、それでも、一緒に居る事を選んだ。
それが彼女の救いなら、それが彼女の望みなら。あたしも、もう迷ったり、悔やんだりしない。

―――二人なら、きっとそんな痛みも分け合えるんじゃないかな。

そう言うあいつが、一番辛かった筈だから。

だから。


「……あぁ」


あたしはその言葉に、ただ一言返した。
それだけで、きっと今のあたし達には十分だった。


    *    *    *


「……さて、と。言うほど派手でもないなぁ、ここ」
「うん……でも、あそこよりかは大分いろいろありそうだね」

あれから特に言葉も交わさず、長い道のりを自転車で快調に進んでいって。
そして二人は北西の町にたどり着いた。
この瞬間が終わる事に、二人とも名残惜しさを感じてはいたが、しかし一歩を踏み出さない事には何も変わらない。
自転車から二人共降りて、周りを見渡す。……特に人の居る気配は無かった。

「さて、それじゃあ……加蓮」
「ん、何?」
「……今更言う事でもないけどさ、油断するなよ」

手に持つトマホークを握りしめて、奈緒はそう言う。
そう、もはや言うまでも無い事。
ここは殺し合いの場であり、この町で、誰がいるかも分からない。
既に23人ものアイドルが死んでいるこの場所は、常に命の危機に晒されている。

「分かってるよ、奈緒」

その言葉に、加蓮はピストルクロスボウを持ち上げて答える。
彼女も勿論、その覚悟ははっきりとしていた。

もしも次に会うアイドルが、殺し合いに乗っていようとも乗っていなくとも、やること自体は変わらない。
もう彼女達は覚悟を決めていて、それを曲げる事は、もう許されない。
殺す。渋谷凛以外の、全てのアイドルは殺害対象だ。
乗っている奴は凛に会えば危険だし、そうでなくとも殺さないと、今度はプロデューサーが危機に晒されてしまうかもしれない。
だから、たとえ次に会うアイドルが何だろうと、渋谷凛以外なら誰だって殺す。
それが、彼女達の覚悟。

「……じゃあ、行くか」
「うん」

自転車を引いて、二人並んで町の中へ進んでいく。
その決意はもう、決して揺らぐ事は無く、彼女達はしっかりと進んでいって、そして。


「………?」


目の前の建物から立ち上る煙が、目に付いた。

「病院か………」

その建物が何かは、見れば分かる。
本来ならば清潔感を保つその白い建物は、地図が正しければ病院という事になる。
そう、本来ならば。

「何か起こってたのかな……」
「わからないけど、少なくとももう『終わってる』みたいだな」

一部分が、黒く変色している。
その場所だけどう見ても周りとは場違いで、違和感の塊だった。
一体何が起こっていたのか。それを彼女達が判断する手段はないが、予測はできる。
理由がわからなくとも、そこで火事が起こっていたようだった。
今はもう火事といえる程の勢いはなかったが、未だ遠くからでも煙が視認できた。

「まぁ、あたし達には関係のない事か………」

だが、そんな事は今関係ない。
もしかしたら中にその当事者がいるかもしれないが、今は優先順位がある。
できれば、先に『形』を残しておきたい。二人がまだ終わっていない、今のうちに。
だから、ここで足を止める必要は無い。そのまま目的の物を探して、目的の場所に行くだけ。

「…………」
「……加蓮?」

―――だが、隣の少女はすぐには動かなかった。

加蓮は、病院をずっと見ていた。
その理由――いや、そもそも理由らしいものがあるのかはわからないが、なんとなく彼女がこの場所を嫌っている事は分かった。
『ここ』にいた彼女は、弱かったという。昔の自分を思い出してしまうのだろうか。

北条加蓮は、あれから大分変わった。
最初の頃を知っていれば、その変化は驚くべきものがあるだろう。
最初の頃はただ自分の弱さを枷にして、高い場所から目を逸らして。
今は違う。弱さはしっかりと直視して補うように努力し、高い場所もただ一直線に目指す強さを手に入れた。

そして、多分その変化に一番戸惑っているのは加蓮自身だと思う。
戸惑っている、というよりかは、嫌悪している、というべきか。
昔の自分の姿が、何より自分自身だからこそ、その姿に良い印象はなくて。
だから……その弱い記憶を象徴するようなこの場所は、加蓮にとっていろんな意味で特別な場所なのだろう。

「……そろそろいくか、加蓮。
 可愛い服を探して、色々準備しないとな。ここで立ち止まったらいけないだろ?」
「えっ……あ、うん」

何か上の空だった彼女は、少し遅れて返事をする。

結局、実際に彼女がどう思っていたのかは分からない。
しかし、例え昔の事を今どう思っていたとしても、昔は昔だ。
もう、昔には戻れない。
今のあたし達に、昔を想うひまはなくて、多分……そんな資格ももう無いと思う。
ただ、前を向いてなすべき事をするだけだ。昔を想うより、今をしっかりと生きていたかった。

それは、当たり前の事のはずなのに。

「……行こっか」

そんな事でさえ、ままならないなんて。


―――それが例え人殺しでも、私は歓迎します!


放送の言葉が、不意に頭で繰り返される。
ちひろは、一体何が目的なのだろうか。
こんな悪趣味な、大荒れ必死のストーリーは、彼女が考えたものなのだろうか。
一体彼女が何を知っていて、何を伝えようとしているのか。

例え人殺しでも、歓迎する。
その言葉はあたしの思いを揺さぶって、でも確かな決意を与えて、そして。

(……そんなこと、言われる筋合いはねぇよ)


確かな憎悪を抱かせるには十分だった。



【B-4 病院前/一日目 日中】

【北条加蓮】
【装備:ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:“かわいい(重要)”服を探す。見つからなければライブステージまで足を伸ばす。
2:かわいい服に着替えたら、デジカメで二人の『アイドル』としての姿を形にして残す。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
4:事務所の2大アイドルである十時愛梨高森藍子がどうしているのか気になる。

神谷奈緒
【装備:軍用トマホーク、自転車】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6】
【状態:疲労(少)】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:“かわいい(重要)”服を探す。見つからなければライブステージまで足を伸ばす。
2:かわいい服に着替えたら、デジカメで二人の『アイドル』としての姿を形にして残す。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
4:千川ちひろに怒り…?


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神谷奈緒

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最終更新:2013年05月28日 14:42