心模様 ◆p8ZbvrLvv2



「さて、これで後は服を探すだけだな」
「そうだね、いい"小道具"が見つかってよかった」

島の北西部に広がる市街地、多くの店が並ぶ中で雑貨屋から二人の少女が出てきた。
いかにも気が置けない間柄と言った風情で、互いに顔を見合わせて微笑みあっている。
休日に街を歩けばいくらでも見かける、そんな光景。
そんなありふれた日々を、数日前の彼女達は確かに過ごしていたはずだった。

「けど、ネイルとか化粧品ならライブステージにでも行けば残ってるんじゃないか?」
「うーん、まあ見つかったんだからいいじゃない」

けれど、今の彼女達は違う。
お洒落なハンドバッグの代わりに、何の色気もないデイバッグ。
時にはクレープやアイスクリームでも握られていたであろうその手には、あまりにも不釣り合いな武器。
可愛らしい服は血に染まっていて、まるで性質の悪い夢でも見ているかのようなアンバランスな光景だった。

そして何より異様なのは、何かを諦めてしまったような彼女たちの雰囲気。
例えるなら余命を宣告されてしまった患者のような、そんな落ち着き。
それでも、彼女達は一緒の時間を噛みしめるようにして笑っている。

そして、歩いていく。






ほんの少しの寄り道を終え、神谷奈緒北条加蓮は目的である服を探していた。
二人の予想は結果的には当たっていて、こちらの市街地は若者向けの店も点在していた。
その中には勿論服屋も含まれており、早速"かわいい"服を探す為に、自転車を停めていくつかの店に入った。
そこまでは良かったのだが。

「うーん……確かにかわいい服と言えばそこそこなんだけどな」
「折角歌って踊ってる姿を残すならこの辺りの服だとちょっと……かもね」
「やっぱりライブ会場まで行ってみるかぁ」

流石に彼女達とて普段ステージで着ているような衣装を望んでいたわけではない。
それでも都会の流行とこの島の流行には隔たりがあるらしく、満足するには至らなかった。
結局何軒目かの店を出た後、揃って溜息をつくことに。

「まぁ……仕方ないよな、まだ次があるさ」
「いやいや、諦めるの早すぎだって奈緒」
「けど妥協したくはないだろ?だったら見切りを付けるのも大事だって」
「それはそうだけど……」

分かりやすい生返事をしながら、加蓮が通りを見回しつつ歩いている。
そういえば普段の買い物も似たような感じだったな、と奈緒は思う。
早く次の店に行こうと急かす自分を宥めながら、店の商品をじっくりと見ている加蓮。
二人のやり取りを少し楽しげに眺めながら、黙って待っているもう一人の親友。
そんな光景を思い出して、慌てて首を振る。

(今更そんな事思い出したってしょうがないだろ……)

(もう帰ってこないものなんて、思い出しても辛いだけだ)

心の中で舌打ちをしながら、頭の中を想像を振り払う。
気を紛らわすために、奈緒は何気なく今まで歩いてきた通りを眺めた。
そして水着を売っているダイバーズショップをまで視線を移したときに、少し引っ掛かるものがあった。

(そういえば……あの店って潰れてんのかな?)

隣にある、店頭のブラインドが降ろされている店。
先程は他の開いている場所に目を奪われてなんとなく見逃したのだが、いざ目に付くと妙に気になる。
加蓮がすぐ傍の店内で服を摘みあげているのを横目で確かめつつ、その店の前まで移動する。
立ち止まっているよりも、何かしら動きたい気分だったのもあった。

(んー、なんでここだけ閉まってんだろ?)

(元から何も入ってなかったのか……近くの店の物置なのか)

(まあいいや、今となっては不法侵入とかどうこう言えた義理でもないしな)

半ば開き直りつつ、入口に近づいてドアノブを握る。
そこで、微妙に違和感を感じた。
妙にドアの隙間から冷気が漏れている気がする。
嫌な予感がして、一旦手を離した後に距離を置いた。

(なんだこれ……空調が利いてる?)

(……まさか、誰か居るのか?)

無意識に斧の柄を握り、感触を確かめる。
全く気配を隠してなかった自分達の前に現れないとしたら、ずっと潜んでいるつもりだろうか。
それにしては空調をそのままにしているのはあまりにも軽率すぎる。
だとしたら、場を離れる時に不意を突くつもりだろうか。

(どうする……加蓮を呼んだ方が良いよな?)

(クソッ、本当に潜んでるなら不気味な奴だ)

奈緒は不自然にならない程度にその場を少し歩き回った後、加蓮の方向へと戻る。
それはまるで、運命に引き寄せられるような行動だった。






奈緒がドアノブを握り、アイコンタクトを送ってくる。
ボウガンを構えながら加蓮はぎこちなく頷きを返す。
先程、突然腕を掴んできた時は何事かと思ってびっくりした。
けれどその表情を見て、なんとなく状況を察することが出来た。

確かにドアからは微妙に冷気が漏れているのが肌で感じる。
両脇を二人で固めているのだから当たり前ではあるのだけど。
もし、中に誰か居るのなら殺すしかない。
そうするしか、ない。

「ふっ!」

合図通り、奈緒が勢いよくドアを開ける。
出会いがしらに銃を乱射されるのを警戒して、お互い脇に隠れたままだ。
しかし、反応はない。
それどころか物音一つしない。

「…………」
「…………」

お互いもう一度頷きあって、少し警戒を解く。
何も起こらない時は奈緒が先に踏み込む手筈になっていた。
本当ならそこで言い合いになるはずだったけど、そんな時間もなかったからやむを得ない。

そして――――奈緒が動く。

斧を構えながら室内へと入っていく。
何もなければ、声を掛けると約束していた。
だから、入っても平気だという言葉を待ち望んでいたのに。

「……なんだよ……これ……」

耳に飛び込んできたのは、呆然とした声だった。
警戒を促す声でもなく、解く声でもなく。
ただ、目の前の事態に戸惑っているようなそんな声。

「……奈緒?入って大丈夫なの?」
「…………」
「ねぇ、奈緒ってば……?」
「……あぁ」

かろうじて、と言った風に奈緒が返事をする。
一体どうしたのだろう、と訝りながらも加蓮は続いて室内へと入った。
そして、目の前の光景に目を見開くことになった。



「え……?これって……嘘」
「嘘じゃ、ねえよ」
「だって、これって……」

「事務所の……衣装じゃない」



外からでは気付かなかったけれど、思ったより奥行きのある店内。
そこには、所狭しと服が掛けられたり並べられたりしていた。
加蓮はふと、手前に置いてある四体のマネキンに気付く。
テレビで見た事のある、メンバーそれぞれの花のイメージを思わせる衣装。
間違いなく、FLOWERSのものだ。

「どうしてこんなものが……」
「わからねえ、とりあえず見てみよう」

二人は物陰に注意しながら慎重に店内を進んでいく。
こうして見てみると、間違いなく見た事のある衣装ばかりだった。
一番奥の試着室の前まで進むと、奈緒が少し気を緩めた様子で呟いた。

「誰も居ないみたいだな……つまり空調は元から利いてたってことか」
「多分、衣装の状態を調整してるんだよね」
「そうだろうな、けど何のためにこんな回りくどい……」

そこまで言うと、奈緒は何か思いついた風に辺りを見回した。
しばらくするとカウンターの方向に歩み寄る。
加蓮もそこに、順番待ちの最後尾に置いてあるような立て札を見つけた。

「それ……もしかして」
「あぁ、ここまでセッティングしておいて何の説明もなしってことはないだろ」

そう言って、奈緒は用意されたそれを読み始めた。
わざわざ一緒に読むこともないので、その間に衣装達を眺める。
ここから選ぶのも良いかもしれない、という考えもあった。
この際、自分達だけのものを求めるのは贅沢だろう。
そこまで考えていると、突然派手な音が店内に響いた。
咄嗟に振り向くと、立て札が横に倒れてしまっている。

「奈緒、どうしたの?」
「……あぁ、悪い」
「別にいいけど……蹴り倒すような内容だった?」
「大したことじゃねえよ、ここを見つけたご褒美に好きな奴を持っていけってさ」

冷たく、吐き捨てるような口調だった。
奈緒はそのまま言葉を続ける。

「クソッタレが……最後のステージだからしっかり着飾れってか?
 人の苦しみを、痛みを、何だと思ってやがるんだ……
 絶対許せねえ……あの事務員だけは、許せねえ」

最後は呻くような、絞り出すような声だった。
しばらく放心したように黙っていたけれど、こちらに視線を向けると慌てたように優しい表情になる。
きっと、心配が表情に出てしまってたんだと思う。

「悪い、加蓮は何もしてないのに嫌な気分にさせちゃって」
「ううん……いいの」
「良くないよ、早くこんな場所出て忘れよう」
「あっ、待って!」

出口まで向かおうとした奈緒を、慌てて呼び止める。
一秒でも早く出ていってしまいたそうな顔をしていたけど、それでも立ち止まってくれた。

「どうしたんだよ、こんな場所に居たくないだろ?」
「違うよ、ここで服を探していこうと思って」
「……なっ、何のつもりだよ!?」

予想通り、顔を歪めて詰め寄られた。
当然そうなるだろうな、と思っていたから気にしない。
それでも、伝えないままよりはずっと良いから。






加蓮がここから服を選ぼうと言った時、奈緒は信じられない気持ちだった。
あの事務員の思い通りになるなんて絶対ごめんだと思っていたから。
だから、さっき反省したばかりだというのに食って掛かってしまった。

「あの立て札……アタシ達は馬鹿にされてるんだぞ?」
「そうかもしれない……けどね、奈緒」
「加蓮……?」
「そんなの、関係ない」

キッパリと言う加蓮に、思わずたじろいだ。
どうしてそこまで言い切れるんだと驚く。
そして、言葉は続いた。

「だって、私達の最後のステージだよ?
 好きな物を持って行けって言うなら持っていこうよ。
 馬鹿にされたくらいで、私は可能性を捨てたくない。
 だってここに、凄く良い服があったなら後悔しちゃうから」

その言葉にハッとする。
妥協しないと言ったのは自分だったはずなのに、忘れてしまっていた。
そうだ、例えこれが全部計算されていたとしても。
影で笑われていたとしても。

自分達の意志だけは、決して誰かの物なんかじゃない。

「……加蓮、探そうぜ」
「奈緒!」
「そうだな、ここにかわいい服があったら後悔しちまうとこだった」
「うん……うん!」

加蓮が安堵した風に頷く。
それを見て、意地になっていた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。
さあ、仕切り直しだ。

「……と言っても、ここの服はサイズが決まってるんだよなぁ」
「うん……まあ、探してみないと分かんないし」

訂正、やっぱり少し締まらないみたいだった。
けれど、雰囲気はいつもの自分達に近付いた気がする。
少しだけ明るくなった気分で、沢山の衣装に近づいた。

「うーん……やっぱりアタシ達のとはサイズが違うのが多いな……」
「確かに、せめて身長順に揃えてくれれば良かったのに」
「わざわざ空調利かせてる癖に、妙なところで気が利かないっていうか」
「あはは、文句言っても仕方ないかもしれな……」

顔を向けて笑いかけた加蓮が、ふと何かに気付いた様子で固まる。
その視線は自分を飛び越えたその先に注がれているようだ。
一体どうしたのだろうと奈緒は振り返る。
そして、その原因に気付いた。

「あれ……そうだよね」
「そう、だろうな」

その先にあったのは、いつか見たことのある衣装。
凛がいつかのソロステージで着るんだと言っていた時のもの。
嬉しいような、悔しいような、複雑な気分で試着した姿を見たのを思い出した。
だから、ハッキリと覚えている。

「あの時の凛……カッコよくて、かわいかった」
「だよな、正直言って羨ましかった」

二人で、近くまで歩み寄る。
凛の衣装を中心に、三つのマネキンが並んでいた。
どれも同じテーマの衣装なのに気付き、首を捻る。

「あれ、これってニュージェネレーションの衣装だったのか?」
「いやいやそれはないでしょ、凛と他の二人はイメージが離れてるし」
「だよなぁ……その割に随分雰囲気が似てるような」

どうにも腑に落ちない気分で両サイドの衣装を観察する。
島村卯月本田未央
あの二人が着るにしてはクールで、落ち着いた印象を感じるのだ。
それだけじゃない、なんとなく違和感がある。

「……あの二人が着るには妙にサイズが小さくないか?」
「そういえば、卯月と未央もこれよりは身長が高かったよね」
「だよな、この衣装ならアタシ達くらいの……ん?」

奈緒と加蓮は顔を見合わせる。
まさか、という予感。
もしかして、という予感。

「……ここまで計算されて……いやそんなわけ」
「それに私達は凛とステージになんて……そうだ、立て札に何か書いてなかった?」
「あ……そういえばサプライズもありますよとかいうふざけた文面があったような……」
「だったら……着てみる?」

加蓮が遠慮がちに言いながらも、既にマネキンに手をかけていた。
無論、奈緒の手もとっくに動いている。

数分後、二人の姿はそれぞれ試着室の中にあった。






加蓮はゆっくりと店内を歩いている。
どうやら奈緒はまだ初めて着る衣装に苦戦しているらしく、まだ出てこない。
助け舟を出そうかと思ったけれど、本当に困っていたら向こうから声を掛けてくるから心配はないだろう。

結論から言うと、衣装は怖いほどにぴったりのサイズだった。
それが何を意味するのかは、多分ずっと分からないまま。
この為だけに作られた特注なのか、それとも一切自分達とは無関係の偶然なのか。
確かめる術もないし、興味もなかった。

(そんなの知っても、何も変わらないから)

(だってこのステージが終わる時、それが私達の……)

物思いに沈みながら、何気なく視線を泳がせる。
ふと、並べられている衣装にいくつか欠けがあることに気付いた。
自分達より先にここに立ち寄った人間が居るのだろうか。
それとも、一度運ばれた後にまた移動されたのか。

(ここにない衣装は……ライブステージにでもあるのかな?)

(それとも遊園地とか……ふふっ)

想像してみると、なんとなくおかしくなった。
ばらばらに散らばった衣装をここに集めれば、神様が出てきて。
全部元通りにしてくれる、日常へと帰ることが出来る。
そんな馬鹿馬鹿しい空想を思いついたから。

とりとめのないことを考えながら、寂しい気持ちになる。
こういった感情のことを何と言うんだったか。
ホームシック……いや、意味としては近いかもしれないが違う。
昔入院先で見たテレビ番組に、外来語の方が定着してしまった言葉特集みたいなのがあった。
確かその時に同じ意味の言葉が……そう、懐郷だ。
綺麗な響きの言葉だと思った、どうして皆は使わないんだろうとその時思った。

(故郷を懐かしむ……ちょっと、今の私に近いかも)

(そっか、まだ私は……元居た場所に帰りたいんだ)

輝くステージ、熱狂してくれるファン、一緒に居てくれる親友達。
ただ、それが欲しかっただけなのに。
もう二度と手に入れることが出来ない。
そう思うと、心にぽっかりと穴が空いてしまった気分だった。

「…………加蓮?」

後ろから声がして、奈緒が試着室を出ていたことに初めて気付いた。
さりげなく目元を拭って、振り返る。

「わぁ……すごく似合ってるじゃない」
「お、おう……加蓮も良い感じだな」

少し不意を突かれた風に、奈緒が笑う。
本当はもっと明るく褒めてあげたかったのに。
それでも喜んでくれる親友に、救われた。

「……ね、ここで一枚撮っていこうよ」
「ここでか?別にいいけどもっと良い場所を探しても……」
「ううん、だって外に出たら何があるか分からないじゃない」
「……だな」

二人は適当な場所を探した後、カメラを構える。
ほんのすこしの間を置いて、店中にフラッシュが瞬いた。

「……どんな感じ?」
「悪くないんじゃないか?まだメイクとかはしてないけど」
「どれどれ……うん、まあまあかな」

顔を寄せ合い、撮ったばかりの写真を見つめる。
試着室を出てからのやりとりは、まるで出来の悪い劇を演じているようにぎこちない。
けれどそれは、気持ちを整理する為に必要な時間だった。
失った日常を目の前に突き付けられて、たった一つ衣装の残ったマネキンがぽつんと立っていて。
いつも通りでいるには、余りにも厳しすぎる光景だった。

だから、これから外に出ればきっと元に戻れる。
そう信じて、加蓮と奈緒は少しの間だけ、わざとらしい演技を続ける。












――――――"ここに……凛は居ないんだな"






――――――"そうだね……ただ、凛だけがいない……凛だけが"






――――――心に、大粒の雨を降らせながら







【B-4 店内/一日目 午後】


【北条加蓮】
【装備:ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)、アイドル衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5、私服、メイク道具諸々】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:しばらくしたら、動画を撮るのに相応しい場所を探しに行く。
2:デジカメで二人の『アイドル』としての姿を形にして残す。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
4:事務所の2大アイドルである十時愛梨高森藍子がどうしているのか気になる。


【神谷奈緒】
【装備:軍用トマホーク、アイドル衣装】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6、私服】
【状態:疲労(少)】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:しばらくしたら、動画を撮るのに相応しい場所を探しに行く。
2:デジカメで二人の『アイドル』としての姿を形にして残す。
3:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
4:千川ちひろに明確な怒り。


※自転車は店外の近くに停めてあります。



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神谷奈緒

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最終更新:2013年07月04日 15:49