Precious Grain ◆j1Wv59wPk2



「………」

光一つ差さない空の下で、雨に打たれ、立ち尽くす少女が一人。
今まで乗っていた自転車を脇に置いて、その眼はただ一点だけを見つめていた。
鎮火してはいるがもう面影は無く、最早廃墟と化してしまった町役場の前。
まるで、捨て置かれたように野ざらしにされていた少女の……若林智香の亡きがらを。

警察署から出発した渋谷凛は北上しつつも、その道中にある町役場で止まっていた。
島村卯月に神谷奈緒、そして北条加蓮と探し人は多く、その猶予もあまりないのが現状。
それでも凛はその場所へ向かっていた。そこに置き去りにされた死体があると聞いて、足が向かっていた。
――あるいは、認めたくなかったのかもしれない。その目で確かめないと、気が済まなかったのかもしれない。


渋谷凛は、死体を見る事はこれが初めてじゃない。
目の前で親友を殺された事もあったし、無残に荒らされてしまった少女も見た。
慣れたと言ってはいけないが、感情を抑えて冷静に判断できている自身は確かに感じていた。

そう、もし彼女がこの死体を何の事情も知らず、今まで何の経験もせずに見ていたならば。
彼女のその現状に、きっと激昂していたかもしれない。それほどまでに、彼女の状態は酷いものだった。

本来は人々を魅了していたであろう、今では見るも無残に変わり果ててしまった姿。
手首が抉れ、そこからは白い骨が露出している。雨で流れてしまって目立たないが、所々に血の痕跡がある。
そして、胸と頭に突き刺さった三本の矢。今井加奈のそれとはまた違う、しかし確かに痛ましい破壊の後があった。

「……ッ」

そして、何より。
苦痛と無念にまみれたその眼が、その表情が、何よりも彼女に降りかかった悲劇を物語っている。
それが、今までの少女達との違い。今際の際に絶望を感じていた何よりの証。
あの時の例えを持ちだすならば―――この場所で正に、"若林智香"は死んでいた。

徹底的に破壊されて、こんな場所に野ざらしにされて、彼女はここで終わってしまった。
もしも彼女が街中でなく、今井加奈のような場所で野ざらしにされていれば、同じ道を辿っていたであろうことは想像に難くない。
こんな所で死んで、彼女の『アイドル』として、『人』としての存在が汚されるのが許される訳がない。


ない、筈なのに。



(自分勝手かな、やっぱり)


それでも、彼女にあの時のような激情が起きる事は無かった。



神谷奈緒と、北条加蓮。
あの場所で聞いた推測が正しいのなら、智香を殺したのはその二人という事らしい。
彼女をここまで無残な姿にしたのが、親友である、二人。
たった一つその事情を知っているだけで、その思考が冷静になっている事を感じていた。

凛はただ会いたいという一心で、前だけを見て突き進んできた。
もう一度だけ、会って話をしたいと想い続けて。後悔したくなかったから、それだけを望んで。

しかし、もうそんな甘い話では無くなってしまった。
卯月の情報は未だ得られず、しかも奈緒と加蓮が殺し合いに乗ってしまっているという。
現実はより非情な方向へと進んで、凛の知らない場所でまた一つ、夢が壊れていく。
仮に二人と再会したとしても、もう素直には事は進まないだろう。
それ以上に、凛にとって考えたくもない事だが……その凶刃が、自身に向けられる可能性だってある。
そんな訳ないと自身に言い聞かせても、それをはっきりと否定することができないでいた。

(……こんな場所でも、二人一緒だったんだ)

今、凛の頭の中には様々な記憶が、言葉がよぎっていた。
大切なものを見失わないように、いつだって今までの記憶を思い返してきた。
今までも、これからと同じぐらい大切なものだから。


―――それでも、“その子”は私たちの仲間よ。


あの時、警察署で聞いた言葉を回顧する。
川島瑞樹は、仮定として登場した"悪役"を肯定した上で、それでも仲間だと言い切った。
直接関係の無い話題でも、その言葉は凛の心に深く残っていた。
混乱し、恐怖していたあの時の思考に、真実を突き付けているようにも思えた。


「……みんなで、帰る」

雨にかき消されそうなか細い声で、凛はあの時の言葉を復唱していた。




    *    *    *



「ふぅっ」

ぴちゃり、と。コートから垂れた水音が響く。
若林智香が死んでいた場所、その近くの一軒家の室内に凛は居た。
一息ついて視線を下ろした先には、町役場前にあった筈の、若林智香の死体。
凛は町役場の前から、一人でここまで死体を運び出していた。

血が流れ出ていくらかは軽くなっているとはいえ、少女一人で死体を運ぶのは重労働に違いない。
それに、時間だって無駄にできない。凛には、探さなくてはならない人達がいる。
もっと優先すべきものがあって……それでもこんな事をしたのには、理由があった。

(……二人はあの約束の事、覚えてるのかな)

つかの間の静けさは、彼女にあの時の記憶を呼び覚ます。

それは少女達三人で交わした、たった一つだけの、かけがえのない夢。
二人に言った言葉。待つと、そう宣言したあの日。
ステージの上で、アイドルとして再会を約束していたあの日の記憶。
記憶の中の少女達は、答えを教えてはくれない。

今二人は、殺し合いに乗っている……二人で、殺し合いに乗っている。
たった一人しか生き残れない、この場所で。
傍から見れば、それはとても不可解な事と感じるかもしれない。
あるいは一時的な同盟、事務的な協力とでも思うのかもしれない。
ただ凛だけは、どうしてもそうとは考える事が出来なかった。

凛を含めた彼女達三人は、紛れも無く親友だった。
『ニュージェネレーション』が凛にとって大切な存在になっていたのと同じように、胸を張って言える。
どことなく素直になれなくて、でも一図な想いは人一倍強い。
そんな似た者同士の少女達の絆は、ニュージェネレーションとはまた別の、それでも確固たるもの。

その内の二人が、一時的な協力を組んでいるのだろうか。
互いが互いを蹴落としてまで、生き残りたいと願うだろうか。
考えれば考える程、ありえないだろうな、と。そう凛は思っていた。

だって、二人は優しすぎるから。
素直じゃなくても、その想いは純粋で、かけがえのないもの。
見捨てるなんて事はできないだろうし、切り捨てるなんてもってのほか。
二人が『最後の一人になるために』殺し合いに乗るとは思えなかったし、今でもその気持ちは変わらない。

だからもし、二人が"一緒に"殺し合いに乗っているのだとすれば。
きっとそこには、あの頃と変わらない、ただ哀しい形に変わってしまっただけの友情があるのだろう。
凛達と同じように再会して、しかし凛とは違う道を歩んでしまった二人。
でも、その根本的な部分は、きっと同じものがある筈。

目の前の少女に痛ましく残る『二種類の傷』は、それを証明しているように思えた。


(忘れるわけ、ないよね。私達は……似た者同士だから)

そこまで考えて、凛はついさっきの考えを改める。
はぐれ者の慣れ合い集団が……夢に憧れた少女達が目指したもの。
あの時の二人の表情が、友情が、嘘であるはずがない。
残酷な現実に反していたって、凛には信じられるものがある。


――――――――貴方が大好きな人のイメージのまま、その人の事を、信じろ!


(うん……、信じるよ。私のイメージのまま、二人を信じる。だから―――)




だから―――渋谷凛は。



「……ごめん」



その言葉は、友人として、二人の代わりの謝罪なのか。
それとも、被害者を目の前にして二人を中心に物事を考えていた渋谷凛自身の謝罪なのか。



いや、きっと、それは。





「ごめんね……」



凛が、『これからする事』の、謝罪なのだろう。






    *    *    *


扉の開く音が、雨の音にかき消された。
そこから一歩踏み出した凛は、そのままふらふらと外へ出ていく。
俯いた姿から表情はうかがえず、その体は子犬のように震えていた。
凛は、決して後ろは振り向かなかった。振り向かない事を、決めたから。



彼女が去った室内には、死体が―――『首が切断された死体』があった。



"首輪の回収"。警察署で別れた時に頼まれた、帰る為に託された事の一つ。
あの時の会話には『できれば』……そんなニュアンスが含まれていた。
人の体を傷つける。そんな事を、強く頼めなかったのだろう。
それでも、この殺し合いからみんなで帰る為には絶対に必要な事で……しなければならない事、だった。

都合よく首輪を回収できる死体。そんなものに、期待なんてできない。
それ以上に、この先で死体を見つけられる事自体がもう無いかもしれない。
そんな偶然に頼る事なんて、できやしない。できればなんて、そんな言葉に甘えられない。
一番の問題である首輪の、その解除の為の"キー"を、そんな悠長に考える事はできない。

だから渋谷凛は、死体の首を刎ねた。
その作業を見られ誤解される事の無いように、わざわざ死体を室内に移して。
普通の家なら包丁ぐらいならあると思っていたし、実際にそれは滞りなく発見した。
初めての経験に不安はあったが、結果的に問題なく切断できて、首輪の回収は時間を取られる事もなく完了した。

問題があるとすれば――彼女の脳裏に焼き付いた、その姿だろう。

「ぅ……」

体がぐらりと揺れて、近くの壁にもたれかかる。
手に残った感触は嫌でもその光景を想起させ、フラッシュバックする。
それは、凛の想像以上に影響を及ぼす。人を傷つけるという事で、想像以上のダメージを受けていた。

(怖い……うん、まだ大丈夫)

それでも、止まれない。止まる訳にはいかない。

進む足はおかしいぐらいに震えている。
怖い。その気持ちは確かに存在して、まだ自身が犠牲を出す事に恐怖しているなによりの証。
帰ってみせるという決意を、まだ"渋谷凛"として持っている。

今までも、多くの人達を切り捨ててきた。
本当なら助けられた人も、もっとましにできた人も救えなかった。
それでも、優先するものがある。譲れないものがある。
多くの犠牲を見てきて、だからこそ『みんなで帰る』事には絶対に妥協しない。

彼女は、近くに止めた自転車にまたがり、ただまっすぐ目の前の道を見やる。
フードの下の眼光には、迷いはなかった。

もしも二人がこれ以上手を汚してたとしても、もしも卯月もそんな道を歩んでたとしても、やることは変わらない。
卯月を探し出す。奈緒や加蓮も探して見せる。どんな事を言われたって、絶対に連れて帰る。
そうしなきゃ、何も始まらない。


(話したい事はいくらでもあるんだ……引きずってでも、連れて帰るから)


地面を蹴り、自転車を漕ぐ。変わらない決意を胸に秘めて。




彼女の姿はすぐに消えて、雨の音だけが役場前に響いていた。





    *    *    *







たった独りきりじゃ叶えられないから――――







【G-4・市街/一日目 真夜中】

【渋谷凛】
【装備:マグナム-Xバトン、レインコート、折り畳み自転車、若林智香の首輪】
【所持品:基本支給品一式】
【状態:軽度の打ち身】
【思考・行動】
 基本方針:私達は、まだ終わりじゃない。
 1:卯月、加蓮、奈緒を探しながら北上。救急病院を目指し、そこにいる者らに泉らのことを伝える。
 2:遊園地や飛行場にも立ち寄る?
 3:自分達のこれまでを無駄にする生き方はしない。そして、皆のこれまでも。
 4:みんなで帰る。


※若林智香の死体はG-4・町役場近くの一軒家に移動、首を切断され、首輪を渋谷凛に回収されました。


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最終更新:2014年02月11日 14:58