夢は無限大 ◆j1Wv59wPk2
だった。
* * *
――ピピピ、ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ………
「ぅ………」
規則的に流れる機械音。
その音に煩わしさを感じて、
神谷奈緒は起き上がった。
タイマーを止めて、辺りを見渡す。そこはただのホテルの一室、眠る前から何の変化も無い。
服装は変わらずアイドル衣装のままで、それ以外も殆どあのステージの時のまま。
隣の少女、
北条加蓮は変わらず寝息をたてていて……少女達は未だ、殺し合いの場にいる。
(……やっぱり、現実なんだ)
そんな当たり前の事が、頭をよぎる。
夢であってほしいと、願わなかったわけじゃない。
だが、今までに起こった――起こしてしまった事はどれも生々しくて、手に感触が残っている。
背負った罪からは、決して逃れられなかった。
時計はもうすぐ、12時になろうとしている。事前に設定した通りの時刻、『放送』が始まる時刻だった。
もうすぐ今日が終わり、新しい明日が始まる。
それは、この凄惨なイベントに巻き込まれてから既に丸一日が経過した事を意味していた。
「はぁ」
そんな現状確認を終わらせて、ぼふん、とベットに横たわる。
やることはやった。アイドルとして、神谷奈緒と北条加蓮が確かに生きたという証を遺した。
ならば、これからやることはたった一つ。
今までやってきた事を、またやっていく。彼女達が終わる、その時まで。
その事実を噛みしめた奈緒に、あまり哀しいという感情はなかった。
覚悟を決めて、他人を蹴落とし、もう許されない程に罪を重ねて。
そんな中で、生きた証を形として遺せた。それ以上を望むのは、強欲に思えた。
(………)
――夢は、見なかった。
厳密に言えば、思いだせない、と言った方が正しいのだろうか。
せめて夢の中では……そう思っていたが、ステージの続きなんて、そんな華やかなものは少なくともなかった。
ただ思い返しても印象的なものは何もなくて、最期となるかもしれない睡眠は、ひどくあっけないものだった。
「……んん……ふあぁ……」
そんな思考をしていた奈緒に、少女の声が聞こえた。
その声の方向に目を向けると、先程まで横になっていた加蓮が体を起こしていた。
きっかけは先程のタイマーだろう。欠伸をして目を擦り、奈緒が起きた時と同じようにあたりを見渡していた。
「おはよう、加蓮」
「…………」
声をかけてみるも、返事はない。
そっぽを向いていた姿からすぐに表情を読みとる事はできなかったが、やがて口をあけた。
「……夢じゃ、ないんだね」
そう言った彼女の顔は哀しんでいるような――あるいは、達観しているようでもあった。
* * *
『―――それが、生きるという事ですよ』
支給品確認も終わり、体も整え、後は待つだけだとベッドに腰掛けた瞬間に、それは始まった。
放送が終わり、室内が静寂に包まれる。
一つのベッドに二人が寄り添うように座っていて、その最後の余韻まで耳を傾けていた。
「……良かった。まだ凛は生きてるみたい」
「とりあえずは一安心、だな」
放送で流れた事実に、ひとまず胸をなでおろす。
アイドルとしての証を遺した二人にとって、残りの気がかりはここには居ない、大切な人のみとなった。
ここにはいない、決して会ってはならない少女。もう夢を紡げない二人が、その夢を託せる唯一の存在。
彼女が生きてさえすれば、それでいい。彼女が居なくなる事は、二人のやってきた事が無意味になることを意味していた。
「それにしても、今回は少なかったね」
「雨降ってたからな。加蓮は寝てたから知らないかもしれないけど」
「あー……そういえば、放送でそんな事言ってたような気がする」
「まぁ、それ込みで考えても少なかったんだろうな。『アイツ』にとっても」
その安否を確認して、次に気になったのは死者の人数。
少ないと言う事は、それだけこの殺し合いが停滞していて、長引くという事でもある。
そうなれば、二人にとって大切な人への危険も高まる。
それは
渋谷凛だけではない。もう一人の方にも確かに迫っていた。
―――貴方に掛かっている命は一つじゃないのですから。
あの放送で、
千川ちひろはそう脅した。
『あの人』―――彼女達二人のプロデューサーの安否は、未だ分からない。
どこで囚われているのかも、どれほど無事なのかも分からない。
ただ無事だと願うしかなくて、だからこそやる事は何も変わらなかった。
「だから……うん、次の放送までには一人ぐらいはやっときたいところだけど」
「そろそろ、ね。でも、見つかるかな」
「どこかの施設に固まってるんじゃないか?
全員が全員殺し合いに乗ってるわけじゃなさそうだし、どこかを拠点にしてるかも」
「そっか……確かにそうかも。上手くいけば一網打尽かな」
そして会話は、これからの方針へと変わる。
放送での死者の少なさは環境によるものを考慮しても、かなり少なくなっている。
思ったよりも、殺し合いに乗っている参加者は少ないかもしれない。だからこそ、できるかぎり戦果を上げる必要があった。
その中で奈緒が提案したのは、地図に載っている施設を見て行く事だった。
殺し合いに乗る参加者が少ないとすれば、それ以外の参加者が多く、もしかしたらどこかで固まっているかもしれない。
それを狙いにいく。こちらには爆弾という強力な武器がある以上、多少の数の不利はカバーできる、という考えもあった。
そうして大方の方針を施設巡りに決めて、会話の合間に間があく。
決める事を決めた以上、後はそれを実行に移す――それだけの筈だったのだが。
「……あの時は、笑っちゃってごめんね」
奈緒が立ち上がろうとしたその直前、不意に加蓮が呟いた。
その言葉に、奈緒は怪訝な表情を浮かべる。
「えっと……心当たりが多すぎるんだけど」
「あれ、そうだっけ? ……教会の時だよ。ほら、結婚式」
「け、結婚式っていうなよ……」
それは、ステージに向かう前、教会に向かった時の話。
特に何か意図があったわけじゃない、ただ足が運んでしまった、少女達の憧れの場所。
加蓮はそこで想いを語り、二人は互いに向き合っていた。
「ふふっ……でも、うれしかったよ。ずっと一緒にいるって言ってくれて」
あの時と同じような笑顔で、奈緒とまた向き合う。
「ついてくって言ったのは、私のわがままだったから。
…………ありがとう。って、まだ言ってなかったよね」
加蓮はそう、照れながら呟く。
それは、これまで色々な事があって、落ち着いた後もうやむやになっていた感謝の言葉だった。
「……えーと……なんで今、それを?」
「なんで、って……」
何故、このタイミングでそれを切り出したのだろうか。
その突然の流れに、奈緒は戸惑う。
ただその疑問も、次の言葉ですぐに納得できた。
「こういう事を改めて言えるのって、多分、今が最後かもしれないし。こんな事で悔いを残したくないな……って」
そう言った彼女の表情は、俯いて分からなかった。
彼女達が向かうここから先は、いつ死んでもおかしくないような状況になって、そしてそれは確実に訪れる。
その時がくるまでに、思い残す事は無くしておきたかったのだろう。
「……そう、だよな。もう、最後だもんな」
彼女達の結末は、もう既に彼女達の中で決まっている。
だから、もう止まることの出来ない彼女達にとって、間違いなくこれが最後になる。
非情な現実を、二人は既に受け入れていた。
「……だからさ、この際互いに悔いが残らないように、言いたい事言っちゃおうよ」
『その時』に後悔しても遅いから、と続けて。
時間に猶予はない。だからこそ、これから何かで止まらない為に、悔いはなくしておきたかった。
「言いたい事……とか言われても」
「――さんの事とか」
「うえぇっ!?」
何の脈略もなかった単語に、奈緒はびくりと体を震わせた。
呟かれた一人の男性の名前、それは彼女達のプロデューサーの名前。
素直になれなかった奈緒とひねくれ者だった加蓮。
そんな二人に手を焼きながらも、それでも真摯に付き合ってくれた人。
凛との誓いと同じくらいに、その人のひたむきな姿が彼女達のアイドルとしての姿に大きく影響して。
そして何より、その存在は二人にとって互いの親友と同じぐらいの、大切なものとなっていた。
「ほらほら、多分最後のチャンスだよ?」
「えーと……その、あ、アタシ、ずっと――さんの事好きだった」
「知ってる」
「だろうな……くっ、言わせんじゃねぇよ……」
加蓮の即答に、奈緒は苦笑する。
元々日常で、奈緒は加蓮に度々茶化されていたのだから、隠しているような事でもなかった。
とはいえ、ここまではっきりと好意を口に出したのはほぼ初めてで。
ただそう言っただけで、奈緒は気持ち軽くなったような気がした。
「それだったら私も……まぁいいか、言っちゃっても。
――さんの事、私もちょっと……ううん、結構気になってた。好き、かな」
「知ってるよ、それくらい」
「……あれ、私は奈緒よりかは上手く隠せてたつもりだったんだけど」
「馬鹿、アタシもそんな鈍感じゃないし!」
加蓮の告白も、奈緒は特に驚いたりもせず普通に受け入れた。
その意外な返事は、もっと驚くか慌てるかするかと思っていた加蓮にとって拍子抜けだった。
「……あっ」
そんな他愛のないような話をしていた内に、やがてふと何かに気付いたように加蓮が問いかける。
「じゃあさ、もしかして奈緒も私に――さんを譲ろうとか思ってたりして」
「えっ、何で分かっ……も、って事は」
その言葉に二人は顔を合わせて、そして同じタイミングで笑った。
「はははっ、なんだ、そんなとこでも同じだったんだな!」
「あはは……流石に、奈緒に気を使われてたなんて」
二人は同じ様に同じ人を想っていて、それを互いに知っていたから互いに譲ろうとした。
そんな入れ違いがおかしくて、二人はただ笑いあっていた。
「……ほんと、妙なところで噛み合わないね」
「想ってるのは、同じなのにな」
ひとしきり笑った後に、窓の外を遠く見つめる。
この場所でまだ生きているらしい少女の動向は、未だ分からない。
ただきっと、その心にある事はきっと同じ。
凛のプロデューサーとの関係は分からない。ただおそらくはきっと、助ける為に、更に道を踏み外さずに頑張っているのだろう。
それは、この場にいた二人と似ていて――決定的に、違っていた。
* * *
「………」
特に会話も無く、ホテルを下りていき、二人は何事も泣く出口へと辿りつく。
外は真っ暗で、かろうじて見える先には砂浜と海が見える。
今、この暗闇の向こうでは、きっと気の休まらない殺し合いが続いているのだろう。
そして自動ドアから一歩踏み出せば、彼女達ももう蚊帳の外とはいかなくなる。
――殺しにまわる側として、その最期の時まで走り続けるだけだ。
デジカメは、暫くは持っていく事にした。
ホテルの前を横切る道、その内ステージ側への方向は既に禁止エリアに指定されている。
つまり、ホテルの前を横切る道は一方通行であり、その分誰かが通る可能性は低い。
このデジカメはできるかぎり、誰かの目につくような場所に置きたい。
一番良いのは渋谷凛に託す事だが、二人はもう、会う事はできない。
誰かの手で、渋谷凛へと渡っていく事を願う――だからこそ、これを目につきやすい、島の中心部へと持っていく事を決めた。
「ねぇ、奈緒」
「何だよ」
「……怖い?」
「怖くない……なんて言ったら、嘘になるかな。加蓮もそうだろ」
「ううん、私は怖くないよ」
ホテルの一室を通って以来、久方ぶりの会話。
その淡々とした会話も、死にゆく者とは思えない程穏やかだった。
「だって……大切な親友がそばにいてくれる、って言ってくれたから」
それはきっと―――約束された終わりが、一人じゃないからだろう。
「……なんていうか、さっきから恥ずかしいな」
「良いじゃん別に。意地張っても仕方ないし」
「まぁ……うん、じゃあアタシも怖くない」
「ふふっ……じゃあって、奈緒……」
そんな事を言いながら、二人は止まっていた足を前へと踏み出した。
思い返せば、踏み外してしまった人間は、少女として夢見る事自体が厚かましかったのかもしれない。
無限大にあった筈の夢は、たったひとつの現実への道に塗りつぶされてしまった。
夢を見る事も無く、ただ現実を直視し続けるだけ。
ただ、このどうしようもない現実にも、たった一人じゃない事実が、彼女達の足を進ませる。
そして二人は、驚くほど軽い足取りで、開いた扉を通ったのだった。
* * *
私達は忘れない。
同じ時間の中で―――分かち合えた、キセキを。
【A-3 ホテル前/二日目 深夜】
【北条加蓮】
【装備:アイドル衣装、ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5、私服、メイク道具諸々、ホテルのカードキー数枚】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:他のアイドルを探して殺すため、施設をまわっていく。
2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
3:事務所の2大アイドルである
十時愛梨と
高森藍子がどうしているのか気になる。
【神谷奈緒】
【装備:アイドル衣装、軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6、私服、ホテルのカードキー数枚、マスターキー】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
1:他のアイドルを探して殺すため、施設をまわっていく。
2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
3:千川ちひろに明確な怒り。
※
自転車はホテルの駐車場に停めてあります。
※デジカメのメモリにライブの様子が収録されています。(複数の曲が収められています)
最終更新:2014年08月30日 22:50