彼女たちが辞世に残すサーティワン・リリック ◆John.ZZqWo
末の露もとの雫や世の中のおくれさきだつためしなるらむ
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『――もう録画はじまってるの?』
『はじまってる。……ちょっと待って、今曲流すから』
『ん、うん…………あ、あー、あー……、うん、大丈夫かな』
『いける? はじめるからね』
四角い画面の中に、ステージの上で所在無さげにする
北条加蓮とその周りを右往左往する
神谷奈緒の姿が映っている。
一度、画面の外へ消えた神谷奈緒が戻ってきて、そして彼女がステージに置かれたマイクを拾うのと曲が流れ始めるタイミングは同じだった。
ずっと強く そう強く あの場所へ 走り出そう――
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「奈緒のふり、少し早くない?」
「そっちが遅いんだよ」
薄暗く明かりを落としたホテルの一室で神谷奈緒と北条加蓮のふたりはライブ会場で撮影した映像のチェックをしていた。
デジカメのメモリをテレビに挿し、大きな画面の中でアイドルとして歌い、そして踊る自分たちの姿をふたりでベッドに寝そべりながら見ている。
強く そう強く あの場所へ 走り出そう――
今流れている曲は、
渋谷凛のデビュー曲である『Never say never』だ。
前を向いてひたむきに光が射すほうへと走り続ける、失敗を恐れず、失敗しても諦めない、そんな彼女らしい曲で、ふたりが好きな曲でもあった。
神谷奈緒と北条加蓮、ふたりがこの曲をアイドルとしてステージの上で歌ったことは一度もない。
けれど、日頃のレッスンでは(彼女に話したことはないけれど)よくこの曲で歌やダンスの練習をしていた。
だから振り付けも完璧――のはずで、もし彼女がこの映像を見ることがあればまず驚くだろう。
星を廻せ 世界のまんなかで――
一度映像が途切れ、また同じように始まる。
生き残りたい、そう連呼する想いを抱きしめたまま消えたくないと歌うそのデュエット曲はふたりのお気に入りの歌だった。
「奈緒にカラオケで覚えさせられたもんねー」
言いながら北条加蓮は笑う。この歌はそもそも彼女が体調を崩して入院した時に神谷奈緒が持ってきたアニメの主題歌だったのだ。
見舞いにかこつけ半ば押し付けたものだが、幸いなことに北条加蓮も気に入って、退院してからは何度もカラオケで歌い、今ではふたりの十八番になっている。
「加蓮のほうがうまくなったってのはちょっと複雑だけどな」
神谷奈緒は北条加蓮と顔をあわせ、苦笑した。
曲が終わると神谷奈緒がカメラのほうへと走ってきて映像が途切れ、そしてまた始まって、また同じように途切れ、また始まる。
何度もそれを繰り返して、そして映像はメモリの中に収められたふたりのライブ映像の最後のシーンへと辿りついた。
「……凛。私たちは“ここ”にいる」
「追いつけたのかどうかわからないけど……」
「凛がここから先に進むために」
「凛の未来を信じて」
「「この曲を最後に贈るよ」」
ふたりが言い終えると、ゆるやかな出だしで曲が始まる――。
Here he comes again, running like the open wind
(蒼い風が吹くように、あなたはまたこの場所に戻ってくる)
Moving through the day, take the lead you know he’s on his way
(遠ざかっていく日々、その一番先をあなたは走って)
Can you feel the heat, when the tires kiss the street
(駆け抜ける足の裏は熱を帯び――)
Moving to the beat
(鼓動を刻む)
All alone is the only way, that he wants to play
(その先は誰もいない独りきりの道、けれどあなたはそれでも走り続ける)
Hear me say his name
(皆があなたの名前を呼び、私はそれを聞く――)
――One More Win.
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これを見たら凛はどんな顔をするんだろう。泣いて、あたしらにバカだって言うかもしれない。でも、きっとそんな凛だからこそ、これを見たら先へと進んでくれるはずだ。
奇妙な満足感を得ながら神谷奈緒はテレビからメモリを抜いてデジカメへと戻す。
そして、これはこのまま持ち歩いたほうがいいだろうか、それともなにかわかりやすい印をつけてどこかへ置いておくのがいいか、考えながらベッドのほうを振り返った。
「静かだと思ったら……」
すると、そこにあったのはベッドの上ですやすやと眠る北条加蓮の姿だった。小さな寝息にあわせて衣装に包まれた胸が静かに上下している。
「そのまま寝たら衣装がしわになるぞー? メイクもしっぱなしだし……」
やれやれと頭をかいて神谷奈緒は寝ている彼女を起こそうとする。ライブの映像をチェックし終えたらシャワーを浴びて、それから休むつもりだったのだ。
「………………」
けど、神谷奈緒はのばそうとした手を寸前でひっこめた。彼女の寝顔があまりにもしあわせそうだったからだ。
もしかすればいい夢を、ひょっとすればライブの続きを夢の中で見ているのかもしれない。だとすれば起こしてしまうのはかわいそうな気がした。
「あたしはどうしようかな……」
神谷奈緒は伸びをし、そして部屋の中を見渡して、ふと昼間にあったことを思い出した――。
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それはふたりがはじめてこのホテルに到着した時のことだ。
ふたりはホテル内を捜索する前に、このホテルの別棟として建っていた教会にも立ち寄っていた。
別になにかがあると思ったわけではない。なにかそこに大事な用事があったわけでもない。
けれど、それでも立ち寄ってしまうくらいに、教会というものは女の子にとって魅力的な場所――それだけのことだった。
物音ひとつなく密やかな教会の中を北条加蓮は並んだ長椅子の背を撫でながら歩く。そして祭壇の前まで辿りつくと、振り返って笑った。
「私は小さい頃から病気がちで、何度も病院に出たり入ったりして、だから色んなことを最初から諦めていた」
彼女はぽつりぽつりと話し始める。笑顔のままで。
「きっと長生きできないんだ。みんなが体験するようなことを自分は体験できないんだ。そう、思ってたし、実際に小さい頃は色んなことができなかった。
でも、身体は少しずつよくなって……、なんでかアイドルをすることになって……、そしたら今まで想像もしなかったような体験がいっぱいできて」
例えば教会でウェディングドレスを着るとか――言って、北条加蓮はいたずら気味に笑う。
「だから、さ。後悔はないんだよ。私はここで死んでも幸せな一生だったって、むしろできすぎなくらいだって納得できる。けれど――」
「――あたしもいっしょだ!」
静謐な教会に雷のような声が響く。驚いた顔をする北条加蓮に歩み寄ると、神谷奈緒はその手を強く握って続けた。
「死ぬ時はいっしょだ。それまで加蓮を放さない。…………って、決めただろ」
北条加蓮は神谷奈緒のあまりに真剣な顔にぽかんとし、そして吹き出した。
「これじゃあまるで結婚式の誓いだね」
「……茶化すなよ」
「いいじゃない結婚式。奈緒もしてみたかったでしょ?」
「それは……」
北条加蓮は笑う。笑う彼女の目には一粒の涙が浮かんでいた。
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「――………………」
部屋の真ん中でため息をつく神谷奈緒の視線の先、テーブルの上にはピストルクロスボウとトマホークが並べて置かれている。
どちらもすでに人の――アイドルの女の子の命を奪ったものだ。トマホークの刃にはべったりと赤黒い血が張り付いていた。
神谷奈緒は手を握り締める。人の命を奪ったという感触は食事をしている時も、着替えている時や、歌って踊っている時も消えはしなかった。
もう片手に持ったデジカメを見る。覚悟はもうとっくの昔に決まっていて、そしてこれで思い残しもない。
あれから誰も殺してはいないが、それもここまでだ。次に起きたら、そこにいるのは親友のために他のアイドルを殺す――そんな馬鹿でどうしようもないふたりだ。
「もう…………、――――?」
なにかが窓を叩くかすかな音に神谷奈緒は振り返る。
どうやら雨が降り出したらしい。窓の外の暗く濁った空の色を見て、神谷奈緒はカーテンをぴたりと閉じた。
不安と恐怖と後悔――そんなものはいくらでもある。
このホテルの一室で最後の時まで加蓮と楽しくしていられるならそうしていたい。
凛と出会い、すべてを打ち明けてそれで許されるならそうしたい。
傷つけ、殺してしまった子に謝り、みんなにも自分の愚かさを告白し、できるものなら罰を受けて罪を清算したい。
けれど、そんなことはもうできない。そんなことをするつもりも、もはや欠片もない。そんな気持ちは初めて人を殺した時に一緒に砕いてしまった。
選んだのだ。世界で一番甘い毒を飲んで死ぬことを。
神谷奈緒はステージ衣装のそのままで北条加蓮の横に寝転んだ。
衣装がしわになるかもしれなかったがよかった。これが最後ならアイドルのまま眠るのもいいと思ったし、夢の中にステージの続きがあればなおよい。
放送を聞き逃さないようサイドボードのタイマーだけをセットして、神谷奈緒は北条加蓮の手を握り、こらえきれなくなるほど重たくなっていた瞼を閉じた。
【A-3 ホテル・客室/一日目 夜中】
【北条加蓮】
【装備:アイドル衣装、ピストルクロスボウ、専用矢(残り20本)】
【所持品:基本支給品一式×1、防犯ブザー、ストロベリー・ボム×5、私服、メイク道具諸々、ホテルのカードキー数枚】
【状態:睡眠、疲労(中)】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、奈緒と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
0:zzz...
1:起きたら?
2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
3:事務所の2大アイドルである
十時愛梨と
高森藍子がどうしているのか気になる。
【神谷奈緒】
【装備:アイドル衣装、軍用トマホーク】
【所持品:基本支給品一式×1、デジカメ、ストロベリー・ボム×6、私服、ホテルのカードキー数枚、マスターキー】
【状態:睡眠、疲労(中)】
【思考・行動】
基本方針:覚悟を決めて、加蓮と共に殺し合いに参加する。(渋谷凛以外のアイドルを殺していく)
0:zzz...
1:起きたら、放送を聞いて他のアイドルを探す(殺す)ために動く。
2:もし凛がいれば……、だけど彼女とは会いたくない。
3:
千川ちひろに明確な怒り。
※
自転車はホテルの駐車場に停めてあります。
※デジカメのメモリにライブの様子が収録されました。(複数の曲が収められています)
最終更新:2014年01月29日 11:15