GRIMM――お菓子の家の魔女はかまどに火を入れる ◆RVPB6Jwg7w





 肥え太るまでなんて、もう待てない。魔女は行動を起こすことに決めた。




    *    *    *



考えるための時間は十分にあった。
それは決してヒマ潰しなどではない、今後のために必要な思索。

つまり――

『希望』のアイドルたちの思い通りにはさせないための、方法。

『それとは違う道』を既に選択した、自分たちが生き残り意志を通すための、手段。

そして彼女は、思い至ってしまったのだ。

既に状況が『新たな段階』へと進んでいる、その可能性に。



    *    *    *



深い青色に染まり始めた空の下。
朝もやに包まれて、桃色の人影が何やらガサゴソと動き回っていた。

「……まき割り用の斧、ね。
 それなりに使えそうだけど、持ち歩くことを考えるとこの重さは少し気になるか……」

チャイナドレスには似合わぬ小ぶりで無骨な斧を、何度か軽く素振りする。
細腕に見合わぬ力強さで、ヒュン、ヒュンと風が鳴る。
激しいライブのために鍛えたアイドルの身体、見かけよりも遥かに強い力を秘めてはいるが。
さて、だからといって無闇に荷物を増やすのも考えものだ。
相川千夏は武器を片手に、しばし思案する。

見回せば、目の前には一抱え分ずつ針金で縛られて積まれた薪の山。
ログハウスの中には古風な薪ストーブもあったから、そのためのものだろうか。
左手には山の斜面。右手にはちらほらと木々が散らばる林に、その向こうを走る車道。
背後を振り返ればログハウス。
薄闇の中に浮かぶそれは、丸太の家というより焼き菓子でも積んだかのような現実感の乏しさがあった。

「そういえば、『あのお話』って初期は『お菓子の家』でなく『クッキーの家』だったらしいのよね。
 確かレープクーヘン。蜂蜜入りで酵母なしの硬いパンの一種。
 初めて知った時には地味だなと思ったものだけど、こんな光景からの連想だったのかしら」

ここは相川千夏と双葉杏が一夜の宿と決めた、キャンプ場併設のログハウス、の裏手。
探し物に思い至った千夏は、寝ている杏を起こさないよう、そっと通用口から抜け出して。
こうして、資材やらなにやらが乱雑に置かれているあたりを一人調べまわっている。

「チェーンソー。
 ……威力は十分でしょうけど、斧より重いし、何より音が大きすぎるわよね。
 使いどころが限られてしまうわ」

まき割りの前段階、丸太をぶつ切りにするための大道具を前に、大きく溜息をつく。
こんなモノを振るうのは、それこそホラー映画の怪人くらいのもの。
いくらアイドルが力持ちだと言っても、流石に限界を超えている。

「まあ、そもそもこんなモノに頼らなくても済むなら、それに越したことはないんだけど……ね」



    *    *    *



それは、少し時間を遡った頃の話。

インスタントコーヒーを片手にひとり夜を過ごす相川千夏は、改めて考えてみたのだった。


千川ちひろがこれまでの放送で言外に匂わせてきた『希望』のアイドルたち。
これを葬るためには、どうすればいいのだろう?

これまでの方針に素直に従い続けるのなら、『希望』の集団を見つけてそこに潜り込めばいい、となる。
牙を隠して羊の群れに紛れ込む。
そして頃合いを見計らって無防備な内側から食い破る。一挙にまとめて血祭りに上げる。
『希望』は丸ごと『絶望』に上書きされて、あとは少数のライバルたちを始末すればそれで終わる。

簡単だ。楽勝だ。素晴らしい。
この方法は既に実績を上げたやり方でもある。
水族館では予想もしていなかった展開になったけれど、この策そのものはしっかり成功しているのだ。
同じ手段の使い回しでラクに戦果を重ねる――本当に魅力的なアイデアだ。

だが。
それが甘い誘惑であればこそ、彼女は気が付いた。


そんなに上手くいくものだろうか……? と。


何かが引っかかる。
無意識が警鐘を鳴らす。
そして熟考の果てに、相川千夏は思い至った。
水族館の時と今とでは、状況が、大きく変わっている可能性がある、と。

状況を変えうる要因は、3つ。

1つは、『シンデレラ・ロワイヤル』の話を一緒に聞いた仲間である、緒方智絵里
1つは、水族館ですれ違い、そのまま島中を走り回っているはずの、渋谷凛
1つは、着実に減り続ける参加者の数。

この3つの要因によって、『希望』の集団は、思いもかけぬ膨大な情報を掴んでいる可能性がある。

緒方智絵里。
当初は隠れているのではないか、と推測した彼女だが、しかしそれだけでいつまでもしのげる訳もない。
いくらなんでも、このイベントはそこまで甘くない。
そこに彼女の生来の性格を考え合わせると、殺し合いを否定する側に寝返った可能性は十分に考えられる。
そしてそうなれば『シンデレラ・ロワイヤル』の話を広めてしまう危険がある。
一連の話を聞いてしまえば、誰もが『相川千夏』の名を危険人物のリストの筆頭に置くことだろう。

渋谷凛。
人を探して動き回る少女は、そのまま複数のグループの情報を統合する役目も果たしてしまうだろう。
利発で聡明な彼女がメッセンジャーなら、伝言ゲームで情報が歪むことも期待しづらい。
離れた所に居る『アイドル』たちの、情報共有と連携――考えただけで頭が痛い。

そして一番深刻なのは、現時点での残り人数。
前の放送の時点で28人。
放送の中で人質の存在を匂わせるようなことも言われたから、この6時間でさらに減ることも予想される。
大雑把に言って20人ほど……これはもう、生き残った者同士で互いの顔が全て思い描けるほどの規模だ。

元々、羊の皮を被る狼の戦略には、『スタンス不明のグレーゾーン』な参加者の存在が必要不可欠である。

自らが手を下した殺人についても「私たちじゃないよ」とすっとぼけ、見も知らぬ『誰か』に押し付ける。
『その他大勢』の中に戦果を隠し、姿なき殺人者に怯える側を演じてみせる。
それが、基本的な手口のはずだ。

しかし、もしも万が一、もうほとんど『グレーゾーン』の存在が残っていなかったとしたら。

一番恐ろしいのはこれだ。
『消去法』で参加者の白黒が判断できるほどの状況になっていた場合。
生存者リストを『白』で埋め尽くし、残された『黒』を炙り出せるほどになっていたならば――

中途半端な嘘は、自殺行為でしかない。
そこに智絵里の証言まで加われば、もうひっくり返すことは不可能だろう。

知恵ある狩人を気取って忍び寄ったつもりが、見え見えの嘘で踊る無様な道化と化して、そのまま袋叩き。
そんな展開だって、ありえるのだ。


論理に基づく思考は、そんな悲観に走るのはまだ早い、と楽観的な計算をはじき出す。

あの臆病な緒方智絵里と、アテもなく彷徨っている渋谷凛と、どこかに潜んでいるはずの『希望』の集団。
それぞれ、ただ出会うだけでも一苦労のはず。
出会ったら出会ったで、参加者についての情報交換以外にもやることは山ほどあるだろう。
そこまで都合よく物事が進むものだろうか。
そんな思いも、頭の片隅によぎる。

けれど、感性に基づく直感は。
数々の小説や物語を愛した感性、非論理的な思考の跳躍は。
それは十分にありえる話だ、と確信させてしまう。

なにより――『その程度』の『都合のいい運命』を引き寄せられずに、何が『希望』か。

そう。
彼女は決して、デジタルなロジックだけに拠って立つ知性の持ち主ではなかった。
古今東西の詩歌や小説に通じ、言葉の使い方にも敏感な、静かな読書家としての側面。

それが生半可な存在に『希望(エスポワール)』を騙ることを許さず、過小評価に陥ることを妨げていた。



    *    *    *



「あとはバーベキュー用の串、くらいか……。
 でもそれなら、最初に見つけた肥後守の方がマシかしらね」

林の中、成果に乏しい探索に、千夏は何度目かも分からぬ溜息をつく。

搦め手が厳しいのであれば、正面からの正攻法が主体となる。
真っ向から殺し合いをするのであれば、拳銃とストロベリー・ボムだけではいささか心細い。
そう考えての武器の探索であったが、やはり手近なところでは大したものは見つからないようだ。

鉄串よりはマシ、と彼女が評した木工用の折りたたみナイフは、ログハウスの中で見つけたものだが。
これだって工作をする上では便利でも、格闘戦に使うことを考えたら貧弱極まりない。
柄よりも短い刃しかついていないし、強度だって怪しいものだ。
ま、かさばらないという点では文句なしだし、だから既に懐の中に収まっているのだが。

「使える武器、特に銃器がありそうな場所となると……まずは警察署。
 でもこれは多分、誰もが思いつく。
 先を越された程度なら無駄足だけで済むけど、待ち伏せでもされてたらたまらないわ」

武器の調達1つとっても、ストロベリー・ボムの存在に慢心して数歩出遅れた感じがある。
後悔の念も浮かぶが、しかし、ここで気づくことができなければもっと大変なことになっていただろう。
『ライバル』が先を行っているとの前提に立った上で、さてではどのあたりに探しに行くべきか。
実際の行動は杏が起きてからになるが、今のうちに考えておいた方がいいだろう。

とりあえず今は、さっき見つけた、このまき割り用の斧。
これを本気で荷物に加えるか、否か。

改めて斧を片手に考え込む、千夏の横合いで。


――――ガサガサガサッ! ズサササッ!


「――っ!!」
「……い、痛ったぁ……!」


笹が揺れる音に千夏が振り返るのと、勾配のキツい斜面から一人の人影が滑り落ちてくるのがほぼ同時。

すっと少女が現れた山の上の方を見て、山道を降りる途中で足を踏み外したのだ、と理解するのに1秒。

視線を戻して、腰をさする少女と目が合って、十時愛梨、という相手の名前を思い出すのに2秒。

少女たちの頂点・シンデレラガール。いわゆる正統派アイドル。比較的肉付きの良い体。歌唱力も高い。
そしてそう言えば、最初に『見せしめ』にされたプロデューサーの担当アイドルの1人で――

相手のプロフィールその他を思い出しかけて3秒、はっとした様子の十時愛梨が手にしていた銃を持ち上


「ふっ!」 ヒュッ、ガッ、「キャッ!」


思考より先に身体が動いた手の中の斧を咄嗟に投げる回転しつつ飛んだ斧は惜しくも当たらず立木に刺さ
斧の行方を追いそうになる意識を断ち切ってすぐに身を翻す胸ほどの高さまである薪の山の陰に飛び込ん

軽く跳躍していた足が地面に着くよりも先に、カチャ、と銃を構え直す音が聞こえ

連続する射撃音と着弾の衝撃が、針金で縛られ積まれた薪の山を激しく揺らす。背を丸めて縮こまる。

「はっ、はっ、は……っ!」

弾の消耗を恐れたのか銃声はすぐにやむ、千夏の額に一気に脂汗が噴き出す、荒い息が止まらない。
間一髪だった。
斧を握っていなかったら、手近に薪の山がなければ、薪の束が銃弾を止めるほどの強度でなければ。
あとコンマ数秒、動きだすのが遅ければ。
千夏はとっくに穴だらけになっているところだった。

そっと顔を出しかけると、また銃声。弾け散った木片の一部を頬に受けながら、反射的に首を引っ込める。
素早く拳銃を手にし、腕だけを突き出し千夏も発砲。
ハナから命中は期待していない一発であったが、音だけでも分かる相手が飛びのいた気配。
そのままザザザッ、と枯葉を踏み砕く足音が聞こえて、チラリと覗けば林の木の1本の後ろに滑り込む姿。
先ほどまでこちらに向けられていた銃が一瞬だけ見える。思ったよりも小さい。

「マシンガン……いや、サブマシンガン、かしら。厄介ね」

油断なく拳銃を構えながら、千夏は務めて冷静になろうとする。
お互いに距離と遮蔽物を得ての、しばしの膠着状態。向こうもこちらの様子を伺っているようだ。

ようやく理性が今の状況に追いついてくる。現状の打開のために回転を始める。
そう、まだ状況は終わっていない。不利な状況には変わりがない。なんとか、打開しなければ。



    *    *    *



それにしても――シンデレラガール・十時愛梨。事務所の中でも1、2を争うほどの有名人。
まさかと思うような『ライバル』である。普通に考えて殺し合いに乗るような人物ではない。
まあ、この島での戦いにおいて、その手の先入観は禁物ではあるのだが。
今更ながらに襲撃者の正体に驚いてしまう。

山道で滑って転ぶような天然っぷり・ドジっ子っぷりはそのままに、あの明確な殺気。
なんともアンバランスな印象だ。

ともあれ、こうなってしまった以上、不本意な遭遇戦であってもやるしかない。
相手が誰であろうと、殺るしかない。

「この銃じゃ、牽制はできても仕留めるのは難しい……。
 やっぱりストロベリー・ボムを使うしかないかしら……?」

荷物を担いで持ってきていた自分の準備の良さに感謝しつつ、千夏は思案する。
過去にも何度か使ったから分かっている、この爆弾の長所と短所。
投げやすい形状。
爆炎が直撃すれば確実に命を奪える威力。
しかしそれとは裏腹に――案外狭い、直接の攻撃範囲。器物に対する破壊力もそう高くない。

片手に拳銃、片手に爆弾を握りしめ、しゃがみこんで身を隠したまま千夏は悩む。
相手が潜むのは一本の木の陰。
あの程度の障害物でも、あるだけで途端に直撃させるのが難しくなる。木ごと吹き飛ばすのも不可能だ。
足元に転がしてやろうにも、今度は木の根と落ち葉が邪魔になる。

では1個で足りないなら、2個3個と投げてみるか?
1個目を直接当てずに近くで炸裂させ、吹き飛ばされるか逃げ出すかしたところを2発目以降で狙う。
いやしかし、ここで貴重な爆弾を浪費するのはもったいない。
これから先の厳しい戦いを覚悟したばかりだというのに。

チラチラと、十時愛梨が顔を出したり引っ込めたりしている。
きっと向こうも悩んでいるのだ――ここで突撃するべきか、否かを。
物陰から飛び出す瞬間こそ、危険はあるものの。
もしもそのまま真っ当な撃ちあいになってしまえば、サブマシンガンの連射力を備えた愛梨の方が有利。

相手が顔を出したタイミングで、千夏は再度発砲する。
しかし当然当たらない。
千夏にはこの距離でピンポイントな狙撃を成功させる技術など無い。
反撃とばかりに、向こうからも数発の銃声。これも当然、当たらない。
薪の山がまた揺れて、おがくずの匂いが立ちのぼる。

明るくなっていく空の下、決め手がないままに弾が浪費され、恐怖心だけが膨らんでいく。
やはりストロベリー・ボムの大量使用しかないのだろうか。
いやあるいは、愛梨の側も、他の武器を隠し持っている? 出し惜しみをしている?
だとしたら、時間をかけてしまうこと自体が危険、なのか?!

どうする。
どうすればいい。
何が一番最善なのか、どこまでリスクとコストを許容すべきなのか――


ひゅんっ。
絡まる思考を断ち切るように、横合いから薄く煙の尾を引く「何か」が放り込まれた。


「っ!?」

「……ったくさぁ。うるさくって寝てらんないじゃん」

気だるい声と共に、放物線を描いて現れた缶状のものは、そのまま愛梨の潜む立木の陰に飛び込んで。
あっさりと、この不毛な均衡を打ち崩した。

「きゃっ!? ……げぇっ、げほっ、ひぐっ……ゴホッゴホッ」

薄くオレンジ色がかかった煙が地面近くから噴き出して、そのまま十時愛梨を包み込む。
悲鳴、そして嘔吐にも似た酷いうめき声に続いて、連続する激しい咳。
銃さえも取り落として、隠れることも忘れて地面に崩れ落ちる。顔と喉元を押さえてのたうち回る。

「……あれは?」
「催涙スプレー」

油断なく拳銃を構えて身を起こした千夏は、無防備にのんびりと歩み寄ってきた少女に尋ねる。
あくびをかみ殺しながら、小柄な少女・双葉杏はどこか投げやりな口調で応える。

「なんかね、唐辛子の成分のスプレーなんだってさ。防犯グッズの。
 レバー押したら手榴弾みたいに投げろ、って書いてあったし。
 まだ予備もあるから、ものは試しってね」
「……そんなモノを隠し持ってたのね。ありがとう。助かったわ」
「貸しひとつだからねー。それにしても、ドンパチはしないんじゃなかったの?」
「問答無用で襲われたのよ。しょうがないじゃない」

一番借りを作りたくない相手に借りを作ってしまったようだったが、ひとまずは安堵の溜息をつく。

すっかり忘れていた仲間。
まさか来るまいと思っていた援軍。
横からこっそり登場したからこそ可能だった、催涙グレネードの投擲。
真正面の千夏にとっては木の陰でも、真横から見れば丸見えだ。手榴弾でも何でも投げ放題である。

なんというか、やはり要所を押さえるのが上手い子だ、と改めて思わされる千夏であった。



    *    *    *



いつの間にやら、あたりはすっかり明るくなっていた。
既にスプレー缶の噴射は終わり、穏やかな早朝の風が空気を洗い流していく。

最大限の警戒は維持したまま、千夏はゆっくりと近づいてみる。
まだ微かに残る煙を吸い込まないように口元を押さえるが、それでも強い刺激を感じる。
痛いような、熱いような――そして、確かにそう思ってみれば、どこか辛いような。
思わず目の端に涙が滲む。

「けほっ、なるほど……唐辛子、納得だわ」

わずかに吸っただけでもこの強烈さ。
ならば、それをまともに不意打ちで吸ってしまった犠牲者は、と言うと――

十時愛梨は、見事に完全に無力化されていた。
地面に横倒しに丸まったまま、立ち上がることさえできずにいる。
ヒューヒューと細い息を吐いては、喉も破けんばかりの激しい咳の連続。また細い息。その繰り返し。
両手は必死に両目を拭おうとしているが、拭った傍から次から次へと涙が溢れだしているようだった。

「しかし、防犯グッズね。その方向で考えてみるのも手かしら。
 そうなると例えば、学校あたりも調べる価値あり、か……」
「何の話?」
「これからの話よ。まあ、後でまた改めて相談するわ」

地面に落ちたままのサブマシンガンを片足で踏みつけ、身を屈めて拳銃を突き付ける。
完全な制圧状態だ。
相川千夏があと少し指先を動かすだけで、十時愛梨の命はここで終わる。

「さっさとトドメ刺しちゃってよ。そしたらまた二度寝できるしさー」
「まあ、待ちなさい」

杏が急かすが、千夏は軽く押し留める(ついでに、二度寝については聞こえなかったことにする)。
そう、ここでこのまま十時愛梨を殺してしまうという手もある。
殺して、あの厄介だったサブマシンガンを強奪するだけでも、求めていた武装強化は果たされる。
さっきまで本気の殺し合いを演じていた相手、むしろそうするのが当然の決着だ。

けれど。
今この時に千夏の脳裏に浮かんでいたのは、全く違うアイデアだった。

千夏たちが愛梨を制圧できたのは、催涙スプレーの効果もあるが、最大の要因はその『数』だ。
愛梨は1人だった。
千夏と杏は2人だった。
だから1人が引きつけている間に、もう1人が死角から攻撃できた――結果論になってしまうけれど。

数は力だ。やはりこれは揺るぎない。
そして千夏は、より多くの数を束ねている(と思われる)集団を狙おうとしている。
『希望』のアイドルたちに勝負を仕掛けようとしている。
そうなった時に、もっとも必要になる『戦力』とは何か。

それは催涙スプレーではない。サブマシンガンでもない。もちろん爆弾でも拳銃でもない。

人だ。

人数だ。

『ヒロイン』の頭数だ。

――もちろんリスクはある。
そもそも危うい『ヒロイン同盟』、さらに人数を増やして、どこで裏切られるか分かったものではない。
『お菓子の家の魔女』のように、肝心なところで背中を突き飛ばされる危険と、紙一重だ。
間抜けにも頭からかまどに突っ込む役なんて、千夏だって願い下げである。


けれど。
『希望』と戦おうというのに、ノーリスクで何かが得られるはずがない。

こちらも『希望(エスポワール)』に匹敵する、『絶望(デゼスポワール)』の集団にならなければ。


銃口で頭を小突かれた十時愛梨が、声もなく顔を上げる。
そこにあったのは、涙と鼻水とでグチャグチャになった、無様な顔。
言いつくろう余地のない、敗者の顔。

そんな彼女に向けて千夏は、小さく一言。


「ねぇ『シンデレラ』――良かったら一緒に、『希望』の芽を摘み取りに行きましょう?」


すぐ隣で杏が見るからに嫌そうに顔をしかめるが、構わず千夏は蠱惑的な笑みを浮かべる。

それは優位に立ったからこそ口にできる、同盟の提案。
勝者だからこそ差し伸べることのできる、誘いの手。

果たして十時愛梨は、その言葉を受けて、小さく、小さく微笑んだのだった。




【D-5・キャンプ場 ログハウス裏手/二日目 早朝】


【相川千夏】
【装備:チャイナドレス(桜色)、ステアーGB(16/19)、肥後守】
【所持品:基本支給品一式×1、ストロベリー・ボム×7、男物のTシャツ】
【状態:左手に負傷(手当ての上、長手袋で擬装)】
【思考・行動】
 基本方針:生き残り、プロデューサーに想いを伝える。生還後、再びステージに立つ。
 0:いい子ね、『シンデレラ』
 1:杏と行動。できれば愛梨もグループに引き入れたい。
 2:もう潜入計画には拘らない。
 3:どこかで追加の武器を手に入れたい。防犯グッズなども積極的に探す。学校も行先の候補?
 4:杏に対して、形容できない違和感。

※肥後守を現地調達しました。和製の木工用折りたたみナイフです。

※林の中の木の1本に、まき割り用の斧(現地調達品)が突き刺さっています。


【双葉杏】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式×2、ネイルハンマー、シグアームズ GSR(8/8)、.45ACP弾×24
     催涙グレネード×2、不明支給品(杏)×0~1】
【状態:健康、まだ眠いってか眠らせろ】
【思考・行動】
 基本方針:死なない。殺す。生き残る。
 1:千夏と行動。
 2:えー、その子も仲間に入れるのー? ホントに大丈夫?
 3:半端な所で起こされたので、また寝なおしたい。てか、寝る。
 4:アイドルがきもちわるい。

※幻覚は見えなくなったようです。

※催涙グレネード×3本のセットは、本来は城ヶ崎莉嘉の支給品の1つでした。
 缶ジュースほどのサイズの、催涙ガスのスプレー缶です。
 手に持って直接相手に吹きかけるタイプではなく、レバーを押して相手の足元に投げて使うタイプです。
 主成分は唐辛子からの抽出成分で、涙と咳でしばらく無力化できますが、後遺症などは残りません。


【十時愛梨】
【装備:ベレッタM92(15/16)、Vz.61"スコーピオン"(12/30)】
【所持品:基本支給品一式×1、予備マガジン(ベレッタM92)×3、予備マガジン(Vz.61スコーピオン)×2】
【状態:絶望、激しい涙と咳】
【思考・行動】
 基本方針:絶望でいいから浸っていたい。優しさも温もりももう要らない。それでも生きる。
 0:…………。
 1:みんなみんな、冷たくなってしまえ。
 2:ニュージェネレーションはみんな殺してあげる。できれば凛、卯月の順に未央の所に送ってあげる
 3:終止符は希望に。


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最終更新:2016年07月26日 21:56