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♪瓶詰めの空

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♪瓶詰めの空


 閉塞された空の下。
 二人の少女が迷い込んでいた。


 ●


 肩のあたりで昴の寝息が微かに聞こえる。
 “あの時”直後に比べ、徐々に回復してきた兆しだ。
 それでも昴は未だ目覚めず、昏睡でも起こしたかのように深く意識を閉ざしている。

 昇る太陽は明るみを増し、二人の姿に陰を与えた。
 二人で一つの大きな影が路面に映し出されている。
 色失せた顔の福田のり子と、瞳を閉ざしたきりの永吉昴のものだった。

 堪える身体に鞭打って、福田のり子は肩に永吉昴を背負い、引き摺っている。
 いくら昴が少女の矮躯とはいえ、疲弊しきったこの身体で少女を抱えるのには些か無理があった。
 無言のまま、のり子は一歩一歩を踏みしめ、確実に歩を進める。
 向かう地点は、別荘地と表記された場所だ。
 誰の、何のための別荘地かは寡聞にして推測もできないが、
 ゆっくりと休める場所はあるだろうと、期待の混じった目算で足を運ぼうとしている。
 もっとも、それ以外の施設に向かうほどの気力はないのだが。

 それだけ昴の一撃一撃は重かったのだろう。
 のり子はそう踏んでいるが、実際のところはそれほどではない。
 確かに昴は活気な少女で、野球を始め様々なスポーツに精通している。
 しかし逆にいえばそれまでに過ぎない。
 彼女は15歳の少女であり、いくら全力で殴りかかってきたとしても、のり子はそのほとんどをまともに浴びてはいない。
 受け流すとまで華麗な動きではないにしろ、拳を受け止めるぐらいの所作はしていた。
 ――受け止めるぐらいのことはできる軽い拳なのだ。

 ならば、何故、のり子はここまで疲弊しているのだろうか。
 あの拳に、一体何が込められているのだろう。
 のり子は無心で、歩む。

 そうこうしている内に、別荘地が見えてきた。
 なにか見覚えのあるシルエットにも思えたが、のり子の脳内には止まらない。
 少し表情を明るくして、それまでの亀のような歩調から、ほんの僅かに早まる。

 ざっ……、ざっ……。
 引き摺られる昴の爪先は一際大きな音を立てる。
 それでも彼女は起きなかった。それだけ精根を使い果たしたということか。
 さもありなん。昴が味わい続けたのり子の拳こそは、正真正銘重たいものなのだから。
 少なくとも、格闘トーナメント――「アイドルファイト」で頂点をものにしただけの地力を有している。
 デビルまつりを打破しただけの力が、その豊満な身体には備わっていた。

 そこで、一度足を止める。
 視線を地へと落とし、暫く休止していた頭を動かした。

 思えば、何のために彼女を傷つけていたのだろう。
 思えば、何のために彼女を背負い、運んでいるのだろう。
 何が何だか分からなくなって、空いた片手は切り揃えられた金髪のショートヘアをかき乱す。
 憤然とも、悄然とも区分できない、ただ不愉快なだけの感情は、身体中を駆け巡る。

 間もなくショートしそうな思考を止めた。
 盛大な溜息と共に、強引に足を前へと繰る。
 福田のり子はようやくにして、目的地へと辿りついた。


 ●


 荘厳な門に下げられた表札には何も記載されていなかった。
 まっさらな表札とは奇妙なものだな、とおぼろげに感じつつ、門を通り抜ける。
 目の前に広がるのは広大な庭園。壮麗さを兼ね備えた豪奢な庭は、そうだ、水瀬伊織の家に通ずるものがあろう。
 そこでのり子は、場違いにも思える、一つ慣れ親しんだ代物を目にとめた。

「あれは」

 丁寧にコーティングされた二輪車。
 福田のり子の愛用のバイクであった。
 この乗り物で昴とツーリングに出かけたこともある。
 初詣ライブの前、日の出を見に寒空の下を駆け抜けた。
 自然と足が止まる。変哲もないバイクを――だけど思い出の詰まったバイクを、ずっと見つめ続けた。

「楽し、かったな」

 ふと、言葉が漏れた。
 ありふれた言葉。いつだって言っていた言葉。
 無意識の内に溢れ出た言葉に、のり子は、はっ、と口をつぐんだ。
 拒絶するように二輪車から顔をそむけて、そそくさと立ち去る。
 そびえ立つ家屋へ向かう。足取りは不自然なほど乱れ、それでもがむしゃらに進む。
 小階段を昇り、玄関へと飛び込んだ。
 恐らく昴の足は幾度も階段にぶつかったであろうが、それを気にするほど、のり子の心境は穏やかではない。
 一先ず昴を玄関に寝かせて、のり子は手を自らの胸に当てる。
 ばくん、ばくん、と鼓動は高まっていた。

「はぁ……はぁ……」

 どたばたと音を立てて、トイレを探す。
 建物の構造自体は単純なもので、のり子はすぐさまトイレを見つけ出し、暴れる吐き気に身を任せる。
 実際に吐瀉をすることはなかったが、荒い呼吸はいつまで経っても静まらない。

「う、……うぅ……」

 それは一種の禁句だった。
 呪いであるかのように、生来から真っ直ぐであり続けた彼女を苛む。

 鶴嘴を担いで徘徊していた時でさえ、そんな気持ちにはならなかった。
 楽しかった思い出は楽しかった思い出として――彼女は受け入れていたつもりでいた。
 今はどうだろう。
 ――あの楽しかった思い出が、決定的に“思い出”になってしまった今。
 片棒を担いでいた自分を顧みて、福田のり子はようやくにして、気付いた。

 自分たちが行っているのはサバイバルゲームでも、ましてや殴り合いでもない。
 殺し合いなんだってことを、気付いた。気付くほか、なかった。


 ●


 ひやりとした感触が頬から伝わってくる。
 なんだろうと思って、冴えない思考のまま手を頬へ伸ばす。
 ぼんやりと虚ろな意識が全身から発せられる鈍痛を捉えた。

「っ――」

 声というより音と描写した方が適切であろう呻きを挙げる。
 動けないわけじゃなかったが、動く意欲を削ぐに足る鈍痛に、起こしかけていた上半身を再び床へと落とす。
 床は柔らかい。ソファ……いや、ベッドだろうか。

 そこで、ようやく彼女は目を開けた。
 視界に入ったのは、白亜色をした華奢な天蓋。
 ブルジョワな作りをしたベッドのようである。掛けられた布団ももこもことして気持ちがいい。
 少し顔を動かせば、ここがどこかの個室であることも窺えた。
 近くには誰もいない。彼女一人がそのベッドに沈んでいる。

 段々と意識が醒めてくる。
 ここはどこだろうという直近の問いから始まり、何故ここに、どうして眠っていたのか、寝る前はどうしていたか――エトセトラエトセトラ。
 様々な疑問が駆け巡り、彼女はようやく自分の立場と言うものを思い出す。

「――――!」

 反射的に起き上がろうとして、再び痛みによって遮られた。
 殴られた鈍痛が今になって響いてきている。
 彼女は唇を噛みしめ、ベッドの位置からでも確認できる掛け時計に目を遣った。
 時刻は12時25分弱。
 様々な出来事が過ぎ去っている。
 意識を落としてしまったのも反省するべき点であれ、こんな時間になるまで目を覚まさなかったなど論外だ。

 自責のような、憤怒のような。
 いろんな感情がないまぜとなった表情を浮かべる。
 歯噛みして、動くことすらもままならない自分を恥じ、拳を握った。
 意識に反して、弱い、弱い、拳だった。

 一度息を整え、まずは自分のすべきことを頭の中で整理する。
 彼女は寝た姿勢のまま、小さく息を吸って考えをまとめ始めた。

 そうしてから数分後。
 がちゃりと音がする。
 音のした方を向くと、そこには救急箱を片手に、
 梨などの乗った籠をもう片方の手に握る金髪の女が扉を開けて、部屋へと入ってきていた。

「のり子……」
「目を覚ましたんだね、昴」

 共に複雑な思いを瞳に込めて、睨むように見つめあう。
 先に表情を変えたのは、昴の方だった。

「ああ、ちょっと寝坊しちまったみたいだけど」

 小さくだけれど、確かに彼女は表情を和らげた。


 ●


 聞いたところによると、ここは別荘地という場所らしい。
 地図にそういった施設があることは昴も覚えていた。
 昴とのり子が殴りあった場所からも遠くはないはずだ。

 のり子の力も借りて昴は上半身を起こし、のり子が剥いて切り分けた梨を口に運ぶ。
 聞けば、頬に冷却シートを貼ったり、身体全体のケアを施して貰ったりと、何かと世話を焼かせたようだ。
 元をただせばのり子が与えた傷なのだから、その行いが手放しで褒められるものとは言い難いが。

 それでも、昴は嬉しく思う。
 ようやく殺し合いの無意味さを理解したのだろう。自分の手を掴んでくれたのだろう。
 でもなければ、気絶した自分なんか放っておけばよかった。いや、殺すこともできただろう。
 ましてや手当なんてする必要なんてない。しかし彼女はそうしなかった。
 ――つまりは、そういうことなのだ。そう信じたい。

「でもさ、なんでオレは裸なんだよ」
「服着たまんまだと治療できないじゃん」
「ふーん、まあいいけどさ」

 今更恥ずかしがる間柄でもない。
 一緒に着替えたりすることなんてざらにあった。
 ふと、梨を掴む手や腕を見ると、ガードがテープで留められたりしている。
 殴り合いの最中には気付かなかったが、様々な部位を痛めていたようだ。

「手当に不備はないはずだけど、なにかあったら言ってね」

 のり子はベッドの近くに椅子を運び、そこに座している。
 手には、バスケットから取り出した林檎が握られていた。

 のり子はそう言うが、不備らしい不備は見当たらない――どころか、過剰とも思えるほどのケアがされているようにも思える。
 プロレス好きが高じて、こういった場面に適した処理を学んだのだろうか。
 問題ないよと昴が言うと、のり子は僅かに表情を明るくする。
 しかし、その表情は直ぐに曇り、下を向いてしまった。

 その様子に昴は数秒の間黙したが、踏み込まないわけにもいかない。
 それよりもさ、と、意を決して昴は問い掛ける。

「放送っての、あったんだろ。教えてくれよ」

 のり子の身体がこわばる。
 林檎を握る力が強まった、かのように見えた。
 構わず昴は言葉を続ける。

「なあ、のり子。頼むよ、今頼れるのはおまえだけなんだ」

 のり子の瞳を覗きこむ。
 目線が合わない。のり子の視線はベッドの隅へと送られている。
 いつだって垢抜けた立ち振る舞いをしていた彼女には珍しい。
 今更その珍しさに驚きはしまいが、放送を聞き逃した昴にとっては重大な問題だった。
 何秒かそうしていると、のり子は不承不承と口を開く。

「……まあ、とりあえずここは禁止エリアじゃないよ。……禁止エリア、わかるよね?」
「立ち入っちゃいけない区域だろ。で、どこなの」
「“C-3”と“H-4”……だったかな。それどこじゃなくてメモはしてないけどさ」
「……しょうがねえよな。……そういやオレのディパックは? 変な機械はあの中に入ってたんだけど」
「昴背負ってたら、なんか持ち運びづらくてさ。アタシのものと一緒に途中で捨てて来ちゃった」
「えー……」

 明らかに不服な顔を表すが、それも一瞬のことだった。
 改めて荷物になってしまったことをのり子に謝る。
 のり子も程々になだめ、その次を切り出す。
 ――切り出そうとして、言葉は切れた。

「どうした?」
「い、いや、さ」

 歯切れの悪いのり子に、些か困惑する。
 今までも合わなかった瞳が、一層遠のいた気がした。
 それから、ほんの少し逡巡し、昴なりの答えを出したところで得心する。
 嫌な役目を背負ってしまったのり子は辛いだろう、と共感した。
 それでも、逃げるわけにはいかない。昴にとってはもちろん――のり子にとってもまた。

 昴は林檎を握るのり子の手と、傷ついた自身の手とを合わせる。
 優しく、包み込むように。

「――誰が、死んじまったんだ?」

 のり子の身体は、凍えたかのように震え、固まった。
 それでも後押しをされたからか、ぽつりぽつりと、口にする。

「春、香」

 劇場でも古参、古株として中心に立つことも多い彼女は、早々と命を落とした。
 昴にとっても衝撃が大きい。奥歯を強く噛みしめ、小さく頷いた。

「ま、……まこと」

 男として扱われがちなポジションとして親近感が湧いたりもした相手だ。
 あまりにも無情な報告にのり子に伸ばした方とは違う拳を握る。強く、強く。

 のり子の口は途切れ途切れながらも、止まらない。
 まだいるのか、と怒りにも似た、哀しみにも似た、沸き起こる気持ちを喉に押し止める。

「……奈緒」
「うん」
「か、な」
「うん」
「莉緒、姉」
「うん」
「……っ、あ、かね」
「うん」
「…………」
「うん」
「……千鶴」
「うん」
ジュリア
「うん」
「美也」
「うん」
「…………っ」
「うん」
「育」
「うん」
「つ、ばさ」
「うん」
「…………」
「うん」
「…………っ」
「うん」
「…………」
「終わり?」

 それきり、のり子は口をぱくぱくとさせるも、何も言わない。
 計11人――少ないわけがない。これ以上居てたまるか、とも思う。
 けれど、確かめないわけにはいかない。

「なあ、ひなたは、無事だったのか?」

 それが一番の杞憂としてわだかまっている。
 ひなたを介錯したあの時、同行を促したのはひなたとはいえ、腕を差し伸べたのは昴だ。
 危険地帯だというのに、引き連れたのは昴。不安にならないわけがない。

「…………」
「…………」

 返ってきたのは沈黙。
 真っ白な時間を経て、昴は「そっか」と言葉を落とす。
 力んでいた身体中の力を解いて。 

「……そっか」

 小さくだけど、確かに昴は表情を和らげた。


 ●


 黙るつもりも、ましてや嘘をつくつもりもなかった。
 いざ、告白するとなると――自分の愚行に巻き込まれた木下ひなたの死を白状するとなると、口をつぐんでしまっただけで。
 それでも、誤解をされるとは思わなかった。我ながら不審な挙動をしていたとも、のり子は感じている。
 目は泳ぎ、口は死にかけの魚のようにぱくぱくとしていただろう。
 昴の問いに対して、首肯の意を示すことだってなかった。
 直接口にしないのり子に非はある――にしたって、“ひなたは死んだ”ということはやんわりと伝わってもおかしくなかったのに。

 理由はすぐに分かった。
 のり子が死者の名前を読み上げるたびにひそめていた眉を和らげた彼女を見たら、嫌でも分かる。

 彼女は強いだけの少女じゃない。
 物事に、救いを求めてしまう弱さを、その心に宿している。
 普段の男前な振る舞いに誤魔化されるけれど、彼女も繊細な心を持ち合わせているんだ、と。
 ――“ひなたに生きていて欲しい”と心から願っているからこそ、生きていると思いこみたいんだ。

 否定するのは簡単だった。
 一言言えばいい――「違う、ひなたは死んだ」――そうやって。

「…………」

 けれど、のり子が選んだのは沈黙だった。
 昴が味わっているのはぬか喜びに過ぎない。分かっている。
 のり子がやっている行いは決して優しさではない、ただただ残酷なものだ。
 それでも、昴の零す、安堵の表情を壊すだなんて、のり子には出来なかった。

 ――いや、そんな他人思いな理由じゃない。
 遅かれ早かれ、他のアイドルたちに遭遇したら、あるいは誰かの支給品のデバイスさえ見ればすぐに分かることだ。
 その時こそ、彼女は傷つく。きっと、今告げられるよりも大きな傷を。
 分かりきったことだ。

 だから、これは。
 自分が言えないだけだ。さきほどまでと同じく。
 過去の全てを“思い出”にしてしまった罪悪感、後悔、現実逃避――それら全てに自己嫌悪しながらも否定できない自分の弱さ。
 そんな弱さが、今ののり子を象っている。
 昴を殺し損ねたあの時から、福田のり子は自分の歩むべき道を見失っていた。

「――んじゃま、そろそろオレ達も動きださねえとな。いつまでも寝てるわけにはいかねえし」

 昴は告げる。
 きっと言いたいことだっていっぱいあるはずだ。
 春香たちの死についての弔い。プロデューサーに対する怒り。
 それに、のり子に対する叱責だってしたいはずだろう。

「のり子も来てくれる?」

 それでも、昴は何も言わず。
 不問に付すかのように、笑ってのり子に手を差し出す。
 それが眩しくもあり、歪で不気味な気もした。

 のり子は質問には答えず、昴の目を見て、質問を投げかける。

「ねえ、昴はこれからどうしたいんだっけ」
「言ったろ。プロデューサーに会いに行くんだよ」

 どれだけ強がっているのだろう。
 分からない。それでも彼女は弱さを孕んでいるのだ。
 きっと彼女自身も理解していないであろう、小さな綻びだった。
 この先、綻びは大きくなっていくだろう。それをのり子は見過ごしていいんだろうか。

「…………」

 思えば。
 どうして昴を拾ったのだろう。
 疲弊しきった身体に鞭を打つ真似までして、助けることなんてなかったのに。

「昴。アタシ、どうしたらいいんだろうね」
「したいようにすればいいじゃねえか。のり子のしたいことは、仲間を殺すことじゃねえだろ?」

 オレを助けてくれたんだから。
 昴はそう言わんばかりに、笑いかけてくる。

「…………」

 違うんだ、と声を張り上げたかった。
 ただ、ひなたに対する後ろめたさに駆られただけだと。
 ただ、人を殺すこと“さえ”もできなかっただけだと。

 沈黙に暮れるのり子を見かねたのか、昴は鼻の頭を掻く。

「無理にとは言わねえさ。これはオレのわがままなんだ。
 ひなたがよく頑張ってくれたってだけで、みんなに理解されるだなんて思っちゃいねえさ」

 確かに理解はできない。
 “思い出”の中のプロデューサーは優しかったけれど、今度会った時どんな顔をすればいいかも分からない。
 それでも、昴を理解できないことと、昴と行動を共にしないことは決してイコールでもないと思った。

 けれど、同時にこうも感じる。
 ――アタシが昴を助けたのは、そしてこれからも付いていきたいのは、誰の為なんだろうと。

「ま、とりあえずその林檎オレにくれない? あっためてても仕方ねえだろ」
「……」

 無言のまま、林檎を渡す。
 受け取った昴は、そのままかじりつく。
 咀嚼をやめ、嚥下すると「うまい」と呟いた。
 それからしばらく、のり子は昴の林檎を食す様を隣で見守っていた。


 ●


 適当にリュックサックを探り当て、その中に見つけた缶詰やペットボトルをいくか入れた。
 当初は包丁を一本拝借しようとしたが、包丁を持ち出そうとしたところ、昴に反対されたため缶切りを持ちだすことにする。 
 昴に荷物を持たせることになるが、バイクに座っている分には大丈夫だろう。

 ヘルメットは一個しか見当たらなかったため、それを昴に被せた。
 こんな場所で、ノー・ヘルメットを咎める者もいない。

「で、動くのか?」

 よろつきながら昴がこちらへ歩いてくる。
 そこまで強く殴った覚えもなかったが、互いに興奮していたのだ。
 当たり所が変に悪かったり、のり子も知らず知らず力んでいたのかもしれない。
 ――当初は殺そうとしていたのだから、力を込めるのは当たり前なのだが。

 のり子はバイクに跨り、エンジンをふかし、調子を確かめる。
 昨日メンテナンスされたかの如く、良好だった。
 元々手入れを怠ったりはしなかったが、もしかするとプロデューサーらが修復を施したのかもしれない。
 とはいえ、何かギミックを仕掛けられてたりした様子もないので、このまま使わしてもらう。

「オレが満足に動けないばっかりに、迷惑かけてゴメンな」
「いいよ、別に」

 それ以上に後ろめたいことを、やろうとしているんだ。
 のり子は胸中で付け加える。
 なにせ、これからいる目指す場所は人気のなさそうな場所だ。
 今の昴と誰かを合わせたくない。そして同じように、あるいはそれ以上に、自分自身、誰とも会いたくなかった。
 おなじ仲間を探し出し、手を差し伸べることを最優先としている昴を裏切ることとなる。
 それでも、それが今ののり子のするべきことだと思ったから。

「ごめん、昴」
「ん? ああ、確かにまだ身体は痛えけど気にすんなって。こうしてのり子と手を取りあえたんだから」
「…………」

 そうじゃないんだ。
 けれど、訂正する気にはなれなかった。
 言えば楽になれるのに、黙っていたって、お互い辛い思いしかしないのに。

 それでも、のり子は黙るしかなかった。
 殴り合いだなんて初めてだったぜ、なんて風に照れくさそうに笑う昴の姿を見ていると、どうしても告げる気が起きなかった。

 ふと、昴ののり子の乗るバイクを注視し始める。

「――あの日を思い出すな」

 そう言いながら、昴が後ろへまたがる。
 のり子の腰に腕が回ってきた。
 あの日のように、初日の出を見に行ったあの日のように。

「あの時は、楽しかったな」

 不意に零れた昴の台詞。
 奇しくもそれは、この別荘地へ訪れた時にのり子も発したものだった。
 ぴくりと肩を揺らす。

「のり子?」

 不安げな昴の声が聞こえる。
 その時、のり子の脳内にはひなたの姿が映った。
 かぶりを振って、それを打ち消して、一言返す。

「うん。……それじゃあ、しっかりつかまってなよ」

 昴の反応を待たず、エンジンをかける。
 重低音がいななく。昴の抱きしめる力が一層強くなった。
 しっかりつかまっていることを確認すると、アクセルを回す。 

「それじゃ、行くよ」
「おう!」

 ――ごめんね、昴。――ひなた。
 その零れた言葉を拾うものはいなかった。
 バイクの排気音や風を切る音が、二人の間で流れている。

 背中に湿ったものを感じたが、気のせいだと思うことにした。
 ツーリングは、会話もなく進む。
 遮るものはなにもなく。


【一日目/日中/C-2】

【福田のり子】
[状態]バイクに乗っている、精神的疲労(極大)
[装備]なし
[所持品]バイク
[思考・行動]
基本:死にたくない、生き残る、そのためには……
1:昴と共に行動。人気のなさそうな場所へ

【永吉昴】
[状態]バイクに乗っている、身体的疲労(大)
[装備]リュックサック(缶詰入り)
[所持品]
[思考・行動]
基本:プロデューサーの真意を知った上で、彼の手を掴む。
1:のり子と共に行動。


[備考]
※C-2地点(木下ひなたの死体がある周辺)には以下のものが落ちています。
  • 福田のり子の 支給品一式(水半分以上消費)
  • 福田のり子の ランダム支給品(0~1)
  • 永吉昴の 支給品一式
  • 永吉昴の ランダム支給品(0~1)
  • 野球ボール×5



【バイク】
現地調達品。
[白息ツーリング]永吉昴を参考。

【リュックサック】
現地調達品。
リュックサックだ。


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 本当は臆病な私へ   投下順に読む   夕風のメロディーはとうに絶え 
 りんごのうた   永吉昴   ひなた 
 福田のり子 


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